首都圏の中学受験率が過去最高を更新し続ける中、2026年度の中学受験はどのような傾向を示すのか。「時代の変化に敏感で、才覚や考える力を伸ばしてくれる学校に注目が集まっている」と四谷大塚 情報本部本部長 岩崎隆義氏は指摘する。
学校選びの新たな指標について、具体的な学校例を交えながら解説いただくとともに、保護者が学校を見極める実践的な方法についてお聞きした。
中学受験を取り巻く環境の変化
--まず、2025年度入試を振り返って、どのような変化を感じられましたか。
東京都の中学受験率は27.2%に達し、4人に1人が中学受験をする時代に突入しています。住んでいるエリアによっては、中学受験が「クラスのほとんどの子がするもの」と言っても過言ではありません。

これまで中学受験というと、教育意識の高い、いわゆるパワーカップルのご両親が熱心に取り組むものというイメージが強くありましたが、最近ではタイプの異なる多様な家庭が参加するようになってきていると感じています。
印象的だったのは、芝国際中学校で開かれた説明会でのことです。平日昼間の開催にもかかわらず、父親の参加者が多かった。しかも、スーツ姿ではなく私服姿で参加される父親の多さに驚いたんです。これまでも午前だけ有給を取得してスーツ姿で説明会に参加する父親はちらほら見られましたが、ようすが変わってきたなと感じました。
背景には、社会構造の大きな変化があると思っています。AI技術の急速な発展、株式市場の変動幅の拡大など、個人の才覚や適応力がより重要になる時代に突入しています。中受家庭のご両親も「(従来の指標で言うところの)良い大学を出て大企業に入り、高い賃金を得るエリートサラリーマン」タイプの方ばかりではなくなってきたということでしょう。
2月1日入試から見る人気校の特徴
--2025年度入試で人気を集めた学校の傾向を教えてください。
2月1日午前入試の実受験者数ランキングを分析すると、非常に興味深い傾向が浮かび上がってきます。2月1日は東京・神奈川の解禁日で、午前中しか入試がない学校も多く、「本命」「第一志望」と言われる学校の試験がもっとも固まっている日ですから、この日の実受験者数はその年の志願動向を知るうえで大きな指標になります。

1位は開成で1,000人を超えていますが、2位以降を見ると、安田学園、早稲田、麻布、女子学院、慶應、駒東、本郷、吉祥女子、早実、桜蔭、海城、武蔵、芝、日大豊山と続きます。ここで注目すべきは、必ずしも偏差値順に並んでいないということです。
たとえば、桜丘や聖徳学園、安田学園といった偏差値40~50台の学校がランクインしています。もちろん「ボリュームゾーンの偏差値帯だから多くなる」という要因もあるでしょう。しかし、1日午前にこれらの学校を受ける人たちが増えている理由は、単に「入りやすいから」ではないと考えています。
本人の学力に合わせた面倒見の良さが支持される傾向
--桜丘などの中堅校に人気が集まるケースにおいて、共通点はあるのでしょうか。
総じて面倒見のいい学校の評価が高まっているのを感じます。
たとえば桜丘は、1日の第1回入試のAライン偏差値42と「比較的入りやすい学校」ですが、とても丁寧に面倒を見てくれるため、お子さんの学習習慣が付く学校です。「うちの子、なかなか勉強しないんですよね…」と悩んでいるご家庭や、宿題をめぐって親子げんかになってしまうようなご家庭には最適でしょう。
安田学園や日大駒場も同様に、面倒見の良さで人気を集めています。これらの学校の特徴は、まずは教科書レベルの基礎学力をしっかりと身に付けさせてくれる点です。私立ならではの教育というと、探究をはじめとして、従来の学習観に捉われないカリキュラムに目を惹かれることもあるかもしれません。しかし、基礎学力がない子供は問いや仮説を立てることはできません。
地道な学習を進めていき、基礎をしっかり固めたうえで、時期を見計らって、適したタイミングでグッと伸ばしてくれる。子供の興味関心をどう引き出すか、それがまさにエデュケーション(教育)なのだと思います。

面倒見が良い学校に注目が集まっているのは、わが子のレベルに合った教育を求める保護者が増えていることを表しているのではないでしょうか。偏差値40の子には40の学校選択、50の子には50の学校選択があると考えるご家庭が増えているのです。わが子に鞭を入れて、何が何でも60の学校に入れようと考える時代ではなくなってきたのでしょう。
時代の変化に敏感な学校にも注目
--偏差値「だけ」ではない学校選びが浸透してきているということですね。学習面以外の取組みで注目すべき学校などはありますか。
時代の変化を敏感に捉えた教育を展開している学校にも注目が集まっていると感じています。
たとえば、大妻多摩の非常にユニークな取組みが印象に残っています。生徒たちが自ら企画して、とあるYouTuberを講演に招いたと言うんです。彼は株式投資で100億円ほど稼いだ人物として知られています。
はじめ校長先生は、そのYouTuberがどのような人物か知らなかったと言います。でも高校生たちが講演内容をプレゼンし、企画を提案したことで、納得し、許可したのだそうです。
従来であれば、学校の「進路講演」と言うと、弁護士や医師、大企業で活躍しているOB・OGが登壇するイメージがあります。もちろんそれはそれで学びはありますが、個人の才覚や適応力がより重要になる現代において、やや古さを感じざるを得ません。さらに、在校生が自分たちの興味関心のあるトピックを学校に提案し、実現させるというプロセスを認めるという懐の深さ。学校側にもそういうセンスが求められる時代になってきたのだなと思います。
富士見も注目すべき変化を見せています。2024年4月から着任された善本久子校長先生が「良妻賢母の中身が変わりました」と宣言し、「家庭を守るうえで投資のセンスをもっていないと、これからの女性は家庭を守れない」として、投資に関する教育を展開されています。
富士見は山種証券の創業者、山崎種二が創った学校です。米穀問屋から身を起こし、相場師として成功を収めた後、証券業に進出し、山種証券を創業。収集した美術品をもとに日本初の日本画専門美術館(山種美術館)を作った人物でもあります。そういう歴史をもつ学校だからこそできる、時代に即した教育方針の転換と言えるでしょう
また、これは高校の話になりますが、聖徳学園のデータサイエンスコースにも注目が集まっています。このコースについては単願推薦や併願優遇のシステムを採用せず、シンプルな一般入試のみで合否を判定するという姿勢を取っています。※単願推薦・併願優遇:都内私立高校入試において、既定の内申点をもっている生徒であれば基本的に合格となるシステム。
一般的な私立高校であれば「都立高校で不合格になったらうちに来てね」という形で、受け皿的な役割も担っているものですが、聖徳学園は早慶と同じような選考方法で勝負しています。こうした強気の姿勢でありながらもしっかり人気を集めているのは、時代のニーズを的確に捉えているからでしょう。
首都圏以外の学校に目を向けてみるのも効果的
--首都圏以外にも注目すべき学校はありますか。
最近、地方の寮制学校という選択肢も注目されています。今年3月に青山学院中等部で開催された「キリスト教学校合同フェア」で各学校の先生方の話を聞く機会がありましたが、その中でいちばん人を惹きつけたのが函館ラ・サールのプレゼンテーションでした。
「函館ラ・サールは函館にあるわけですから、(遠方から進学する際)当然寮で生活することになります。この中高6年間の寮生活で、社会に出てから必要なスキルをすべて身に付けます。卒業生も皆『大事なことは寮生活で教わった』と口を揃えて言います」
この学校の寮は「50人部屋」で、1学年のメンバー全員が同じ部屋で生活する仕組みになっています。「他人と一緒に生活する不自由さ」「空気を読む力」「言わなければ伝わらないコミュニケーション」といった、社会に出てから本当に必要なスキルが自然と身に付くのです。
2025年から東京入試を始めた松本秀峰は、周辺に信州大学関係者や技術者家庭が多く、「日本のシリコンバレー」とも呼ばれる環境にあります。新宿からあずさで約2時間という立地で、週末帰省も可能なのも魅力です。
福島成蹊も2025年に東京入試を始めた学校で、医学部志望の生徒には特にお勧めです。福島県では県内の医師不足を課題として「福島県地域枠医師等キャリア形成プログラム」を整備していて、将来医師を目指すお子さまにとっては大きなメリットがあります。
こういった学校は、思春期の子供との適切な距離感を保ちながら自立心を育みながら、お子さまの特性に合った環境で6年間を過ごせる点がメリットです。こうした地方の寮制学校も十分に検討してみる価値があるのではないでしょうか。
今の時代求められる、中高一貫教育ならではの価値とは?
--世の中が変化し、選択肢もどんどん増えていく中で、あらためて中高一貫教育の意義はどこにあるのでしょうか。
中高一貫教育の最大の価値は、子供から青年へと成長する重要な6年間を、同じ教育理念のもとで過ごせることだと考えています。同じ教育理念、同じ先生、同じ環境のもとで6年間を過ごすことで、地に足をつけ、継続的に「考える力」や「人間力」を育むことができます。
高校受験をする場合、3年ごとに先生や友人が変わってしまいますが、中学受験なら、自ら選んだ学校で一貫した6年間を過ごすことができます。この学びの継続性こそが、中高一貫教育の大きな価値だと思います。
学校選びのポイントは「下校風景」にあり
--お子さまに合った学校を探すことが大切なのだと思いますが、実際に学校を見学する際、保護者はどこを見れば良いでしょうか。
いちばんのポイントは、「生徒が元気」な学校を見つけることです。学校の勢いや伸びは、活気ある生徒の姿にあらわれます。
保護者の皆さんの職場に置き換えてみればわかりやすいでしょう。たとえ目の前にめちゃくちゃ高い壁があったとしても「大丈夫だ、行くぞ」という前向きなチームリーダーや、その自信の後ろ盾になる情報をしっかり整えてくれるプロジェクトリーダー。保護者の皆さんにも、そういう人のいるチームは、自然と雰囲気もパフォーマンスも良くなるというご経験があるのではないでしょうか。
学校も同じです。前向きで、新しいことにチャレンジする意欲も高く、全体的に活気があるような学校であれば、生徒も自然と元気になっているはずです。
--確かに、生徒が生き生きしている学校であれば、安心して任せられそうです。生徒の姿をチェックする際のポイントなどはありますか。
まず大切なのは、学校説明会で在校生代表として登壇する生徒だけを見るのではなく、一般の生徒たちのようすを観察することです。説明会で登壇する生徒は、学校が選んだ特に優秀な生徒であることが多いため、それだけを見ていてはミスマッチが起きかねません。
私がおすすめする方法は、下校風景を見に行くことです。多くの受験生保護者が集まる説明会の日は、生徒たちは事前に先生から「良い子」でいるように言われていることが多いです。たとえ先生から指導されなくても、生徒たちも空気を読みますから、普段よりしっかりした姿を見せようとするでしょう。一方、説明会とは無関係な平日の放課後、授業や部活が終わってからの下校風景であれば、もっとも自然な彼らの姿を見ることができます。学校に相談して、説明会とは関係なく見学できる機会があれば、ぜひ活用していただきたいですね。
模試を活用した志望校選定のタイミング
--理想の学校を見つけることも大切ですが、合格を目標とする場合、受験戦略を含めた志望校選定も必要になってくると思います。学校選びの材料となる模試について、時期ごとの活用法や注意点を教えてください。
中学受験における模試の活用は、時期によって大きく意味合いが変わってきます。まず4・5月の模試では、受験生のほとんどが強気な志望校を書く傾向にあります。保護者もお子さまの可能性を信じ、「夢のある」志望校設定をしている時期です。実際、今年4月に実施した第1回合不合判定テストでの志願者数を見ると、早稲田、開成、武蔵、城北、早実、吉祥女子、女子学院といった学校が、ほぼ偏差値順に並んでいます。まだ現実的な判断というよりも、「できれば行かせたい学校」「憧れの学校」が多く選ばれている状況です。

これを「無謀」と批判するわけではありません。1学期の志望校設定で重要なのは、お子さまのモチベーションを高め、維持することです。あまりに現実的すぎる選択をしてしまうと、安心しきって油断してしまったり、お子さまの学習意欲が下がったりしてしまう可能性があります。多少背伸びをした志望校を設定することで、「頑張れば手が届くかもしれない」という気持ちを持続させることも大切です。
その後、6月で親子ともに現実を感じ始め、9月・10月あたりにリアルな受験校ラインアップへと調整されます。面談を経て、12月にはほぼ出願とおりに確定するというのが一般的な流れです。大切なのは、この流れを理解したうえで、お子さまの成長に合わせて柔軟に志望校を見直していくことです。4月の時点で無理だと思えた学校でも、お子さまの頑張り次第では手が届くかもしれませんし、逆に現実的な判断が必要になることもあります。
保護者が心がけるべきことは?
--学校選択において、保護者はどのような準備や心構えが必要でしょうか。
まずご両親で話し合ってほしいのは、「素敵な人間」をどう定義するかということです。私は一流の人は皆「挑戦する人」だと感じ、そうした「挑戦する人」こそが素敵な人間だと思っています。四谷大塚も「独立自尊の社会・世界に貢献する人財を育成する」ために、日々教育活動をしております。
お父さん、お母さんはどのようにお考えでしょう。どんな「素敵な人」にお子さまを育てたいですか。この問いかけに対して、おそらく「東大に進学する人」「●●中学校に合格する子」といった答えではなく、「責任感がある」とか「人に好かれる」とか、人間を表す形容詞がたくさん出てくるのではないでしょうか。
「こういう人に育ってほしい」という理想像を夫婦でたくさん出し合い、そのうえで、もっとも大切にしたい子育て理念を実現できそうな学校を探してほしいのです。それが私が考える「理想の志望校選び」です。
時代が大きく変わっている今だからこそ、従来の価値観にとらわれず、柔軟な視点で学校選択を行い、わが子を温かく見守る姿勢が大切になってきていると思います。
これまでのように「良い大学を出れば安定した収入が得られる」という時代ではなくなった今、個人の才覚や適応力がより重要になってきています。難関大学の合格実績や目先の6年間だけではなく、卒業して大人になっても、人生の要所要所で体験や学びが生きるような学校。そんな学校に出会えることを願っています。
--今回も貴重なお話をありがとうございました。
社会の流れが急速に変化していると知れば知るほど、「わが子にどんな教育を受けさせれば良いのか」と悩んでしまうもの。だからこそ、家族で「素敵な人間」の定義を考え、遠いところにある課題を身近に引きつけるアプローチは、具体的で納得できるものだと感じた。
中学受験は常に理想と現実の狭間での戦いだ。「理想像」を明確に定めつつ、それに夢を見るのではなく、現実を受け入れながらチューニングしていく。そのプロセスを怠らないことこそが幸せな中学受験生活のカギではないだろうか。
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