2018年4月に開学した国際高等専門学校(国際高専)は、高専での5年間、金沢工業大学での学部2年間、大学院修士課程2年間のあわせて9年間の一貫教育でグローバルイノベーター育成を目指す私立の高等専門学校だ。入学してからの2年間、1・2年次の学生は白山麓キャンパスで全寮制の学校生活を送る。
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白山麓に広がる国際高等専門学校のキャンパス
注目すべきは、カリキュラムの主軸に置いている「エンジニアリングデザイン」の授業。すべて英語で行われるこの授業は、工学教育のフレームワーク「CDIO」に基づき、「工学の基礎知識となるサイエンス」と「実践・スキル」のバランスを重視した構成となっているという。その内容を詳しく知るため、国際高専へ取材に向かった。
今、エンジニアリングデザインを学ぶ理由
国際高専における「エンジニアリングデザイン」教育とは、知識をもとに課題を解決をするだけでなく、さまざまな価値観のなかで新たな価値を創出できる学生を育てる教育のこと。一般的に、ユーザーの行動や気持ちを感じとって新しいモノやサービスを生み出す「デザイン思考(デザインシンキング)」を用い、イノベーションの創出に励むこととされている。世界的に注目される教育的な取組みでありながら、国内の教育機関ではまだまだ浸透していないのが現状だろう。
国際高専が、学びの主軸として「エンジニアリングデザイン」を据える理由はどこにあるのか。
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インタビューに答える国際理工学科・学科長の松下臣仁氏
「前身である金沢工業高等専門学校のころから、エンジニア育成を行い、非常に高い技術力をもつ学生を輩出してきました。しかし、技術力や精度の向上を追求しながらも、『そもそもなぜそのものが必要なのか』といった根底となる部分にも目を向ける必要があるのでは、と考えるようになりました。課題のあぶり出しやアイデアの創出など、モノ自体の制作以外の部分も含めた、ものづくり全体を学べる枠組みを整える必要があると感じたのです」と国際理工学科・学科長の松下臣仁(まつした おみひと)氏は語る。
ちょうど世界でも「デザイン思考」の重要性が叫ばれ始めたころ、松下氏はアメリカ・イリノイ工科大学でデザイン方法論を修め、2012年に帰国。国際高専の開学に合わせ、カリキュラム開発を進めてきた。
国際高専では、マサチューセッツ工科大学をはじめとする4つの大学が考案した工学教育のフレームワーク「CDIO」を採用している。「CDIO」とは、実社会におけるシステムや製品開発に必要な一連の文脈となる、Conceive(考え出す)、Design(設計する)、Implement(実行する)、Operate(操作・運営する)の頭文字を取ったものだ。
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国際高専で採用している工学教育のフレームワーク「CDIO」
さらに国際高専では、エンジニアリングデザインの授業を中心に、デザイン思考の考え方や心構え、手法を取り入れている。実際のものづくりとあわせ、問題発見・解決の実践を通して、創造的に考える力とチームで活動する力を高め、思考の枠組みを学ぶ。
アイデアをもとに日々の生活をデザインしなおす
エンジニアリングデザインの授業を受け思考の枠組みを学んだあと、学生らはその知識を実生活に生かしていく。国際高専では、授業終了から就寝までの間も、共有のリビングで課題を囲んで議論したり、語り合ったりする場面がよく見られると言う。学生自身も、日常的に「CDIO」のサイクルをまわすことで、少しずつ自分たちの生活が豊かになっていくことを実感しているようだ。
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学生たちが心地よく歩けるようにと考案した「ピアノ廊下」
その成果は、校内のいたるところで姿を表わす。「校舎をつなぐガラス張りの廊下は室温調節が難しく、ほかと比べると夏は暑く、冬は寒くなりやすい場所です。廊下を通る際の不快感を発端に、廊下を楽しんで通れるようにできる方法はないかと考え、学生たち自身がこの装置を作りました。廊下を歩くとピアノの音が奏でられる仕組みを目指しました。学んだことを活かし、センサーのプログラムや音を出すことには成功したものの、思うようにピアノの音が出ず、試行錯誤が続きました。繰り返し挑戦することで、失敗の中から学ぶことが多くあったようです。」(松下氏)
1・2年次が生活する白山麓キャンパスの学生寮のランドリースペースには、手作りのランドリーラックが設置されていた。役に立つのは、誰かが乾燥機に洗濯物を入れっぱなしにしていたとき。単に洗濯物を取り出して傍によけるのではなく、ランドリーラックに掛けたネットに入れることで、熱を逃すだけでなく全員が気持ちよくランドリースペースを使用できる仕組みだ。
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日常生活のささやかな「Redesign」こそが、真のエンジニアリング
大規模な開発や精密な設計だけがエンジニアリングではない。身近な問題点を少しずつ改善していくことや、良い点をさらに伸ばすこと、そして改善によって行動や生活スタイル全体がよりよいものになるためのものづくりこそが真のエンジニアリングだろう。その点から、国際高専はまさにアイデアをもとに行動と生活をデザインできる環境が整っている場所と言えそうだ。
英語をツールとして使いこなす環境
国際高専の授業で特徴的なのは、数学・化学・生物といった理数系の科目を英語で学ぶ点だ。プログラミングコードを書くにも、最新の研究報告を読み解くにも、国際学会でプレゼンテーションをするにも、英語はグローバルイノベーターにとって必要なツールであることは言うまでもない。
「入学前は、英語はあまり得意ではありませんでした。科目として英語を捉えていて、点数を取ることが目的になっていたからです。でも今は、苦手意識があるかないかという以前に、伝えるためのツールとして英語を使いこなす習慣ができています」と語るのは、国際高専1期生の勝又舜介さんだ。
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学生たちの共有空間「リビングコモンズ」で夜のラーニングセッションが行われる
「わからない部分はもちろん授業中に随時質問することもできますし、文法や単語は英語の授業でも学べます。夜にはラーニングセッションという学習時間が設けられていて、英語のネイティブスピーカーが務める『ラーニングメンター』に教えてもらうこともできます。この時間のおかげで、英語の壁が低くなりました。」(勝又さん)
全寮制であるがゆえに、学校教育・家庭学習が分離することなく一気通貫した、より濃い学びのコミュニティが実現されていることがわかる。
国際高専での学びと寮生活を体験する3日間
取材当日、キャンパス内ではサマースクールが開催されていた。2018年8月20日から22日までの3日間、白山麓キャンパスにある寮に寝泊まりしながら、2泊3日でエンジニアリングデザインワークショップやネイチャーウォークといった国際高専ならではの教育を体験するという試みだ。参加者は国内外から集まった25名の中学生。公立中学校、インターナショナルスクール、海外の日本人学校など、さまざまな学校から参加者が集った。
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沖縄、兵庫、東京、千葉など国内だけでなく、タイ・バンコクからの参加者も
2018年のサマースクールにおけるワークショップのテーマは「夜のルーティンをデザインしなおしてみよう」。3人ほどのチームに分かれ、グループワークを進める。自分自身の生活を振り返り、メンバー同士インタビューすることで、日常生活に潜む課題を「見える化」していく。そして、お互いの共通点を見出し、自分たちのチームが解決すべき課題を明確化する。
問題点(pain point)を改善してもよいし、良い点(gain point)をさらに伸ばしてもよい。解決するための方法もさまざまだ。何かを作る際には、木工工作機械や3Dプリンタなど、潤沢に用意された設備を使うこともできる。サマースクールは、国際高専での学校生活を凝縮した体験プログラムと言える。
ようすを覗くと、ちょうどワークショップの真っ最中。「自分たちが作りあげたものをどのようにプレゼンテーションするか」というプロトタイピングの方法について、各グループで話し合っているところだった。翌日に最終報告会を控え、ディスカッションも熱を増していた。
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エンジニアリングワークショップでは、3~4人のグループで「日常生活のRedesign」を体験
グローバルイノベーターヘと続く、5+4=9年間の学び
「国際高専でははじめの2年間、幅広く、有形無形、アナログ・デジタル、自然・人工物を問わず、たくさんのものに触れることで、さまざまな『引き出し』を持ってほしいと思っています。材料の手触り感や、道具の使い方、デザインソフトなどの基礎を学ぶことで、めいっぱい好奇心を広げ、自分の進みたい道や挑戦したいことを探求することを目的としています」と松下氏は語る。
高等学校と異なり、5年間の演習型カリキュラムでじっくり学ぶことができるのは高等専門学校の良さである。大学受験にとらわれることなく、丸5年間学んだあと、大学編入試験など各自の進路を選択することができるからだ。
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「さまざまなものに触れて、学びの基礎となる手法を身に付けてほしい」と語る松下氏
「国際高専では、高等専門学校5年、大学に編入して学部を2年、大学院修士課程を2年、合わせて9年間の学びを想定したカリキュラムを組んでいます。白山麓キャンパスで2年間過ごしたあと、3年次にはニュージーランドのダニーデン市にある国立オタゴポリテクニクに1年間留学をします。入学直後から、金沢工業大学も含めた国内外の教師や研究者、白山市や金沢市の地元の方々と協働できる環境を整え、生活に根ざしたものづくりを進めます。」(松下氏)
学生たちの未来について、松下氏は「在学中から、いろいろなものに目を向けられる視野の広さと感受性を育んでほしいと思っています。試してみる勇気とスキル、それを伝える力、次のアクションに繋げる発想力、実行力を身に付け、グローバル社会で活躍する人間になってほしいと願っています」と語る。
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白山麓の自然の中に、濃厚な学びのコミュニティが広がる
青い空と緑の山々を背に、キャンパスの建物群が映える。一見「エンジニアリング」といった言葉からは縁遠そうなこの土地から、近い将来グローバルイノベーターが巣立っていく。そのとき、彼らはエンジニアリングデザインを体得した、心豊かな人間になっていることに疑いはないだろう。