2007年からはじまったJ-POWER「エコ×エネ体験ツアー」は、小学4年生から6年生を対象に親子で参加できる夏休みの人気イベント。筆者が同行取材した今年の小学生親子向けツアーは、奥只見ダム・発電所とその周辺の豊かな自然が舞台となった。奥只見ダム・発電所の見学やナイトハイク、朝の散歩、森の体験プログラム、わかりやすく楽しい実験などを通じて、普段は何気なく使っている電気と自然のつながりを親子で体感しながら学ぶ。
「エコ×エネ体験ツアー」は、J-POWER(電源開発)が長年取り組んでいるエネルギーと環境の共生を目指した社会貢献活動の一環として開催されており、食事や宿泊を含む参加費が無料(集合・解散場所までの交通費を除く)という特別な機会とあって、定員をはるかに上回る応募が集まる人気ぶりだったという。
サイエンスコーディネーター尾嶋好美氏「見るだけではできない心を動かす体験」
毎年人気が高まる同ツアーは、専門家による解説や実験などから科学に関する知識を深められる貴重な機会であり、親子で一緒に体験するプログラムであることも魅力だ。『本当はおもしろい中学入試の理科』などの著者で、小中高校生のための科学教育プログラムを数多く企画・運営しているサイエンスコーディネーターの尾嶋好美氏に、同ツアーの魅力と子供の探究心を伸ばすための子育てのヒントについて聞いた。
サイエンスコーディネーター尾嶋好美氏
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生成AIをはじめとする情報技術が急速に発展し、今の小学生が大人になるころにどのような時代になっているのかは、誰にもわかりません。ただ、「与えられた課題に対し、今ある情報や知識を使って正解を導き出す」のはAIが得意とするところです。これからは、「人間だからこそできること」が重要になってきます。
私たちは、本やインターネットなどから、多くの情報を得ています。「水力発電所では、ダムに貯めた水を下に落として電気をつくっている」ということを知っている人も多いでしょう。でも、ダムから落ちる水の迫力は、実際に行って初めて「感じる」ことができます。数値としては知っていたダムの大きさや水の落ちる高さも、実際に目にするとその大きさや高さに驚くことでしょう。何かを感じ、驚いたり喜んだりすることは、身体と感覚をもっているからこそできることです。「感じたことから、何かを考えていく」という経験を重ねることで、これから先の時代に必要な思考力が伸びていきます。
J-POWER「エコ×エネ体験ツアー」では、ダムの迫力を実感するだけではなく、専門家から電気をつくる仕組みなどを学べます。参加者のほとんどは、これまでさほど「電気」を意識することがなかったはずです。でも、ツアーに参加したことで、この先ずっと、ふとした時に、電気の安定供給やエネルギー変換などについて考えるようになると思います。子供だけではなく、親子での参加というのも、とても良いですね。保護者の方も初めての経験、初めての学びが多かったのではないでしょうか? 子供と同じ体験をすることで、帰宅後もコミュニケーションが多くなったことでしょう。
では、どこかに行かなければ「体験」はできないのでしょうか? そんなことはありません。「本やこのレポート記事、Webサイトなどで見て、知っている実験」を、ご家庭で実際にやってみてください。見るだけではできない心を動かす体験ができるはずです。Enjoy!
家族旅行ではなかなか得られない体験で充実した1泊2日のようすをレポートする。ツアーのスケジュールは以下のとおり。
「エコ×エネ体験ツアー水力小学生親子編@奥只見」日本最大級の水力発電所! ブナの森でつながりを学ぶ
1日目
JR浦佐駅集合→バス移動→昼食→バス移動→奥只見発電所の体験プログラム~五感を使って発電所を探検~→奥只見電力館見学(自由見学と質疑応答)→バス移動→緑の学園にチェックイン・休憩→夕食・電気の話・お互いを知る時間(自己紹介)→ナイトハイク~電気(灯り)のない夜の世界を散歩~→交流会→お風呂・就寝
2日目
朝の散歩→朝食→チェックアウト→バス移動→奥只見船着場→遊覧船でダム湖を横断→森の体験プログラム(ブナ林)~奥只見の自然を体感→まとめのワークショップ~森と水力発電所のつながりに気づく楽しい実験~→昼食→尾瀬三郎劇場→振り返り~2日間の体験をふりかえる時間~→バス移動→JR浦佐駅解散
ツアー中はスタッフを含め全員、自分自身が名付けたキャンプネームで呼び合った。文中ではキャンプネームのままで紹介する。
1日目:ダムと発電所を訪れて「水力発電」を体感
集合場所のJR浦佐駅では参加する親子をスタッフが迎えた。バスに乗り込み、奥只見のネイチャーカレッジ緑の学園へ。J-POWER「シゲさん」による開会のあいさつでは、“体験、協働、学びあい、そして楽しむこと”というエコ×エネ体験プロジェクトの基本コンセプトでもあるキーワードが伝えられた。
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山梨県清里で自然体験や環境教育を運営する公益財団法人キープ協会の「おのの」がツアーを楽しく進めていく。車内では、後出しじゃんけんや奥只見ダム・発電所の建設時に資機材を運ぶために作られた道路「シルバーライン」などに関するクイズで盛り上がり、車窓から見える雪の多い新潟の特徴も紹介された。
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15組の親子は赤・青・黄・緑の4組に分かれて活動開始。昼食後は組ごとに自己紹介を行い、続けて席を離れて他の親子との交流をした。
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五感を使って奥只見ダムと発電所を体験
緑の学園からバスで移動し、奥只見ダムの頂上「天端(てんば)」に到着。見学前に、奥只見ダム・発電所の概要が説明され、続けて親子でヘルメットや服装などの安全を確認した。
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奥只見ダムはコンクリートの重さで川の水をせき止める重力式コンクリートダム。その高さは157mと日本最大級だ。天端から奥只見湖を見渡しながら、ダムの中央付近まで歩いて進む。せき止めたダム湖の水を、上から下に落下させる位置エネルギーを利用して電気はつくられる。そのため発電所はダムの地下深くにある。エレベーターでダムの内部を139m下まで降りていった。
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エレベーターを降りると一気に冷たい空気に。うす暗い連絡通路を進み、側溝に流れる水に触れると、子供たちの「冷たい!」という声が響く。通路の気温は10度ほどで、外との温度差を実感していた。また水車発電機の模型を使った説明では、ダムの水が取水口から水圧鉄管を通って発電機に届き、大きな水車が回ることで電気がどのように生まれるかを詳しく知ることができた。
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発電機室では大きな発電機のカバーに手をあてた。運転中の発電機は音を響かせて振動が手に伝わる。子供からの「運転はどこでしているのですか?」という質問には、現在は埼玉県川越市の制御所から遠隔制御で運転が行われているとの回答があった。
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J-POWERグループの元社員で工学博士である「ドクター」の水力発電実験では、雲から雨が降って、ダムに溜まった大量の水を上から勢いよく落とすことで、下にある水車が回り、コイルの間で磁石が回転して電気が発生すること、水力発電は他の発電方法に比べ起動停止にかかる時間が短いこと、ダムの水がなくなってしまうと電気はつくれなくなるといった特徴が説明され、子供たちは電球が点灯すると驚きの表情を見せていた。
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デジタル技術と自然に触れる「奥只見電力館」
「奥只見電力館」では、大型スクリーンによる奥只見ダム周辺のドローン映像や、タブレットでダムの360度映像を観賞した。
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コンセントの向こう側を知る「電気の話」
夕食後は、「シゲ」さんによる「電気の話」の時間。電気にはスピードが速い、ためるのが難しい、今使っている電気は今つくっているといったさまざまな特徴があるが、使う量とつくる量のバランスがとても大事で、それが大きく崩れると停電の原因になるという。資源が少ない日本は、エネルギーを輸入に頼っている。安定供給には昼と夜、冬と夏といった条件の違いもみながら、火力や太陽光、水力、風力などをバランス良く組み合わせることが必要。最後は2050年カーボンニュートラルに向けてS+3E(Safety=安全性、Energy Security=安定供給、Economic Efficiency=経済効率性、Environment=環境適合)がキーワードになると伝えた。
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電気(灯り)のない夜の世界を散策する「ナイトハイク」
キープ協会の「みかんちゃん」「もっちゃん」「おのの」がガイドしたナイトハイクでは、灯り(電気)のない暗闇の中で、夜になると葉を閉じるクローバーを観察し、蛙や虫の声にも耳をすませた。広場ではシートを敷き、寝転がって夜空を見上げる。地面で動きながら光るマドボタルの幼虫を探し、また暗闇ではいかに自分の目が暗さに慣れていくのかも体験。灯りの元になる電気の大切さがわかった。
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夜の交流会では手回し発電機をぐるぐると試したり、J-POWERオリジナルの「エコ×エネかるた」で真剣勝負をしたりと、どんどんと子供たちの距離は縮まって仲良くなっていくようすが見られた。
1日目終了後インタビュー
「タケちゃん」さん&「こうちゃん」さん親子
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環境問題やダムに関心があったので、夏休みの思い出作りのために応募しました。八ッ場ダムや下久保ダムなどの地元のダムには、子供と訪れてダムカードをもらうなど楽しんでいます。今回も奥只見ダムの見学をとても楽しみにしていました。ダムの内部や発電所の仕組みがわかり、とても勉強になりました。明日は遊覧船や森の体験を楽しみにしています(「タケちゃん」さん)。
ダムの見学を一番、楽しみにしていました。いつもお父さんと一緒にダムに行き、ダムカードは10枚ほど持っています。大きなダムや発電所でいろんなことを知ることができて良かったです。特に発電機に手を当てたときには、振動が直接伝わってきて驚きました(「こうちゃん」さん)。
「いとよし」さん&「ヒノ」さん親子
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子供が学校の社会科の授業で「水」、理科では「電気」を学んでいて、水力発電の仕組みはどのようなものかと話していました。こうしたツアーに参加するのははじめてで、ダムの内部を見学できるのが楽しみでした。エレベーターでダムの下まで降りて、さらに深い場所に発電所がある。これを人の手で作ったことにとても驚き、人の力は本当に素晴らしいと感動しました(「いとよし」さん)。
自分が読んでいる子供新聞でこのツアーを見つけました。家族旅行ではよく登山や川に行きますが、お父さんと2人だけで旅行するのははじめてです。発電機を実際に目の前にすると、とても大きくて迫力がありました。これからもいろいろなものを見たいと思います(「ヒノ」さん)。
2日目:「森の体験プログラム」で自然とエネルギーのつながりに触れる
2日目は早起きして朝の散歩。涼しく気持ちの良い空気の中、エコパークに向かった。道中、昨夜のナイトハイクで観察したクローバーの葉が開いていることを確認。「ドクター」はエコパークができた理由を解説。なんでも、奥只見発電所の4号発電機の増設時に環境・生態系に配慮して、土砂を捨てる場所にあった池に生息していた希少生物とその植生を守るために、代わりの場所として人工池などを含むエコパークが作られたのだという。
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遊覧船で森に囲まれたダム湖を横断
遊覧船でダム湖を横断して銀山平の森に向かう。奥只見ダムを湖上から眺め、進んでいくとダム周辺の豊かな自然が待っていた。
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ブナの木に癒される「森の体験プログラム」
船を降りて、坂道を徒歩で登り、尾瀬三郎の像がある広場に集合。ブナの森に入る準備と「葉っぱっぱじゃんけん」が行われた。それぞれが自由に葉っぱ3枚を選び、背中合わせに組んだ相手と、葉の大きさや形、匂いなどを比べて勝ち負けを楽しく競う。葉っぱにはさまざまな特徴があることがわかった。
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ブナの森へ。生き物のすみかや植物、ブナの実を探しながら、さらに奥へと進む。少し開けた場所に着くと、五感を使って音や風、匂いなど森にある豊かな自然を体感した。
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雪の重みで幹が曲がったブナの木にシートを敷いて寝転んで目を閉じる。清々しい空気と静けさにとても癒された。
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「ドクター」と助手の「セブン」が森と水力発電のつながりを、わかりやすく楽しく実験。虫や微生物、水、葉っぱなどで作られるフワフワの「森の土」と、硬い「グラウンドの土」に見立てた、紙で作った実験キットを使って比較した。ペットボトルで作られた透水試験装置に水を流し入れると、森の土は空気の通りも良く、水も保持されて植物の成長に適した環境になることがわかる。そして、森の土から染み出した、きれいな地下水は時間をかけてダム湖にたまり水力発電で利用される。
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昼食後は、「ドクター」に導かれた親御さんたちが、魚沼市奥只見・銀山平エリアに伝わる、尾瀬三郎の悲しい恋の物語を即興の演技で披露した。子供たちは、普段は見られないお父さん、お母さんの姿に視線がくぎ付け、笑顔になっていた。
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エコとエネの充実した体験を振り返る
2日間の振り返りで「おのの」は、参加者たちに、2日間の出来事を思い出しながら、今、感じている率直な思いをブナの木の手紙に書いてほしいと伝えた。記入後は、親子で自分の思いを発表し、ホワイトボードに貼られた奥只見湖と周辺の森のイラストに、手紙を貼っていく。「自然もダムもどちらも大切だとわかった」「ブナの森へ、いつも私たちを見守って助けてくれてありがとう」「五感を使ってダムと自然の関係を深く理解することができました。この体験はずっと忘れないと思います」「最初は尻込みしていた子供も、積極的に参加できるようになりました」など、親子ともにツアーでのたくさんの思いが溢れていた。
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「おのの」は最後に、エネルギーという言葉の3つの意味「力のもと」「元気」「行動する力」を紹介。今、自分にできることは何かを考えて行動していってほしいというメッセージを送ってプログラムは終了した。
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2日目終了後インタビュー
「四季島」さん&「ななつ星」さん親子
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8年前に、この子の兄とエコ×エネ体験ツアーで御母衣ダムに行きました。その時、川の流れが強いところを探して豆電球で水力発電の仕組みを体験したことが、その後の兄の進路につながりました。ドクターの実験は本当にわかりやすく、愉快で楽しく、本で読むよりも体感できて心に残ります。親子2人きりの旅行もはじめてで、私にとっても同じ目的で一緒に行動できたのは新鮮でした(四季島さん)。
最初はあまり興味がありませんでしたが2日間を過ごしてみると、とても楽しかったです。特に遊覧船に乗ってダム湖を渡ったのが面白く、船のスピードは想像以上に速くて驚きました。このツアーで友達ができたのも良かったです(ななつ星さん)。
「きよみん」さん&「ヨッシー」さん親子
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Webサイトのレポートを読んで、何年も前から参加したいと思っていました。自然やエネルギーは知識として触れることはできても、実際は良く理解していない面もあります。ドクターの実験で、電気と森のどちらもが大切だとわかりました。プロの方たちが筋道を立てて行う実演やまとめ、自分の意見を言う場なども用意されていて、子供も興味や関心を広げる良いきっかけになったと思います(きよみんさん)。
遊覧船とナイトハイクを楽しみにしていました。特にナイトハイクでは真っ暗な夜に出てくる、いろんな生き物が見られて楽しかったです。またドクターの実験や劇もとても面白かったです。お友達もできて、いっぱいおしゃべりしました(ヨッシーさん)。
また来年へ、エコ×エネの思いをつなぐ
長年愛され続けているエコ×エネ体験ツアー。子供だけでなく大人も夢中になれるプログラムの数々は、スタッフの熱い思いによって支えられている。J-POWERの「セブン」さんに話を聞いた。
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エコ×エネ体験ツアーは森と水と電気のつながりを知ることをベースに、エネルギー事情や環境問題についても、子供たちに知ってもらい、考えてもらうプログラムです。J-POWERの企業理念の信条のひとつにもある「エネルギーと環境の共生をめざして」という言葉のとおり、そのどちらもが大切だということを、五感をフルに使って体験してほしいです。さらに、このツアーで体験したことを帰ってから家族や学校の友達に話してもらうことで、より多くの人に「エコ×エネ」の輪が広がるきっかけになってくれれば嬉しいです。
また、環境教育のキープ協会やエコツーリズムのリボーンなど、さまざまな専門家の方たちからお話を聞く機会があることもこのツアーの魅力のひとつです。これからも多くの方に参加していただけるよう、今後もツアーを継続して開催していきたいと思います。
最後の振り返りで保護者の声にもあったように、大人が本気で取り組む姿が子供たちにはいちばん響くことを実感したツアーだった。親も子も日常とは異なる新たな一面をお互いが発見できる「エコ×エネ体験ツアー」。来年の募集もお見逃しなく。
ひととエネルギーと環境を“つなぐ”J-POWERエコ×エネ体験プロジェクト