図工分野の課題を前にしたときに、何を作れば良いかわからない、どうやったら自分が思うように描けるのかわからないなど、「表現すること」に何らかのハードルを感じている子供もいるのではないだろうか。また、保護者もそうした子どもの姿を見て、どこまで関与して良いものかの判断は、悩ましいところでもある。
そこで今回、「『自分だけの答え』が見つかる 13歳からのアート思考」(ダイヤモンド社)の著者で現役の美術教師である末永幸歩氏にインタビューを実施。表現することの楽しさや、工作に向き合うときのヒントについて話を聞いた。
なお、記事の後半では小学4年生が貯金箱づくりに挑戦したようすをお伝えする。
多様な視点が寛容な心を育む
--国公立の中学・高校の教壇に立たれている中で、「技術・知識偏重型の授業スタイル」に疑問を持たれ、「アート思考」を重視した指導を行われていらっしゃいますね。この「アート思考」とはどういったものなのでしょうか。
授業で生徒たちに「アート思考」という抽象的な概念を伝える際、タンポポを例に挙げて説明することが多いので、今日もその例でお話ししますね。

多くの人にとって「タンポポ」と聞いて思い浮かべる姿は、土の上にある葉っぱや花といったところだと思います。しかし、目に見えるところだけがタンポポではなく、土の中の根っこもタンポポです。特にニホンタンポポは、土中の根が1メートルになることもあるそうです。授業では、生徒たちに見せるために拡大した写真を用意しています。初めは根の部分は折りたたんでおき、目に見える葉っぱや花の部分を見せるんです。そのあと、「でも実はこんなに長い根が土の中にあるんだよ」と言って写真を見せると、子供たちははっとした表情を見せます。
このように、今、自分の目に見えていない部分を知ろうとし、「本当にこれが真実だろうか」「何かが隠されていないだろうか」と違った視点を得ようとすることが、「アート思考」なのです。
--「アート思考」を育むためにはどうしたら良いでしょうか。
オリエンタルラジオの中田敦彦さんがYouTubeで「13歳からのアート思考」を紹介してくれたときの「それって絶対じゃなくない?」という言葉が、まさにその「アート思考」を育むきっかけになると思っていて。見えているものや常識とされているものをそのまま受け止めるのではなく、一度疑って探ることが不可欠だと思います。
--「アート思考」を獲得することで、子供たちにはどのような力が培われるとお考えでしょうか。
いろいろな視点の存在を知ると、他の人と違っても良いのだと思え、自分に自信がもてるようになります。そして、自分に自信がもてると、周りの人に寛容になれると考えています。
学校現場で、それが象徴的に表れたシーンを何度も目にしてきました。例えば、「卵のリアルさを追求する」という課題を出したことがあるのですが、どうやったらリアルに卵を表現できるか苦心して時間をかけて課題を仕上げる子が多い中、課題提出日の朝に焼いてきたという目玉焼きを提出した子がいました。他の生徒たちはどういう反応を示すかなと注視していたのですが、自分たちの作品と一緒にその目玉焼きが並んだ時、皆それを「ひとつの作品」として受け止め、興味を抱いて鑑賞していたんですね。このように、違った視点で物事を見ようとする心が育まれると、他者への寛容の心が生まれるのです。

--子供が工作に取り組む中で、何かを表現することに対してハードルを感じているような場合、保護者や教員はどうサポートしたらよいでしょうか。
まず、工作というのはカタチありきではないことを前提に考えてほしいです。特に小学生は興味のタネをたくさんもっているので、そうしたタネの中から自ら何かを選び、興味を深められるような場づくりをお勧めしたいです。具体的には、疑問を持ったことについて空想をふくらませて「誰も見たことのないもの」を表現してみるのも良いでしょう。現実には「あり得ないもの」でも良いんです。夏休みという時間のあるときにご家庭で取り組むと面白い経験になると思います。
他のエピソードも紹介しますね。以前、高校生にクレヨンと画用紙を渡し、「自由に絵を描く」というテーマで授業を行ったことがあります。ただし、絵を描くというのは「イメージを描く」ことだけではありません。この時、ある生徒がひたすら画用紙にクレヨンを押し付けてこすりつけていました。出来上がったものはオレンジ色のクレヨン一色で塗り込められた画用紙だけれど、その生徒に話を聞くと、塗る過程で「クレヨンで画用紙を塗り込む感触」を楽しんでいたと言うのです。これも、「それって絶対じゃなくない?」と別の見方で絵を描いた「1つのアート」なんです。こうしたアートの懐の深さに気づければ、工作をもっと気軽に楽しめるようになるのではないでしょうか。

--ゆうちょ銀行の「ゆうちょアイデア貯金箱コンクール」が、多くの小学校で夏休みの工作の課題になっています。この工作に取り組もうと考える小学生が、作るのがもっと楽しくなったり、表現の幅が広げたりするためのヒントをください。
1つは「貯金箱」の前提を疑ってみよう、ということですね。前提というのは貯金箱に対する固定観念。形かもしれないし、貯金箱のお金を入れる穴かもしれない。それを疑ってみることで、「こんな貯金箱があったらおもしろいな」と、作品の着想につながるのではないかと思います。
もう1つは素材を限定すること。たくさんの素材を並べられると、かえって何を作ろうかと迷いが出やすいもの。ある程度の制限があると、そこから「これをどうやって使おう」「何を形作ろう」という風に発想しやすくなります。例えばガムテープだけを使ってみるとか。素材に触れ、さまざまな角度から素材を捉え直すことで面白いものができる自分らしい表現が生まれるかもしれません。
--工作に取り組むわが子に対し、保護者はどのようなスタンス・視点でかかわるのが良いと思いますか。
子供だけで工作に必要な素材を集めるのは難しいと思うので、素材の提示や入手は保護者の方にしてあげてほしいです。そのあとは見守ることですね。
素材を手に取って、その感触を確かめているうちに「何かを作りたい」という気持ちが生まれることがあります。それをきっかけに、自分の内側から湧き出てきたインスピレーションを形にしていこうと、手を動かすようになります。その過程を見守ってあげてほしいと思います。

小学4年生、「貯金箱づくり」に初挑戦
末永氏からのヒントに勇気づけられ、今年、小学4年生の息子が初めて「貯金箱づくり」に取り組んだ。昨年は新型コロナウイルス感染症の影響で非常に短い夏休みだったが、今年はじっくりと取り組む時間がありそうだ。まずは「どんな貯金箱を作りたいか」を考えることから始まった。
「滑り台みたいなところをコインが落ちていくのも面白いかな」「自分の好きな動物をモチーフにしようかな」等、いろいろ考えを巡らせていたがなかなかテーマが決まらない。まず「素材を限定する」ために、自宅近くのホームセンターに行き、使ってみたい材料探しから始めることにした。
息子が選んだ素材は…
ホームセンターに行くと、段ボールや木材、紙粘土等、貯金箱づくりに使えそうな材料がたくさん揃っていた。いろいろな材料を見る中で、息子は木材に興味を持ったようす。学校の図工の授業で木材を使って、のこぎりやトンカチで工作をしたのだという。「木材の工作が楽しかったから、またのこぎりを使って工作してみたい」と、木材を使った貯金箱を作ることに決定した。
木材といっても、種類や大きさ等さまざま。木材コーナーの隅に、息子が端材を集めたコーナーを発見した。先日、テレビで端材を活用した商品を紹介する番組を見ていたことから端材を使ってみたいと思ったようだ。「のこぎりを使いたい」という息子の意向を踏まえつつ、貯金箱に使えそうな形や大きさの端材を選んで購入した。

目の前にある木材を積み重ねて考える
材料が決まってからは、作ってみたい貯金箱の設計図を作成。「お金を入れる穴を作るために木を切るのは難しいね」「大切な貯金箱だから壊さないようにお金を取り出すにはどうしたらよいかな」等、親子で話し合いながら息子が設計図を描いていく。木材を積み木のように重ねたり、ドミノのように立てて並べたりしながら、いろいろなアイデアを吟味する。その結果、貯金箱の土台となる箱とフタを作り、そこに切った端材で装飾をすることに決定した。

まずは土台の箱とフタづくりに挑戦。土台には、小学4年生の息子にも扱いやすい、引越しや荷物の運搬に養生で使われる「プラスチック段ボール」を選んだ。鉛筆で線を引いたところをカッターで切っていく。定規に沿って切ることに苦戦していたようだが、どうにか切ることができた。切ったプラスチック段ボールを貼り合わせて、箱とフタが完成。貯金箱の土台ができあがった。


土台が完成したら、木材を箱に貼り付けられるようのこぎりで細かく切っていく。最初はぎこちなかったが、学校の授業で習ったことを思い出しながらのこぎりを動かし木材を切っていく。土台に貼り付けられるような大きさに切るため、向きを変えたり、先に切った木材を並べて大きさを確認したり、切り方を工夫していた。

素材に向き合うことで広がる創造力
木材を切り終え、それぞれをやすりで磨いていくことにした。やすりは番号によって粗さが違うこと、先に粗い目のやすりで磨いたら、細かい目のやすりで仕上げて表面を滑らかにしていくことを説明すると、納得したようす。ひたすら木材を磨くうちに、息子が面によって木目の風合いが違うことに気が付き、「どんな木目が見えるとカッコいい貯金箱になるか」「どの面を表にしようか」と考え始めた。

木材を磨くことで木目が鮮明に見えるようになった。ひとつひとつの木目に特徴があり、風合いが異なる。息子が貯金箱づくりで木材と向き合う中で得られた新しい発見だった。息子は切った木材のそれぞれの側面を確認して、同じような模様を並べることにしたようだ。

磨いた木材は大きさがバラバラであるため、箱に並べてレイアウトを考えていく。木材の大きさ、木目の見え方を考えながら、答えのないパズルのようで面白かったようだ。レイアウトが決まると、木材を木工用ボンドで箱に貼り付けた。貯金箱に貼り付ける木材は、角を少し丸く削り、デコボコながらもやわらかい雰囲気の貯金箱に仕上がった。


初めての貯金箱づくりを終えて
初挑戦の「貯金箱づくり」であったが、じっくりと考え、真剣に貯金箱を作る息子を見て、楽しんで取り組んでいるようすが伝わってきた。いつもならすぐに諦めてしまいそうな難しい場面でも、試行錯誤しながら自分で考え進めていく姿を見ることができ、子供の成長を改めて感じることができたと思う。
今回、貯金箱の材料を木材に決めたことで、「どんな貯金箱を作ろうか」「どのような貯金箱が作れるか」等、目の前の素材を起点に、発想を膨らませることができた。そして、制作過程でも素材に向き合い、手触りや見え方が変化していくことを楽しむことができたようだ。
できあがった貯金箱は、息子にとって世界で1つだけの「アート」になった。ここで、インタビューの最後に末永氏が保護者に向けて寄せてくれたメッセージを振り返りたい。
「必ずしも、緻密なものを作り上げたり、人と違う奇抜なものを作ったりすることが工作の本質ではありません。出来栄えが重要なのではなくて、着想だったり、工作に向かい合うときの気持ちだったり、素材を目の前にしてあれこれ考えることが大切で、そうした過程を楽しんでほしいです。時間も忘れて打ち込む経験を、ぜひ夏休みの工作でしてほしいと思います。親子で一緒に『アート思考」のもと工作に取り組み、生まれた寛容の気持ちは、良好な親子関係を築くのにもとても大切なものだと私は思います」(末永氏)。

今回材料として使った木材がまだ残っており、息子は「これで何か作ろう!」と楽しみにしている。今度の工作ではどんな新しい発見があるのか、どんなアートが生まれるのか、そばで見守りながら次の作品の完成を楽しみに待ちたいと思う。
第46回ゆうちょアイデア貯金箱コンクール 詳細はこちら