なぜAI時代に留学なのか…経営者が子供を「越境」させる理由

 リセマム編集長・加藤紀子による連載「編集長が今、会いたい人」。第10回のゲストは、SAPIX YOZEMI GROUP 国際教育事業本部長の髙宮信乃氏。AIが翻訳や情報収集を助けてくれる時代に、なぜ経営者は子供を留学させるのか。国際教育のプロが語る、英語力を超えた「越境」の真の価値とは。

教育・受験 小学生

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第10回 編集長が今、会いたい人
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 リセマム編集長・加藤紀子による連載「編集長が今、会いたい人」。第10回のゲストは、SAPIX YOZEMI GROUP 国際教育事業本部長の髙宮信乃氏。幼少期から海外で教育を受けた自身の経験をもとに、小学生から高校生まで、ひとりひとりの個性やニーズに見合った留学を支援している。

 世界のトップ大学の講義をオンラインで受けられ、AIが翻訳や情報収集を助けてくれる時代。それでもなお、経営者など日本の未来を見据える立場にある人々は、子供に海外への「越境」体験を授けようとしている。時間と費用をかけて海外へ学びに行くことに、どのような意味があるのだろうか。髙宮氏が考える「越境する学び」の価値とは?

留学の価値は「英語力」の習得ではない

加藤:世界のトップ大学の授業もオンラインで気軽に受けられるようになり、テクノロジーの力で言葉の壁もなくなりつつあります。留学しても以前ほど入試では有利にならない、結局日本で働くなら留学はコスパが悪いといった意見がある一方で、経営者など日本の未来を見据える立場にある人々は、積極的に子供を海外へ送り出す方が多い印象です。髙宮さんが留学支援をされている中で、そうした方々に共通する考えはあるのでしょうか。

髙宮氏:以前は留学のおもな目的は「英語を身に付けること」でした。留学のコスパが悪いという意見も、英語力という観点で捉えた場合の話だと思います。でも今は、英語を身に付けたうえで、「誰と一緒に学ぶのか」「どこで何をしたいのか」が留学の大きな目的に変わってきていると感じます。

SAPIX YOZEMI GROUP 国際教育事業本部長 髙宮信乃氏

 これは日本に限った話ではありません。世界的に見て、経営者や政財界のリーダーなど、社会の第一線で活躍する人々が子供に授けたいと考える教育で、国を超えた友人とのネットワーク、人とのつながりを重視する傾向があります。誰と寝食を共に過ごし、そこでどのような関係を築いてきたのか。それは、オンラインやAIで学ぶことでは得られないものです。

加藤:若いころからの親しい関係性があれば、何か新しいことを始めようというときのスピード感が違いますね。

髙宮氏:英語ができるかどうか以上に、留学先で得られる信頼関係やコミュニティの結び付きの強さがあるからこそですよね。これからは、ますますそうした「信用」が大切になると思います。AIが発展して、何を、誰を信用したら良いのかわからない時代だからこそ、「あの人なら力になってくれる」と思えたり、自分自身が信頼されたりする関係性の価値は高まっていくでしょう。留学にはお金がかかりますが、その先で得られるものには、お金だけでは測れない価値があると思います。

「当たり前が通じない場所」で育つ力

加藤:一方で、留学する子供自身にとっては、これまで当たり前だと思ってきたことが見事に通用しないハードな環境に身を置くことになります。言葉が通じない中で友達をつくっていくのも本当に大変な苦労でしょう。「どう振る舞えば良いのか」と戸惑う場面も多いのではないでしょうか。

髙宮氏:そこも重要な点ですね。海外のボーディングスクール(寮制の学校)では、居心地の良い「コンフォートゾーン」の外に「ラーニングゾーン」や「チャレンジゾーン」があり、さらにその外に「パニックゾーン」が書かれた図が壁に貼られているのをよく見かけます。これは生徒たちに、自分が今、慣れ親しんだ環境から出て挑戦する場所にいること、ただし頑張りすぎてパニックにならないよう気を付けることを常に意識させるためです。人とのつながりに加えて、こうしたメンタルの成長も、今、多くの保護者が重要だと考えている留学の価値だと感じます。

加藤:前回の対談で、ケンブリッジ大学教授の飯田史也先生もお話しされていましたが、寮生活を含めたカレッジでの教育は、教員が学生を24時間体制で見守るという、効率化を追求する今の時代のトレンドとは真逆を行く仕組みだとおっしゃっていました。だからこそ教員も、膨大なエネルギーを注いでいるのだと。飯田先生の言葉をお借りすれば、ボーディングスクールも、24時間濃密な人間関係の中で、理不尽さも含めてまるごと学ぶ場所ですね。

髙宮氏:そのとおりだと思います。ボーディングスクールの先生方は、教育だけでなく生活面やメンタルケアまで、マルチタスクで動いています。留学生にとって、食事や習慣から何もかも慣れない環境で真摯に向きあってくれる教員の存在は大きな支えになっています。一方で、理不尽さという点では、友人と時間を守るといった、日本では当たり前だと思っていたことが通用しないとき、相手に合わせるのか自分の考えを伝えるのか。留学生活ではそうしたことを、日常の中でその都度考えなければいけません。

加藤:経験者からは、留学というのは自分とまったく異なる人と同じ屋根の下で四六時中、千本ノックをやるみたいにたくさんコミュニケーションをとるような生活だと聞いたことがあります。

リセマム編集長 加藤紀子

髙宮氏:そう思います。コミュニケーションが成り立たなければ友情も生まれません。もちろん、人と話すためには知識も必要ですから、インプットは重要な教育の要素ですが、それをどう生かすか。海外で学ぶと自分の考えを言葉にして伝えなければいけない場面がたくさんあります。特に日本で教育を受けてきた子たちにとって、これも大きなチャレンジです。

加藤:数年前になりますが、世界的に著名な物理学者であるカリフォルニア工科大学教授の大栗博司先生にお話を伺ったことを思い出しました。「多様性のある環境では、文化的背景や価値観が異なる相手に対し、ゼロから自分の意見を根拠立てて説明しないとわかってもらえないので、自然と思考力、論理力が鍛えられる」と。そして、研究の現場では多様な見方の人が集まっていることで新たな視点が開けることが多いため、学生の多様性は非常に重要な要素だとおっしゃっていましたね。

髙宮氏:その言葉にとても共感します。コミュニケーション力は、天賦の才能ではなく経験を通じて身に付くスキルです。日本では阿吽の呼吸でわかり合えることも多いですが、海外に行けば、自分と共通認識をもたない相手の方が圧倒的に多い。そこでどうすれば自分の考えや思いを伝えられるのか。相手の反応を見ながら伝え方を工夫していくことも、海外に出たからこそ鍛えられる力です。

「看板」だけで決めるのはキケン? インター選びで確かめたいポイント

加藤:ここ数年で国際教育への注目が高まっており、特に小さなお子さまをもつご家庭でインターナショナルスクールに関心をもたれる方が増えていますね。有名な学校が日本で開校するケースも増えてきましたが、学校選びにはどんなことに気を付ければ良いですか。

髙宮氏:まず見てほしいのがカリキュラムです。自分の子供に合う学校を選ぶためには、目指す教育方針や成長後の姿など、有名校の名前だけで判断せず、情報を集めて比較することが不可欠だと思います。もうひとつは教員です。どのような専門性や経歴をもっているか、その学校にどれくらい長く勤めているかなど、教員について知ることは、その学校の教育の質を知る手掛かりになります。

 私は先日、ニューヨークにある名門校のパートナーシップ校としてシンガポールに開校したアメリカンスクールを訪問したのですが、その学校は生徒ひとりひとりがどう学ぶのがベストなのかという点で配慮が行き届いていました。また、アメリカの本校からはスタッフが定期的に訪問し、教育の内容をしっかりと確認していました。教育方針を確かめ、自分の子供が1年を通してその学校に通う姿まで想像しながら見学することが大事だとあらためて思いました。

加藤:選択肢が増えているからこそ、気になる学校には子供と一緒に見学に行き、先生ともコミュニケーションを取る。実際に見に行って自分の目で確かめることが大事ですね。

髙宮氏:学校を見に行き、実際に教員や生徒とのやり取りを通して相手を知るうちに、子供の中に憧れが生まれることもあります。「こんなふうに自分の考えを伝えられるようになりたい」「自分もここで勉強してみたい」と思うようになる。そこに身を置くことで、自分が目指したいものが見えてくるんですね。親に勧められるだけでは実感が湧かなくても、本人が「この学校に入りたい」と思ったら、それは入学後にも大きな原動力になるはずです。

「学校選びは看板よりカリキュラムと教員の質が重要」と語る髙宮氏

留学はいつがベスト? 年齢だけでは決められないタイミング

加藤:留学する時期、あるいはインターナショナルスクールに入る時期も、保護者が悩むところだと思います。ベストなタイミングはあるのでしょうか。

髙宮氏:子供の年齢、性格によって違いますし、何を目指すのかにもよりますので、一概には言えません。早くから海外の環境に入る選択もありますが、幼いころほど本人よりも親の意向によって決められがちなのが難しいところです。中高生になると、自分で意思決定できるようになりますから、そういう意味では良いタイミングかもしれません。母国語が確立し、日本人としてのアイデンティティをもったうえで行くという点でも良い時期だと思います。ただし一方で、その段階からだと語学の面で苦労することもある。ですから、幼いころから何らかの形で英語力を身に付け、中高生の段階で海外へ行くというのはひとつの理想かもしれません。

加藤:最近は中学受験で合格した後に留学に行くケースもあるとか。時期が早まっているのでしょうか。

髙宮氏:そうですね。中学受験の勉強では国際的にみても非常に高い学力、そして学習習慣や学びに向かう力がしっかりと身に付くので、それを経てから海外へという選択は増えているように感じます。YGC(Y-SAPIX Global Campus)にも、ご自身が大学院で留学した経験のある保護者から、「自分が留学で苦労したので子供にはもっと早く行かせたい」といった相談が寄せられます。

 どの時期にも現地でしか得られない学びがあるので、人とのつながりも含め、その時期にこそ経験できることを考え、わが子に合うタイミングを選んでいただきたいです。もちろん、大学入学後、あるいは大学院から行くのも良いと思います。その段階では、何を学びたいのかという目標が明確になっていますから、高いモチベーションで臨めるでしょう。

留学は子供の自律とより良い親子関係のきっかけになる

加藤:多くの留学支援をしてこられた中で、子供が伸びていくご家庭に共通点はありますか。

髙宮氏:今はどうしても、親が手をかけすぎてしまいますよね。怪我をしないように、困らないように、親が先回りして環境を整える。けれどむしろ、あまり手を出さず子供に任せているご家庭の方がうまくいっている感じがします。ずっと親が、あれもこれもどうしたら良いのかと心配ばかりしているよりも、「本人のやる気と学校に任せる」と大らかなご家庭の方が、子供が自分で決断したり、主体的にやりたいことに取り組んだりしている印象があります。

加藤:過干渉と放任と、親としてはその加減が難しいところですよね。

髙宮氏:そうですね。その点で留学は物理的に距離が離れるので、子供が自律できる良いきっかけになると思います。わが家でも普段は起こさないと起きない子供が、私が出張で家を空けているときは1人で起きているそうで、先日は「こっちのことは心配しなくて良いからね」とまで言われてしまいました(笑)。

加藤:親がいなければ、子供は自分なりに考えて動くしかない。距離を置くことで促される成長がありますね。わが家の子供たちも、2週間サマーキャンプに行っただけで見違えるようになって帰ってきた経験があります。でもまた私がそばにいるせいかすぐもとに戻りましたが(苦笑)。

髙宮氏:近くにいると親としてあれこれ手を出したくなるけれど、離れているとできない。でも、「今、何をやっているの?」「困っていることはある?」とコミュニケーションを取ることで、子供に関心をもちながらも本人に任せるという距離感が、子供の成長にはちょうど良いのかもしれません。

最近は「中学受験を経て海外留学」という選択も増えているという

「越境」がもたらすギフトとは

加藤:留学のように「越境」する経験が人生にもたらす、もっとも大きなギフトは何だとお考えですか。

髙宮氏:越境すると、自分を知ること、その先にある、自分にとっての幸せを考えることが増えます。自分は何者なのか、何を求めているのか。いろいろな経験をしないと、たどり着けないことがあると思うのです。

 私は親の仕事の都合で世界を転々としてきましたが、それでもまだ知らないところばかりです。しかも住んでいた国を最近になって再び訪れたら、昔とはまったく様変わりしていて、アップデートの大切さを痛感しています。知識も知恵も考え方も、自分の枠がどんどん広がっていく。それが越境のもたらす最大のギフトではないかと思います。

加藤:越境って高いお金をかけて海外に行くというイメージをもたれる方が多いかもしれないですが、国内で行ったことのないところに行くのも越境ですよね。「地域みらい留学」という地方の公立高校へ国内留学するプログラムを立ちあげた岩本悠さんから、「地域みらい留学を経験すると、次は海外に行ってみたいと言う子が意外と多い」と伺ったことがあります。今、髙宮さんがおっしゃった越境の醍醐味を味わったからこそ、今度はまた別の越境をしてみたいと思えるのでしょう。

髙宮氏:まさにそうだと思います。私の好きな映画に『ひみつの花園』という作品があるんです。三度のメシよりお金が好きなOLが、5億円の入ったスーツケースを手に入れるために挑戦を繰り広げる姿を描いたコメディなのですが、主人公は樹海に眠る5億円を手に入れるため、ロッククライミングや水泳などを夢中になってマスターするうちに、大好きなお金よりも新しいことに挑戦する面白さに目覚めていきます。越境も、英語力や人とのつながりを得ることももちろん重要ですが、新しい場所で失敗したり、また這いあがったりしながら七転八倒して成長していく過程にこそ面白さがあり、真の価値があるのではないでしょうか。

加藤:その失敗というのも、越境ならではの貴重な体験ですよね。自分とは違うバックグラウンドをもつ人たちと時間を重ねていくと、言ってはいけないことを言ってしまい、超えてはいけない一線を越えてしまう失敗もある。でも、そうやって失敗を重ねた先に、初めてお互いを深いところまで理解でき、距離がぐっと近くなる。これはお金では買えない価値ですね。

髙宮氏:若いときの強みはたくさん失敗できること。日本は清潔、安全で食事も美味しく、住みやすい国ですが、越境で不自由や理不尽も体験しながら、日本で暮らすのとはまた違う感覚に出会ってほしいなと思います。

加藤:最近は海外留学の奨学金を民間だけでなく自治体が支える動きも増えてきました。私たちもリセマムで最新の情報をお届けしながら、多くのお子さまが越境を実現できるように支援していきたいと思います。本日はありがとうございました。

越境による成長について語った髙宮氏と加藤編集長

 留学の価値は英語力や進学先、就職先といった結果ではない。髙宮氏との対談から見えてきたのは、越境によって自分自身を知り、成長していく過程こそがお金では買えない価値だということ。その第一歩は、必ずしも遠い国でなくても良い。身近な経験の先に、新しい場所で学びたいという気持ちを育てていきたい。

《畑山望》

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