探究型の学び、フロー体験の先にある「自分だけの答え」末永幸歩さん<後編>

 ベストセラー「子育てベスト100」の著者、加藤紀子さんが、今会いたい人にインタビューする特別連載。今回は、美術教師として「アートを通してものの見方を広げる」ことに力点を置いた授業を展開し、著書「13歳からのアート思考」が大ヒット中の末永幸歩さんに話を伺った。

教育・受験 小学生
中高生向け「アート思考ワークショップ」のようす
中高生向け「アート思考ワークショップ」のようす 全 5 枚 拡大写真
 美術教師として、「アートを通してものの見方を広げる」ことに力点を置いたユニークな授業を展開、そのエッセンスを紹介した著書「13歳からのアート思考」(ダイヤモンド社)が16万部の大ヒットとなっている末永幸歩さんに話を聞いたインタビュー後編。(インタビュー前編はこちら)。

ただただ熱中する!
子どもたちの“フロー状態”



--末永さんの探究型授業の原型になった「こっぱひろば」。子どもの手のひらサイズの木片をたくさん集めただけのシンプルな空間では、大人が想定したゴールに向かわせるのではなく、子どもたちが自由に遊んだり創造したりしながら、何が生まれるかわからないワクワクがありました。「こっぱひろば」によって子どもたちが変わったという手応えはありましたか。

末永さん:当初の一斉指導型のスタイルと反応はまったく違い、子どもたちのフロー状態を多く目にするようになりました。フロー状態とは、心理的エネルギーをひとつの目標に向けて集中して行動できている状態のことです。

 ひとつ印象に残っているエピソードがあります。もうすぐ小学生という年齢の男の子が、おばあちゃんとお母さんに付き添われて「こっぱひろば」にやってきました。その子はひと目で多動傾向がありそうだなとわかる子で、友達に怒鳴ったり、ものを投げたり、とにかく落ち着かない。彼は木端で鉄砲を作りたかったらしく、4センチ四方の木材に大きな穴を空けようとお母さんも一緒になって悪戦苦闘していました。その穴を空けて何をしたいのか、うまく言葉にできないせいかすごくイライラしていて、お母さんもほとほと手を焼いていたので、私とペアになってやることになりました。

ワークショップのようす
ワークショップのようす(写真提供:末永幸歩さん)

 これが意外と難しかったのですが、私も一緒に夢中になってやっていると、さっきまであんなにイライラしていた子が木端に穴を空けることだけに集中して、「彫刻刀を使ってトントン叩いてみたらどう?」と提案してくれたり、彫刻刀が私の指にうっかりと当たって痛がっていたら「大丈夫?」と心配してくれたり。試行錯誤しているうちに仲間のような連帯感が生まれてきたんですよね。結局3時間くらいかかりましたが、ついに貫通したその穴に、彼はそこにあったコルクを1本通しました。それが彼の求めていた鉄砲だったんです。

--そのお子さんはどんなようすでしたか。

末永さん:ただただ熱中したフロー体験を経て、念願の穴が無事に空けられた達成感に満ち溢れていましたね。彼が帰るころはもう夕暮れ時で、残っていた子どもは彼ひとりだったのですが、今でもその子が会場を去っていくときの自信に満ちた表情は忘れられません。本当に嬉しそうだったし、オリジナルの鉄砲が出来上がってすごく満足げでした。

ワークショップのようす
木端に穴を空けることだけに集中していた男の子(写真提供:末永幸歩さん)

 探究型の学びは、私が教えたり、協力したりするだけじゃなく、子どもたちが私に力を貸そうとしてくれる同志のような関係性なんです。このようなエピソードが本当にたくさんあります。

アート思考が育む主体性と他社理解



--その後、末永さんは中学、高校の美術の授業でも探究型のアート思考の授業を展開されてきました。生徒さんたちにはどんな成長が見られましたか。

末永さん:大きく2つあると思います。1つ目は主体性が身に付いたこと。生徒たちがアート思考に触れることで、自分で考えたり、感じたりしようとするようになったなと思います。本の中でも紹介しているように、「アートは視覚だけに頼るものではない」という授業をしているのですが、その授業を受けたある生徒が夏休みに行った花火大会で、「あえて目をつぶって音だけで花火を感じてみたら、ヒュー、ドーンっていう大きな音だけじゃなくて、散るときのパラパラパラっていう音まですごくはっきり聞こえて、今まで見てきた花火とはまったく違う花火が感じられた」と話してくれたことがありました。夏休みの宿題として「五感を使って何かを感じてみよう」とかいう課題を出したわけでもないのに、彼女はそうやって授業で学んだことを頭の片隅に留め、自分で実践していたわけです。

 ほかにも、美術の授業後に廊下で生徒たちがアートの話題で盛り上がっている姿を見たとき、やらされているのではなく、自分たち自身がもっと考えたくて考えているんだと嬉しくなりました。こういった主体性が、アート思考を学ぶことによって自然と身に付いていると感じますね。

中高生向け「アート思考ワークショップ」のようす
中高生向け「アート思考ワークショップ」のようす(撮影協力:東広島イノベーションラボ ミライノ+)

 そしてもうひとつは、他者理解です。自分の常識や想像を超えるようなものに直面したとき、「あぁ、そうか。それもありだよね」って認められるようになったと思います。たとえば「リアルさ」について扱った際、ある授業ではギターをリアルに表現しようということで、私は家から自分のギターを持って行きました。すると軽音楽部のある生徒が、授業中にギターを弾いて歌い出しました。最初は「美術の授業なのに音なんか出したらダメじゃん」とか「えー、それっていいの?」みたいに皆がざわついたのですが、ある生徒が「音も歌もアートかもしれないじゃん」と言うと、ほかの生徒たちも「確かにそれもひとつの表現かもね」と認めるようになったんです。

 別の授業では「卵をリアルに表現してください」と言ったところ、目玉焼きを焼いて持って来た生徒がいました。自分が授業で作ったものではなく、朝、焼いてきた目玉焼きを作品として置いたわけですが、ひととおり私のアート思考の授業を受けた子たちからは「お前何おかしなことやってんだよ」っていう反応はないんですよね。むしろその勇気ある行動に、「へー、面白いね!」って賞賛するような雰囲気が生まれてくるのです。

--もはや先生の発想を超えて行きますね。

末永さん:軽々と超えて行きます。こういう探究型の学びって、私のほうがたくさん知っているとか優れているとかでは決してないので、同じ目線で同じレベルで一緒に考えていけるし、刺激し合うことができます。私も生徒たちからたくさんのことを学ばせてもらっています。

子ども(=アーティスト)のために大人ができること



--普段からアート的な考え方を体験するために、子どもに関わる大人はどんなことを意識したらいいですか。

末永さん:子どもの中に興味や好奇心、疑問が生まれたときに、「調べてみよう」と言うだけでなく、「自分で答えを作ってみよう」と言ってみることです。本にも書いていますが、「自分だけのものの見方」で世界を見つめ、「自分なりの答え」を生み出し、それによって「新たな問い」を生み出すという思考のプロセスが「アート思考」です。私たちは今、モノや情報に恵まれすぎていて、「自分だけのものの見方」を喪失しているように感じます。本当に自分で何かを決断したり、選んだりしているのか。そこに自分なりの視点はあるのでしょうか。そんな時代だからこそ、「自分だけの答え」を見つけるため、五感を使ったり、心の中に湧き上がる感情に向き合ったり、想像力を働かせたりする「過程」を焦らず見守ることがとても大切ではないかと感じます。

 もうひとつ、子どもの世界の捉え方を尊重することです。大人の世界の捉え方とはまったく別物であり、先ほども言ったように、どちらが発達しているとか優れているとかはないと思うんですよね。我が家にはまだ0歳児の子どもがいますが、毎日いろいろなことを教えてもらっています。壁をカリカリ引っ掻いて音を出したり、葉っぱを舐めて舌でその凸凹や複雑な感覚を味わってみたり、私も一緒にやってみたら、「あぁ確かに面白い」「こんな感覚があったんだ!」っていう新鮮な発見があります。

--「すべての子どもはアーティストだ」というピカソの言葉も紹介されていますね。人は誰でもアート思考をかつては実践できていたはずだからと。

末永さん:「13歳からの~」とタイトルに入れたように、中学生くらいになると、先生に求められていることに答えようとしたりとか、テストでは出題者が想定した答えに近いものを書いた人が得点できるとか、社会に出てからも会社の評定や上司の顔色に合わせにいくところがあったりとか、そうやって他人からの評価だけに向かって行くと、どこかで息が詰まるような気がしてしまうんです。

--今はそういう閉塞感のある社会ですよね。アート思考をする人が増えていったら、社会はどんなふうに変わると思いますか。

中高生向け「アート思考ワークショップ」のようす
中高生向け「アート思考ワークショップ」のようす(撮影協力:東広島イノベーションラボ ミライノ+)

末永:アート思考を植物にたとえると、自分の興味のタネから根っこを張って、自分のために自分の表現の花を咲かせることです。その根っこを張りめぐらせていく過程が面白いんだと感じられれば、他者に左右されない自分の軸ができて、各々が自分らしい人生を楽しめるようになるのではないでしょうか。だからこそアート思考のエッセンスである主体性と探究が大事だと思います。

おうちで始める「アート思考」



--コロナ禍でも、おうちで今すぐアート思考を楽しめるとっかかりがあれば教えてください。

末永さん:私はよくウィキアート(WikiArt.org)というサイトを見ています。アーティスト名で検索でき、パブリックドメインのものは高画質でダウンロードも可能です。こうした中から、親子でいろいろな作品がどんなふうに見えるか話し合ってみて、100文字程度の短いお話や詩などをつくってみることをお勧めします。同じ作品の解釈が三者三様でとても楽しいですよ。

 その延長で、学芸員やアートライターになりきって、勝手な作品解説を書いてみるのも面白いです。その際、「どこからそう思う?」「そこからどう思う?」という2つのシンプルな問いかけを意識し、子どもの思考の根っこをどんどん広げていってあげてください。

--貴重なお話をありがとうございました。

 「探究」と聞いて多くの人が連想するのは科学的なアプローチであり、アート的なアプローチとは、今はまだない答えを自分なりに妄想して作ってみることだ、というお話がとても印象的だった。幼い子どもたちの自由な発想や作品を見れば、アート思考は元々私たちにも備わっているはずだ。どこかでそれを失くしてしまった私たち大人がもう一度アート思考を学び直すとともに、未来を創造する子どもたちの探究には、アート的なアプローチを意識して取り入れていくことが大切なのではないだろうか。

「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考

発行:ダイヤモンド社

<著者プロフィール:末永幸歩(すえなが ゆきほ)>
 美術教師/東京学芸大学個人研究員/アーティスト。東京都出身。武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。東京学芸大学個人研究員として美術教育の研究に励む一方、中学・高校の美術教師として東京学芸大学附属国際中等教育学校などで教壇に立ってきた。彫金家の曾祖父、七宝焼・彫金家の祖母、イラストレーターの父というアーティスト家系に育ち、自らもアーティスト活動を行うとともに、アートワークショップ「ひろば100」も企画・開催している


加藤紀子(かとう のりこ)
1973年京都市生まれ。1996年東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、子どものメンタル、子どもの英語教育、海外大学進学、国際バカロレア等、教育分野を中心に「プレジデントFamily」「NewsPicks」「ダイヤモンド・オンライン」「ReseMom(リセマム)」などさまざまなメディアで旺盛な取材、執筆を続けている。一男一女の母。2020年6月発売の初著書「子育てベスト100」(ダイヤモンド社)は、2021年2月現在累計16万部発行のベストセラー本となり、教育関連の書籍では異例の大ヒット作に。(写真撮影:干川修)

《加藤紀子》

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