夏休みの課題は、普段の授業とは違って時間の制限が緩やかだ。そのため「これをやりたい」と思ったものに思う存分取り組むことができる。自分の仮定を実際に試してみたり、想像を形にしたり、納得いくまで取り組んで達成感を味わったりという経験は、子どもの主体性を伸ばし「自己肯定感」を向上させることにもつながるだろう。
図工は自分を「感じる」唯一の学問
中でも工作に取り組むことは、想像力や創造力、思考力を自ら育む絶好の機会ともいえる。東京藝術大学で教鞭をとる長濱雅彦教授は、「自分の分身とも言うべき作品を作り出す経験が重要」と語る。「自分の分身を作るという経験は、本人が一番驚くんですよね。本当に自分でつくったのかと。この"自分を感じる学問"というのは、美術(図工)のほかにあまりないんです」(長濱教授)。
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長濱教授は、図工などのものづくりを通じて子どもが得るものは大きいという。「今の子どもたちは、素材と格闘するという経験を学校教育の中で培うことがなかなか難しい。材料というのは、自分と違う他者です。他者という自分でどうにもならないものに対峙することで、初めて自分に気付くことができる。そうすると人も物もそれぞれ違うのだということが五感でわかる。人間も自然の一部だと気付けるんですね。たとえば木を自身で加工することはとても難しい、こうした思いどおりにはならない経験を経て大人になっていくことがすごく大事なのです」(長濱教授)。
図工の時間には深く体験できないことが、夏休みの工作で得ることができる。長濱教授は「家庭において行う教育として夏休みの工作の課題は最高だと思う」と前置きをしてから、次のように続けた。「子どもの生活は遊びの延長。遊びを通じて人間力を養っていくのです。だから本人が笑うとか、喜ぶ体験を子どものころからたくさんしてほしい。経験や体験がないと観察力は身に付かない。そうすると作品のアイデアも出てこない。良い作品のためには、豊かな体験が必要なのです。実体験や、楽しかった思い出というのがとても大事。特に家族と一緒に過ごした時間で得た経験は、より深く子どもの心に刻まれるのではないでしょうか」(長濱教授)。
では、そうした工作に取り組む子どもに対し、親ができることとは何なのだろうか。そしてどのようなスタンスで子どもの工作に向き合うべきだろうか。
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「親が準備をしすぎて道を作ってはダメです。とはいえ、生活の中から得られる実体験の乏しい世の中で、特に経験の少ない小学校1、2年生のころはある程度手助けをし、話し合いの中から作り出すという経験は必要かもしれません。けれど、経験を積み、技術も向上し始めた3年生くらいからは放っておくのが一番です。自由に自分の中から湧き出るものを形にするので、小学校3、4年生は面白いものを作る。そして5、6年にもなると技術的にも素晴らしいものが増える。あくまで"子どもの作品、子どもの分身"である、と見守るのが大事だと思います。小学校の6年間の中で工作を続け、自分の分身を世に出し続けたら素晴らしい経験になる。素晴らしいカリキュラムになります」(長濱教授)。
小学校2年目の夏、我が子が選んだ「夏休みの課題」
さて、筆者の娘は小学2年生。昨年は初の夏休みということもあり、夏休みに入る直前に学校から配られた選択課題リストの中から「何をするのか」を選んだが、2年目ともなるとリストを配られる前からすでに決めていたようだ。昨年初めて挑戦した工作の「貯金箱づくり」は、今年も外せないという。昨年は親子で揃えた材料を用いての工作だったが「今年は家にあるものを使って工夫して作ってみたい」という。娘の頭の中ではすでにいろいろと計画が立てられていて驚かされた。
「1年生の時は人魚だったから、海つながりで作ろうかなぁ」「遠足で行った水族館で見たクラゲがふわふわしてきれいだったな、私クラゲ好きなんだ」という。てっきりクラゲを作るのだと思っていたのだが…。
友だちと一緒に素材集め
近所に住む0歳のころからの幼なじみは、幼稚園も小学校も一緒の仲良しのお友だちだ。そのお友だちも夏休みの課題のひとつには、同じく2年連続で「貯金箱づくり」の工作を予定しているという。2人そろって2回目の挑戦だ。「石や砂を使いたい」というお友だちと一緒に近所の公園にでかけた。
前日まで雨が続いていたこともあり、公園に着くやいなや走り回る子どもたち。ひと通り遊具で遊んでから、ようやく素材を集め始めた。
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工作1日目
数日後、おもむろに絵を描き始めた娘。見ると丸い形にしっぽのようなひらひらがついている。「クラゲにしたの?」と尋ねると、「じいじ、ばあばの住んでいるところの七夕まつりの飾りだよ」という答えが。なるほど、確かにクラゲに似ている。
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クラゲじゃなかったの? と聞いてみると「春におばあちゃんの家に行ったときに買ってもらった和紙の折り紙を使って作りたい」という。楽しいひと時を一緒に過ごした大好きな祖父母との思い出の記憶、美しい色の和紙、大好きなクラゲが混ざり合ったイメージが、娘の頭の中ではムクムクと拡がっていたようだ。
そこからは娘が描いた絵を片手に作戦会議。「丸い形にするにはどうしたらいい?」「中にお金が入るように空洞を作らないとね」「ボールに貼り付ける?でも、お金入れる穴を開けたらボールがしぼんじゃうんじゃない?」「じゃあどうしよう…」。
悩んだ末にたどり着いたのが、「風船をふくらませ折り紙を貼り、乾燥させて固める」という方法だ。いよいよ制作がスタートした。
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いよいよちぎった折り紙を貼り付ける工程になったが、「丸い風船に紙を貼りにくい」という。水溶きボンドを塗ったところに紙を乗せ、しばらく手で押さえつけるものの紙が浮いてしまう。「少し紙を水で濡らしてみたら?」とアドバイス。食材のパックケースをキッチンから持ってきて水を張り、そこにちぎった折り紙を入れ、しっかり濡らしてから貼り付ける方法に切り替えた。
しばらくすると、筆で塗ることが面倒になったようす。パックケースの中に水溶きボンドも直接入れて、ぐるぐるかき回し、風船の表面に指で貼り始めた。
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「ここは白にしたほうがほかの色が目立つかな」など、色のバランスを考える余裕が出てきた
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工作2日目
固まった和紙の玉にぶら下げるための紐を付け、お金を出し入れする本体を取り付ける。使用したのは不要になった筒状のケース。折り紙で筒の表面を覆ってから、風船から取り外した和紙のボールと接着していく。
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切ったはぎれや、学校の工作で使用したポンポンの残りをボンドで貼り付け、乾くまでにくす玉を吊るす支柱を作成。軽量粘土で土台を作って、先日、お友だちと一緒に行った公園で拾ってきた枝を挿し、挿した周りを同じく公園で拾ってきた小石で囲った。
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はじめてのカッター使用、そして完成
今までカッターナイフは危ないと思い、娘に使わせたことはなかったが、これを機に注意点や使い方を教え、初めてカッターを使用させてみた。
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お友だちの貯金箱も完成し、記念に2人の作品をパチリ。
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2年続けて作ってみて
昨年とは違い、今年は経験を生かして自分だけで一から考え、材料も家にあるもだけとこだわったことで、娘の達成感が大きかったようすが、完成したときの笑顔からも見て取れた。
また、心の中にしまわれた思い出の中から、楽しいと思ったこと、美しいと感じたものを引き出し、形にすることを決め、抽象的なイメージを言語化して親に伝えたり、イメージどおりの形にしようとあれこれ考えて工夫を凝らしたりする姿は、1年前には見られなかった。実体験をもとに自分で考え、イメージし、理想に向かってやり抜く姿にもっとも娘の成長を感じた。
長濱教授の「6年間取り組み続けたら、素晴らしい経験になる」という言葉があらためて思い起こされた。時間を存分に使える子どものころに、イメージを具現化するという経験は、子どもにとってとても有意義なものだと実感できた。娘がこれからも工作を続けることを切に願い、そして、我が子の成長を「自分の分身である作品」を作るという過程を通じて見守っていきたいと思った。
ゆうちょアイデア貯金箱コンクール
長年にわたり夏休みの課題として人気が高い「ゆうちょアイデア貯金箱コンクール」は、貯金箱の作製を通じて子どもたちの造形的な創造力を伸ばすとともに、貯蓄に対する関心をもってもらうことを目的とする約80万人が参加する日本最大規模の工作物のコンクール。
文部科学大臣賞、ゆうちょ銀行賞など受賞した240作品は、12月~3月にかけて全国7か所で開催される展示会に展示される。
テーマは自由。子どもたちのオリジナリティあふれるアイデアを重視している。
「第44回 ゆうちょアイデア貯金箱コンクール」の応募受付は、2019年9月2日(月)から 9月30日(月)まで。小学校を通じて応募することができる。