児童の笑顔が変えた教員の意識、小路小学校のオンライン学習の取組み

 オンライン学習の導入と実践について、大阪市立小路小学校(大阪市生野区)の石原至朗校長先生と、同校でオンライン学習に取り組む担任教諭に、公立小学校における課題や今後の取組みを聞いた。

教育ICT 小学生
PR
大阪市立小路小学校の卒業式ライブ配信のようす
大阪市立小路小学校の卒業式ライブ配信のようす 全 5 枚 拡大写真
 GIGAスクール構想が前倒しされ、全国の学校へのICT導入が急ピッチで進んでいる。子どもたちの学びは今後どのように変わっていくのか、保護者や教育関係者の関心が高まっている。

 「つながり合い、認め合い、学び合う教育の創造」を教育目標とする大阪市立小路小学校(しょうじしょうがっこう、大阪市生野区)は、全校で9学級の公立小学校で、いじめ防止に向けた授業や研修の実践、全学年での合唱も行う音楽発表会などによって、子どもたちのすこやかな心の成長を重視している。小路小学校の石原至朗校長と、同校でオンライン学習に取り組む担任教諭に、新型コロナの影響による休校のなかで、先生方の児童に対する想いによってゼロから始めたオンライン学習への取組み、さらに公立小学校が教育ICT活用に取り組んで見えた課題と解決策について聞いた。

卒業式ライブ配信への挑戦からオンライン学習へ



--オンライン学習に取り組んだ背景についてお聞かせください。

石原校長:「授業が止まった」ことが一番のきっかけでした。2020年3月からの一斉休校により残った未履修の単元を、どのように教えようかと考えました。3月初旬に、大阪市教育委員会から、「学習支援コンテンツポータルサイトの開設について」という事務連絡が入り、そのサイトに掲載されていた「#学びを止めない未来の教室」で、企業による支援があることを見つけました。支援を受けることで子どもたちが学習動画などを視聴して未履修の単元を補えるのではないかと考えて、早速申し込んだのです。

--何から取り組まれましたか。

石原校長:まずは卒業式のライブ配信をMicrosoft Teams for Education(以下、Teams)を使って行いました。5年生はSurface Goを使って自宅から参加し、保護者にはお手紙やメールでURLを通知して、ご自身の端末からライブ配信をご覧いただくというかたちです。参加児童は卒業生のみ、保護者も人数制限を設けての実施でしたので、出席できなかった方々も卒業式のようすを見ることができ、とても良かったという声を多くいただきました。特に翌年に卒業式を迎える5年生にとっては、とても良い経験になったと思います。

担任教諭:5年生は、前日にTeamsの使い方の説明を受け、Surface Goを持ち帰って自宅から参加しました。卒業式のライブ配信は特に保護者に好評で、来年もやってほしいという声が上がりました。祖父母や親戚、遠方の方など、実際には式に参加できない方まで見ることができたのは、オンラインならではの良さだったと思います。

大阪市立小路小学校の卒業式ライブ配信のようす大阪市立小路小学校の卒業式ライブ配信のようす

--Surface GoとTeamsによるオンライン学習を始めた経緯を教えてください。

担任教諭:卒業式後に行われたTeamsの講習会で、これならオンラインで授業ができるかもしれないという手応えがありました。ITに詳しい先生が、休校で発生した国語の未履修の授業を、5年生1クラスを対象にオンラインで始めました。私はそのときに、ミュートを解除してしまうなど、操作方法がわからない児童をサポートしました。新年度になってからは、6年生の学級で、私がオンラインで授業を開始しました。

子ども同士での学び合い



--児童に操作面での課題はありましたか。

担任教諭:保護者の方がお家にいらしたご家庭では、大人の手を借りながら始める児童もいましたが、自分たちで写真を撮ったり、インターネットを通じて動画を視聴したりと、だんだんと操作に慣れていきました。また、授業中に困ったことがあれば、その場でミュートを解除してやり方を聞いたり、わかる子が教えたりと、子ども同士で学び合うことも多く見られました。

オンラインでも普段どおりに教える



--先生方に課題はありましたか。

担任教諭:私の場合は、パワーポイントを使った授業に不慣れであり、準備に時間がかかります。ただ、特別なことをしなくても、Teamsの基本的な操作を学べば、画面を通じて普段どおりに教えることができるということがわかりました。

--通常の授業とオンラインの違いはありますか。

担任教諭:普段は、子どもたちみんなの顔を見たり、ノートを見たりということができますが、オンラインでは、どんなふうにノートを書いているのか、画面の向こうできちんと学習しているのか、理解しているのかなどが、少しわかりにくい面はあるかもしれません。そこは、ノートを画面に映してもらうなどの工夫が必要ですね。

 一方で、普段はざわざわしている子どもたちも、オンラインだと静かに学習することができて、そこはとても良かったと子どもたちも言っています。また、人の目を気にして、なかなか発表できない児童も「落ち着いて発表ができた」「いつもよりたくさん発言ができて良かった」とアンケートに答えていました。

大阪市立小路小学校オンライン授業のようすオンライン授業において映し出される黒板

 また、分散登校の時期にもオンライン学習を行いました。登校しているクラスの半分の児童に授業を行い、それを同時に配信するというスタイルです。そのときは、学校に来ていない子どもたちの映像を大型モニターに映しました。子どもたちからは「勉強するときにみんなの顔が見られてとても嬉しかった」という声があり、やってみて良かったと思いました。

 子どもたちは、総じてパソコンを使ったオンライン学習が楽しかったようです。また、転勤する先生に直接会って感謝を伝えることはできませんでしたが「チャットでメッセージを送れた」ことが、子どもたちにとって良かったことのひとつだったようです。子どもたちから自発的に出てきた「先生ありがとうございました」という言葉に、先生も感動したと申していました。

大阪市立小路小学校オンライン授業のようすオンライン授業で使用したMicrosoft Teamsの画面

--チャットの利用について、ルールや約束事などは設けましたか。

担任教諭:普段からネットのエチケットに関する話はしていました。あとは、不要な書き込みをこちら側で消していきました。消すことで、この書き込みはダメだということを自然に学んでいき、不要な書き込みは徐々になくなっていきました。

オンライン学習に対する抵抗感に変化



--ICTに対する先生方の意識はどのように変わりましたか。

担任教諭:私自身は、オンラインで授業をするのは最初は嫌でした。何かトラブルがあったときにうまく対処できるかにも不安がありました。それでも、実際にオンライン学習を始めると、子どもたちがとても喜んでいたので、本当にやってよかったなと思うようになりました。

 実際に始めてみると、オンラインならではの良さもあることに気付きました。普段あまり発表できない子も「発表ができて嬉しかった」と言ってくれて、普段だと拾えない意見を聞けることは、とても良いと感じました。

自分専用のパソコンで楽しさを体験



--Surface Goの使用感はいかがですか。

担任教諭:校長先生はずっと「かっこいい、かっこいい」って言っていましたよね(笑)。私はすごく持ち歩きがしやすくて便利だと感じました。Wi-Fiに繋いですぐに作業ができますし、学校以外でも授業の準備ができました。子どもたちからは「自分専用のパソコンができて嬉しかった」という声もあり、パソコンを触ること自体がとても楽しかったようです。

--Teamsの使い勝手はいかがですか。

担任教諭:図工の最後の授業ができませんでしたが、「家で完成させたらTeamsに載せてね」と伝えると、子どもたちは写真を載せてお互いに「いいね」ボタンを押し合い、作品の相互鑑賞ができました。

 私は当初、自分だけでTeamsの使い方を学ぶにはハードルが高いと思っていましたが、会議の設定だけすれば、そこに子どもたちが入ることで授業を始められるので便利だと思いました

大阪市立小路小学校オンライン授業のようすTeams会議の設定さえ整えれば子どもたちもスムーズに学びが開始できる

学校と家庭がつながり深まった保護者との信頼関係



--オンライン学習に対する保護者の声にはどのようなものがありましたか。

担任教諭:ある保護者に、お子さんが「きちんとオンライン学習に参加していますか?」と聞かれたので、「できていますよ」とお答えしたことがありました。休校期間中、仕事に行っていてお子さんの家庭でのようすがわからず不安だったが、オンラインで勉強できて良かったとおっしゃっていました。

--保護者の方が授業を一緒に見ている場合もあったようですね。

担任教諭:保護者の方が横にいてお子さんの名前を呼ぶ声が聞こえてきたり、画面には映っていませんが、一緒に参加したりしているご家庭もありましたね。

石原校長:保護者の皆さんはとても喜んでくださっています。「小路小学校の先生はすごく頑張ってくれてんねんな」などと評価してくれて。先生方が熱意をもってオンライン学習に取り組んでくれたことで、保護者との信頼関係も深まったと感じています。

学校行事を諦めない工夫



--今年度も卒業式のライブ配信を実施されますか。

石原校長:卒業式に限らず学校行事の配信が可能なので、できるだけ実施する方向で進めようとしています。Teamsなどを活用して、子どもたちの充実した取組みを皆さんに広く知ってもらうことに取り組んでいきたいですね。

--ICT活用に対する先生方の意識改革にはどのように取り組まれましたか。

石原校長:正直に言いますが、学校全体が全員でオンライン学習へというところまではまだ至っていません。もちろん、端末とWi-Fiルーターが全員分揃っていない側面はありますが、学校内でも温度差はあります。しかし、若手教員がベテラン教員に機器の使い方やオンライン授業のコツを教え、ベテラン教員が若手教員に授業そのものの中身について指導するという形で自然と学校全体でICT機器を活用していこうという意識改革につながっています。

--今後のオンライン活用の計画についてお聞かせください。

石原校長:今後も、感染症による学級休業に備えて、全学級でオンライン学習のテスト通信を行う予定です。

 また、子どもの活動が縮小されたり、なくなったりしている学校もありますが、本校ではできるだけ工夫してやっていこうと考えています。たとえば、運動会では平常時のように保護者全員に運動場で見学していただくことはできないので、Teamsを使って体育館の大型スクリーンに投影して見学していただこうと考えています。もちろん、お子さんが出場する競技は、運動場で応援していただきます。成功したら、大阪市の他の学校にも広めたいと考えています。

 本校では音楽発表会が人気の行事なので、これもぜひやりたいです。コロナ禍ではありますが、なんとか工夫して実現したいと考えています。音楽発表会は、地域の方も楽しみにしています。オンラインなら地域の方も、祖父母をはじめとする親戚の方々も自宅から視聴できます。録画すればお仕事などの都合がつけられない保護者にも見ていただけますね。

 また、学校行事だけでなく教員の授業研究発表会での利用も考えています。資料を配って誌上発表で終わらせるのではなく、Teamsを使って授業のようすを見せたり、資料を共有したりして、研究討議をやろうと考えています。これはあまり前例がないので、私たちが率先してやることで、平常時でなくても研究活動や発表を続けられることを伝えられたらよいと考えています。

--ほかにICT活用の可能性として考えていることはありますか。

石原校長:不登校児童への取組みです。たとえば退職された元校長先生がTeamsで授業して、全市の不登校の児童が勉強したり、グループでいろいろと話したりすることができたら良いと考えています。

 退職された元校長先生方で、ICTに苦手意識をもたれている方もいらっしゃると思います。そこをなんとかクリアできたら良いですね。オンラインでいろいろと話すことができたら、その子の人生にもプラスになるのではないか。そうした可能性を模索したいです。

チャレンジする大切さ



--これからICT活用に取り組まれる他校の先生方にメッセージをお願いします。

担任教諭:普段の授業と違うことをしようとすると、やはり抵抗があります。ネット環境を通して、普段の授業をするだけというところからスタートすると、抵抗は少ないと思います。

石原校長:私もICTが得意ではありませんが、以前、オンライン会議の際に、こんなに簡単にできるのかと思いました。そこからですね、一所懸命にやりだしたのは。自分が実際に使ってみることで「これ簡単にできるわ」と感じる。他の学校の先生方には、私ぐらいの年齢でも、どんどんチャレンジしていただきたいと思います。やらなければ前に進むことはできませんから

--ありがとうございました。

オンライン学習に取り組む大阪市立小路小学校オンライン授業に取り組む大阪市立小路小学校

 先生方のお話からは、その情熱とともに、特別なITスキルがなくても教員の誰もが構えることなくオンライン学習環境を実現できる可能性を感じることができた。石原校長はオンラインでもオフラインでも「教師はやっぱり子どもと会えるのが嬉しいのだと思いますよ」と、オンライン学習に対する先生たちの心の壁がなくなる瞬間を表現した。公立学校では、なかなか進まないと言われてきた教育ICTの利活用だが、小路小学校のオンライン学習への取組みには多くの示唆があると感じた。全国の多くの教育現場の参考になることを願いたい。

《佐久間武》

佐久間武

早稲田大学教育学部卒。金融・公共マーケティングやEdTech、電子書籍のプロデュースなどを経て、2016年より「ReseMom」で教育ライターとして取材、執筆。中学から大学までの学習相談をはじめ社会人向け教育研修等の教育関連企画のコンサルやコーディネーターとしても活動中。

+ 続きを読む

【注目の記事】

この記事の写真

/

特集