学習者が語る教育メソッド「ドルトンプラン」の学びと現在、未来

 「ドルトンスクール」が輩出した卒業生の一人、東京大学経済学部4年の丹羽慶太さんに、ドルトンプランでの学びやその魅力についてふりかえってもらった。

教育・受験 小学生
東京大学経済学部4年の丹羽慶太さん
東京大学経済学部4年の丹羽慶太さん 全 2 枚 拡大写真
 2019年の春に開校予定の中高一貫校「ドルトン東京学園」。今からおよそ100年前に米国の教育家ヘレン・パーカーストが提唱した、“学習者中心”の教育メソッド「ドルトンプラン」は、生徒ひとりひとりの知的な興味や旺盛な探究心を育て、個人の能力を最大限に引き出すことを大きな特徴としている。パーカーストが設立したニューヨークのThe Dalton Schoolは幼稚園から高校までの一貫教育を行っており、「ドルトンプラン」を実践する学校は世界各国に広がっている

 日本ではすでに今から40年以上も前に、幼少期の知能開発にいち早く取り組んでいた河合塾がこのDalton Schoolと提携し、東京と名古屋に「ドルトンスクール」を開校している。今回は同校が輩出した卒業生の一人、東京大学経済学部4年の丹羽慶太さんに、ドルトンプランでの学びやその魅力についてふりかえってもらった。

--ドルトンスクールに通われたのは何歳から何歳までですか。

 7歳から10歳までの約4年間です。名古屋市の公立小学校に通いながら、土曜日の午前中から夕方まで習い事感覚で通っていました。

--ご両親はどのような思いから、ドルトンスクールを選ばれたのでしょうか。

 私は父の仕事の関係で、アメリカのテネシー州にあるナッシュビルという街で生まれ、4歳までそこで過ごしました。小さかったのでほとんど記憶には残っていないのですが、両親は私を現地の幼稚園に通わせていました。そのおかげなのか、英語を聞き取る力はそれなりに身に付いたようで、小さなころから海外に対する心理的なハードルはありません。

 日本に帰国して私が地元の小学校に通い始めるにあたり、特に母は日本の画一的な教育に何か引っかかるものがあったようです。アメリカで受けた、子どもの個性や興味を重んじるという教育を途絶えさせたくないという思いから、ドルトンスクールを選んだと言っています。

--ドルトンスクールでの思い出はどのようなものでしたか。

 机に向かっている記憶はほとんどなく、実験したり、実際につくったりすることが多かったですね。実験といっても、テキストを読んで、与えられた手順どおりにやってみようという感じではなくて、とりあえず目の前にモノと道具が置かれていて「さぁどうする?」と(笑)。答えは教えてもらえません。だからたとえば電気回路の実験だと、回路を自分で何パターンも試しながら「こうつなぐとこのくらい明るくなるのかぁ」と、自分で発見していくのです。

 通っていた小学校では、授業で道具箱を使うことはあっても、クラス全員が同じようにおはじきを並べるといった使い方で、座って先生の話を聞く、あるいはひたすら問題を解くという座学中心のスタイルでした。だからこそ、まったく対照的なドルトンスクールのやり方は、当時の私にとっては新鮮で刺激的でしたね。そこでは同じ教室にいても同じ作業をしている人はいなくて、皆それぞれ自分のペースで能力や興味に応じて自由に実験したり、つくったりしていました。ドルトンスクールは、子どもの個性に無理に蓋をしないことにこだわっていたと思います。

--ドルトンスクール卒業後の経歴をお聞かせください。

 小学校高学年から中学受験の準備が始まったこともあって、小学校4年でドルトンを卒業しました。ただ両親は、ドルトンの「生徒ひとりひとりの知的な興味や旺盛な探究心を育て、個人の能力を最大限に引き出す」ことを重んじる価値観を卒業後もずっと大事にしていました。私が海陽学園に進んだことも、そうした考えの影響が大きいと思います。

 全寮制の海陽学園は、同じく全寮制のイギリスの名門「イートン校」に倣い、人格的な教育を大切にしています。また、当時は新しい学校というだけあって先生方もやる気に満ち溢れており、体験学習でロボットなど最先端の内容に触れられて、学校の環境そのものに新しい未来を感じ、親子ですっかり魅せられてしまいました。

 入学してからも、恩師と呼べる素晴らしい先生方にたくさん出会えました。海陽学園の先生方は、学問的な深みや広い知見はもちろん、将来には海外大への進学も含めたさまざまな道があることを教えてくれました。私は寮生活では階のリーダーとして先生や同級生と協力しながら、やんちゃをする下級生をどうまとめていくかなど、さまざまな立場に立って物事を考える経験ができたり、部活で汗を流したり、イートン校と並ぶイギリスの伝統校「ハロウ校」での3週間のサマースクールに参加したりと、思い出は尽きません。また、海陽学園はトヨタや中部電力など企業の出資によってできた学校なので、企業から学校へ派遣された方々とも寮生活を共にします。あるとき、マスコミに興味があると言ったら東京まで連れて来てくださり、テレビ局や広告代理店などを訪ね歩くという、高校生にとってはかけがえのない体験もできました。

 大学進学実績の優れた学校に進学するという選択もあったと思いますが、少なくとも両親は、私がどこの大学に行くということよりも、もっと広い視野で人格的な成長を大事にしていたんだと思います。

--東京大学に進学されてから、再びドルトンスクールに関わることになったのですね。

 はい、そうなのです。ドルトンを卒業したあとは、全寮制の学校に入ったこともあって、ドルトンスクールとの関わりはまったくありませんでした。ところが東大に入学してから、中高時代の恩師がドルトン東京学園の創設準備に関わることになり、幼少期にドルトンスクールに通っていた、そして以前から教育に興味があると話していた私にインターンとして働いてみないかと誘ってくれたのです。

 具体的には2014年と2015年の夏休みに、小学生を対象にしたドルトンプランの“Dalton Children’s University”というサマースクールを企画、開催しました。最先端のサイエンスやIT教育を取り込んだ5日間の合宿で、私はチューターとして子どもたちに関わりました。

 来春開校するドルトン東京学園でもユニークなカリキュラムが着々と準備されているようですが、このサマースクールも、子どもたちの自主性や探究心を伸ばそうというカリキュラムでした。たとえばテーマに基づいて粘土で作品を作り、それを英語で表現するという英語とアートのコラボだったり、高校の数学で扱うフィボナッチ数列を小学生が数字を当てはめながら自分で導いてみたり。私自身も2年目には、こうしたカリキュラムを考案する段階から携わることができました。インターンをしながら、実際に東京のドルトンスクールを訪れる機会が何度もあったのですが、「あぁ!こういうのやったなぁ」という懐かしい気持ちが湧き上がってきましたね。

ドルトンでの体験を語る丹羽慶太さん

--ドルトンでの体験が生きていると思われることは何でしょうか。

 考える姿勢です。テストに向けて点数を取るための勉強は、どうしても計算機のように“処理”をすることが目的になってしまいがちです。けれども大学生になり、就職活動を経て痛感するのは、点数を追い求めるだけで何とかなる世界ってどこにもないな、と。もちろん点数は選抜の目安にはされますが、大学院進学にしても、国家公務員資試験にしても、それは足切りになるかどうかだけであって、最終的には自分自身で考え、問題を提起し、自ら動けるかどうかが求められます。

 だからこそ、ドルトンスクールで身につけた、立ち止まって考えてみる、「知りたい」「なぜ」と思う姿勢は、私の人生におけるあらゆる場面をいつも支えてくれていると感じます。どんなことをやったのかという詳しい記憶は明確に残っていなくても、”原体験”として自分という人間の形成に深く関わっていると思いますね。

--将来の目標を教えてください。

 ドルトンスクールでの“原体験”から、「新しいことを考える」のが好きなので、社会に新しい事業やサービス、そして新しい価値を生むような仕事がしたいと思っています。今は特に最終消費者が見えるICT(情報通信技術)や流通分野に興味があります。競争が激しい分野ですが、さまざまなチャレンジができる可能性があって面白いと思うので、商社でどんな仕事ができるかとても楽しみです。

--ドルトン東京学園の志願者の皆さんにメッセージをお願いします。

 物事を自分自身で考え、自分で答えを見つけたいと思う人には、ドルトンは素晴らしい環境です。答えを教えてもらえない、だから自分で体験しながら答えを出すというのは時間も手間もかかるけれど、それが今の私の“原体験”になっているように、本当に身に付く学びの姿勢だと思います。

 また、今はそうしたやり方に不安を覚えるかたも、6年間を通じてその価値は必ず実感できるはずです。ぜひ、多くの方にドルトンの教育を経験してもらいたいですね。

--ありがとうございました。

 丹羽さんとのインタビューを終え、改めて子どもの成長における“原体験”の重要性を痛感した。東京大学では、ドルトンのサマースクールのみならず、イギリスのエジンバラ大学へ1年間留学したり、開発経済学のゼミでアジアのスラムや孤児院を訪問したりしたほか、海外の大学生と日本の高校生向けのサマースクールを企画&運営するなど、行動力に溢れる学生生活を送ってきたという。自分で問いを立て、考えて、行動することが好きだからこそ、新しい世界にも物怖じせずに飛び込んでいける。手間ひまをかけた、一見非効率に見える学びの“原体験”が、一生モノのたくましさ、生き抜く力を育んでいる。まさにドルトンプランの申し子である。

《加藤紀子》

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