先端科学を英語で学ぶ、広尾学園中 サイエンスイマージョンプログラム

 実践的なグローバル学習を展開し、中学生や高校生でも必要ならば最先端の研究者や論文に触れさせる。そんなユニークな授業が特徴の広尾学園中学校・高等学校で2月、中学生向け特別授業が開催された。

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細胞について教えるBouchra Lachkar先生
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 実践的なグローバル学習を展開し、中学生や高校生でも必要ならば最先端の研究者や論文に触れさせる。そんなユニークな授業が特徴の広尾学園中学校・高等学校で2月、中学生向け特別授業「Visualization of Tissue Stem Cells By BrdU Labeling Method(BrdU標識法による組織幹細胞の可視化)」が開催された。

 広尾学園の特別授業は同校医進・サイエンスコースの教諭が授業プログラムと実験系を組み立て、大学の現役の研究者や教授を講師に招き、生徒たちにできるだけ早い段階で専門分野に関する科学実験を体験させるという授業だ。今回は広尾学園中学校のインターナショナルクラス(帰国生中心のAGと英語をゼロから学び始めるSGで構成されている)に通う中学生を対象に、サポート役としても参加している医進・サイエンスコースの高校生あわせて約20名が参加した。

 授業内容は、幹細胞やがん細胞の研究に利用される実験に関するもの。この実験は大学生や大学院生が行うレベルのもので、いわゆる中学高校教育の範疇をはるかに超えている。それを、すべて英語で行っているのだ。

 講師を担当したのは、Zin Zayar Win氏とBouchra Lachkar氏の2名。Win氏はミャンマーで生体医学を学び現在東京大学で、薬物抵抗性のマラリアの研究を行っており、モロッコ人のLachkar氏は、筑波大学で生物化学の研究を続けている。

 2人の講師は、それぞれ簡単な自己紹介のあと、今回の実験の基本となる知識について座学を行った。今回の実験は、小腸内の絨毛突起の根本にある組織幹細胞を、BrdUというマーカーで染色し、その局在を観察するというもの。BrdUはブロモデオキシウリジンという合成核酸の一種で、DNAを合成するときに遺伝子に取り込まれる物質。細胞が増殖、分裂を行う際、DNAが合成されるため、BrdUをあらかじめ注射されているマウスでは、幹細胞など新たに増えた細胞のDNAにBrdUが取り込まれている。これをBrdUと結合する抗体と反応させ、可視化することにより、組織内部の幹細胞の局在が観察できる。この方法をBradU標識法といい、ヒトではがん細胞を検出するときに応用される。

 なお、幹細胞は、自己複製能力と分化する能力をもつ。複製と分化という能力により幹細胞はいろいろな組織に変化し、また再生が可能となる。人体では、皮膚、脳、小腸(消化器官)などさまざまな組織に幹細胞が存在する。

 かなり専門的な内容だが、以上は実際の座学で参加者に英語でレクチャーされた内容だ。このプログラムは、講義だけでなく実験、質問を含めすべてが英語で行われた。参加者のうち、インターナショナルクラスの中学生たちは、帰国子女も多く、英語の理解には問題ない場合が多いが、生物や医学に精通しているわけではない。その一方で、各グループに参加者かつアシスタントとして参加した医進・サイエンスコースの高校生たちは、生物や医学の知識や実験方法には精通しているが、英語は帰国子女ほどのレベルではない。それぞれがもつ英語力と専門知識を持ち合いながら、協力してプログラムに取り組んでいた。

 座学の後、BrdUが注射されたマウスの小腸をスライスしたサンプルを使って幹細胞を見つけるためのBrdU染色を、生徒たちが実験するのだが、高度な内容の授業と実験を行うにはサポートが必要だ。このイマージョンプログラムには、広尾学園高等学校の医進・サイエンスコースの高校生とインターナショナルクラスの先生がサポート要員として入る。ただし、サポート要員の主な仕事は英語の支援ではなく、実験そのものの支援・指導がほとんどだった。

 実験中、講師2名はグループごとのテーブルを回って、生徒の質問に答えたり、実験の指導を行ったりしていたが、実験全体の手順を教えるのはサポートについた高校生たち。中学生たちは、先輩である高校生に、スライスした小腸のサンプルが乗ったスライド(プレパラート)の扱い、容量を可変できるマイクロピペットの使い方、サンプルスライドの洗浄方法などを教わっていた。講師からは、薬品を垂らすとき片手のひじに添えて震えないようにする方法、指のかけ方など、現役の研究者ならではの実験ノウハウの伝授もあった。

 実験では、サンプルスライドにBrdU抗体液をのせ、反応させるのだが、十分に反応するまで30分以上の時間が必要となる。その間、生徒たちは、サンプルスライドを作るための組織の凍結、サンプルを薄く切る作業を観察し、電子顕微鏡による観察をグループごとに順番で体験していった。サンプルとなる組織は、O.T.Cコンパウンドと呼ばれる包埋剤(生徒には「のり(glue)」と説明していた)に入れ、液体窒素で冷却凍結した。それを専用のスライサーで1マイクロメートルの厚さにカットし、電子顕微鏡ではどのように見えるか観察した。参加した中学生たちは、この見学で生まれた疑問を、高校生の先輩にぶつけ、それに対して高校生たちは丁寧に解説していた。

 サンプルづくりの体験が終わると、BrdUが取り込まれた実験サンプルにBrdUを可視化させる抗体液を反応させる。10分後、最後に薄いカバーガラスを乗せて観察スライドが完成となる。

 このあと昼食をはさんで生徒たちは各自が作製したスライドで、光学顕微鏡を用いて、マウス小腸のどこに幹細胞があるのかを観察した。さらに、グループごとに組織幹細胞に関する問題が提示され、Webを使用して情報を探し、最新の英語学術論文から得られた知見によって、答えを導き出した。その後、実験結果と課題の答えを各班でまとめて、参加者全員の前でプレゼンテーションを行った。資料も発表もすべて英語。発表後の質疑応答では、実験や論文を読むことで得た知識を応用するような質問を講師が問いかける。得た知識の共有だけでなく、その知識が何を意味し、今後何に貢献するのかなど、広い視野での応用力が求められたプレゼンテーションだった。

 このようにサイエンスイマージョンプログラムは、めったに体験できない実験を行い、結果をまとめて終わりではない。関連する最新の知識を探し出し、英語の学術論文に書かれた内容から答えを導き出し、他者に伝えるプレゼンテーションとしてまとめ、情報を発表、共有することでのアウトプットも要求される。プレゼンテーションでは、用意した発表資料だけでなく、得た知識の応用方法をその場で問われるという緊張感もあった。

 「本物に触れる」という広尾学園の取組みのひとつとして実施されている「サイエンスイマージョンプログラム」。英語で最先端の実験、調査、発表を行うという高度な講座だからこそ、論文や実験内容が理解できなかったり、英語で伝えたいことが伝えられなかったり、講師の質問に答えられなかったりなど、生徒は多くの悔しさを感じることがあるという。悔しさを今後日々の学習に生かしていくことで、参加した生徒たちはさらに成長していくのだろう。

《編集部》

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