東京科学大学の研究グループは、暑さ指数(WBGT)が高い日の翌日に、妊婦の常位胎盤早期剥離のリスクが有意に上昇することを初めて実証した。気候変動による極端な暑さが増加する中、妊婦も「暑さの健康リスクを受けやすい存在」であるという社会的認識が必要だとしている。
実証したのは、東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 公衆衛生学分野の寺田周平助教と藤原武男教授らの研究チーム。2011年から2020年の約10年間にわたって、日本全国11地域で登録された6,947件の常位胎盤早期剥離の症例と、同期間における暑さ指数(WBGT)のデータを用いて解析した。
常位胎盤早期剥離は、出産の約1%に発生するとされる緊急性の高い妊娠合併症。胎盤が出産前に子宮からはがれることで大量出血を引き起こし、産科危機的出血による妊産婦死亡原因の約1割(第2位)を占める。赤ちゃんにとっても深刻な影響があり、脳性まひのもっとも多い原因とされている。
常位胎盤早期剥離についてはこれまで、高血圧、喫煙、外傷などの医学的なリスク因子は明らかにされてきたが、「高温」や「湿度」といった気象条件の影響はほとんど解明されていなかった。
解析の結果、地域ごとの夏季WBGTが95パーセンタイルを超えた「(その地域における)非常に暑い日」の翌日に、剥離のリスクが23%上昇することが明らかになった。一方、その翌々日にはリスクが16%低下しており、1週間全体でみるとリスクの上昇は相殺されていた。研究グループは「もともと数日後に発症するはずだった症例が、猛暑によって発症のタイミングが前倒しになった可能性を示唆する結果」と分析している。
さらに妊娠高血圧症候群を有する妊婦で57%、胎児の発育が不良(発育不全)な妊婦で47%リスクが上昇し、猛暑による影響がより強くみられた。
今回の研究では、猛暑が常位胎盤早期剥離の発症タイミングを早める可能性を全国規模で初めて明らかにした。この疾患は、初期対応が早ければ妊婦や赤ちゃんの命を守れる可能性が高まるため、非常に暑い日の直後は、出血や腹痛などの初期症状に注意を払うことが重要になるという。
研究成果を受けて、妊婦も高齢者や子供と同様に「暑さによる健康影響を受けやすい人」として、社会全体で支えるべき対象だという認識が広がることが期待される。たとえば、熱中症警戒アラートと連動した妊婦向けの情報発信や、通院・外出のタイミングの見直しなど、気候変動時代の母子の健康を守る新たな支援や行動も大切になる。
今後は、WBGT(暑さ指数)と妊婦の健康リスクとの関連をさらに明らかにするため、屋内外の生活環境や行動パターン、住居の構造、通勤手段など、個々の暮らしの要素を含めた詳細な解析などが求められる。研究グループでは、今後も科学的エビデンスの蓄積を進めていくとしている。
今回の研究成果は、2025年4月10日付の「BJOG: An International Journal of Obstetrics&Gynaecology」誌に掲載された。