リセマム編集長・加藤紀子による「編集長が今、会いたい人」。第1回のゲストは、日本人女性として初めてアメリカの名門・コロンビア大学で理事に選出された花沢菊香氏。
花沢氏は生まれてから高校まで日本で育ち、コロンビア大学、ハーバード大学ビジネススクールを卒業。ニューヨークでスタートしたファッションブランド「VPL」のCEO(最高経営責任者)のほか、慈善事業家・社会起業家としての顔ももつ。
昨今の日本における教育業界のホットトピックとして「国際教育」があげられるだろう。海外へ留学する学生数は、コロナ禍前の2019年まで右肩上がり。コロナ禍が落ち着いた今、再び「我が子に海外で学ぶ機会を与えたい」という保護者の期待は高まっている。
しかし花沢氏は、「日本にいながらでも、十分に世界で通用する力を育める」と断言する。世界を舞台に活躍する花沢氏へのインタビュー後編は、「グローバルに活躍するために、日本の子供たちができること」とは。
(前編はこちら)
「自分の将来に不安を感じている」高校生は約8割
加藤:世界を舞台に、ビジネスでも慈善事業でも活躍されている花沢さんが今、もっとも関心を寄せているのが日本の教育ということですが、それはどういう背景からなのでしょうか。
花沢氏:日本では少子高齢化が進みイノベーションが起きるのが難しいです。賃金は上がらないのに物価は上がっていくし、かつてのように車や電化製品の輸出だけで稼げる未来も見えないし、「日本はもうダメなんじゃないか」という空気に覆われている気がします。
先日も国立青少年教育振興機構青少年教育研究センターの調査が発表され、「自分の将来に不安を感じている(よくあてはまる+まああてはまる)」 と回答した日本の高校生は約8割にのぼり、アメリカ、中国、韓国と比べて最多という結果でしたよね。
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でも世界から日本を見ている私に言わせれば、「日本はまだ全然ダメじゃない」と断言できます。今、私が日本の子供たち、そしてその親御さんたちにいちばん知ってもらいたいのは、「日本にいながらでも、世界で活躍できる人になれる」ということなんです。
加藤:そうした背景から、教育の現場でも「世界に遅れを取るまい」と、小学校から英語やプログラミング、思考力や創造力などを育むための探究学習が始まっています。2020年から文科省が実施している新しい学習指導要領には、これまでの知識や技能に加え、私たち親世代が経験したことのないこのような新しい教育が盛り込まれていて、現場の先生方は汲々としている状況です。
花沢氏:「グローバルに活躍できる人材を育てる」という目的で英語やプログラミング教育に注力しても、残念ながら世界で勝てる競争力をもてるかは疑問です。私はハーバード大学の入試面接官*をしていますが、中国や韓国、インドなどアジア系の生徒の英語力や理数系のコンテストの成績は、一部の天才を除いては日本人の生徒は正面から競争しても太刀打ちできないのが現実かもしれません。そもそも現場の先生方自身も経験が浅く、不慣れなことを無理強いしてまで、全国津々浦々の学校で英語やプログラミング分野の教育を徹底させる必要はないのではないでしょうか。*面接官はハーバードの卒業生がボランティアで行う。
日本にすでにあるオンリーワンを探す教育を
加藤:では花沢さんは、これから日本がどういった教育に力を入れるべきだとお考えですか。
花沢氏:日本にすでにある、世界をリードする「オンリーワン」のコンテンツを探すこと。その魅力に気付かせる教育です。
たとえばTIME誌の「世界でもっとも影響力のある100人」に選出された近藤麻理恵(以下「こんまり」)さんは、「お片付け」というコンテンツをネットを通じて世界に広め、一大ブームを引き起こしました。こんまりさんのコンテンツは日本でも流行しましたが、まさか世界でも大ヒットするなんて、誰も予想しなかったでしょう。でも、そうやって日本にいると当たり前で気付きにくいものが、海外では革新的に映ることがあるんです。
加藤:世界をリードするコンテンツを日本の中で見い出し、世界に発信していく。そうすればグローバルに活躍できることができる時代だということですね。
花沢氏:それは研究でも良いし起業でも良い。グローバル=スケールではない時代です。知的財産を含めて、日本にすでにあるコンテンツをレバレッジして、個人の強みや能力にしていく。これの良い点は、ジェンダーの壁がないどころか、女性が強いコンテンツも少なくありません。
コロナ禍で、オンラインでのコミュニケーションが一般的になったことで、日本にいながら世界に通用する存在になることへのハードルは確実に下がりました。
ポイントはあるもの同士の掛け算。「ニッチ×メジャー」とか「文化×サイエンス」。たとえばニッチでも世界をリードするコンテンツを、動画などのメジャーな手法で届けるとか、食文化をサイエンスで説明するなどです。
そこで大事なのは、「ずっと日本にいるから無理」とか「英語ができない」などと最初からあきらめず、まずは世界でいちばんのコンテンツを身近に見つけてみること。それを動画にして、英訳は自動翻訳機を使えば良いので、まずサクッとやって反応をみること。「YouTuberでもないのに動画を作るなんて」と思うかもしれませんが、人はコンテンツで集まるものなので、まずはやってみてほしい。
こんまりさんは通訳を付けて、日本語で英語のメディアに登場しました。それでも「お片付け」の精神性は世界の人々に理解されたわけです。彼女と多くの日本人お片付けコンサルタントの違いは、一言で言えば「世界で勝負したかどうか」。これに尽きると思います。
加藤:なるほど。確かに日本の麹(こうじ)や旨味(うまみ)、抹茶、生き甲斐など日本独自のコンテンツや概念が、“koji” “umami” “matcha” “ikigai”とそのまま英語になっていて、世界的に高い関心を集めていると聞いたことがあります。そんなお宝は、まだ日本の、特に地方に行けばたくさん埋もれていそうな気がします。
花沢氏:日本のあちこちにいっぱい埋もれていますよ。日本にしかなくて世界から注目されているものって結構ありますから。
私が住んでいるアメリカのカリフォルニア州は、ちょうど日本と同じくらいの広さなのですが、カリフォルニアがもっている資源や文化で世界に誇れるようなものといえば、ワイン、サーフィンや映画、最近ではビーガン食など、せいぜい10個くらいでしょう。
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でも日本だと、同じ広さでも世界で勝負できるものっておそらく1,000以上はあると思うんです。ファッション、繊維、化粧品、お香、建築、アニメ、芸術、舞踊、音響、映画・写真やグラフィックデザインを含むビジュアル・アーツ、照明から新幹線に至るまでの工業デザイン、家具や包丁などを含む工芸品、ありとあらゆる食品や蒸留酒、日本酒など。
歴史をひも解くと、江戸時代の参勤交代という制度の下、日本には各地で「これぞ日本一」と思うものを将軍に献上する文化がありましたよね。その名残りもあって、日本にはまだ地域に根付いた特産品がたくさん残っているんです。最近ではふるさと納税によって特産品を競い合うなど、これは日本ならではの世界でも珍しい制度です。
日本のニッチコンテンツでナンバーワンになったら無敵
加藤:そういうものって、そこに住んでいる人とってはあまりにも身近だから、価値があるなんて思っていない。むしろその希少価値を、海外から来る人たちが先に気付いてしまうこともあるのではないでしょうか。
花沢氏:私が懸念しているのはまさにそこです。これまではコロナ禍でしばらく日本も鎖国状態でしたが、今は円安も手伝ってインバウンドが復活し、外国から大勢人が集まって来ています。そうなると、ユニークなコンテンツはあっという間に海外に持っていかれてしまう。彼らは高い値段を付けてビジネスにするでしょう。そうなってしまう前に今、教育を通じてその価値に気付き、日本企業やコミュニティに最終利益が落ちるように主体性をもって動き出してほしいのです。ただ、これは一度海外に出て外から日本を見ないと、日本の優れたコンテンツが何なのかさえ、そもそもわからないかもしれません。
私が最近立ち上げたTHE IROHA(イロハ)というサイトでは、さまざまな業界でグローバルに活躍している日本人を英語で紹介しています。ここにはたとえば、伊賀焼の土鍋を世界に広げている“TOIRO”を起業した武井さんが登場します。土鍋は日本ではありふれた調理器具ですが、彼女はその健康的な調理法と素材そのもののうま味を引き出す魅力をレシピ本や動画で伝え、ミシュランで星付きのシェフが続々と“TOIRO”から土鍋を買って使うようになりました。
こうしたビジネスであれば、日本にいながらでも世界で活躍できます。
日本の学校の先生方は、こうした日本にすでにある「オンリーワン」の魅力を生徒が再発見する手伝いをし、それを継承して世界に発信する方法を生徒と一緒に模索する時間を取っていただけたらと思います。
加藤:土着の文化や特産品の魅力を発掘するとなると、始まったばかりの「探究学習」とも相性が良いですし、地域の方々を巻き込んで、地元の活性化にも繋がりそうですね。
花沢氏:さらに地方を含めた大学の研究室とも繋いであげれば、子供たちが研究の方法を大学生、院生から学んだり、共同論文に参加させてもらうことで世界に向けて発信する方法を学んだりする機会にもなるでしょう。私も、日本各地のオンリーワンを発掘して探究する子供たち向けのコンテストなど、実際に社会へとアウトプットできる機会をつくって応援していけたらと考えているところです。
英語やテクノロジーは、そうやって何かをもっと「知りたい」「極めたい」という気持ちが子供の内側から湧き出れば、手段として必要になってくるので自然と学ぶか、外注できると思うんです。通訳、翻訳、テクノロジーというのはどんどん安価になり自動化されています。長い年月をかけ、手間をかけて築き上げた文化は、テクノロジーに取って代わられないものだということに気付いてほしい。
やみくもに「これをやっておかないと将来困るから」という理由で、すでに競争の激しい分野で戦おうとするのではなく、競争のない分野で1番になることのほうがこれからの時代重要ではないでしょうか。
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私はこちらでハーバード大学の面接もしていますが、世界各国の優等生、特にアジア系は、楽器が弾けて理数系が得意な人が多いんです。そんな中で、たとえば食であれば「麹(こうじ)」や「うまみ」の研究の話をする生徒が入れば、際立つことができるかもしれません。すごくニッチだけど世界でも有数の技術やコンセプトであれば、その人は世界でもうすでにナンバーワンなんですよ。
アメリカはナンバーワンが好きな国。だからこそ日本という国のニッチコンテンツでナンバーワンになったら無敵です。
「小さなお山の大将になれ」――私は今、この言葉を日本の子供たちや保護者の方々に伝えたいですね。
加藤:花沢さんのお話を伺って、私たち親世代は不透明な未来を前に、英語やプログラミングなど、自分には足りないもの、経験がないものにとりわけ不安を煽られ、いつの間にかそれ自体を子供の教育の目的にしてしまっているかもしれないと痛感しました。
灯台下暗し。私たちの足元にはまだたくさんの宝が眠っている。そんなお宝をきっかけに興味が湧いたこと、面白いと思うことを探究していけば、ハーバードだって夢じゃない。
世界から日本を見ている花沢さんだからこそ、グローバルに活躍するってどんなことなのか。そして今、真に日本の子供たちにどんな教育が必要なのかを気付かせてくださいました。ロサンゼルスから長時間にわたるインタビュー、ありがとうございました。
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