「ゲーム・ネットの世界から離れられない子どもたち」(合同出版)の著者であり、自身も「ネットとゲームの世界にどっぷり浸かって成長してきた」という児童精神科医の吉川徹先生に話を聞いた。
「ゲームやネットの代わりに、お子さんは何をすると思いますか?」
--ゲームやネット依存の相談を数多くの保護者から受けてこられたと思いますが、先生が必ず保護者の方に話すことはどんなことですか。
「もしゲームやネットをやらなければ、あるいはゲームやネットの時間を減らしたら、お子さんは代わりに何をすると思いますか」という質問です。これが「代わりに何をやってほしいですか」という質問だと、皆さんすぐに答えが返ってくると思うのですが、わが子が「何をすると思うか」という質問だとしばらく考え込む方が多いです。保護者の方に一番考えてほしいのはそこなのです。
診療の現場では、ゲームそのものに中毒になっている人は意外に少なく、むしろ「他のものを避けていたら、ゲームとネットしか残っていなかった」という状況のほうが多いと感じます。特に中学生になるころまでに「勉強が死ぬほど嫌い」という状態になっていると、勉強以外のことで時間を潰そうとします。あるいは、学校が嫌いになってしまうのも、学校以外のことで時間を埋めていかざるを得ず、ゲームとネットに依存してしまうことになります。
--勉強嫌いな子は昔から大勢いたと思います。ゲームのない時代、そういう子たちはどのように過ごしていたのでしょう。
ひと昔前は多くの子がやんちゃな方向に向かいました。今は非行グループというものがずいぶん減ってきて、日本の子供の犯罪率はどんどん下がっています。部活動も昔のように強制加入ではなくなってきているので、以前はゲームやネットではないものが埋めていたところがだんだん少なくなってきているんです。すると当然、勉強と学校が嫌いな子供が見つけられる居場所という点では、ゲームとネットの比重が上がってくることになります。
「自分の子供時代に大人が漫画やテレビに対して何を言っていたか思い出してほしい」
--親は自分自身に経験値が少ないこともあり、「ゲーム・ネット=悪」という前提で「わが子を守らなければ」という思考に陥りがちです。それが親子の信頼関係が築けない原因になっていると感じるのですが、私たち親世代は今、ゲームやネットをどのようにとらえれば良いでしょうか。
今の親御さんたちは、子供のゲームやネットの利用に関する悩みが尽きないと思いますが、実は昔から、どの世代の親も似たような問題で悩んできたんです。ゲームとネットの問題は全然新しいことではなく、それこそ明治時代には「小説を読んだら馬鹿になる」と言われたように、その後も映画、漫画、ラジオ、テレビと、新しいメディアが流行するたびに繰り返し起きてきたことなのです。
だから私たち親世代も少し冷静になって、「自分の子供時代に大人が漫画やテレビに対して何を言っていたか」を思い出せば少しは理解しやすくなるのではないでしょうか。
これは専門用語でモラルパニックと呼ばれる現象です。新しいものが一気に普及することによって引き起こされる社会不安や、それらを排除することで身を守ろうとする怒りの行動などを指します。とりわけ今は変化のスピード感が昔とはまるで違い、5年10年という短いスパンで目まぐるしく変わっているため、私たちは余計に対応しにくくなってきているのかもしれません。
機嫌良く「おしまい」にできる体験
--まずは「使い方のルールを決めたい」と思うのですが、どういう話し合い方をすれば子供に納得感が得られるのでしょうか。
子供がなぜそのゲームをやりたいか、どれくらいやりたいか。そこをまず子供に話してもらうということが大事かなと思います。「あぁ、それくらい魅力的なんだね!」っていうのを、親も納得したフリで良いので、そこを出発点にしてどれくらいなら折り合えるかというラインを探っていきます。もちろん、子供の年齢があまりにも低いときは、相談というよりも親が作ったルールを説明して同意してもらう形になりますが、年齢や言葉の力の伸びに合わせて、相談や交渉の形に変えていけると良いでしょう。
また、こうして一緒にルールを作るプロセスを通じて、親がいざというときに相談しがいのある大人だと思ってもらうことも大切です。大人がネットやゲームを頭から否定している、嫌っていると感じてしまうと、子供はそれについての相談を持ちかけてこなくなるからです。
--先生のご著書の中にも「一緒にプレイしてみよう」と書いてあります。それは有効ですか。
わりとそれがうまくいくケースが多いですね。児童精神科医の関正樹氏は、子供の好きなゲームの良いところを3つ考えてみるという方法を勧めています。それによって子供が見ている世界に少し近づくことができるかもしれません。時間で区切り、守れなかったらペナルティというルールにしようとすると、不機嫌を引き起こすだけで、子供は「おしまい」にすることがますます嫌いになってしまいます。
一方で、子供から話を聞いたり、一緒に遊んだりしてみると、そのゲームの良い区切りポイントを見つけられ、機嫌良く「おしまい」にしやすくなるでしょう。機嫌良く「おしまい」にできる体験は、子供が自律的にゲームの時間をコントロールできるようになる重要なステップです。
--子供がゲームの魅力をうまく言葉で表せない場合には、どう対応すれば良いですか。
そこはゲームやネットの話に限らないのですが、いかに助け舟を出すかということが大事になってきます。助け舟とは、うまく表現できないときに、「こういうこと?」「ひょっとしたらこんなことかな?」「あれ、全部違う?(笑)」みたいに、ちょうどいいところで話を繋いであげることです。
子供には「自分の言葉で表現させなければ」と思っている親御さんが少なくないのですが、子供によっては必ずしも言語化する力が十分ではありません。子供はむしろそうして出された助け舟を取り込んでいくほうが、次はもっとうまく話せるようになるのです。
--どうしても話をしたがらない子供の場合はどうすれば良いでしょうか。
僕らのところにも言葉をほとんど話さない子が来ますが、本当に言葉にするのが苦手な子供の場合には親御さんに「行動を観察してください」と言っています。その際の基本は、何が好きで何が嫌いかを見極めることです。たとえば、何かやってほしいことに対して、「ご褒美を用意しなくてもどんどんやる」「ご褒美を用意すればやってくれる」あるいは「ご褒美を用意してもやってくれない」など、何がどれくらい好きかを丁寧に見極めることが重要になります。

子供が中学3年のときまでに勉強が嫌いではない状態を守るのが親のいちばんの仕事
--わが子の「何がどれくらい好きなのか」ということに常にアンテナを高くしておくということですね。
そうです。そこで一番大事なのは勉強に関してです。冒頭にお話ししたように、勉強に対して「死ぬほど嫌い」「恨みがある」くらい重篤なレベルになってゲームやネットの世界の沼にはまってしまうと、引き戻すのがすごく難しくなるからです。
できれば保育園、幼稚園のころから、字を読むこと、数字を扱うことがそれぞれどのくらい好きになっているか、嫌いになっているかをわりと気を付けて見ておかないと、実は勉強は結構できているのに大嫌いになっていた、ということも起こります。
--勉強が死ぬほど嫌いになってしまう場合には、そうなるまでのプロセスがあるわけですよね。勉強嫌いの「芽」は、いつごろから出てくるのでしょうか。
最近では、小学校に入るまでに字を読んだり書いたりするのが嫌いになっているという現象が結構起きていて、勉強嫌いの芽が出始める時期が、就学前の年長、年中まで下がってきています。
ひとつの原因は、早期教育にあるような気がします。勉強に限らず何事も、「少しでも早く、いろんなことをできるようにしてあげたい」と思うのが親心かもしれませんが、子どもの立場からすると、潜在的な能力が十分に伸びてからのほうが楽に覚えられます。つまり親の意識としては、子供の成長に半歩遅れてついていく感じで、「この子、これはもう楽々できるんじゃない?」というタイミングまで取組みを遅らせるほうが物事を嫌いになりにくいのです。親のいちばんの仕事は、そうやって子供が中学3年のときまでに、勉強が嫌いではない状態を守っていることです。
--そのような場合、むしろ私たち親のほうは「子供が勉強を嫌いになっている」ことに不安を感じ、どうにかして勉強させたいと焦ってしまいます。子供が勉強を嫌いになりかけているときにはどうすれば良いですか。
深追いしないことがポイントです。海外では子供の成長のスピードに合わせて就学や大学進学を1~2年遅らせることは珍しくありませんが、日本では同調圧力が強く、まだ強い抵抗があります。
「人並みに」「教科バランスよく」「他の子供と同じタイミングで」進むことを期待してしまうのですが、私が多くのお子さんを見ている限り、やはり生まれつき勉強が好きになりにくい性質の子はいます。勉強をどれくらい人生に組み込むのが似合うのかというのはひとりひとり異なります。そうした認識を欠いたまま、勉強が嫌いになりかけている子供を無理にそのレールに戻そうとすると大こじれになることが多いです。勉強が憎しみの対象になり、「意地でもやらない」という緊張関係に陥りかねません。
むしろ深追いせず、死ぬほど嫌いになる手前でとどめておくと、後になって「やったほうが得だな」と思えるようになってやり始める子もいるんですよ。小・中学校と不登校で全然勉強していなくても、高卒の資格くらい取りたいと一念発起し、通信制の高校で勉強し始めるというケースがわりとよくあります。
--親にしてみれば「少しでも長く、たくさん勉強してほしい」と思ってしまいますが、それでも深追いしないことが大事なんですね。
これは診察室でもよくお話しするんですけど、小学校高学年以降、親が勉強に関われば関わるほど、勉強が嫌いになるケースが多いです。親のほうから勉強、勉強って近づいていくと、子どもは自分の身を守ることを考え始め、ネットやゲームの世界に逃亡します。例外は、子供のほうから親に「これ教えて」と質問に来るような家庭です。少しハードルが高いですが、中学生になるころまでに、子供が勉強に関して質問に来るような親になるにはどうすれば良いかを考えておくと手堅いです。そうでなければ親は手を出さないほうが無難といえます。そこはいっそ外注してしまうのもよい方法かもしれません。
インタビュー後編「子供に「べき」を背負わせない…児童精神科医・吉川徹先生<後編>」では、家庭内でのルールづくり、ゲームやネット依存に関して、医療機関を受診した方が良い目安などについてお聞きする。
発行:合同出版
<著者プロフィール:吉川徹(よしかわ とおる)>
児童精神科医、愛知県医療療育総合センター 中央病院子どものこころ科(児童精神科)部長、あいち発達障害者支援センター副センター長ほかにNPO法人日本ペアレント・メンター研究会副理事長、日本児童青年精神医学会代議員などを担当。愛知県を中心に発達障害のある児童青年の臨床に長年携わっている。
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1973年京都市生まれ。1996年東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、子どものメンタル、子どもの英語教育、海外大学進学、国際バカロレア等、教育分野を中心に「プレジデントFamily」「NewsPicks」「ダイヤモンド・オンライン」「ReseMom(リセマム)」などさまざまなメディアで旺盛な取材、執筆を続けている。一男一女の母。2020年6月発売の初著書「子育てベスト100」(ダイヤモンド社)は、2021年2月現在累計16万部発行のベストセラー本となり、教育関連の書籍では異例の大ヒット作に。(写真撮影:干川修)