世界の縮図「立命館アジア太平洋大学(APU)」の多様性がもたらす未来

 国籍、性別、年齢など、すべての人々が互いの違いを尊重し、それぞれの個性を活かしていく「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」その最先端を走る立命館アジア太平洋大学(APU)。D&Iは今なぜ必要とされ、どんな未来を構築していくのだろうか。

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大阪・関西万博で「教育」をテーマにしたシグネチャーパビリオンのプロデューサー・中島さち子氏と、APUインクルーシブ・リーダーシップセンター長を務める国際経営学部准教授・篠原欣貴氏
大阪・関西万博で「教育」をテーマにしたシグネチャーパビリオンのプロデューサー・中島さち子氏と、APUインクルーシブ・リーダーシップセンター長を務める国際経営学部准教授・篠原欣貴氏 全 7 枚 拡大写真

 国籍、性別、年齢など、すべての人々が互いの違いを尊重し、それぞれの個性を生かしていく「ダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)」の概念が日本でも広がりをみせている。

 その最先端を走るのが、立命館アジア太平洋大学(以下、APU)だ。

 2000年、大分県別府市に開学したAPUは、外国籍教員・学生の割合が約半数にのぼり、学生の出身国は開学以来の累計で166か国・地域にも及ぶ。2024年に就任した米山裕学長による新プラン「Leap Beyond Global」では、D&Iの教育・研究・社会実践などをはじめとした新たな挑戦を進めている。

 D&Iは今なぜ必要とされ、どんな未来を構築していくのだろうか。

 2025日本国際博覧会(以下、「大阪・関西万博」)で「教育」をテーマにしたシグネチャーパビリオンのプロデューサー・中島さち子氏と、APUインクルーシブ・リーダーシップセンター長を務める国際経営学部准教授・篠原欣貴氏に話を聞いた。

【プロフィール】
中島さち子氏:東京大学理学部卒業。株式会社steAm代表取締役。数学者、ジャズピアニスト。ニューヨーク大学芸術学部修士課程修了(メディアアート)。高校2年生で国際数学オリンピック金メダル獲得。大阪・関西万博プロデューサー。


篠原欣貴氏:三菱UFJ証券を経て慶應義塾大学大学院商学研究科にて博士号取得。立命館アジア太平洋大学(APU)インクルーシブ・リーダーシップセンター長および国際経営学部准教授。


D&I推進がもたらす恩恵とは

--中島さんは、来春から開催される大阪・関西万博のシグネチャーパビリオンをプロデュースされています。テーマは「いのちを高める(Invigorating Lives)」。そのコンセプトのひとつとして、なぜD&Iを掲げられたのでしょうか。

中島氏:今回の万博は「いのち輝く未来社会のデザイン」がテーマ。その中で、私たちが手掛けるパビリオンでは「いのちを高める」をテーマに、「いのち」を生きがいや生きている喜びと捉え、この万博を機に多様な「いのち」が輝くような社会になってほしいとの思いを込めています。

 そもそも「いのち」ってひとりひとりまったく違うのに、特に日本では均質的な環境が多いため、どうしても単一の物差しで人と自分を比べがちで、自分には何の可能性もないと感じてしまうことが少なくないと思うんです。

 だからこそ、ありとあらゆる人が輝き、その個性を充分に発揮して生きていけるという意味で、私たちのパビリオンはもちろん、万博全体でも、D&Iは大きな要だと考えています。

大阪・関西万博のシグネチャーパビリオンのテーマ「いのちを高める(Invigorating Lives)」のコンセプトのひとつD&Iについて語る中島さち子氏

--D&Iが実現すると、具体的にどんな効果が期待できるのでしょうか。

中島氏: 私はおもに2つあると思っています。

 ひとつは純粋に今よりもっと楽しく、面白くなるということ。

 私は音楽家としての活動を通じて、目が見えない方や耳が聞こえない方と一緒に演奏する機会があるのですが、そのたびに普段は意識していない五感が研ぎ澄まされたり、豊かな表情やジェスチャーが引き出されたりと、いつも自分自身の中に新しい発見があるんです。実はこれって、外国の人と出会ったときにも共通していて、すごく楽しいし面白いんですよね。

 万博は世界から約160か国の国々が集うので、言語はもちろん、宗教も文化も価値観も多様な人々と関わることができます。そうした関わりの中で、これまでは気付かなかった新たな一面を発見し、自分の可能性を感じられるようになる。これこそまさに、「いのちが高まる」ことだと思うんです。

 もうひとつは、お互いを思いやる共感力が育つこと。

 性や人種、障害などで少数派(マイノリティ)になると、機会の不平等や格差みたいなものが生まれやすくなります。多数派(マジョリティ)からすれば別に悪気はないんだけれど、それが少数派にとっては差別やハラスメントなどになってしまっているケースって意外と多いものです。

 こうした状況を変えていくには、まずは楽しい体験をみんなで共有し、仲良くなること。友達になって、「そういう言い方をされると嫌だな」といった踏み込んだ対話ができる関係を作ることが第一歩かなと。そこで、「自分には悪気はなかったのに、相手を知らないうちに傷つけてしまったようだ」「相手は悪気なく発言したかもしれないが、私はその言葉を聞いて“怖く”なったので、その気持ちを伝えないといけない」など、お互いが胸の内にモヤモヤと抱えていたネガティブな思いへの理解が生まれ、相手の立場に寄り添いながら助けあえるようになっていく。

 そうなれば、多様な力がひとつの大きな力となって、新しいものを生み出したり、変革をもたらしたりするようになると思うんです。

 今後ますます少子化が進み、日本の企業や社会がよりグローバルに舵を切っていく中で、ここは教育においても非常に重要になってくるところだと思います。

立命館アジア太平洋大学(APU)インクルーシブ・リーダーシップセンター長および国際経営学部准教 授篠原欣貴氏

まだガラパゴスの日本社会

篠原氏:今、中島さんが指摘されたように、日本政府が女性活躍などD&Iの旗振りをしている背景には、おもに人口減と高齢化という2つの問題があります。経済の視点で捉えると、減少していく労働力をいかに補うかという大きな課題があるわけです。

 そのひとつが、外国人を受け入れていくこと。日本企業にも外国人を雇用したいニーズはあるものの、「郷に入っては郷に従え」とばかり日本流を押し付けているのが現状です。一方、このような姿勢で外国人を雇用してしまうと、もっと自分たちらしく働ける環境へと移ってしまうため、日本企業にはどうやったら彼ら・彼女らと一緒に働き、各々の能力を最大限発揮して活躍してもらえるかを積極的に考えていくことが求められています。

中島氏:とはいえ、日本はまだガラパゴス的ですよね。外国人が日本企業で働きたいと言っても、日本語の資料しか作らない企業は多いし、採用の段階で、日本人の学生が受けるのと同じ日本語の試験を受けさせるところもあると聞きます。結局、高いレベルで日本語が話せて、読み書きができる人が欲しい、と。この点では同じアジア圏の他国に比べて相当厳しい状況なので、最終的に彼らは日本を選んでくれません。

 これは日本の教育の問題かなとも思うんですよね。英語に非常に抵抗感がある。学校では勉強しているものの、英語でコミュニケーションをしたことがほぼない。実際に仲良くなる体験ができていたら、心理的な壁は高くないはずなんです。でも、先ほども言ったように、外国の人々は大半の日本人にとってまだ遠い存在なんですよ。

篠原氏:おっしゃるとおり、日本では言語の壁を感じる人は多いですね。実際に、APUの外国からの学生は、日本語ができる希少な人材として、日本企業の間で取りあいになっています。ただしこれだと、相手が日本にあわせられるかどうかで評価していて、決してインクルーシブとよべる状況ではありません。

「混ざりあう経験」が育てる力

--その点、万博というのは世界中から多様な人々が集まってくるところに、子供も大人も混ざる経験ができますね。

中島氏:そう思います。我々のメンバーには「マドラー」とよばれる、かき混ぜる役割の人たちがいて、パビリオンへの来場者やワークショップへの参加者などの間に多様な人たちと関わりあえる環境をつくります。そうすることで、そこにいるひとりひとりが、自分が受け入れられていることを実感できると思うんです。APUにはすでにこういう経験ができる、多様性のある環境が整っていますよね。

篠原氏:はい。現在APUでは半分が日本人の学生、半分が世界100か国・地域からの学生です。そして入学後1年間は、全員が「APハウス」という学生寮に入って共同生活をします。教員も日本人と外国人が半々で、授業は英語と日本語両方で開講しています。このように、大学自体がさまざまなバックグラウンドの人々によって構成される、多様性が非常に高い環境になっているんです。

多様な人々が集まり「混ざりあう経験」が育てる力について語る

--それだけ多様性があると、意思疎通でお互い行き違いがあったり、コミュニケーションの失敗が発生したりしませんか。

篠原氏:もちろんありますよ。これまで生きてきた環境が皆それぞれ異なるので、お互いに苦労することも多い。APUの授業ではグループワークが多いのですが、私のところにも「このメンバーは全然仕事をしない」「時間を守らない」といったクレームが寄せられます。たとえば、締め切りを守るという概念ひとつとっても、それに対する考え方やスタンスが異なるので、インクルージョンを実現するのって本当に大変なんです。

 この行き違いを乗り越えるには、学生たち自身に考えさせたり、ときには教員やティーチングアシスタントがサポートをしたり、その都度泥臭く、あの手この手で頑張るしかありません。

中島氏:米山学長は、「ただ混ぜるだけではダメなんだ」とおっしゃっていますね。今、篠原先生がおっしゃったように、混ぜておくだけだと相手に対して不満や不信感ばかり募り、カオス状態になってしまう。だからこそAPUでは、「互いを尊敬しあう」ということを教えている。相手に対して敬意をもつと共に、自分との違いをまずは受け入れるということが大事なのだ、と。

篠原氏:APUの教員として私個人が大切にしているのは、相手を否定しないこと。意見の食い違いがあるとき、それを真っ向から否定してしまうと、相手は言いたいことを言えなくなります。そして、感情的にならないこと。好き嫌いの問題にしてしまうと、対話にならないですからね。

 APUの学生たちは、混ぜられた環境の中で、自分の思いどおりにいかない失敗をたくさん経験します。でも、意見の違う相手を否定せず受け入れる、そして感情的にならずに話しあうといった対話の仕方を学んでいくうちに、悪気はないけれど画一的な日本のやり方を押し付けていたことに気づいたり、多様な人々とのコミュニケーションに慣れ、恐怖や苦手という先入観から解放されたりしていくんです。

中島氏:私はアメリカのニューヨーク大学に2年間留学していたのですが、そこもAPUと同じように、世界中から学生が集まる多様性が高い環境でした。そういう環境にいると、相手の意見にしっかりと耳を傾ける力や対話を通じて解決を見出そうとする力が鍛えられます。さらに、こうした多様な人たちとのコミュニケーションは、クリエイティブな発想にも繋がっている気がしますね。

「相手の意見にしっかりと耳を傾ける」ことで多様な人とのコミュニケーションが広がる

言語の壁を超え、助けあうには

--先ほどキャンパス内を歩いていた際、日本語で話していた学生の輪にヒョイと外国人の学生が加わったとたん、会話が英語に切り替わった瞬間を目にしました。それがとても自然だったのが印象的でした。

篠原氏:外国からの学生の多くも英語が母語ではないので、完全にネイティブというわけではないんです。その分、日本人の学生にとっては、自分の英語が多少ブロークンでも気後れせず、コミュニケーションを取りやすいのかもしれません。

 ちなみにAPUには、言語自主学習センター(Self-Access Learning Center)を設けており、授業以外に語学の学習サポートを行っています。たとえば英語であれば、アドバイザーが英語力を伸ばしていくためにスピーキングの練習やライティングサポートを行ったり、日本語では日本人学生が外国からの学生の会話練習に付きあったりします。また、母語が異なる学生同士がお互いの言語を教えあう言語パートナー制度もありますし、英語、日本語だけでなく、アジア太平洋言語(中国語・韓国語・マレー/インドネシア語・スペイン語・タイ語・ベトナム語)の授業も開講しています。

 そうやってAPUでは、学生と教員が言葉の壁を超えて緩やかに助けあうので、皆フレンドリーで、互いの距離感が近いのも大きな特長だと感じます。

中島氏:素晴らしいですね。加えて私が魅力だと感じるのは、学生同士が繋がる手段として、言語だけではなく、音楽や舞踊などを通じた機会があるところです。

 昨日、複数の国・地域の言語や文化を週代わりで紹介する「マルチカルチュラル・ウィーク」(*)に参加したのですが、和太鼓を外国人の学生も一緒に演奏したり、ニュージーランドの先住民マオリによる舞踊「ハカ」を日本人の学生も伝統的なメイクと衣装で踊っていたり、そこでも多様な人たちがかき混ざっていて、かつ一体感がありました。  

 笑顔あふれるパフォーマンスで、言語だけだとなかなか壁を乗り越えられなくても、音楽や舞踊によってこんなふうに心が通いあうことができるのかと感動しましたね。

 寮生活やスポーツなどでも、APUでの学生生活にはこういう機会がたくさんある。そこが本当に面白いなと思います。

*…世界各国の学生が学ぶAPUのキャンパスで、学生が中心となってそれぞれの国・地域の伝統芸術や生活文化を週替わりで紹介するイベント。春(5月~7月)と秋(11月~1月)に開催。期間中はスポットを当てた国・地域の伝統料理がカフェテリアに並ぶほか、学生による伝統的な舞踊や音楽が披露される。

マルチカルチュラル・ウィークのようす(提供:立命館大学)

篠原氏:D&Iの進め方として、差別や偏見に対して「これはおかしい」と問題提起するのもひとつの方法だと思いますが、APUでは「こんな面白い世界がある」と見せることができる。この環境を子供から大人まで広く開放し、一緒に楽しんでもらえる機会をつくるなど、社会全体のD&Iを推進する上でAPUが果たせる役割をもっと模索していきたいですね。

D&Iで「別府モデル」がイノベーションの起点となる

--2024年に就任されたばかりの米山学長の新プラン“Leap Beyond Global”では、D&Iがさらに進化を遂げそうです。どんな未来を期待しますか。

中島氏:そもそも別府には昔から、障害のある人もない人と同様に地域社会の一住民として働き、暮らすことのできる「太陽の家」や「オムロン太陽」といったユニバーサルな環境が根付いています。そうした土壌があるところにAPUが開学し、多様な国籍の人たちも一緒に混ざりあって暮らすという、本当に面白いD&I都市になっている。まさにこの「別府モデル」が、街づくりや教育、企業にも広く波及していけば、日本全体のD&Iが進んでいくのではないかと期待しています。

篠原氏:私も、D&Iの目指すゴールは特定の人やグループのためではなく、皆が暮らしやすくなることだと思います。画一的ではなく個別最適な学び方や働き方ができ、皆が自分の才能を発揮できる環境が実現できると良いですね。

 歴史を振り返っても、イノベーションというのは辺境から生まれています。ですから、課題先進国と言われる日本の、その中でも課題が山積している地方にこそ今、チャンスがあるとも言えます。「別府モデル」のD&Iは、日本に新たなイノベーションをもたらす起点になれるのではないでしょうか。

中島氏:日本の未来も明るくなりますね。万博でも、APUのように世界中から人が集まり、皆で混ざりあい、つくりあげることを通じて、D&Iを楽しく、ウェルビーングにも繋がるような体験をプロデュースしていきたいです。

別府から日本全体の未来を明るく変えていく

--ありがとうございました。


ありとあらゆる人が、混ざりながら輝く社会へ

 障害のある人とない人が共に働き、100を超える国籍の人々がAPUにて共に暮らし、学ぶ別府の街。この小さな街のD&Iモデルが日本の社会や教育を大きく変えていくかもしれない。APUがもたらした多様性は別府の街をさらにブランディングし、磨き上げ、大阪・関西万博が目指す「多様ないのちが混ざりながら輝く社会」を作り上げた。APUが発信する別府のモデルが各地域や大学、企業などに広がることでD&Iの取り組みが進み、皆が暮らしやすい社会の実現につながることが期待される。

立命館アジア太平洋大学(APU)
大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」

《羽田美里》

羽田美里

執筆歴約20年。様々な媒体で旅行や住宅、金融など幅広く執筆してきましたが、現在は農業をメインに、時々教育について書いています。農も教育も国の基であり、携わる人々に心からの敬意と感謝を抱きつつ、人々の思いが伝わる記事を届けたいと思っています。趣味は保・小・中・高と15年目のPTAと、哲学対話。

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