ケンブリッジ英語検定を活用…グローバルリーダー育成へ日比谷高校の挑戦

 都立最難関校の東京都立日比谷高校の英語科主任である中村隆道教諭に、同校の英語教育について聞くとともに、イギリスのケンブリッジ大学英語検定機構のニック・サヴィル博士とSkypeでつなぎ、ケンブリッジ英語検定の活用と効果について聞いた。

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東京都立日比谷高等学校 主任教諭 中村隆道先生
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 都立最難関校の東京都立日比谷高等学校(東京都千代田区永田町)は、創立140年の伝統の中でグローバルリーダーを数多く輩出してきた。2015年には東京都教育委員会から「東京グローバル10」の指定を受け、国際理解教育の向上を図るべく海外派遣研修をはじめとするさまざまな先進的取組みを展開。

 新しい学習指導要領の要諦である「主体的・対話的で深い学び」についてもいち早く取り組んでいる。英語の外部検定試験についても取組みを始めており、CEFR(*)に完全準拠している「ケンブリッジ英語検定」を校内実施している。2016年度より2年生が「B2 First」、1年生が「B1 Preliminary」の受検を開始。以降、1、2年生の全生徒が年に1回受検している。
*CEFR:ヨーロッパ言語共通参照枠、英語力を評価する国際指標

 同校の英語科主任である中村隆道教諭に英語教育について聞くとともに、イギリスのケンブリッジ大学英語検定機構のニック・サヴィル博士とSkypeでつなぎ、ケンブリッジ英語検定の活用と効果について聞いた。

グローバルリーダーの育成に欠かせない英語



--中村先生にお聞きします。日比谷高校ではどのような英語教育・グローバル教育を行っていますか。

中村先生:日比谷高校は今、2012年に着任した武内彰校長のリーダーシップのもと、英語科も積極的に新たな取組みを行っています。その柱となるのは「グローバルリーダーの育成」です。

 我々は当校の生徒を誇りに思っていますし、そんな彼らには、自らの実力や感性、想像力を世界で発揮して欲しい。そのための大きな課題が「語学力」だと思いました。

 語学は、単に試験問題を解くためのものではなく、コミュニケーションのためのものです。相手の文化を理解することやプレゼンテーション能力も含めた、実世界で通じる語学力を身に付けなければならない。そのため現在、1年生の英語の授業はディスカッション、2年生はディベートを軸に組み立て、授業中は教員も生徒も原則英語です。教員の教材開発もありますが、生徒が自ら行動する姿勢があるからこそ成立する授業です。

--日比谷高校では海外派遣研修も行っているそうですね。

中村先生:今夏も12人の生徒と一緒に6泊8日の「ボストン・ニューヨーク研修」へ行ってきました。ボストンではMIT(マサチューセッツ工科大学)の研究室で都市デザインの講義を受けたり、ハーバード大学の大学院生にキャンパスツアーを開催してもらったり、自主研修としてボストン美術館にも行きました。またニューヨークでは、世界貿易センターで9.11の体験談を聞き、ウォールストリートでの研修やUNIS(国際連合国際学校)での津田和男教授の講義も受け、最後はアスペン研究所のエキスパートの前で食料問題についての提言プレゼンテーションを行いました。

 この研修内容はほとんどがオリジナルです。ゼロからイチをつくるのが日比谷の校風。卒業生や在校生のネットワークを生かしながら教員が直接交渉にあたっています。言ってみれば日比谷の教育力の結集です。

東京都立日比谷高等学校 主任教諭 中村隆道先生
東京都立日比谷高等学校 主任教諭 中村隆道先生

入試対策よりも世界に自ら発信できる語学力を



--さまざまなグローバル教育を推進しているのですね。その中で「ケンブリッジ英語検定」をどのように活用しているのでしょうか。イギリスのケンブリッジにいらっしゃるケンブリッジ大学英語検定機構のニック・サヴィル博士とSkypeでつなぎます。Hello, Dr. Saville !
(※以下、英語で行われたインタビューを日本語に翻訳している)

サヴィル博士:コンバンハ!

中村先生:Hi, Dr. Saville, how are you?

サヴィル博士:ゲンキデス。中村先生、日比谷高校の英語の授業を見学したり交流があったのにもかかわらず今まで聞く機会がありませんでしたが、日比谷高校がケンブリッジ英語検定の活用を決めた理由は何でしょうか?

中村先生:日本の英語教育はさまざまな改革が行われていますが、いまだに文法や解答方法など“入試”を意識した授業から脱却しきれていない現状があります。しかし当校の教員は、世界に発信できる語学力を身に付けられる授業をしたいと考えました。そのためには、信頼できるグローバルスケールが必要であるとも。そこで注目したのが「CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)」です。CEFRは2001年にヨーロッパで始まり、今や多くの国が採用している国際基準です。ケンブリッジ英語検定がこのCEFRに準拠する検定のひとつであったことが、活用の決め手となりました。

サヴィル博士:なるほど。2つのポイントがありますね。ひとつは、日比谷の先生方が「知識」としての英語ではなく「コミュニケーション」のための英語教育を重視していること。昨年11月に授業を見学したとき、コミュニケーションに対する生徒達の姿勢や能力に感銘を受けました。双方向のやり取りを積極的に行っていましたね。

中村先生:光栄です。Dr. Saville、覚えていますか? 生徒が教室の後ろの黒板に、あなたの似顔絵を描いて迎え入れたことを。あれも、あなたと関わりたいという生徒の思いの現れだったと思います。

サヴィル博士:もちろん覚えています。あれは非常に芸術的な絵でした。

中村隆道先生とニック・サヴィル博士
中村隆道先生とニック・サヴィル博士

 もうひとつのポイントは、CEFRにケンブリッジ英語検定が完全準拠していたことですね。CEFRは、3段階のレベルをさらに2段階ずつに分けた「A1/A2/B1/B2/C1/C2」の6段階で、「聞く・読む・話す(やり取り)・話す(発表)・書く」の4技能5領域の達成度を示します。

中村先生:そのとおりです。

サヴィル博士:コミュニケーションとしての英語教育と、国際基準。おそらくこの2つは、世界中の先生が今まさに取り入れようとしていることでしょう。

中村先生:この2つを重要視する理由は、私個人の経験も強く影響しています。私は高校生のときにアメリカへ1年間留学しました。当時の悔しさは今でもはっきり覚えています。私はたくさんのアイデアや思いを持っていたのに、それを英語で十分に表現できなかった、私のことを理解してもらえなかった。文法が好きで成績も決して悪い方ではなかったのですが。我が校の生徒たちにはそんな思いをさせたくないのです。

 日本では中学と高校で6年かけて英語を教えるのに、卒業しても生徒は十分に英語が話せない。これほど悲しいことはありません。しかし2020年度から小学3年生で「外国語活動」が始まり、5、6年生は教科として英語を学びます。もちろん評価の対象です。ですから我々は今までのような教え方についてしっかり見直し、指導法についてさらに改善を図らなければいけないと思いました。

各資格・検定試験とCEFRとの対照表
各資格・検定試験とCEFRとの対照表(画像出典:文部科学省)

明確な目標設定が生徒のやる気につながる



サヴィル博士:中村先生が指摘する問題点を、ケンブリッジ英語検定は解決できるでしょうか?

中村先生:1つの大きなサポートになっていると思います。ケンブリッジ英語検定を活用して良かったことの1つに、目標設定が明確になったことがあります。

サヴィル博士:それは、Can-Doステートメント(英語を使って何をどれだけできるかを日常的な行動として記述したもの)が有効ということですか?

中村先生:まさしく。新学期の始まる4月に我々は「学年の終わりにスピーキングではこういうことが、リーディングではこういうことができるようになります」というように生徒に到達目標を伝えることができます。

サヴィル博士:つまり、生徒が4技能5領域の達成度を実感できることが重要であると?

中村先生:そのとおりです。目標を設定し、かつ誰かに点数を付けられるのではなく、目標を達成できたか、あるいは目標より上のレベルまで進めたかを自分で確認できる。しかも国際基準のもとで。

 リーディングでは「A2」、スピーキングでは「B1」といったそれぞれのレベルは、たとえば「空港でのアナウンスの内容がわかる」など、実際のスキルとして生徒と教員みんなで共有できます。

 今までの英語力を測るおもな基準は偏差値、数字でした。ですから実生活に紐付いたレベルごとの目標設定は、彼らにとっても新鮮な基準のようです。「このCan-Doができたら、次はこれ」と、生徒たちも目標設定がしやすくなると思われます。卒業時点で「B2」到達が我々の目標です。

多面的な評価でインクルーシブな学びに



サヴィル博士:2技能ではなく4技能5領域で評価する点は、ケンブリッジ英語検定の特長でもあります。

中村先生:中でもスピーキングテストは、2名のペアで受ける対面式テスト(ペアワーク)になっている点で特徴的ですね。

 教員の立場からすると、日本の生徒は英語を使用する活動ではシャイな部分があるので、ペアワークやグループワークを授業に取り入れにくい。しかし「年度末のテストはペアワーク形式で行います」と言うと、生徒たちも取り組まざるを得ません(笑)。

サヴィル博士:それはコミュニケーションを教えること・学ぶことの肯定的波及効果(positive wash-back)ですね。

中村先生:英語を使用する場面を十分に用意しさえすれば、確実に慣れていきます。

サヴィル博士:ペアワークのほかには、なにか効果を感じましたか?

中村先生:たくさんありますが、ひとつは評価が多面的なことです。

サヴィル博士:文法が得意な生徒もスピーキングが得意な生徒も、それぞれ評価されます。自分に足りないスキルを認識して、このスキルをもっと伸ばせばいいんだと自己診断できる。バランスよく能力を伸ばすことにもつながります。まさに何も排除しない、インクルーシブな評価が可能になります。

中村先生:以前は、テストの成績が良い、模擬試験で偏差値が高い、ということが英語力の高さを示すような雰囲気があったように思います。でも今はそんなことはなくて、「流暢に話せる、すごいな」となる。みんなで混ざり合って、得手不得手を認め合う。まさにリアルワールドですよね。

サヴィル博士:入試対策からコミュニケーション重視へ移行する際、保護者や他の教科の先生の反応は気になりませんでしたか?特に保護者は、我が子が志望校に受かることを願っていますから。

中村先生:それはいい質問です。正直なところ最初は不安な部分もありました。しかし今のところ大きな懸念は聞かれません。活用についての問い合わせがあったとしても「生徒の能力を国際基準で測りたい」と理由を説明することでご理解をいただけると考えています。

 他にも、国語や数学、保健体育、社会の授業も、インタラクティブなものになりつつあります。以前の日比谷は、授業中は静かなものでした。しかし今は、あちこちの教室から生徒たちの声が聞こえてきます。こうしたポジティブインパクトが、学校のみならず社会へと広がっていくのではと思っています。

ケンブリッジ大学英語検定機構 研究&ソート・リーダーシップ局ダイレクター  ニック・サヴィル博士(Dr. Nick Saville)
ケンブリッジ大学英語検定機構 研究&ソート・リーダーシップ局ダイレクター ニック・サヴィル博士(Dr. Nick Saville)

サヴィル博士:今、英語教育は重要なターニングポイントにあると思います。私が30年以上前に日本に駐在していた頃は、コミュニケーションの重要性を理解している教育者もいましたが、古いやり方の支配に勝てなかった。今は、CEFRに関する各国のポジティブインパクトを日本の皆さんも把握し、新しい学習指導要領に4技能5領域が設定されたり、国内の検定試験もCEFRとの対照表を公開したりするようになりました。そして、中村さんのような熱意ある先生も確実に増えています。CEFRをベースに今後、ようやく検定試験の改革が進むのでは、というのが私の考察です。

中村先生:Dr. Saville、今日は話ができてうれしかったです。ぜひまた当校へいらっしゃってください。生徒たちもまたお会いしたいと言っています。

サヴィル博士:喜んでうかがいます。今度、中国政府のNEEA(中国教育部試験センター)に招聘されて北京へ行きます。「中国英語能力レベル基準(CSE)」を設定するなど、国を挙げた教育改革プログラムが進行中で、「設計によるプラス効果(Positive Impact by Design)」実現に向けた枠組み作りに協力しています。そのときに日本へも寄りましょう。

--サヴィル博士、大変興味深いお話をありがとうございました。

生徒に真の学力を身に付けてもらうために



--中村先生、日比谷高校の大学入試改革、特に英語に関する対応や考えに多くの人が興味を持っていると思いますが、ケンブリッジ英語検定の活用は生徒の進路にどのようなインパクトを与えるのでしょうか。

中村先生:日比谷高校は進学校と言われ、確かに結果も出ていますが、一義的には真の学力を身に付けることを大事にしています。「主体的・対話的で深い学び」は、言うことは簡単ですが、今までになかった授業が求められます。実際、生徒たちの学びにつなげられるのか。どの教科の教員も今、新しい学びに挑戦しています。

 ですから、大学入試のための検定・資格対策を、という話はありません。もしも東大合格者を増やすことだけ考えるなら、もっと効率の良い手法もあるかもしれませんが、日比谷には「教養主義」というものがあります。英語はさまざまな国や文化の中で使われていますが、異文化の理解も必要です。発音やアクセントも違い、人口割合からすれば今やどこの英語が標準語かわからないほどです。しかし、そういったことは以前から授業に取り入れていますし、むしろ新しい大学入試でこそ外部検定を活用して身に付けた生徒のスキルが生かされるのではと、私は期待しています。

東京都立日比谷高等学校 主任教諭 中村隆道先生
東京都立日比谷高等学校 主任教諭 中村隆道先生

--貴重なお話をありがとうございました。

 日比谷高校の先生は熱血と聞いていたが、中村先生の生徒への愛情と英語教師としての情熱あふれるお話だった。またサヴィル博士は日本との関わりが深く、30年以上前から日本の英語教育の現場を知る教育者だ。ケンブリッジ英語検定「A2 Key」は、約30年前に日本の高校生のためにケンブリッジが作った4技能試験が前身で、そのプロモーションに関わっていたという。

ケンブリッジ大学英語検定機構 研究&ソート・リーダーシップ局ダイレクター  ニック・サヴィル博士(Dr. Nick Saville)
ケンブリッジ大学英語検定機構 研究&ソート・リーダーシップ局ダイレクター ニック・サヴィル博士(Dr. Nick Saville)

 現在はケンブリッジ大学英語検定機構の研究&ソート・リーダーシップ局ダイレクターとして、学術部門のトップを務めるとともに、世界各国から招聘され英語教育の政策立案者を指導している。そんな肩書きを感じさせない、気さくで人懐こい笑顔のサヴィル博士との再会を、日比谷高校の生徒たちが心待ちにするのも納得だ。こうした熱意ある教育者たちの思いと行動が、子どもたちの英語教育を変えていくのだと感じた。

 使えない英語から使える英語へ。教育改革を機に今ここでしっかりと舵をきれるかどうかが、英語教育の現場で試されている。

<取材協力:日比谷高等学校、ケンブリッジ大学英語検定機構>

《柏木由美子》

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