2019年春に開校したばかりのドルトン東京学園中等部・高等部は中高一貫校として、このドルトンプランを日本で初めて実践する。同校はグローバル化、多様化、技術革新が加速度的に進む今、新しい時代にふさわしい教育として開校前から注目を集め、早くも第1期生から定員を超えるほど、大きな期待が寄せられている。
そんなドルトン東京学園の現在のようすや今後のビジョンについて、4名の先生方に聞いた。
多様な背景の教師陣
--今日は4名の先生方にお集まり頂きました。まずは自己紹介からお願いします。
木之下瞬先生社会科を担当しています。昨年度までは、東京都にある私立の中高一貫校に勤務していました。そこでは思考力・表現力・協働力を育むオリジナル科目のカリキュラム開発と実践、社会科では「実社会とつながる」を意識した探究的なPBL(Problem Based Learning:問題解決型学習)を実践してきました。
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ドルトン東京学園の木之下瞬先生(社会科)
風間健志先生理科を担当しています。私は昨年度までは、愛知県にある全寮制の男子校で、多感な中高生との寮生活で寝食を共にしてきました。愛知県では単身赴任生活だったので、久しぶりに東京の家族の元に戻ってきました。
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ドルトン東京学園の風間健志先生(理科)
ポポロスキー・メリッサ先生英語科を担当しています。アメリカ・シカゴから車で1時間ほどの小さな町の出身で、インディアナ大学でビジネスを学びました。偶然そこで日本語の初級クラスを履修したのをきっかけに、日本語や日本文化に惹かれるようになり、日本人の教授がぜひ1年間日本に住んで英語を教えてみるといいと勧めてくれたこともあって13年前に来日しました。茨城県の小中学校でALTとして働き始めたのですが、瞬く間に日本の虜になり(笑)英語を教えるのもとても楽しくて、それ以来ずっと日本に住み、英語を教えています。
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ドルトン東京学園のポポロスキー・メリッサ先生(英語科)
安居長敏先生副校長の補佐をしている参事の安居です。沖縄のインターナショナルスクール、滋賀県の中高一貫の私立校で校長を務めたほか、滋賀県ではFMラジオ局を2つ開局するなど、ビジネスの経験もあります。元々は理科と数学の教員ですが、ドルトンでは授業は担当せず、学校運営全体を支えています。
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ドルトン東京学園の安居長敏先生(参事)
失敗から学ぶ、生徒同士の対話で成長する
--先生方からご覧になって、ドルトンプランのどんなところが魅力的ですか。
風間健志先生これまでの集団型のような授業スタイルでも、学ぶことが「楽しい」という原体験をもっている子どもたちはその楽しみ方をわかっています。一方で、勉強を「やらされてきた」と感じている子どもたちにとっては、学ぶ楽しさはまだ経験できていません。中学受験をした子どもたちの中には、そういうタイプの子はたくさんいます。彼らは勉強内容そのものよりも、「これってテストに出ますか?」と質問してくる。そんな子たちに、学力の基礎固めだといってトレーニングをやらせても、そもそも興味のないことは身に付かないし、むしろ学びの面白さをさらに奪ってしまうことにもなりかねません。
こうした現状に対し、ドルトンプランの魅力は、生徒ひとりひとりの「知りたい」「面白そう」といった内発的な動機をベースに、その子なりのペースで学習を進めていくところです。これがドルトンプランでは“アサインメント”と呼ばれるもので、生徒ひとりひとりの学びの地図です。学習内容ごとに、目的、到達目標、評価の方法、学習の流れ、各授業の概要、課題の内容、発展的な課題などが用意されます。“アサインメント”を使って学ぶことで、生徒は計画的に学習に取り組む姿勢を身に付けます。
ポポロスキー・メリッサ先生私にとって、ドルトンプランの魅力は、生徒たちがリスクをとることを恐れず、間違えたり失敗したりすることこそ、彼らの学びと成長につながるという考え方です。私たち教員は、生徒が失敗したときに、彼らがそれを冷静に受けとめ、違ったやり方を模索したり、何度でも成功するまで再挑戦し続けたりすることをサポートします。こうしたプロセスで培われるスキルは、生徒たちの生涯において大きな力になると思います。
--開校から3か月が経ちますが、ドルトンプランの実践を通じて、どんなことを感じていらっしゃいますか。
木之下瞬先生ドルトンプランには「自由」と「協働」という2つの原理があります。「自由」とは、ひとりひとりの興味を出発点に、自主性と創造性を育むこと、「協働」とはさまざまな人々との関わりを通じて社会性と協調性を身に付けることです。大人が決めたルールや学び方を一方的に与えたり、守らせたりするのではなく、生徒同士が考え話し合いながら物事を決めていけるというところは、ドルトンプランの素晴らしさの一つです。
生徒自身が“自由”と“わがまま”の境界と向き合わざるを得ない場面も多くあります。自分の意見を強く押し出しすぎて対立を招いたり、互いを慮りすぎて延々と物事が決まらないなど、実践の現場ではさまざまな問題にも直面します。そうしたとき、大人であれば、ここではさっさと自分が折れたほうが楽だとか、長い物に巻かれておこうなどという忖度が働き、議論の余地もなく無難に終わらせてしまいがちですよね。ですが今、本校では、「どうしてこれはわがままなんだろう?」「そもそも思いやりって何なの?」といったことについて、生徒同士の“対話”が生まれてきていることに喜びややり甲斐を感じますね。
ドルトン東京学園のこだわりの授業
--先生方のこだわりの授業やお取組みをご紹介ください。
ポポロスキー・メリッサ先生本校の英語科には今、145名の生徒に対して、4名のネイティブと3名の日本人教師という手厚い態勢で、“チームティーチング”を実現しています。中学1年生から週に6回授業があり、各クラスにネイティブと日本人の教師が1名ずつ入るので、1対1で会話できる機会も多くあります。単語の小テストや単元毎に確認テストは行いますが、授業のメインは“アサインメント”です。
私のクラスでは最近、“セレブリティクイズ”というテーマで、自分が好きな有名人についてのクイズを3問考えて発表してもらいました。皆の発表はオリジナリティにあふれ、音響まで工夫した素晴らしいプレゼンテーションも見られました。
もちろん授業はほとんど英語です。「失敗してもいいから、どんどん話そう」といったリラックスムードをつくるように心がけているので、生徒たちはとても楽しみながら積極的に取り組んでくれています。
風間健志先生理科では、まだ中学1年生なので、実験器具の使い方や実験計画の立て方をしっかりと習得してもらいつつ、教科書にあるすべての実験を網羅的にこなすのではなく、1つの実験を何度も繰り返したり、深掘りするといった方法を採りたいと思っています。
子どもが実験を行うときは、普通は教科書どおりにはいかないものなんです。でも、多くの学校では、生徒たちがさまざまな失敗をしても振り返る時間が十分になく、「ここはこうなるはずだったね」と結論付けて終わらせてしまっているのが現状です。これだと、理科の実験そのものが何も記憶に残りません。失敗したときに、なぜ失敗したのか。実験操作のせいか、器具の精度が悪いのか、いろいろと原因を探していく。大きな挑戦ではありますが、教える量が限定されても、こうした試行錯誤のアプローチでしっかりと本物の力を身に付けさせたいですね。
木之下瞬先生私は(1)ワクワク、(2)問いを立てる力、(3)社会とのつながり、という3つの要素を大切にし、教え込みの授業はほとんどしていません。ポポロスキー先生同様、生徒が主体的に学べる“アサインメント”に多くの時間をあてています。
最近やったのは観光ポスターづくりです。その国の観光大使になってポスターをつくろうというプロジェクトで、目標は、クラスメイトが行きたいと思うことと、親にプレゼンをして次の夏休みにつれていってもらうこと(笑)。引用文や参考文献の書き方といったスキルや、お金がない場合にはクラウドファンディングという手段もあるといった社会の知恵なども適宜挟みながら、素晴らしいアウトプットができ上がりました。
教育法に合わせた校舎設計
--そんな授業だと、生徒さんたちは楽しいでしょうね。
安居長敏先生ちょっと楽しみすぎだろうと思うくらい(笑)、子どもたちが毎日笑顔で通っている、学校が楽しくて仕方がないと、保護者の方々からはお喜びの声が聞かれます。
ドルトンプランというのは、子どもたちが納得できる学びを自分自身でつくっていく。つまり、“すべてを自分ごとにする”というとてもシンプルな考え方です。
実はこの校舎も、設計段階から、そうしたドルトンプランの実践にふさわしいデザインやしつらえになっています。真ん中の共有スペースは“揺らぎ”のスペースで、子どもたちは必要に応じてここに滞在し、リラックスしながら自由に学びを深めたり、協働したりできるようにつくられています。
風間健志先生ドルトンでは、通常の授業以外に“ラボラトリー”とよばれる探究の時間が週2回あります。この時間には、授業での学びを深めるため、自分で設計した学習計画に沿って、個人または少人数のグループで、学びたいことを探究します。自分が興味のある教科の教員のところでアドバイスを受けながら知識をつなぎ、学びを深めていきます。これこそ先ほどの“内発的な動機”をベースにした学びの実践そのもので、生徒ひとりひとりの計画はワクワクに満ちています。
--生徒さんたちが、楽しみにしている行事は何でしょうか。
安居長敏先生9月には保護者の方や本校に興味をもつ親子向けにSTEAMフェスティバルを開催します。これは、生徒たちが探究してきたことを外部に発表する場です。ドルトンでの学びは、最終的に“発表”することまでが一つの学びのプログラムに含まれています。ポスターや作品の展示、プレゼンテーション、実験の披露など、アウトプットの形はさまざまですが、それに向けて企画書をつくり、本格的に取りかかろうとしているところです。
自分の人生の“主役”で生き通せる人に
--生徒さんたちにはどのように成長してほしいとお考えですか。
ポポロスキー・メリッサ先生ひとりひとりの生徒が、自分自身は何者なのか、どんな人になりたいのかということを考える機会をできるだけたくさん与えてあげたいです。そうすることによって、彼らが自分自身で見出した、自分がベストだと思える自分に成長していってくれたらよいと思っています。
安居長敏先生自分自身の学びを自分で選んでいける人を育てたいですね。世の中は一つの方向だけに進んでいるわけではありません。だから、生徒たちが進む方向も一直線じゃなくていい。年齢で学年を決め、学ぶことまで決めているというのも、よくよく考えてみるとおかしな話です。その子によって学ぶスピードも成長のペースも違うわけで、ドルトンでの6年間は柔軟にその違いを認め、長い目で見守ってあげたいと思っています。
木之下瞬先生生徒たちには、今なお日本の世の中を広く覆っている、大人が決めた枠組みや価値観を超えていってほしいと思っています。どの学校にも「指導」という言葉があります。私も含め教員はこの言葉を使いがちです。しかしこの「指導」という考え方のもと、私たちが「指導」する限り、私たちの常識や想像や価値観を超えた人は育たないですから。
風間健志先生他人に敷かれたレールの上じゃ面白くない。せっかくの人生だから、自分のやりたいことをやればいい。自分で決めた道なら、失敗してもまた立ち上がれます。別にやりたいことは最初から立派なことじゃなくていいんです。小さなことでもやりたいことをひとつひとつ深めていけば、学問になります。他者を受け入れることができるような人物となることは当然ですが、そのうえで自分が自分の人生の“主役”で生き通せるような人に育っていってほしいですね。
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徐々に変わりつつあるものの、大学入試も就活も、未だ決まった枠組みは取り払われてはいない。しかしドルトン東京学園では、枠組みが取り払われた”先”を生きる力を授けようとしている。ドルトン・プランの真髄が、すでにしっかりと現場に浸透していると感じられた。