東京都の難関高校受験において高い合格実績を誇るSAPIX中学部。教務部部長・吉永英樹氏と教育情報センター次長・伊藤俊平氏に、2023年度の振り返り、最新の東京都立高校入試の動向、2024年度入試に向けた夏休みの学習ポイント、保護者の心構えなどを聞いた。
中学3年生だけではなく、難関校・上位校合格を狙う中学1・2年生にも参考にしてほしい。
2023年度の都立高校入試を振り返る
--2023年度の難関校・上位校の人気傾向を教えてください。
伊藤氏:人気校の傾向はあまり変わっていない印象です。段階的に進められている男女合同定員移行が影響して、多少動きもありますが、全体的な傾向としては、上位校は盤石、一般的な模試偏差値でいうと55から下の中堅層の都立高校が苦戦している状況です。
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吉永氏:都立高校は学力の幅が広いのが特徴です。進学指導重点校に指定されているトップ7校(日比谷、西、国立、八王子東、戸山、青山、立川)はより難しくなり、二極化がますます顕著になっています。2021年度はコロナ禍中だったこともあり、安全志向から難関校の受け控えが起きましたが、2022年度は元に戻りました。2023年度はコロナ以前よりも難関校人気が上昇している印象です。都立に限らず私立も上位校はさらに難しくなってきているので、そこを見据えて準備をしていかなければなりません。
--難関校の自校作成問題、共通問題それぞれの出題傾向に変化や特徴的なものがありましたら教えてください。
伊藤氏:全体的な傾向として「大学入学共通テストの影響を受けている」と言えますが、特に進学指導重点校の自校作成問題にその傾向が強く出ています。具体例をあげますと、日比谷でここ2年連続して出題されているのが、英語資料を読み取ったうえで自分の考えに沿う選択肢を含めながら英作文をするというもの。「共通テストを意識した問題を出します」と説明会でも明言している青山高校では、先生と生徒がディスカッションしながらひとつの結論を導いていくといった、数学でありながら論理的な読解力が必要となる問題文が特徴的でした。共通問題の国語では、枕草子とその解説文という複数の文章を組み合わせて読み解く問題が出ましたが、こちらも明らかに共通テストを意識しているといえるでしょう。
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吉永氏:理科社会については、すべての都立受験生が受ける共通問題ですので、受験生のなかである程度の点差をつけないと合否の判断がつきません。たとえば、選択問題において完全回答でないと正解にならない問題を増やすなど出題者側は難度を調整しています。そういった問題で失点してしまわないように、共通問題だからと侮らずにきちんと正解していけるように確実な知識をつけることが難関高校受験には不可欠です。
伊藤氏:共通問題に関しては、基本的には学習指導要領にのっとって出題されるので、いわゆる“都立らしい”出題形式は変わっていないと思います。ですが、ひと昔前のように、社会の年号を暗記するような勉強の仕方ではなく、「この出来事がなぜ起こったのか」というところを記述させるなど、本質的な理解を問われる傾向にあるのは間違いありません。(SAPIX中学部による2023年度東京都立高校入試 自校作成問題および共通問題の講評はこちら)
初のスピーキングテスト
--2023年より導入された英語のスピーキングテストについて所感を教えてください。
伊藤氏:英語スピーキングテスト「ESAT-J」が都立高校入試で活用されることになりました。東京都全体の平均スコアが60.5点、A~Fの6段階評価のうちCランクとなっています。真ん中のスコアがいちばん多く、分布図が山型になるようなバランスの良い出題となりました。
2023年度から、中学1年生と2年生の英語カリキュラムにおいてもスピーキングテストを実施することが発表されています。東京都教育委員会としては、スピーキングテストは塾で特別な対策が必要なものではなく、あくまで学校で習った英語の確認テストであり、それを入試に取り入れますというスタンスです。中学1年生から取り組んでいけば、3年生になるころには生徒たちも慣れてくると思います。
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吉永氏:どんなに英語が得意な生徒でもやはり慣れと訓練は必要です。1回でもスピーキングテストをやったことがあるという経験が大切ですので、模擬試験を受ける、東京都教育委員会の公式YouTubeで内容をチェックするなど、保護者が意識して準備をさせることも大切です。
2024年度から都立男女合同定員に完全移行へ
--2024年度入試の変更点や新設コースの情報がありましたら教えてください。
伊藤氏:入試自体の制度や仕組みの変更は特にありません。新設されるコースとしては、江東区の科学技術高校が理数科を設置するということを発表しています。教育内容の詳細は現時点(2023年6月2日取材時点)でまだ発表されていませんが、理数系の進路を考えている受験生は気になるところでしょう。
--男女別定員の撤廃が、志望校選びにも関わってくるのでしょうか。
伊藤氏:過去4年の日比谷の入試データを見ていただきたいのですが、2023年度の男子の合格者149名、女子の合格者は前年から2名増えて124名です。2022年と比べてさほど変わらないように見えますが、女子の受験者数をみると2022年と2023年では30人の差があります。2022年入試で「日比谷には優秀な男子が集まるから女子には不利」と敬遠された結果、女子の志望者が減りました。2023年に関してはその部分をみて、「予想していたほど女子の不合格者が多くない」と受験生が増えましたが、結果、93名もの不合格者が出るという、女子にとって厳しい結果になったとみています。
一例ですが、日比谷を目指していた生徒が、受験の終盤になって成績が振るわなくなったからと西に志望校を変更しても、校風がまったく違いますので、その生徒にうまくマッチした例は多くはありません。
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同じ都立高でも、学校にはそれぞれの違いがあります。入試問題の違いだけでなく、学校の歴史や教育方針といった根本的なところから、制服の有無、3学期制か2学期制か、土足か上履きかといった細かいところまで違いがあります。3年間過ごす学校ですから、生徒自身が受けたいと思う学校に合格することをしっかりと見据えたうえで、チャレンジしていくべきだと思います。
吉永氏:都立が第一志望の生徒も「この学校なら満足して通える」というセカンドベストの私立高校をたくさん見つけられる、というのが首都圏入試の特徴です。前半の私立受験で第2志望の学校に受かったら都立はチャレンジと捉えることもできますし、私立の結果次第で都立の受験校を期日までに変更することもできます。間際で慌てないように、前もって中学校の先生や塾と相談して、いろいろなパターンを想定して準備しておくことが大切です。
都立・私立の注目校
--学校選びについて教えてください。都立の人気校、注目校に変化はありますか。
伊藤氏:近年は都立高校の人気が戻っています。日比谷が東大合格者を多数輩出するようになってきましたので、2024年度入試も日比谷の人気は継続するでしょう。
学校選びで大切なのは、やはりその学校をしっかり知ることです。たとえば、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)指定校で学びたいのであれば戸山か立川、日比谷を目指すことが考えられるでしょう。男女仲良く楽しい学校生活を送りたいのであれば、文化祭などの行事が盛んな国立や先生と生徒の距離が近い青山、部活が強い学校なら駒場や小山台というように、各校まったく違う特徴があります。学校見学や説明会で学校の雰囲気を知ってほしいです。
--私立高校の注目校はどこでしょうか。
伊藤氏:全体的な流れをみますと、都立難関校を受験する生徒は、5教科入試を実施する私立校と併願するケースが確実に増えています。2021年度から5教科入試を取り入れた巣鴨の倍率は、1.4倍から2.5倍と急激に増えました。1月校を手厚く受けていこうという意識の高まりもあり、千葉県の渋谷幕張、市川、昭和秀英など5教科入試の学校との併願は2024年度も増えていくと思います。
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吉永氏:日比谷を受ける層は、私立の併願校は早慶以上しか考えていないタイプの生徒も多いです。筑駒や開成に合格した生徒が日比谷に進学しているというケースも多くはありませんが現実としてあります。
夏の学習アドバイス「早起き早寝」
--夏の過ごし方と学習戦略について教えてください。
伊藤氏:中3生は、現時点での自分の実力を現状分析することが大切です。志望校に対して、通知表という横軸をふまえて、入試までにどのくらい取らなければいけないのか、どうやって実力をつけていくのか明確にすることが大事です。
吉永氏:受験は夏が勝負なのは間違いないですが、6月くらいから徐々に勉強時間を増やしていくことが大切です。夏休みは規則正しい生活を、特に“早起き早寝”を心がけて、起きたらまず計算、漢字練習といったスタートしやすいものから取り掛かると良いと思います。
また、とにかく頼れる教科が1つでもあることが受験にとって強みになります。数学で1問落としても、ほかの教科の中で絶対にこれだけは取れるという自信がある生徒は合格しやすいので、1つでも頼れる教科があると良いですね。その次に、時間がある夏休みにじっくり苦手教科を克服していくという順番が難関校を受けるうえで重要です。
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--5教科について、これから秋までに取り組むべき学習アドバイスを、それぞれの教科ごとにお願いします。
英語
語彙が足りない、時間が足りないことが長文を読み込んでいく際のネックとならないように、基本的な英単語や熟語は身に付けておきましょう。長くて難解な英語読解に集中して取り組むには、訓練が必要です。夏休みを利用して、骨のある問題に挑める学力をつけるようにしましょう。
数学
数学はあるテーマや単元から大問が出されます。たとえば、まったくわからない単元から出題されてしまった場合、大問すべてを失点することになるのが数学の恐ろしいところです。出題された単元がマスターできていれば少なくとも1問は得点できます。まずはテーマを全部網羅して守りを固めるような勉強を優先して、そのうえで自分はどこが抜けているのか、どの部分が弱点かという見極めが必要です。生徒自身だけでは見極めが難しいので、プロにアドバイスをもらうのもお勧めです。
国語
題材として、昨今の社会問題をテーマに扱った内容が出題されることが多くなってきました。昨年は共通問題で「情報社会とウェルビーイング」について出題されましたが、日頃から世の中で問題になっている事柄への意識をもってほしいと思います。過去問を含め、いろいろなテーマを扱った文章に触れておくことが知識の底支えや人間としての成長につながります。
理科
数学と同様、抜けているテーマがないように勉強する必要があります。出題分野で抜けているものがないように知識を固める一方で、知識だけでは解けず思考力で対応するような出題もありますので、攻守バランス良く準備しておく必要があります。
社会
学習を底支えする知識が大切になります。年号を丸覚えするだけでなく、歴史上の出来事がいつ起こったか、前後関係や時代背景をしっかり理解することが大切です。1冊の問題集をじっくりやり込むよりも、薄くても良いので5冊問題集を解くと、ひとつの知識に対して、総合的、立体的な知識として定着させやすくなります。
--受験生の保護者へのアドバイスをお願いします。
吉永氏:受験まで半年ありますが、親子で同じ方向を向いて過ごしてほしいと思います。親子でまったく意見がかみ合わないことがあったら、間に塾を置いてください。親からは伝えづらいことも、我々がオブラートに包みながら、あたかもご両親からは何も聞いてないようにお子さんに伝えます。
“親との関係は特に悪くはないけど、勉強のことを言われるのが嫌だ”というお子さんは多くいます。ですが、学校や塾の先生が勉強と成績の話をするのは当たり前のこと。都合の良い第三者として、塾の担任や学校の先生といったまわりの大人を上手に使うという発想も必要かなと思います。
「これだけは人に負けない」武器になる教科を見つける
--小学校高学年~中1生のうちから難関高校受験に向けて備えておくと良いことなど、アドバイスをお願いします。
伊藤氏:まず、全力で学校生活に取り組んでください。英語は将来役に立つから勉強する、古文は使わないからやらないなど、目先のことで選り分けるような学習の仕方では通用しません。AIの時代といわれていますが、入試で子供たちに求められる学びというのは紙で配布され、自分の頭で考えたことを鉛筆で書くというものです。この形であり続ける以上、日本の学校教育で定められている学習をしっかりやっていくことが大切です。自分を律し成長していく生徒が、最終的には受験にも目的意識をもち、意識高く勉強していけるようになると思います。
吉永氏:いわゆる教科書的な、定期試験的な学校の勉強だけでは対応が難しいのが、高い思考力を要するような上位校の自校作成問題です。低学年のうちに、できれば英数国のいずれかで「これだけは人に負けない」という武器になる教科を見つけて、「好き」「できる」状態にしておくと、上位校を目指す糸口になると思うので、まずはそこから意識してほしいと思います。
--ありがとうございました。
「夏休みは時間があるので、大量に繰り返し学習すること」が大切だと強調する両氏。夏は腰を据えて基礎固めや演習問題に取り組めるという勉強面のプラスだけではなく、“自分がこれだけやったんだから、不合格になるはずがない”という精神的な自信につながるという。「受験本番の子供自身を支えるのは、夏にこれだけ頑張れたという自信。そういった気持ちの部分こそが、受験生をたくましく成長させるのです」と、天王山の夏を迎える親子に向けて熱いエールをいただいた。
この夏、SAPIX中学部が開催する公開模試や講習などは以下のとおり。
【副教科長座談会】都立進学指導重点校 自校作成問題の難しさと対策7/17(月・祝)実施 中3 都立スピーキングテストプレ
7/24(月)開講 小6~中3 夏期講習
※中学1年生を対象に「無料 夏期講習準備講座」も開講
7・8月開講 小5 英算特別講座(全2日間)