夏休みが終わり、新学期が始まる。不登校の小中学生は35万人を超え、12年連続で増加した。しかし「そもそも『解決』すべき対象は、不登校そのものなのだろうか」と問いかけるのは、不登校の保護者向けコミュニティ「不登校ライフナビ」を主宰する上木原孝伸氏だ。

12名の専門家・当事者との対談をまとめた著書『不登校から未来を拓く』(東洋館出版社)に寄せて、寄稿してもらった。
「解決」という言葉への違和感
不登校を「解決」する。
私はこの言葉に、ずっと違和感を抱いていた。そもそも「解決」すべき対象は、不登校そのものなのだろうか。それは起きている事象に過ぎないのに。
「解決」という枠組みで考え始めた瞬間、その対象になるのは、たいていお子さん自身か、家族の関わり方である。どこに原因があったのかを探す作業が始まる。学校に行かないという事象そのものではなく、その子と家庭が、直すべきものとして扱われていく。
そうやって矢印が内側に向いているあいだ、外側にある構造は一切問われないままだ。35万人という数字は、もう家庭ごとの事情に還元できる規模ではないのではないだろうか。それどころか、私はもう1歩踏み込んでこう思うようになった。不登校という時間が、その子の「自分軸」を解放し、未来を切り拓く場合すらある、と。
自分軸とは、他人の基準ではなく、自分の基準で生きる力のことだ。「みんながこうしているから」ではなく「自分はこうしたい」。「これが正解だから」ではなく「自分にとってこれが合っている」。そう判断できる力と言い換えても良いと思う。
学校では、1日の大半が誰かの決めた時間割で流れていく。何を、いつ、どの順番でやるか。それを自分で決める経験は、実はそれほど多くない。ところが学校に行かない時間が生まれると、否応なく自分で決めるしかなくなる。最初は途方に暮れているように見えた子が、ある日、誰にも言われていないことを始めている。そういう場面に、私は何度も立ち会ってきた。理屈から導いた結論ではない。たくさんの子供たちを見てきて、そう思うようになった。
もちろん、すべての子がそうなるわけではないし、そうならなければいけないわけでもない。ただ、「失われた時間」としてしか見られていなかったものが、実は別の何かが動き出す時間でもあるということは、申しあげておきたい。
私自身、「不登校」という言葉を避けていた
こう書いておきながら正直に言うと、私自身、一時期は「不登校」という言葉を避けていた。
会話で出てきそうになると、別の言い方に置き換えていたのだ。当時は配慮のつもりでいたが、いま振り返れば違う。触れてはいけないもの、口にすると相手を傷つけるものとして扱っていた。それは結局、私自身が事象そのものをネガティブに見ていたということだ。その私が変わったのは、たくさんの子供たちが自分に合う環境を見つけて羽ばたいていくのを、実際に見るようになったからだった。
これまでの経験で、私はそれまでの学校で苦しい思いをしてきた生徒たちとたくさん出会った。中学時代ほとんど教室に入れなかった子が、高校で夢中になれるものに出会い、いつの間にか人前で話すようになっている。彼らが自分に合う場所を見つけたときの変化は、こちらの想像をはるかに超えていた。
彼らは失った時間を取り戻したのではないと思う。別の場所で、自分の時間を始めたのである。いま私にとって不登校という言葉は、事象としてネガでもポジでもない、プレーンなものだ。避ける必要もないし、無理にもちあげる必要もない。ただ、そういうことが起きている、というだけの言葉だ。

12人の専門家や当事者との対話
2025年3月、そんな思いをかたちにしようと、ベネッセ高等学院の開校とほぼ同時に「不登校ライフナビ」というコミュニティサイトを立ちあげた。そこではほぼ毎週のように、専門家の先生や当事者の方とオンライン対談を重ねてきた。
対談でも記事でも気をつけていたのは、不登校をその子自身の課題や家族の問題として「解決」の対象にしないことだ。そうではなく、不登校という事象をどう捉えるか。そこから起こる社会課題にどう向きあうか。その二点を軸に据えてきた。
続けるうちに、思いがけない変化があった。当初は私や講師の先生への質問が中心だったチャット欄で、回を重ねるごとに、参加者である保護者同士が「うちもそうでしたよ」と声をかけあうようになっていったのだ。私が用意できたのは場所だけで、そこを温めてくれたのは参加者だった。
モデレーターとして数多くの方のお話をお聞きするなかで、共通点が浮かびあがってきた。ご専門も立場もまったく違う方々なのに、指し示す方向だけが一致していくのだ。本書の最終章では、それを5つの「真の課題」として整理した。
・子供を「カテゴリー」で見る社会
私たちの社会には、子供を「不登校の子」「発達障害の子」「HSPの子」とラベルで見る癖がある。かけがえのないその子自身の個性を大切にすることがまず大切なことだ。
・不登校という子供の発達を「問題」として扱う教育観
子供は発達するほど自分のなかの違和感に気づき、「なんか嫌だ」を感じ取れるようになる。「学校に行かない」という選択も、その力の表れである。柔軟さをもちきれずにいるのは、むしろ教育システムの側ではないだろうか。
・身体のサインを「精神論」で片付ける文化
起立性調節障害も発達障害もHSPも、「気合いが足りない」「甘えている」の一言で片付けられてきた。朝起きられない子に「怠けている」、音や光に敏感な子に「わがままだ」。その言葉が、多くの子供と保護者を傷つけてきた。
・「学校復帰」だけを目標にする支援
フリースクールも通信制高校も、いまだに「学校に戻るまでの一時的な場所」と見られがちだ。その子にあった環境であれば、そこでの学びが継続することはむしろ未来を拓く重要な礎になる。
・親が「すべての責任」を背負わされる構造
多くの保護者が「自分の育て方が悪かったからだ」と自分を責め、社会から孤立していく。不登校の子をもつ保護者の共通点はない。あくまでも個性と環境が合わないときに生じる事象でしかないからだ。
実は5つとも、矢印が子供や家庭の内側ではなく、外側を向いている。真の課題は、子供の不登校そのものではなく、その向こう側にあるのだ。
そして、対談を経て、不登校を起点に未来を拓くということへの想いが、確信になっていった。これをまとめることで、世の中の不登校への誤解が少しでも解ければ。そう願いながら紡いだのが、このたびの『不登校から未来を拓く』という本だ。
以下の方々とのお話を収録させていただいた。登壇の段階では書籍化の話がなかったにもかかわらず、快諾いただいた皆さまに深く感謝したい。
椎名雄一さん(心理カウンセラー)
加藤弘通さん(北海道大学発達心理学教授)
棚園正一さん(漫画家・不登校経験者)
森本陽加里さん(大学生起業家・不登校経験者)
川倉祐美さん(KJ起立性調節障害オンラインコミュニケーション代表)
西村佑美さん(発達専門小児科医・ママ友ドクター)
蓑手章吾さん(オルタナティブスクールHILLOCK初等中等部運営)
西野博之さん(フリースペースたまりば理事長)
塩瀬隆之さん(京都大学総合博物館教授)
小沼陽子さん(NPO法人優タウン代表)
親野智可等さん(教育評論家)
松田智恵子さん(キャリア支援専門家)
専門も立場も、これだけ違う方々なので、読み進めていくと、意見が一致しないと感じる箇所もあると思う。しかしそれも大切なことであり、無理に揃えることはしなかった。
最後に、この本の「おわりに」には、少し個人的なことを書いた。学校は、私にとって居心地の良い場所ではなかった。先生へ憤りを覚えたこともたくさんあった。
それでも私は通い続けた。ただ、それを誇るつもりは少しもない。不登校にならなかったのは、正直にいうと勇気がなかっただけだ。行かないという選択をする勇気が、当時の私にはなかった。だから毎朝、教室に座っていた。それだけのことだ。
そういう人間が、なぜ教育を仕事にしているのか。自分でも不思議に思うことがある。ただ1つはっきりしているのは、あれだけ嫌な思いをしておきながら、私は教育の力と恐ろしさを感じていたということ。学校というものに希望をもてなかったからこそ、学びの場のかたちは1つでなくて良いはず、100人いれば100通りの学びがあると考え続けてきた。
その思いを「おわりに」に置いた。
お子さんの不登校で悩む保護者の方はもちろん、先生方にもぜひお読みいただきたいと思っている。責める意図はまったくない。むしろ、いちばん近くで悩んでおられるのは先生方だと思うからだ。教室に来られない子のことを誰よりも気にかけながら、打つ手が見つからない。そういう先生に、私はこれまで何人もお会いしてきた。
新学期は、毎年やってくる。9月1日に学校へ行かせられたかどうかで、お子さんの人生が決まるわけではない。迷われたら、休ませてもかまわないと私は思う。そこから未来が拓けるかどうかはこの事象にどう向きあうかにかかっている。
いま子供の前で言葉に詰まっておられる方に、どうか1つだけ。不登校は、解決しなければならない問題ではない。それは、お子さんが自分の軸を探し始めた時間なのだ。
【上木原孝伸氏プロフィール】
通信制サポート校ベネッセ高等学院学院長/ベネッセ教育研究所不登校・通信制高校領域 教育スペシャリスト。
教育企業で講師として17年間教壇に立った後、通信制高校の開校準備から参画し、同校の副校長を4年間務める。発達に特性がある子供とその家庭に合う環境を探すコンサルティングサービスの責任者を経て、2024年4月ベネッセコーポレーションに入社。ベネッセ高等学院学院長に就任。2025年3月、不登校の保護者向けコミュニティサイト「不登校ライフナビ」を立ちあげ、監修を務める。



