偏差値表を眺めるだけでは、志望校の「真の価値」は見抜けない。
筆者は2021年から5年にわたり、首都圏77塾201人の進路指導担当者に、中学受験における志望校決定の重要キーワードを調査。膨大なデータから浮かび上がったのは、「偏差値」という単一の物差しを凌駕し、“教育の実質”を見抜く親世代の鋭い審美眼だった。
本稿では、「選ぶ側」(受験生・保護者)を横軸に、「進路指導を行う側」(塾関係者)を縦軸に、それぞれが重視するキーワードをまとめた最新キーワードマップを独占公開。
今、偏差値を追い越すキーワードは?
保護者の間で大幅に上昇、下落した意外な指標
塾側の進路指導で急伸している項目
10年後の受験界を支配するキーワード群
を予想。変化の激しい時代、わが子にとっての“正解”をどう見つけるべきか。201人のプロの知見が詰まった「志望校選びの新基準」をお届けする。
*調査方法:首都圏77塾関係者(201人)へ中学受験で進学決定要素になるキーワードを著者(ルートマップマガジン社 西田浩史)が聞き取り調査(2021年1月~25年12月)した結果を基に作成。
「開成、麻布、筑駒(武蔵)」「桜蔭、女子学院、雙葉」―。これらは男女の御三家校であり、圧倒的なブランド校だ。中学受験の世界において、これらの学校名が特別な響きをもつことに異論はないだろう。今なお、強い影響力を誇っている。ただし、競争が激化する中学受験の世界において、「偏差値」という単一の物差しが志望校選択の絶対的な基準であり続けているのかといえば、状況は変わりつつある。実態はどうなのか、今回は具体的なデータに基づき検証していきたい。
「偏差値」だけで選ぶ時代は終わった…新たな選別軸とは?
まず、なんといっても受験で代表的なキーワードとして「偏差値」を思い浮かべる人が多いだろう。かつてはこれによって、合格可能性や進学実績、さらには学校のブランド力までもが一体的に評価され、それが受験生や保護者にとってもっともわかりやすく、またもっとも安心できる判断材料となっていた。しかし、筆者が独自に調査した首都圏77塾201人の塾関係者への大規模調査では、そうした前提が徐々に、そして確実に揺らぎ始めていることが判明した。
さっそく下のキーワードマップ(※記事の最後の赤いボタンより、大きなサイズのPDFをダウンロードできます)を見てほしい。縦軸は「教える側」(塾関係者)が進路指導で重視するキーワード、横軸は「選ぶ側」(受験生・保護者)が志望校決定時に重視するキーワードを表しており、塾と受験生・保護者は共に、右上に近いものほど重要度が高くなることがわかる。
これは、単なる「人気校ランキング」ではない。塾関係者や受験生とその保護者が、どのような視点で具体的に志望校を選んでいるのかを示すものだ。

内容を細かく見ていこう。まず注目すべきは、その右上に集まるキーワード群だろう。

ここは、受験生・保護者が重視し、かつ塾側も進路指導で重視している領域だ。いわば学校選びにおける“最重要な価値観(キーワード)”が集まっているといえよう。具体的には、お馴染みの「東大合格実績」「自分に合う学校か」「ブランド校」「御三家」「早慶GMARCH合格実績」といったキーワードが並ぶ。中学受験において学力水準が重要であることは、今も変わらないといえそうだ。そして「御三家より渋渋・渋幕に行かせる」が「御三家であること」に迫る勢いとなっている。
なお、中学受験組の多くは、旧帝大(東大、京大を除く)よりも早慶の合格実績を気にしにしている点は面白い。さらに、「何か力をつけてくれるか」という観点も急伸している。いわゆる、単に偏差値が高いだけの「名門校」「ブランド校」は将来的に人気に翳りが出てくる可能性がありそうだ。
その象徴が、学力以外のキーワードの伸びだろう。たとえば、「自分に(校風が)合う」、さらに右下のエリアの「先生が優しい」「都会にある」といったキーワードが右上に向かって急上昇している点だ。

これらは数値化が難しく、かつては“感覚的”“曖昧”とされがちだった要素である。しかし現在では、むしろ志望校決定の中核に据えられつつあるといえる。
これにはさまざまな理由があるが、塾関係者によれば、「受験に成功した=自分の人生は大成功」と考える層が減り、合格校をあくまで「踏み台」としか考えていないのかもしれない、といった意見が多かった。中には将来、公立高校やトップ私立を再受験する、あるいは海外の学校への進路変更も視野に入れているといった家庭も増えているという。いずれにせよ、受験生本人の性格や学び方、家庭の価値観と学校文化との相性が、合否以上に重視される局面が増えているといえよう。偏差値は単独で価値をもつのではなく、「その学校で6年間を過ごす意味」を説明する材料のひとつに位置づけられ始めているのだ。
右下のエリアは、受験生・保護者が受験校決定の際に重視している価値観である。ここを見ると、「駅から近い」「東京、横浜にある」「校舎が綺麗」といった、立地や見た目に関するキーワードが大きく伸びている。この数値の伸びを見ると、ここ5年以内に右上の最重要キーワードの領域に入る確率も高そうだ。
面白いのは、「自慢できる」というキーワードが大幅に下落していることだ。「ブランド校に合格して周りによく思われたい」という意識は今なお多数派だろうが、それ以上に「自分が満足、納得できれば良い」と考える層も確実に増えていることがうかがえる。
次に、左上の領域は、塾関係者が進路指導の際に重視するキーワードだ。受験生の直接的な志望校決定に至らないものだが、「理系に強い」「面倒見が良い」といった項目は、将来的に志望校選択に影響を及ぼしそうだ。

これらキーワードマップで示された価値観の変化は、親自身が学歴競争の勝者であった場合でも、その成功体験がそのまま子供に適用できなくなっていることを意味している。多くの親がそう感じているからこそ、「同じ道を歩ませる」のではなく、「その子に合った道を選ぶ」方向へと、志望校選択の軸が移動しているのではないかと、多くの塾関係者は分析している。
学校選びの“正解”はどこにあるのか
さて、もうひとつ大きな変化としてあげられるのは、進路の「多様化」が志望校選びの前提を根底から覆しつつある点だ。とりわけキーワードマップで注目してほしいのが、点線で囲まれた「10年後に重視されるであろうキーワード群」である。これらは年を追うごとに右上方向へ移動している。これは、大学受験のゴールが国内の特定大学に限定されなくなっていることを示唆している。中高一貫校はもはや“単なる大学受験のための通過点”ではなく、“進路を広げるための環境”として評価され始めているといえよう。

とりわけ、「探究・ICT」「国際性・海外大学」といった言葉が含まれているのは、大学入試において総合型選抜・学校推薦型選抜(以下、推薦入試)がメジャーになりつつあることとも無関係ではないだろう。その証拠に「一般選抜か推薦入試か迷う」「学校推薦型・総合型選抜に強い」という項目も、塾側の進路指導で重視度が急伸している。
海外大学については、国内大学の推薦入試に出題傾向が近いという側面もある。将来的に国内大との併願を考える保護者が多くなっており、塾現場でもその動きを意識し始めていることがうかがえる。その結果、「海外大学に詳しい教師がいるか」「海外大学の合格実績」といった項目が伸びているのは興味深い。
探究・ICTに力を入れている中高一貫校例:
鷗友学園女子、広尾学園、三田国際、駒込、芝浦工大柏
国際性・海外大学に強い中高一貫校例:
三田国際、広尾学園、かえつ有明、茗溪学園、玉川学園
もうひとつ面白いのが、トップ高校への進学を目指し、高校入試にチャレンジする中学受験生が増えていることだ。今後は、必要とあらば環境を変えることも厭わない家庭が増加するかもしれない。この動きの延長には、大学入試で一度国内大学に進学した後、海外の大学に編入したり、大学院からは海外に進学したりと、自分が望む環境に短期間で移る〝遊牧民〞のようなスタイルを選ぶ層が増えていく可能性も見えてくる。これらのデータは中学受験が単なる国内進学競争ではなく、より長期的な人生設計の入口として捉え直されつつあることを意味している。

また、理系志向の高まりも顕著だ。「理系に強い」「研究設備が充実」「探究活動が盛ん」といった要素は、かつては一部の専門校や先進校の特徴だった。しかし現在では、これら要素は、進学校全体が競うように打ち出す価値になっている。その背景には、AIやデータサイエンス、医療、環境分野などで、将来の職業像が具体化に描かれつつあることが、学校選びにも表れているという社会状況がある。
さらに、「共学校」「自由な校風」「生徒の主体性」といったキーワードが安定して評価されている点も見逃せない。これは、男女別学か共学かという単純な二項対立ではなく、「多様な価値観の中で成長できる環境」を求める意識の表れだ。中学受験は、もはや単に学力を鍛える場選びではない。人格形成の場選びでもある。そして、このキーワードマップが本当に示しているのは、学校選びの“正解”ではない。むしろ、「正解が1つではなくなった」という事実そのものだ。
塾はもはや、偏差値表を示すだけの存在ではいられない。受験生ひとりひとりの将来像を言語化し、その子にとって意味のある学校を一緒に探す役割が求められている。そして保護者は、学校選びのための情報感度を高め、周囲に惑わされない“自分軸”を子供と一緒に形成していく必要があるだろう。
中学受験は、次のフェーズに入った。ぜひこのキーワードマップと、ご家庭で大切にしているキーワードを重ね合わせ、学校選びの参考にしていただきたい。
大きいサイズのキーワードマップ(PDF 1.40 MB)
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●著者:西田 浩史(にしだ ひろふみ)
追手門学院大学客員教授/ルートマップマガジン社取締役・編集長
2016年 ダイヤモンド社『週刊ダイヤモンド』記者(学校・教育産業担当)、学習塾業界誌の私塾界『月刊私塾界』、塾と教育社『月刊塾と教育』記者、追手門学院大学アサーティブ研究センター客員研究員を経て20年から現職。「デイリー新潮」「東洋経済オンライン」「ダイヤモンド・オンライン」「現代ビジネス」『週刊朝日』『サンデー毎日』『週刊エコノミスト』『週刊東洋経済』『週刊ダイヤモンド』など教育関連記事の寄稿、コメント多数。全国5,000塾、予備校(関係者20,000人)の取材達成(2024年09月現在)。著者に『総合型選抜は何を評価するのか』(かんき出版)、『医学部&医者』『関関同立』『最強の高校』(すべて週刊ダイヤモンド 特集BOOKS ダイヤモンド社)など。
●分析:井上 孟(いのうえ つとむ)
海外大学ジャーナリスト/ルートマップマガジン社代表取締役社長
2016年 大手通信キャリアにてM&A戦略のコンサルティング、2012年米国 Hult International Business School で経営学修士(MBA)修了。13年から経営コンサルタントとして、英国コンサルティングファームの世界最先端のビッグデータ解析手法を日産自動車などへ提供。22年より現職。現在、Google等のビッグデータを生かしたマーケティング手法の開発を軸に、16年から教育業界のデータ分析を開始。国内外約3,000大学ビッグデータ分析を行う。『ダイヤモンド・オンライン』『週刊ダイヤモンド』『現代ビジネス』『週刊朝日』『塾ジャーナル』『週刊東洋経済臨時増刊』『サンデー毎日』などデータ寄稿や情報提供多数。その他、全国の大学や高校にて経営や広報に関するコンサルティングや講演を行う。



