東大・MITほか多言語習得のメカニズムを“脳科学的”に初調査

 東京大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)、一般財団法人言語交流研究所(ヒッポファミリークラブ)は18日、世界で初めて多言語習得のメカニズムとその効果を脳科学的に調査することを発表した。三者は、今後5年間にわたり研究を進めていく方針だ。

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発表会の模様。左から一般財団法人言語交流研究所の鈴木堅史氏、マサチューセッツ工科大学のスザンヌ・フリン教授、東京大学の酒井邦嘉教授
発表会の模様。左から一般財団法人言語交流研究所の鈴木堅史氏、マサチューセッツ工科大学のスザンヌ・フリン教授、東京大学の酒井邦嘉教授 全 8 枚 拡大写真
 東京大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)、一般財団法人言語交流研究所(ヒッポファミリークラブ)は18日、世界で初めて多言語習得のメカニズムとその効果を脳科学的に調査することを発表した。三者は、今後5年間にわたり研究を進めていく方針だ。

 共同研究では、多言語習得の経験のある幅広い年齢層を1グループで20名ほど集め、モノリンガル、あるいはトリリンガルの脳活動を比較する。具体的な調査は、言語理解と発音把握などについて、「多言語に触れた経験をもつ人の脳が、さらに新しい言語を習得する際にどのような反応を示すのか?」、あるいは「多言語を学ぶと、脳の活動や構造にどんな違いが現れるのか?」といったことについて検証していくという。

 今回の研究に参画する言語交流研究所は、すでに35年前よりヒッポファミリークラブ(https://www.lexhippo.gr.jp/)を通じて「7ヵ国語を話そう」(英語、ドイツ語、スペイン語、フランス語、中国語、韓国語、日本語)という活動を展開してきた。同クラブは現在、全国700ヵ所で約1万6,000人のメンバーが活動している。

「これら7ヵ国語をべースに、現在は合計21種の言語まで対応している。小学生から93歳の高齢者まで、幅広い年齢層が複数の言語を同時に聞いたり、言葉をまねるプロセスのなかで、音を楽しみながら自然に言語を習得している。いわば赤ん坊が言葉を覚えるのと同じプロセスで言語にアプローチしている」と説明するのは、言語交流研究所の鈴木堅史氏だ。

 同クラブができた当初は「学習しないで本当に語学が習得できるのか?」「母国がしっかり固まらないうちに、多言語を学ぶと混乱するのではないか?」という疑問も聞かれたようだ。「だが何十年も経ち、子どもだったメンバーが大学生や大人になり、マルチリンガルの効果が明確に表れてきた。多言語を習得すると、逆にイメージやクリエイティブの思考も豊かになるようだ」(鈴木氏)。

 ヒッポファミリークラブは、日本のほかに米国、メキシコ、韓国にも支部がある。米国メンバーが、たまたまMITのスザンヌ・フリン教授の講義を聞いたところ、その研究理論が同クラブの活動内容を裏付けるものであり、非常に驚いたそうだ。そして数年前から彼女と交流が始まったという。

 フリン教授は「多言語の獲得が人間にとって、いかに役立つか?」という視点から研究を行ってきた。MITの同僚であるノーム・チョムスキー氏が提唱する「生成文法」(★注1)に基づき、「多言語を話すことは人間にとって自然である」「人間の言語獲得能力には限度がない」といったユニークな学説を唱えている人物だ。

(★注1)すべての人間の言語に普遍的特性があるという仮説をもとにした言語学。普遍的特性は、人間が元来生まれ持っている生物学的な特徴であり、言語を人間の生物学的な器官の1つとして捉えている。

 同教授は「これまでの研究から、第一言語についての習得メカニズムは大分わかってきたが、第二言語以上の習得に関しては、まだ不明な点が多い。特にマルチリンガル(第三言語以上)の習得に関する研究データはほとんどないのが現状だ。今回の共同研究によって、マルチリンガルのデータを集めて、新しい発見ができることを大いに期待している」と述べた。

 また、東京大学の酒井邦嘉教授は、科学的なアプローチから言語研究を進めているという。この20年来、MRI(核磁気共鳴画像法)によって、脳の血流を磁場に対する応答性から測定することで、言語活動の構造がミリ単位でわかってきたそうだ。

「人間の脳には言語を使うための本能的な能力が備わっている。たとえば人間の左脳には言語地図があり、文法・単語・音韻・読解などの領域に分かれている。前頭葉には言葉を生み出すコアとなる文法装置があり、この部分(ブローカ野:BA)がトラブルを起こすと失語症が起きる。文法装置の下側には、込み入った意味を理解する読解領域がある。そのほか単語や音韻など、言語の側面を処理する領域が後側にある。これらは左脳に局在している」(酒井氏)

■学習=脳が活性化は間違い?

 また、学習すると脳が活性化するというのは間違いだという。

「確かに脳活動は学習の初期には上昇するが、だんだん熟達してくると脳活動が節約される。実際に大学生の脳をMRIで調べたところ、英語力の熟達度の高い大学生は、熟達度の低い学生よりも、言語の中枢活動が明らかに小さいことが分かった。つまりエキスパートになれば、脳の活動はそれほどいらなくなるということだ」(酒井氏)

 ヒッポファミリークラブにはマルチリンガルの人が数多くいるが、多言語環境によるメリットとは何だろうか? 酒井氏は「まず人の言語を幅広く身に着ける基礎になるということ。また豊富な言語の特徴に触れることで、言語の柔軟な理解力と運用力がつく。さらに別の言語を習得することも容易になる。ただし、これはあくまで経験的なもので、アカデミックに解明されていない。そこで今回の研究が非常に役に立つだろう」と説明する。

 酒井氏はもう1つ、多言語習得に関する興味深い事例についても紹介した。過去を遡ると、最多で60ヵ国語を話せる天才がいたという。Emil Krebs氏(1867~1930)は、中国のドイツ大使館で通訳として活躍したドイツ人だが、死後に脳を徹底的に調べたところ、前出のブローカ野(BA)で面白いことが判明したという。

「ブローカ野の44番と45番の領域を調べると、44番は最も対称性があり(左右の脳が均等)、45番が最も非対称性(左脳のほうが発達)。しかし当時は、この2つのうち、どの部分が大切なのか明らかにされていなかった。またEmil Krebs氏はすでに亡くなっている。いま実在する人で調べる必要があるため、我々はMRIを使って若い人の脳の非対称性がどのように言語に関係するのかを調べてきた」(酒井氏)。

 その結果、同氏は前出の文法中枢が非対称になっており、体積も大きく優位になることを突きとめた。「脳の“側方化”、すなわち左脳の優位性が高いほど、文法課題の成績が正の相関を示す。平たく言えば、英語がよくできる人は、左右の脳がアンバランスになっている。これはBA45番が非対象的であり、この部分で言語能力を支えているという仮説をサポートするものになった」(酒井氏)。

 今回の共同研究によって、さらに現代人の多言語習得と脳の関係が進むだろう。そうなれば、ヒッポファミリークラブが実践しているような、プリミティブな部分での言語習得の方法がアカデミックに解明されるかもしれない。

多言語を習得するメカニズムを“脳科学的”に初調査……東大・MITなど

《井上猛雄@RBB TODAY》

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