質の高い幼児教育、ハイスコープカリキュラムとは?

 ミシガン州立オークランド大学準教授であり、幼児教育の研究を長年続けてきた若林巴子氏は、前職としてハイスコープ教育研究財団研究所長として幼児教育の評価研究に取り組んでいる。幼児教育についてお聞きした後編

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ミシガン州立オークランド大学準教授、若林巴子氏にインタビュー。
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 ミシガン州立オークランド大学準教授であり、幼児教育の研究を長年続けてきた若林巴子氏は、前職としてハイスコープ教育研究財団研究所長として幼児教育の評価研究に取り組んでいる。

 若林氏は財団独自の幼児教育プログラムである「ハイスコープカリキュラム」について、「こどもが主体的に学ぶためのメソッドを凝縮したもので、質の高い幼児教育を体現するものだと私は考えています。ペリー幼児教育計画でのエビデンスもあり、アメリカでは信頼性の高い幼児教育プログラムとして認知されています」と語る。後編ではハイスコープカリキュラムの内容についてお聞きした。

全米で採用されているハイスコープカリキュラム



 アメリカのミシガン州で1970年に設立されたハイスコープ教育研究財団では、政府や助成財団からの資金によって、幼児教育分野の研究や、研究成果の普及活動を行っている。前編で紹介した「ペリー幼児教育計画」の追跡調査も、同財団によって行われた。 前職で同財団の幼児教育の評価研究に取り組んでいた若林氏は、「教育を通じてこどものクオリティ・オブ・ライフを向上させるため、こどもたちの学びを支える教育者や保護者を支援するのが財団のミッションです」と語る。

 財団の中心的な活動といえるのが、ペリー教育計画によって「質の高い幼児教育」として実証されたプログラムをベースにした「ハイスコープカリキュラム」の普及だ。若林氏は、アメリカ全土で10%、ミシガン州に限って言えば30%の児童がハイスコープカリキュラムを受けていることを示し、その根拠を挙げる。

「ハイスコープ教育研究財団が設立されたのも、ペリー幼児教育計画の際に創り上げたカリキュラムを全国展開していくという目的があってのこと。アメリカの幼稚園や保育園では、その州が推薦するいくつかの幼児教育プログラムから各園が選んでプログラムを採用していますが、ハイスコープカリキュラムは州推奨のプログラムに含まれることが多いですね。ペリー幼児教育計画の調査では、就学前教育によってこどもたちの人生が好転することで、後に起こりうる社会問題(犯罪)の対応に使われる費用の減少、成人後の収入増による税収増加などが見込めることが明らかになりました。検証に携わったノーベル経済学賞を受賞した経済学者のジェームズ・ヘックマン氏は、幼児教育のプログラムの費用1ドルにつき7.16ドルのリターンがあると分析結果を出しています。そのためハイスコープカリキュラムは、費用対効果の高い教育プログラムとして採用されるケースが多いようです」

「ハイスコープカリキュラムはこどもが主体的に学ぶためのメソッドを凝縮したもので、質の高い幼児教育を体現するものだ」と語る

アクティブラーニングを中心に据えた教育プログラム



 ハイスコープカリキュラムは、アクティブラーニングを中心に据えた教育アプローチがベースになっている。若林氏は「教育現場での実践によって細部は少しずつ変わってきていますが、基本的には1960年代に開発されたペリー幼児教育計画時のプログラムから変わっていません」と語る。
おもなプログラム内容について、若林氏に解説していただいた。

アクティブラーニング



 アクティブラーニングとは、こどもが人やモノ、イベント、アイデアを直接体験することによって自分自身の知識を築くこと。文字や絵など2次元の情報からわかることは限られているが、こどもはアクティブラーニングを通じて、自分自身の本当の学びを築いていく。

 アクティブラーニングの学びにおいては、次の要素を重視した取り組みが行われている。

PLAN→DO→REVIEW
 こどもたちが自ら計画を立てて行動し、結果を振り返れるよう、教師はこどもの学び方や遊び方を意図的に誘導する。ハイスコープではこれを「PLAN→DO→REVIEW」と呼んでいる。3ステップで取り組むことによってこどもは意図的に行動し、ほかに楽しそうなことがあっても気を散らさずに自分の決めたテーマに集中できる。計画を立てて遊ばないと、遊び方が衝動的なものになりやすく、自己規制力を養えないからだ。

5つの要素を満たす
 ハイスコープのアクティブラーニングでは、「材料」「実際に触って遊ぶ」「選択」「こどもの言葉と思考」「大人の援助」という5つの要素を大切にしている。こどもたちにアクティブラーニングを体験してもらうにあたって、教師は常に『これから始める取り組みには5つの要素が含まれているか』と意識しながら行う。

 材料:こどもの発達レベルに合う学びや遊びの素材
 実際に触って遊ぶ:発達レベルに合う材料を、見るだけでなく実際に触る
 選択:こどもが「何をしたいか」を選択できる
 こどもの言葉と思考:こどもが言葉を使って「自分は今、何をしているか」を考える
 大人の援助:大人が足場づくりをして、こどもたちの学びを援助する

教師とこどものインタラクティブな学び
 ハイスコープの教育は、教師がこどもに知識を与える形ではなく、こどもと教師が「どうしてこうなるんだろうね?」「次はどれにする?」などと会話をしながらインタラクティブに学ぶのが基本だ。教師が与えるだけだと本当の意味でこどもの学びにならない。だからこそ、教師はこどもの興味を引き出しながら一緒に計画を立て、遊びと学びのパートナーになる高い能力が求められる。

アクティブラーニングの例

日課を決めて過ごす
 カリキュラムでは毎日の日課が細かく決められており、こどもたちはルーティンに沿って過ごす中で社会的スキルを身につけていく。ただし、学びや片づけばかりだと、こどもはストレスを感じてしまうため、1日を通じて、遊びと学び、規律のバランスが取れた生活ができるように構成されている。

バランスの取れた日課の例

ハイスコープの規律ある生活は家庭でも取り入れられる



 ハイスコープカリキュラムは、OECD(経済協力開発機構)が2004年に発表した論文によって、「科学的根拠のある『世界5大幼児教育カリキュラム』」(※1)として世界で知名度を得ている。アメリカ以外の9か国にもハイスコープの支部が設立され、その国の風土や文化に合わせてカスタマイズされた形で展開されている。日本でも支部がつくられる動きがあり、ハイスコープ型の幼児教育を実践している施設もみられるが、知名度としてはまだ低いのが現状だ。ただし、「家庭でも、ハイスコープカリキュラムのエッセンスを取り入れることは可能です」と若林先生はエールを送る。

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※1:世界の代表的な保育カリキュラムを紹介した「5つのカリキュラム(Five Curriculum Outlines)」(OECD2004)「経験に基づく教育(ベルギー)」「ハイスコープ(アメリカ)」「レッジョ・エミリア(イタリア)」「テ・ファリキ(ニュージーランド)」「スウェーデンカリキュラム(スウェーデン)」

アクティブラーニングって何?家庭でも取り入れられるハイスコープ型の生活

《WorMo'より》

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