学校教育への違和感と疑問から出来上がった「アート思考」末永幸歩さん<前編>

 ベストセラー「子育てベスト100」の著者、加藤紀子さんが、今会いたい人にインタビューする特別連載。今回は、美術教師として「アートを通してものの見方を広げる」ことに力点を置いた授業を展開し、著書「13歳からのアート思考」が大ヒット中の末永幸歩さんに話を聞いた。

教育・受験 小学生
末永幸歩さん
末永幸歩さん 全 4 枚 拡大写真
 コロナ禍が世界を一変させたこの1年。未来は誰も予測できない、世の中に正解はないことを世界中が実感した。未来は創るものであり、主体性や創造力の重要性を思い知らされる今、改めて注目されているのが「アート思考」だ。

 美術教師として、「アートを通してものの見方を広げる」ことに力点を置いたユニークな授業を展開、そのエッセンスを紹介した著書「13歳からのアート思考」(ダイヤモンド社)が16万部の大ヒットとなっている末永幸歩さんに話を聞いた。

21世紀型の学びは、分野横断的に学ぶ探究型へ



--21世紀型教育の象徴として、当初のSTEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics = 科学、技術、工学、数学)というキーワードに「Arts」が加わり、STEAM教育というようになったのはなぜだと思いますか。

末永さん:STEM教育に加わったAは、芸術のみを指すアートではなく、芸術を含むリベラルアーツのことです。リベラルアーツとは、人文科学、社会科学、自然科学、そしてそうした分野をまたぐ学際的なものも含めてほぼすべての学問領域を網羅しています。つまり、リベラルアーツが加わることによって、これからの教育のあらゆる分野にSTEMの要素が含まれていくということだと思います。21世紀型の学びとは、各教科を分断して学んでいたスタイルから、今後は分野横断的に学ぶ探究型に変わっていくことだと。

--確かにすでに今、日本の教育でも探究が重視され始めていますが、末永さんが考える「探究型の学び」のスタイルとはどのようなものなのでしょうか。

末永さん:私は2つのアプローチがあると考えています。ひとつは科学的なアプローチ。そしてもうひとつがアート的なアプローチです。

 科学的なアプローチとは、何かわからないことがあったとき、どこかに答えがあるはずだと図書館やネットで調べたり、専門家に聞いてみたりして、答えを解明しようとするやり方です。おそらく今、私たちが「探究」と聞いて連想するのは、この科学的なアプローチのほうだと思います。一方でアート的なアプローチというのは、主観から、今はまだない答えを自分で妄想してつくることです。

 たとえば「どうやって言葉が生まれたんだろう?」という問いが湧いてきたとします。これをアート的な探究方法だと「もし言葉がなければどんなコミュニケーションが取れるだろう?」といった言葉以外の可能性を問いかけたりしながら、自分なりの答えをつくっていくのです。

ワークショップのようす
ワークショップのようす(写真提供:末永幸歩さん)

 先日小学校3年生の子どもたちに、「みんなの知りたい、やってみたい、面白そうってことある?」と問いかけをする機会があったのですが、ものすごくいっぱい手が挙がったんですよ。各々の興味のタネに対して、目を輝かせて想像力を発揮し、思う存分自分の考えを膨らませている姿に、胸がいっぱいになりました。

 確かに科学的にとことん調べてみるというアプローチも重要ですが、ネットで調べて答えがわかったら、すっきりしてそこで終わってしまうことって少なくないんじゃないかな、と。だからこそ、アート的な探究もあっていいと思うんです。

美術教育に対する教員としての違和感や疑問



--アート的な思考を授業に取り入れようと思われたのは、生徒さんたちを見ていて何か不安に感じたことがあったからなのでしょうか。

末永さん:いえ、生徒たちに対しては問題意識とか不安とかはありませんでした。むしろ私が感じていたのは、美術教育に対する教員としての違和感や疑問でした。元々、最初からアート思考を知っていて、それを授業に落とし込んでいこうとしたわけではなくて、自分が学校教育に対して抱いていた違和感や疑問から授業を組み立ていったら、出来上がったものが「アート思考」というネーミングの集大成にまとまっただけなのです。

--どういう違和感や疑問を感じていたのですか。

末永さん:学校の中では「美術=作品の作り方や描き方を教える」「過去に生み出された芸術作品についての知識を学ばせる」っていう部分がいまだに大きくて、そこにいつも疑問をもっていました。たとえば油絵を教える際、リンゴを描くとすると、授業ではまず木炭を使って形をとり、黄土色で陰影を軽くつけて、陰影のバランスを確認してから他の色を使って色をつけていくのが基礎だと教えるよう指導されます。これが油絵の基礎だからきちんと教えなさい、と。でも私はそこでどうしても立ち止まって考えてしまうんですよね。

--一見すると創造性を育んでくれそうな教科なのに、実はそうやって教えることで創造性を奪っているのではないか、ということでしょうか。

ワークショップのようす
ワークショップのようす(写真提供:末永幸歩さん)

末永さん:そうですね。私は「そもそも基礎って何だろう?」って思ってしまうんです。ここでいう基礎って、あるモノのありのままを写実的に描くための基礎なんだろうけれど、写実的に描くことが絵画のゴールではないし、仮にその方法で描いたものが本物そっくりかどうかなんて誰にもわからないわけですし。

--ご著書の中にも「『リアルさ』ってなんだ?」という章がありますね。「人間の視覚は、そもそもどれくらい頼りになるのか?」と。とても興味深い内容でした。

末永さん:「リアルさ」にはさまざまな表現があり得ると思うんです。この方法で描いたリンゴを、自分はリアルだと感じても、遠く離れた国の人が見たらリアルに見えないかもしれない。そう考えると、とても狭いモノの見方の方法を、あたかもそれが絶対的な基礎であるかのように教えることが本当にいいのかなっていう違和感があったんですよね。

--なるほど。ひとつの正解を教えようとすることへの違和感、ですね。

末永さん:はい。決まりきった技法を教えても、ものすごく狭い範囲でしか応用できません。一方で、「基礎って何だろう?」「リアルさってどういうことだろう?」「なぜそんな方法を使うんだろう?」と、自分でいろいろな問いを立てて考えていくプロセスというのは、いろいろなことに応用できるのではないかなと。だから私の美術の授業では、そういうプロセスを大事にしていこうと思ったんです。

探究型のスタイルの原点「こっぱひろば」



--ご著書の中にはたくさんのワクワクするような授業が紹介されていますが、国内外に参考にした事例はあったのですか。

末永さん:ないです。自分自身がアーティストとして活動していたこともあったので、元々誰かの真似をするタイプではないんです。自分が制作するときも、自分の中に湧き上がってくるさまざまな疑問が作品の出発点になっています。ただし、最初から今お話ししてきたような探究型の授業をしていたわけではなくて、実は転換点は大学院時代にありました。むしろそれまでは今とはまったく逆の志向でした。

--それは意外ですね。以前はどんなスタイルだったのですか。

末永さん:今振り返ると、以前はそれまでの教員経験で身に付いた一斉指導型のスタイルで、「参加者全員を時間内にある程度の成果物までもっていかなければいけない」という思いに囚われていました。

 私はしばらく美術の教員を経験してから大学院に入り直し、そこで出会った仲間とともに小さい子ども向けのワークショップをたくさんやりました。「謎の生き物をつくろう!」とか「ファッションショーをしよう!」のようなワークショップで、今とは違って、子どもたちみんなを同じゴールに向かわせている感じでした。だからワークショップで私はいつも忙しくしていて、いろいろな子を同時に見ながら、仕上がりばかり気にしている状態でした。

 ところが当時ワークショップを一緒にやっていたパートナーは私とはまったく逆のタイプで、30人くらいの子どもが参加しているのに、彼女は最初から最後まで1人の子の横にずっと座り、寄り添うようなタイプでした。結局その子が何も完成させられず、何を作りたいのか、そもそも作りたいものがあるのかどうかもよくわからないような状態でも、彼女はその子が悩んでいる過程を大事に見守っていました。そんな寄り添い方をそばで見ているうちに、私のワークショップの方向性も変わっていきました。

--どんなワークショップに変わったのでしょうか。

末永さん:決められた時間内にこちらが想定したゴールに向かわせるのではなく、何が生まれるかわからないみたいなものがいいという考えに変わっていきましたね。

 色々と試行錯誤し、話し合いを重ねた結果、最終的にはそのパートナーと「こっぱひろば」というものを始めました。子どもの手のひらに乗るくらいの木片をものすごくいっぱい用意して、そこで子どもたちがそれを使って遊んだり、何かを自由に作ったりできる場所です。加藤さんの「子育てベスト100」に出てくるMethod56「つくる&試すー手を動かしながら答えを見つける」がまさに「こっぱひろば」だ! と思って。

ワークショップのようす
ワークショップのようす(写真提供:末永幸歩さん)

--わぁ、それはすごく嬉しいです。どのあたりが重なっていましたか。

末永さん:専用の場所を与える、自由な時間を確保する、材料を準備する、大人の視点で判断せず、自分で好きなようにトライさせると書いてあるところですね。

 「こっぱひろば」という名前のとおり、そこには木端しか置いてなくて、そのシンプルな環境から創造を広げていってほしいなと。時間制限はせず、10時から17時まで出入りは自由。申し込みも不要で、子どもじゃなくても誰が来てもいいオープンな空間にしました。子どもたちは木端を積み木やドミノ倒しに使ったり、ヒノキなんかだとその香りに惹かれて思わず舐めてしまったり(笑)。そして部屋の隅には工具を置き、作りたければ自由に作れる環境にしておきました。これが今、私がやっている探究型のスタイルの原点です。

 インタビュー後編「探究型の学び、フロー体験の先にある「自分だけの答え」へ続く。

「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考

発行:ダイヤモンド社

<著者プロフィール:末永幸歩(すえなが ゆきほ)>
 美術教師/東京学芸大学個人研究員/アーティスト。東京都出身。武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。東京学芸大学個人研究員として美術教育の研究に励む一方、中学・高校の美術教師として東京学芸大学附属国際中等教育学校などで教壇に立ってきた。彫金家の曾祖父、七宝焼・彫金家の祖母、イラストレーターの父というアーティスト家系に育ち、自らもアーティスト活動を行うとともに、アートワークショップ「ひろば100」も企画・開催している

加藤紀子(かとう のりこ)
1973年京都市生まれ。1996年東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、子どものメンタル、子どもの英語教育、海外大学進学、国際バカロレア等、教育分野を中心に「プレジデントFamily」「NewsPicks」「ダイヤモンド・オンライン」「ReseMom(リセマム)」などさまざまなメディアで旺盛な取材、執筆を続けている。一男一女の母。2020年6月発売の初著書「子育てベスト100」(ダイヤモンド社)は、2021年2月現在累計16万部発行のベストセラー本となり、教育関連の書籍では異例の大ヒット作に。(写真撮影:干川修)

《加藤紀子》

加藤紀子

京都市出まれ。東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで取材・執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。現在はリセマムで編集長を務める。

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