STEAM教育が自身の強みを拓く…“ICT教育のパイオニア”聖徳学園の今

 聖徳学園中学・高等学校ではBYOD形式で生徒に1人1台iPadを導入し、STEAM教育を実践している。理想の教育空間とも言える「STEAM棟」で、学校改革本部長の品田健氏、CISOの横濱友一氏、そして生徒たちに取材した。

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聖徳学園中学・高等学校の授業のようす
聖徳学園中学・高等学校の授業のようす 全 23 枚 拡大写真
 近年、情報化の流れを受け、社会で求められる人材像が激変している。それにともなって、教育業界でも英語4技能習得や探究など、さまざまな教育の形が模索され、展開されている。

 今回取材したのは、聖徳学園中学・高等学校。人・環境・テクノロジーが交わることで生まれるイノベーションを軸に、学びを展開している中高一貫校だ。2017年に新校舎、通称「STEAM棟」を竣工し、さらに新しい学びの形を追求する本学に訪問した。

 STEMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字をとったもので、現在の日本では理数系の教育分野を指すことが多い。ここにArt(芸術)を加えた「STEAM」、Sports(体育)を加えた「STEAMS」など、概念を派生させながら注目度を増している。

聖徳学園STEAM棟での授業のようす

 聖徳学園では「Global Thinking」「ICT&Innovation」をキーワードに、海外でも活躍できる人材育成に注力している。その教育プログラムの主軸となるSTEAM教育について、同校の学校改革本部長である品田健氏、CISO(最高情報セキュリティ責任者)である横濱友一氏、そして生徒たちに取材した。

決められた席がない!? 生徒自ら学びを拓く授業



 道路側一面に大きな窓のあるオープンな作りのSTEAM棟。その1階のLearning Commonsを覗くと、生徒たちがおもいおもいに床や椅子に座り、クラスメートと話し合いながらiPadに何やら入力しては、球状のロボットを動かしている。担当教師の横濱氏に質問をしたり、成果を自慢したりする生徒の姿もある。

生徒の質問に答える横濱氏

 案内してくださった品田氏が「Appleのアプリを使ってプログラミングを学んでいる、中学1年の授業です」と教えてくれた。生徒たちは、iPadで学べる無料アプリ「Swift Playgrounds」でプログラミングを学び、それを使って「Sphero SPRK+(スフィロスパークプラス)」というスケルトンの球状のロボットを動かしていたのだ。

 Spheroを使ったプログラミングはこの日が初めてだというが、生徒たちが光の色を調整したり、小回りよく操作したりするようすは、まるでよく知っているツールを使っているかのようだ。なかには、椅子の上で2つのマシンをぶつけ合って、どちらかを椅子から落とすという相撲ゲームを始めている生徒たちもいる。

 教室の中には、可動式の机と椅子が用意されている。特に席は決まっておらず、あくまでも生徒たちが自主的にグループを作るなどして学んでいるとのこと。横濱氏は「僕はマシンの動かし方など何も教えていないのですが、生徒たちどうしで教え合ったりして、自主的に学んでいます」と笑顔で話す。

はじめて触れる教材を自在に操る生徒たち

「教室ではない教室」を実現した「STEAM棟」



 STEAM棟が竣工したのは2017年。その企画立案から設計までを担当されたのが横濱氏だ。その竣工と時をほぼ同じくして、品田氏が同校に着任し、新しい授業スタイルをつくりあげてきた。

 STEAM棟の設計時、学校長からのオーダーは「『教室ではない教室』を作ってほしい」。AIやロボティックスが日常に浸透していくであろうこれからの時代、必要となるのは世界基準のテクノロジーのリテラシーと人間ならではの感性だ。今までの教室の概念を覆す、新たな学びの空間は、新時代に対応するアイデアを創造するきっかけとなる。

インタビューに応じる横濱友一氏

 「1階のこの部屋は全面ガラス張りにし、特殊な工法を用いて柱をなくした開放的な空間です。梁よりも天井を上にして高くし、あえて黒色にしました。黒色は吸い込まれていくような色で、圧迫感がないからです」とのこと。横濱氏は「特徴やこだわりを紹介するだけで、何万字もの原稿になってしまいますよ」と笑う。隅から隅までこだわり、それでいて無駄のない洗練された空間だ。

課題発見と解決の手法を学び、引き出しを増やす



 2017年に同校に赴任した品田氏。高校で情報の授業を受け持ちながら、学校改革本部長としてBYOD(Bring Your Own Device:私物端末の利用)形式での1人1台のiPadの導入やSTEAM教育の開発・推進をしている。

 「聖徳学園高校では情報の授業を『STEAM』と呼んでいます。STEAMというと理数系に力を入れることと思われがちですが、本校では課題解決力を養うための学びだと捉えています。授業の枠組みとしての学問だけではなく、世界や地元・武蔵野市が抱える実際の課題を見つけ、科学や技術を用いて解決するといった実践を行っています。社会課題の発見とその解決手法の習得全体が、聖徳学園のSTEAM教育です。解決するための手法のひとつとして、もちろんプログラミングも教えますが、それだけではなく、さまざまな方法を常に提起して、より良い解決法を探すように促しています。」(品田氏)

授業のようすを語る品田健氏

 STEAMの授業ではテクノロジーの活用だけでなく、あえてiPadもパソコンも使わず「グループでペーパータワーを作る」というアナログなワークショップも行うそうだ。「各グループに決められた枚数のペーパーを渡し、いかに高いタワーを作るかを競います。のりやテープは使わず、しかも最後に消しゴムの重りを乗せるというのがルールです。グループによっては、方針を決めることだけに時間を使いすぎてしまったり、何も決めずにそれぞれが作り始めてしまって結局まとまらなかったりと、いろいろな結果が生まれます。どういう形に折れば強度が高くなるのか、何枚重ねればもっとも高くなるのか、数学や物理の知識を総動員しながら試行錯誤を繰り返します。授業を通して、チームワークとPDCAサイクルを自分たちで学んでいきます。」(品田氏)

合言葉は「鉛筆、消しゴム、iPad」…ICT機器を身近なツールに



 多くの学校が最新のICT機器を学習に導入するなかで、聖徳学園ではあえてアナログで解決を探る授業も行っている。それは、流行のデジタル機器にばかり依存するのではなく「あくまでもタブレットやパソコンは課題解決のためのツールのひとつ」と考えているからだ。聖徳学園でいう「iPadを使う授業」というのは、iPadの使い方の熟達を目指す授業ではなく、iPadをひとつのツールとして活用し課題の解決を図る授業なのである。

 横濱氏も「『鉛筆、消しゴム、iPad』が私たちの合言葉です。iPadを手にした直後の生徒たちは、そのプロダクト自体の目新しさやおもしろさから“おもちゃ”にしてしまう傾向があります。ただ、数回授業を重ねるうちに、文房具と同じように、自分の学びや表現のための道具として使う姿勢が身に付いてきます」と語る。

「鉛筆、消しゴム、iPad」が教職員の合言葉

 興味深いのは、iPadを使った授業を行う教師たちの変化だ。パソコンやタブレットを使用する授業は、教師が拒否反応を示すことも多いと聞く。「BYOD形式をいち早く導入し始めた本学では、iPadを使う授業に対して自信を持っている教師が多くいます」(横濱氏)

 聖徳学園がiPad1人1台の提供を開始して4年。2019年春には、全学年でBYODの環境が完成する。導入直後から数々の試行錯誤を繰り返し、生徒の反応を見ながら授業研究を重ね、自信を持って授業を行うまでになったという。iPadを教育のツールとして活用している教師の背中を見ることは、それを学習・表現のツールとして活用する生徒が育つ最大の理由なのかもしれない

さまざまな教科を包含する、聖徳学園のSTEAM教育



 iPadを使った具体的なSTEAMの授業事例として、品田氏の行う動画制作の授業が紹介された。

 高校1年は「学んだことがない外国語を2つ選び、ほかの人に、その外国語による挨拶の言葉を教えてあげる動画を制作する」というのが授業のテーマだ。動画編集アプリ「Clips」には、撮影中の音声を認識し、自動的に字幕を表示する機能がある。生徒たちはその機能を利用し、YouTubeなどで自ら学んだ外国語をしゃべり、撮影する。発音や文法が正しければ、自動音声認識が機能し、字幕が出て成功となる。相手は機械なので、とことん正確さが求められる。授業の冒頭で教師がアプリについての紹介をし、サンプルの動画を紹介したあとは、生徒たち自らが学び、動画を完成させる。

「2つの外国語での挨拶を紹介する」というテーマのもとチームごとに動画を制作する

 高校2年では、総合の授業で取り組んでいる国際協力について、課題の解決策を現地の言語で紹介する動画を作成する。実際にこの授業を受けた石井喜大さん(高校2年生)は、スーダンの環境や社会課題を調べたうえで、挨拶とあわせてそれを紹介する動画に仕上げたそうだ。

 「アラビア語は初挑戦でした。Google翻訳で発話された言葉をそのまま話しているつもりなのに、うまくいかなくて苦戦しました。マイクとの距離によって、自動音声認識のしやすさに違いがあることがわかり、インカメラでの自撮りのスタイルに変更するなど、撮影方法も工夫しました。」(石井さん)

 こうした授業は、従来のように「先生が生徒に教える」という形式だけでは実現できない。教師も生徒たちと共に考え、生徒たちの考えに耳を傾ける。そのひとつのエピソードを品田氏が紹介してくれた。

 「火星に取り残された宇宙飛行士を助けるかどうかをディスカッションする授業を行ったことがありました。もちろん正しい答えが用意されているわけではありません。助けるまでのタイムリミットは何日、用意されている食料は何日分など、いくつかの制約を設けて考えます。生徒たちは、インターネットで調べて、『スイングバイ航法』を使えば早く火星に到達できるらしい、NASAが研究開発している宇宙で栽培できるレタスを食べて生きのびるなど、さまざまな方法を提案してきます。私たち教師も初めて聞くような情報がたくさんあります。それを受けて、私たちは『スイングバイ航法』とは具体的にはどのようなものか、レタスだけでどれだけ生き延びられるかといったより深い調べ学習の提案や、次の学びへのヒントを提供するのです。」(品田氏)

 中学1年の2学期には、短編映画制作に取り組む。あえて教科の枠組みに当てはめるとすれば、美術とICTと理科の合同授業だ。美術の要素としては、構図の取り方や調光の手法などを学び、ICTでは動画の編集ツールの使い方を学ぶ。そしてその映画のテーマは、理科の単元である「食物連鎖」だ。

食物連鎖をテーマに、カエルやヘビが登場するアニメーションを制作したチームも

 秋元一乃さん(中学3年生)は、この取組みが今までで一番印象に残っている授業だという。

 「映画監督が来てくださって、映画制作についてのレクチャーをしてくださりました。撮影する人、劇を演じる人、編集する人など、チームメンバーで手分けして作り上げていくという工程で、皆の考え方を聞いて、協力していく力が身に付いた気がします。ほかの人の意見を聞いて、自分の意見をさらに良くしていくというアクティブラーニングのライブ感が好きです。」(秋元さん)

 こうした教科の垣根を軽やかに超える学びが、STEAM教育では実現できる。今年は、美術とICTはもちろん、シナリオ作り(国語)や、BGM(音楽)なども盛り込んだ映画制作を、SDGsをテーマに行う予定だ。

理想の教育空間が拓く未来



 ここSTEAM棟は、授業以外にも利用され、休み時間や放課後も活気にあふれている。「放課後に授業のわからなかった問題を教えてもらうときにも、ここまで先生を連れて、教えてもらいます」と秋元さんは話す。石井喜大さんは、自身が代表を務める団体・国際交流ボランティアのミーティングでも活用しているという。

インタビューに応じる秋元一乃さん

 「中学時代をアメリカで過ごした経験から国際交流に関心があることと、日本でも電子黒板やiPadを活用した先進的な授業を受けたいと思ったことが理由で、聖徳学園高校へ進学を決めました。入学後に国際交流ボランティアの存在を知り、メンバーとして活動した後、今は代表をやっています。メンバーどうしのミーティングだけでなく、今年の夏にはディスカッションイベント『U-come』の開催場所として利用しました。『U-come』はユネスコ協会の青年有志が主催している世界の社会問題に関して議論するイベントで、今回はじめて東京で開催しました。」(石井さん)

インタビューに応じる石井喜大さん

 授業間の垣根を超えるだけでなく、学校内外の活動が行われるふところの深い空間だ。さまざまな学問領域、活動が交差することで新たな視点が生まれることも期待できる。

 聖徳学園の教育の柱は「自らの強みを伸ばし、世界とつながり、新しい価値を生み出す」こと。教師があるべき生徒像を押し付けるのではなく、自分なりの目標をしっかりと持ち、着実に未来を拓いていく人になってほしいというのが、同校の教師たちの思いだ。

 「『友達のような仲良し先生』とはまた違い、意見を交わし、お互いを高め合うことのできる同志のような関係が理想です。本学にはすでにそのような生徒が多く、私たちも楽しいです。」(横濱氏)

立場を超えてお互いを高め合う聖徳学園の教師たち・生徒たち

 それを実現するために、ふさわしい空間と授業のコンテンツを用意する。教師たち自らが新しい意識をもって取り組む姿が聖徳学園にはある。自らの可能性を見出し、武器となるスキルを身につけた生徒たちが世界に巣立っていく姿を、これからも期待している。

《渡邊淳子》

渡邊淳子

IT系メディアのエディター、ライター。趣味はピアノ。

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