大きなシャボン玉に歓声をあげる子ども、転んで大きな声で泣き出す子もいる。しかし、生き生きと楽しそうな表情で、のびのびとしているのがはたから見ていてもわかるほど、リラックスした時を過ごしている…。
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広々とした芝生で遊ぶ「プラスママの子育てサロン」参加者たち
昼間の公園でよく見かける母子の風景だが、これは公園ではなく“大学の構内”で見られたシーンだ。
休み時間ともなれば遊ぶ子どもたちのすぐそばを学生たちが歩き、「こんにちは」と母子に声をかける場面もある。昼時には学生たちに交じって、親子で学食やカフェテラスで食事をとる姿。子どもがちょっと騒いだとしても険しい表情を浮かべる人はひとりもいない、温かな光景が広がっている。
十文字学園女子大学(埼玉県新座市)は、文部科学省の「地(知)の拠点整備事業 (COC事業)」による研究プロジェクトのひとつとして、幼児教育学科の卒業生で現在は家庭で子育て中の保育経験者からなる「プラスママ」と一丸となり、月1回から2回のペースで「プラスママの子育てサロン」を開催している。冒頭の光景は、サロン開催日である2017年11月27日、十文字学園女子大学の構内で見られたひとコマだ。
サロンはまず、幼児教育学科の教室(保育実習室)を解放した室内で始まる。入口の参加者名簿に名前を記入し、靴を脱いで会場へ入るとそこには、子どもがすぐに遊びだせるようにかずかずのおもちゃが用意されている。
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さまざまなおもちゃが遊びやすいように用意されている
パッと目を引いたのが、部屋の中央あたりに設置されたおもちゃのシンクと調理台の位置だ。児童館や近隣の子育て支援施設などでは、おもちゃのキッチンは壁際に接していることが多く、子どもの背中を眺めるが、ここではアイランドキッチン形式で設置されているため、子どもの遊んでいる顔がよく見える。「これは継続開催の中での気付きにより、今の形になった」と語るのは、十文字学園女子大学 人間生活学部幼児教育学科の上垣内伸子教授だ。
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教室中央にアイランド形式でキッチンセットを配置
「以前は壁際に接していましたが、そうすると遊んでいるお友達の背中ばかりを見ることになり、特に初めていらっしゃったお子さんは、なかなか遊びの輪に入れない。ところがこのアイランド形式にしたことによって、四方からキッチンを囲めるので、ほかのお友達の遊んでいる顔や手元が見えるようになり、自然と遊び方を覚え、輪の中に自分から加わっていく姿を見られるようになったんです」(上垣内教授)。
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子どもは、お友だちの遊ぶ姿を見ながら学んでいる
最大の特徴は「プラスママ」の存在
このサロンの持つ支援の特徴は、「プラスママ」の存在抜きには語れない。保育スタッフとして参加する彼女たちは、幼稚園教諭や保育士として培ってきた保育力に加え、現在進行中で乳幼児を子育て中の母親としての視点や経験から、保護者への寄り添いを高い共感性をもって自然な形で行えるのだという。
「幼稚園や保育園は、先生と子どものコミュニケーションが主です。だからプラスママの彼女たちがこのサロンで行っている親への支援やコミュニケーションというのは、保育のキャリアと自らの母親経験をもとに、どういう支援を受けたらお母さんたちが嬉しいのかを考え、彼女たちが一から築きあげてきたものなんです。子育て支援の場というのは、親への指導の場ではありません。だから、スタッフが同じ母親という立場であることで“気付きの感受性”が高まり、より参加者の心に寄り添った“ピア・サポート”ができるんです。保育の専門性を兼ね備えたピア・サポートが、私たちのサロンの支援特徴です。」(上垣内教授)
ピア(peer)とは仲間、ピア・サポートとは、「同じような症状や悩みを持ち、同じような立場の人によるサポート」という意味を持つ概念。上垣内教授の言葉のとおり、プラスママたちの作り出す場には、ママ同士ならママ同士、子ども同士では子ども同士、というように、近い立場で互いに支え合う姿が見られた。では、当のプラスママたちは、この子育てサロンについてどのように感じているのだろうか。
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ママとしてもプラスママとしても活躍している“まこママ”と“かんなママ”
サロン立ちあげ当初から関わり、自身も3歳のお子さんを子育て中の“まこママ”さんは、「『プラスママ』は自分の子どもと一緒に参加しているので、私たちが自分の子どもとどのように向き合っているかも見てもらえる場だと思うんです。子どもとの接し方に戸惑っているお母さんに『こんなコミュニケーションの方法があるんだな』と知っていただき、自分も同じようにやってみようと思っていただけると嬉しいですね」と語った。
同じく3歳のお子さんを子育て中の“かんなママ”さんは、「0歳から2歳のお子さんは、外遊びよりも室内の遊び場を求めていることが多いのですが、女子大の中にサロンが設置されていることで“清潔”なイメージをお母さん方にもっていただいて、安心感につながっているようです。私自身は上の子どもがまだ3歳ということもあり、参加者さんの方がベテランの場合もあります。ですので、相談を持ち掛けられたら相談に乗りつつ、自分も、ベテランのお母さんの姿を見ながら学ばせていただいているんですよ」と、参加者とプラスママは相互に学びあっている仲間でもあることを語った。
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ププラスママが伝授、親子みんなで遊べる手遊びタイム
プラスママの子どもも「スタッフ」のひとり
このサロンにはプラスママだけでなく、プラスママの子どもも一緒に来て一日を過ごしている。サロン立ちあげ当初から通っている子どもが場に慣れ安心して遊んでいることから、その子どもたちを中心に「遊ぶ雰囲気」が出来あがっていくという。そうした子どもたちの姿を見て、初めて参加した子どもも、自然と遊びの輪の中に加わっていくのだそうだ。
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プラスママの子どもが遊びの場の雰囲気を作る
「『ほかの支援施設じゃまったく遊ばなかったのに、ここでは自分から遊んでいる』と驚かれるお母さんがよくいらっしゃいます。子どもにとって心地よい場を作ることは、保育の場では基本です。そうした場の雰囲気を作ってくれるスタッフの子どもは、はじめて参加する子どもにとっての遊びの先輩。プラスママがお母さんにとって“ピア・サポート”を行うのはもちろん、ここでは子ども同士でもピア・サポートができていると感じています」(上垣内教授)。
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家では遊べないような大きなおもちゃでも、ここなら思い切り遊べる
こうして子どもたちが自由に遊び、時折、そばにいる母親にかかわりを求めることは、母親同士の会話の糸口になるという。子どもの出会いが、母親たちの関係をつなぐきっかけにもなっているのだ。
学生のOJTとしても機能するプラスママ
「プラスママの子育てサロン」の取り組みは2014年から開始された。近隣の支援センターの見学やサロン開催の計画立案や環境設定ののち、卒業生とその子どもによる「トライアル開催」を経て、2016年年の4月から継続開催となった。2016年から2017年3月までの1年間で14回開催し、参加者の延べ人数はプラスママとその子どもを含め、総勢261名になったという。毎回20組前後の親子が参加している。
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0歳児の参加が多かったため、赤ちゃん用のスペースを広げた
継続開催2年目の2017年も着実に参加者が増加。特に0歳児の参加が増えたこともあり、赤ちゃん専用のスペースを広く確保したほか、外遊びができる年齢の子どもたちには、グラウンドに出て遊ぶ時間を多くとっている。
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広いグラウンドで外遊び
継続してサロンを開催することで、新座市など近隣に住む家庭への周知も進み、口コミでサロンの存在を知り足を運ぶ参加者も増えてきた。学生スタッフの継続参加も増え、OJTとしても機能し始めているという。
上垣内教授によると、学生の保育実習は、幼稚園、保育園での子どもの保育中心であるため、保育者の大切な役割である親とのコミュニケーションについて学ぶ機会や、子育て支援の実習内容のOJTの場の確保が課題になっているのだという。
そんな中、このサロンは学生たちが子どもや親への接し方を学び、体得していく場となっている。上垣内教授は、「本当に良いOJTの場になっています。1年生や2年生はまだ子育て支援の視点が薄く、子どもと一緒に遊んでしまうんですね。ところが保育の勉強を重ねた3年生にもなると、子どもに遊びたいと思わせる環境づくりの重要性に気付くことができる。これは、プラスママのみなさんがコーチとなっていることが大きい」と語った。
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クリスマスツリーの製作
実際に参加していた幼児教育学科3年生の西田さんは、「子どもと遊びながらどのようにその子の親と関わっていけば良いのか、はじめはまったくわからなかったのですが、回を重ねるうちに徐々にわかるようになってきました。ここにはプラスママさんたちがいて、その先輩方の姿を見て学べることが役立っていると感じます」と語った。
また、同3年生の橋本さんは、「保育では子どもが自分から自然と遊びに加われるような環境構成が大事だ、ということは常日頃から授業で学んでいるのですが、先輩の姿を見て、どういう動線をとったらいいのか、実際に経験できることがありがたいです。おもちゃの置き方ひとつで、子どもの反応がまったく違うんです。そうした、学んだことを実践できるのも大きいですし、お母さんたちとお話しできることもとてもいい経験になっています」と、自信をのぞかせた。「プラスママの子育てサロン」は、これから社会に出ていく学生にとってのOJTとして、機能している場でもあるのだ。
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幼児教育学科3年生の西田さんと橋本さん
温かい雰囲気が母親の心を癒してくれる
ランチタイムには、サロンを開催している教室を片付け、それぞれが持ち寄ったお弁当や、学内の生協で購入したパンを食べる親子の姿も。サロンの参加者には大学内の施設はすべて解放しているため、構内に2カ所ある学食を利用する参加者も多いという。学食でランチタイムを楽しむ、参加者の母親たちに話を聞いた。
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カフェテリアでのランチタイム風景
2歳のさくらちゃんのお母さんは、「参加は3回目。プラスママのサロンは見てくれる大人が多いので安心できるし、3回目なので先生とも顔見知りになり、ちょっと相談することもできるのが母親としても心強いです。毎回テーマの異なる製作もできて思い出づくりにもなっていますし、家ではできない経験をさせてもらえるのが、リピートする理由のひとつです」と、継続して参加している理由を語ってくれた。
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大きな肉まんにかぶりつく!
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赤ちゃん用の椅子もあるので安心
2歳児のけんしんくんのお母さんは、「大学の学食が使えるのもうれしいですよね(笑)。自分の分と子ども用の二人分のご飯を家で毎日作るのは大変だし、食べさせるのも片付けるのも毎日は大変。ここなら遊びに来たついでにご飯も済ませられる。飲食店だと周りの目を気にしてしまうけれど、みなさん温かい目で見守ってくれる。かわいいねと声をかけてもらえたりもするから、本当にありがたいです」と話した。
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カフェテリアのメニュー表。参加者は学内2か所の学食や生協も利用できる
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大きなおくちで大好きなオクラをあーん
この大学の卒業生で、同窓会「若桐会」のホームページの告知でサロン開催日を知り、参加したという1歳のえいじくんのお母さんは、「広々とした場所で遊ばせられるというのが嬉しいですし、スタッフのみなさんが遊んでくれるから、私も周りのお母さんと話をしたり、息をつく時間が取れるのでリフレッシュになりますね。それに、やはり学食があると食事の心配をしなくていいというのは大きいです」と、育児の息抜きができる場所としての魅力を語った。
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このパン美味しいよ
けいとくんのお母さんは、「とにかく普段、毎日子連れでどこに行こうかと行き場を探している感じなんです。自分の卒業した大学なので、どんな場所なのかもわかる気安さもあって今日は来てみました。室内でも外の広いところでも遊ばせられるのは助かるし、幼児教育学科の先生や学生さん、卒業生のスタッフの方がいらっしゃるから安心感があります」と、母校の取り組みに参加した感想を語った。
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学生たちが紙芝居を披露
先生や在学生のみならず、卒業生や近隣住民などの幅広い層の人々が、年齢や立場を超えて「子ども」をきっかけに集まる大学構内の光景は、幼児教育学科を有する女子大ならではだ。いずれ自らがなるかもしれない「母親」の姿を間近で見て、それを支える周りの雰囲気を肌で感じた学生たちの心には、きっと、母校の温かい雰囲気が記憶に刻まれていくのではないだろうか。さまざまな知や経験の「循環」を感じる「プラスママの子育てサロン」は、十文字学園女子大学と地域社会を結ぶピア・サポートの場として根付き、親子の笑顔を温かく守り続けていくに違いない。