--倉澤先生は複数の大学で教鞭をとる一方で、現在杉並区教育委員会で教育ICT活用のスーパーバイザーも務めていらっしゃいますね。プログラミング教育に関わるようになったきっかけを教えてください。
私自身とプログラミング教育との関わりで言うと、ちょうど新学習指導要領の骨子が発表され、小学校へのプログラミング教育の導入が予定されはじめたあたりからです。2014から2015年ごろ、中学校ではすでに技術・家庭科の時間などにプログラミングが組み込まれていたので、中学校の授業を見学したり、逆に中学校から依頼されてプログラミングの講師を務めたりすることもありました。
そして2017年の「未来の学びコンソーシアム」(注:「みらプロ」の前身)では、区内の小学校の先生が5年生の算数の授業で正多角形を作図するプログラミング教育の授業をすることになり、その原案作成に携わりました。私はプログラミング教育の目的やプログラミングソフトの操作方法を先生に伝える役目で、その後は先生自身が、授業の狙いとなる「子どもたちが正多角形の意味や性質を理解したうえでコンピュータを使って正多角形を書く方法を見つけ出し、その過程でプログラミング的思考を育成する」ということを念頭に、授業案を組み立てました。

--ICT活用にはプログラミング教育以前から関わっていらっしゃったのですね。
校長時代には総務省事業で教育現場のICT環境のあり方について企業と共同研究をしたり、電子黒板とデジタル教科書の活用の研究に取り組みました。
杉並区教育委員会の学校ICT推進担当係の所属になってからは、区内小中学校への電子黒板やデジタル教科書、タブレットの配備、教室と体育館へのWi-Fi設置、また、ひとりひとりの学びに合わせたアダプティブラーニング、および教員の作業負荷軽減のための環境整備などに関して助言を行ってきました。

--LINE entryの監修に関わられたきっかけを教えてください。
同じくLINE entry監修者のおひとりである、放送大学教授の中川一史先生のご紹介です。中川先生には桃井第三小学校の時代からご指導いただき、電子黒板とデジタル教科書の活用の工夫についての研究発表もさせていただきました。そのご縁から一昨年、LINE entryの監修に誘っていただきました。
私はプログラミング教育を学校で取り組む際の前提として「単にロボットを動かすための時間をつくるのではなく、重要なのは教科の中でいかにプログラミング教育を展開していくか」ということが必要だと考えています。これには現場の先生もご賛同くださっています。日本各地の教育現場を実際に見学したり、文部科学省のプログラミング教育事業にも関わらせていただいたりと、私自身も学びながら取り組んでいます。
--学校現場をよくご存知で、ICT教育にも長く取り組まれてきた倉澤先生だからこそ、気付けることがありますね。LINE entryは「Scratch」をベースにしていますが、開発するうえで工夫された点はありますか。
中川先生をはじめ他の監修の先生方と進めたので、皆の共通認識として申し上げると「プログラミングの知識がまったくなくてもわかる」ということを重視しました。初めてプログラミングに触れる子どもにも、そして初めてプログラミングを教える教員にも伝わりやすいという点です。
一般的には初心者向けとされている「Scratch」でも、やはりプログラミング経験のない人には難しいんですよね。ブロックを組み合わせるという仕組みは直感的に操作しやすいのですが、そのブロックの名称が難しい。まったく知識のない人が「スプライト」「コスチューム」「コード」と言われても、その意味を理解するだけで大変です。ですから、LINE entryではスプライト、コスチュームを「イラスト」、コードを「ブロック」、ステージを「シーン」と、名称を日常用語に近い言葉に言い換えることにしました。全国の小学校教員が授業の中でプログラミングを活用するということを考えると、専門用語でつまずいてしまっては先に進めず、授業そのものの目的を見失ってしまいますので。
他にも通常の「Scratch」ではネコの鳴き声が効果音として頻繁に流れますが、授業で数十人の児童生徒が一堂に会して取り組むことを想定し、個人の作業や授業の進行に差し障りのないような音量・タイミングで効果音を設定するようにお願いしました。
--授業に馴染みやすいように工夫されたのですね。学校現場でのプログラミング教育の課題について、先生のお考えをお聞かせください。
小学校でプログラミング教育を必修化する案が出てきたころ、当然ながら現場のほとんどの教員にはプログラミングの経験がなく、専門家やIT企業の方が来て授業をしてくださることが多くありました。皆さん良かれと思って、プログラミングでゲームをつくったり、クルマを動かしたりして、一生懸命「プログラミングは楽しい」ということを伝えてくださるんです。
ところが実際のところ、プログラミング教育に充てられる時間は、非常に少ない。たとえば小学校学習指導要領に示されている「小学5年生の算数:正多角形の作図」の時間では、せいぜい2時間くらいです。しかも、学習指導要領で示されているプログラミング教育の狙いは「教科で学んだことをより定着させる」ことなので、教科の学習内容にうまく接続でき、授業の中に取り込みやすく設計されている必要があります。

プログラミング教育は、教科の狙いとプログラミング的思考の双方からアプローチし、双方が重なる部分に落とし込むことが必要だと考えています。それにもかかわらず、「楽しいイベント的な体験」に終始してしまうことは、非常にもったいなく、本来の学校現場では望まれていないもののように感じられるのです。
--LINE entryは、どういった学びを目指していますか。
学習指導要領に書かれていることと同じ、
●プログラミング的思考を育む
●プログラミングの良さに気付き、良い社会に貢献しようとする態度を育てる
●各教科での学びを確実なものにする
この3つを基本にしています。
教科の授業は通常どおり行い、プログラミングは「学びを確実なものにする」ために、まとめの単元で活用されることが多いです。たとえば小学5年生の正多角形の作図であれば、まず自分の手で書いてみて、次にプログラミングを用いて作図してみます。

正三角形は「3辺の長さがすべて等しく、角の大きさがすべて等しい」ことを用いて作図します。イラストの動きで直線を引くなら、
○歩動かす、120度左回転
○歩動かす、120度左回転
○歩動かす、120度左回転
という3つの動作をプログラムで指定します。このとき度数や回転の向きが誤っていると、正三角形にはなりません。実際にイラストを動かしてみることで、子どもたちは、自分の想定(仮説)と実際の動作(結果)を照らして確認することも、誤りを訂正することもできます。
想定(仮説)と結果を合わせるために、プログラムをどう直せばいいか。試行錯誤しながら答えを見つけ出すことが論理的思考を育むことにつながります。そして、正多角形の意味と性質を理解できていれば、正方形であろうが、正八角形であろうが、コンピュータ上では簡単に図形を書けることを学びます。
教科の内容を定着させるためにプログラミングを活用するのであって、プログラミング自体を学ぶために教科があるのではありません。LINE entryはこういった学習指導要領に則した活用ができるよう、考慮されています。
--プログラミングの専門的なスキルを学ぶというよりは、日々の学びの中でいかに活用していくかという点に重きが置かれているのですね。
そうです。6年生の社会科でも、まとめでプログラミングを活用することができます。授業を見学させてもらった際には、新聞づくりに代わって、LINE entryを活用してプレゼンテーションを作り、クラスの前で発表しているようすがありました。クラスメイトのテクニックを参考にしたり、教え合ったり、ツールとしてすっかり使いこなし、立派にプレゼンテーションを行う子どもたちの姿が印象的でしたね。

--倉澤先生の思うLINE entryの良さは、ずばり何でしょうか。
簡単に向きを変えられたり、大きさを調整したり、数を増やしたりとイラストの編集がしやすいこと、シーンのコピーや編集がしやすく工夫できること、動きの時間を設定できることなど、実際に使ってみて「使いやすい」と感じることは多数あると思います。でもいちばんの良さは、いわゆるプログラミングで使われる難しい用語が出てこないことでしょうか。それゆえ、現場の先生にとっても理解しやすく、授業に活用しやすいツールになっていると思いますし、何より子どもたちがあっという間に使い方をマスターして、授業の本題に取り組むことができています。開発で工夫したことが子どもたちに好評で良かったなと思います。
--先生からの評価もありがたいですが、子どもたちの素直な反応は監修した皆さんにとっても嬉しいものですね。本日は、ありがとうございました。
取材の中で、杉並区の小学校の授業のようすを動画で見せてくださった。小学6年生の室町時代の単元で、子どもたちがプレゼンテーションを行っているものだ。プレゼンテーションソフトを使って作成した資料にすら感じられるほど、ページの遷移やアニメーションが駆使された完成度の高いスライドを映しながら、堂々とプレゼンテーションを行う子どもたち。小学6年生が、単元の「まとめ」の限られた時間の中で、これだけ完成度の高い資料を作成するには、よほど扱いやすいツールでないと使いこなせないはずだ。
プログラミングによって子どもたちひとりひとりの思考が可視化され、それを見て試行錯誤を繰り返し、あるいは他者との共有によって学び合う。倉澤先生が見せてくださった授業風景の動画は、いずれも子どもたちが自らの思考をしっかりと表現している光景であった。
どの子の資料も、子どもたちの参考にと先生がつくったサンプルをはるかに越える出来栄えだったとのことで、先生方も驚いたという。監修者である倉澤先生が思う以上に、LINE entryは子どもたちの手に馴染むツールであるようだ。
「嫌いにならないように」と楽しさだけを追求するプログラミングの授業よりも、学校現場で本当に求められているのは子どもたちの教科の学びに寄り添ったプログラミングであると言えよう。