2022年5月11日から13日まで東京ビッグサイトで開催された第13回学校・教育総合展(EDIX)。業界関係者や一部の教職員にしか馴染みのないものかもしれない。
ただ、展示会場に足を踏み入れると、教育という一見地味な業界展示会にも関わらず、その活気に圧倒される。多様なサービスの展示ブースが並び、それらを体験するだけでも「日本の教育の今とこれから」を実感することができるイベントだ。
そこで、先導的な教育ICT環境構築および支援に取り組む情報通信総合研究所 特別研究員の平井聡一郎氏に、今年の会場のようすから、日本の教育ICTの行方について予想していただいた。
GIGAがもたらした「学校現場の若返り」
--平井先生は、今年も数多くのセミナーにご登壇されましたね。今年のEDIX会場はいかがでしたか。
一昨年昨年よりも行動制限が緩和されたものの、感染防止の目的で通路が広く、ゆとりがあって、ブースを見て回りやすかったですね。コロナ前と比べ、出展社数は半分ほどの320社。奇を衒ったようなものは淘汰され、本当に現場が必要している良質なサービスが並んでいた印象です。
出展ブースで登壇している先生方も、来場する先生方も、年々若返っている気がします。若年層の先生方の来場が増えていることもありますが、GIGAスクール構想に関連した取組みをはじめ、年齢問わず先進的な教育に触れることで、総じて生き生きとした「若い先生」が増えたように感じます。
--なるほど。GIGAスクール構想は、批判的な意見もありましたが、それすら乗り越えて、新しい教育に挑む先生方の努力を表に見えやすくしてくれた気もします。
多くのブースで現場の先生が登壇されていましたが、目立つのは1階会場入ってすぐのGoogle for Educationのブース。Googleでは、地域の教育者がオンラインやオフラインの交流を通じて共に学び、互いを高めあうための「Google 教育者グループ(GEG)」を組織して、主体的かつ活発に情報交換を行っています。同様に、Microsoftも「マイクロソフト認定教育イノベーター(MIEE)」というプログラムを運営し、ユーザー同士が教育事例を共有しあっています。
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がむしゃらに導入した時期を経て、真に「選定」するフェーズへ
--手探りで始まったGIGAスクール構想では、製品やサービスだけでなく、ユーザーコミュニティを提供することで、利用する際の安心感を与え、地域を越えた先生同士の繋がりを生み出してくれたのですね。
GIGAスクール構想が始まって以来、まず使ってみる・とにかく使ってみることで、この教育のアップデートについていってほしいという思いのもと「つべこべ言わずにやってみろ」というメッセージを発信していました。従来型の教師主導の一斉教授でも構わないので、ひとまずオンライン授業や教育ICTツールに慣れてみようという意味です。
そうして終えた2021年度は、言ってしまえば「ボロ出し」の1年間でした。ひとまず使ってみて、不便な点や改善点を出しきる。そのうえで、改善点やボロを穴埋めすれば良いのです。
サービス事業者も現場の具体的な「困り感」を解決できるよう、製品やサービスをアップデートしています。2022年度は、実際の課題を解決できるサービスを選定し直しながら、教育の質的レベルを上げる1年間になると良いのではと思っています。つまり、単にICT機器活用の練度を上げるだけではいけないということですね。
--確かに、会場で密かに来場者の方の会話に耳を傾けると「あの授業でこの製品使えますね」「この機能は、うちの学校には向いていないな」等、具体的な話をされている方が複数組いらっしゃいました。
EDIXは、現場の先生にこそ足を運んでもらいたいイベントだと思います。非常に多忙な現場の先生方にとって、平日の昼間の時間帯に足を運ぶのは難しい点もあるかと思いますが、現場の「困り感」を解消できるサービスや製品が見つかるかもしれませんし、予算の都合上導入は難しくても、少なくとも解決のヒントを持ち帰ることができるかもしれません。
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さらなる教育DX推進の鍵は?
--現場の「困り感」、つまり課題はどこにあると感じていらっしゃいますか。
大きく2点あると思っています。いずれもクラウドが本当の意味で活用されるようになってきたがために生まれた課題です。
まず1つは、学校で使用しているクラウドと連携したアプリの選定です。クラウドが活用しきれていなかった時期は、右も左もわからぬまま、ひとまず個別のオンライン学習サービスやデジタル教材を導入した学校が多かったのではないかと思います。ここ1年でクラウドの活用が浸透したことで、連携できるアプリや教材サービスの使いやすさを実感できるようになり、製品の置き換えを検討している教育機関も多いのではないでしょうか。
もう1つは、通信環境について。かつては職員室とパソコン室に整備できていれば良かったWi-Fi環境も、GIGAスクール構想を経てその他の場所でのデジタルデバイスの活用も視野に入れる必要が出てきました。たとえば校庭も含めた学校の敷地全体に広げることで、休み時間や部活動、登下校の確認等、授業以外でもICTを活用することができるようになります。世間でも5Gについて話題になることが増えてきていますが、通信環境を整備することが学校DXのさらなる加速の鍵になります。
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「情報I」が教えてくれる、これからの学び・これからの社会
--これまでEDIXをきっかけに、昨今の教育ICTについて概観していただきました。保護者や学校現場に縁のない方にも、ぜひ伝わると良いなと思っています。
僕がお勧めしたいのは、今年の4月から高校で始まった「情報I」の教科書を手に取ってみることです。2025年1月の共通テストで「情報」が出題される予定ということから、先んじてご覧になっている保護者の方もいるかもしれませんね。
「情報I」の教科書は、6社から計12冊出ています。図解をメインにしたもの、プログラミング言語ごとに解説したもの等、レベルもさまざまです。
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現在の社会で必要なデジタルスキルが、咀嚼されて「情報I」という教科になった社会的背景だけでなく、ふんわりとした「デジタルスキル」というものが体系化して示されていますので、I CT教育関係者はもちろん、苦手意識のある方もぜひ読んでみてほしいですね。
高校での学びだけでなく、その前段階として小中学校でどのような学びが必要なのかを知るきっかけになるはずです。国語は言語という共通点があり、算数・数学は統計学の初歩として関連付き、美術もWebデザイン等でリンクしていて、「情報」は各教科を結びつける科目として位置づくことがわかります。
「情報I」の教科書は、デジタル初心者にとってはICTそのものの仕組みを理解することもできますし、企業にお勤めの方にとっては数年後に入社する新入社員がどのレベルのデジタルスキルを持ち得ているのかを事前に把握する術にもなりますよ。
--大人同士の小難しい会話には、私もつい拒否反応が出てしまいますが、高校の教科書であれば受け入れられそうです。子供と一緒に学ぶことで、デジタルネイティブの標準程度までは苦なくスキル習得できそうですね。貴重なお話、ありがとうございました。
多忙な2日間の合間をぬって取材に応じてくれた平井先生。最後に「『情報I』の教科書がベストセラーになると良いな」と話してくれた。取材後、書店に立ち寄り、ページをめくると、中にはかなり高度な学習内容もあって、「こんなスキルをもった子たちが入社してくるのか」とちょっとした危機感すら感じた。
教育DXは学校に任せておけば良いと安易に考えずに、企業人や保護者もその概要を把握しておきたいものだ。社会的な要請ゆえ生まれた「情報I」という教科が、いずれ社会のさらなるデジタル化と発展に寄与する日はそう遠くはなさそうだ。