「お小遣い帳の付け方」指導では伝わらない、お金の本当の価値

 今、小学生の「お金」に関する学びが注目されている。東京学芸大学附属世田谷小学校の沼田晶弘先生に、子供への金融教育の大切さと、家庭での実践のコツについて話を聞いた。

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「お小遣い帳の付け方」指導では伝わらない、本当のお金の価値
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 日本において子供との会話ではまだまだタブー視されがちな「お金」に関する話題。学校教育として「お金」について学ぶとしても、社会の教科書の数ページ程度だ。一方で、リセマム読者から「マネー教育に関する情報を発信してほしい」「子供と参加できる金融教育イベントがあれば教えてほしい」という声が届くことも多い。

 今、小学生の「お金」に関する学びが注目されている。東京学芸大学附属世田谷小学校の沼田晶弘先生は、自身が担任するクラスでの実践を通して、社会につながる学びを展開している1人だ。そこで本記事では、沼田先生に小学校での金融教育の大切さと、家庭での実践のコツについて話を聞いた。

--沼田先生が「社会につながる学び」を実践している理由と、きっかけを教えてください。

 日本では、モノやコトにどういう価値があり、なぜその価格に設定されているかというお金の教育を受ける機会がほとんどありません。子供は小・中・高と守られた環境で育ち、大学を卒業すると、いきなり社会に出されます。たとえば学生時代のコンビニでのアルバイトも、勤務中、自分の時間を会社に売って、その対価を収入として得ていることになりますが、その仕組み自体が自分自身の腑に落ちていないことも多いですし、ましてや店舗経営の理解や売上への責任をもつことも、お金の教育の素地がなければ難しい。よく「就職したから毎月3万円実家に入れている」と堂々と話す新入社員がいますが、たった3万円では家賃や食費代にもなっていないことを知らない。光熱費や家賃がいくらかかっているかなんて意識する機会もないでしょうから、わからなくて当然です。

オンライン取材に応じてくれた東京学芸大学附属世田谷小学校・沼田晶弘先生

 実社会では、モノやコトに手を加えることで価値が発生します。たとえば送料とは、運送会社が手をかける分について発生するお金です。先日、クラスの子供たちから「道の駅の野菜が安かったよ」と言われたので、どうして安く売れるのかを一緒に考えました。近所の農家の方が道の駅に直接野菜を運んできて、送料などのコストがかからないから安く買えるわけです。運送会社は「近くまで届けてくれる」という価値を提供してくれていて、その対価としてお金が発生する。そういったお金の仕組みを子供たちにていねいに説明していく必要があります。

--飲み物にしても、おもちゃにしても、誰かの労力がかかっていて、その対価としてお金が動いているんだということを子供たちに伝える必要があるんですね。

 社会の仕組みやお金のことについて、隠そうとする大人も多いですよね。社会の教科書では、商店街と大型スーパーについて教えるとき「昔からの商店街が近くに大型店ができたから元気がなくなった」と短略的に表現されます。もちろんそうした理由もあると思いますが、原因はそれだけではないはずです。大型スーパーだからこそ提供してくれる価値や情報発信の方法など、成功している店の工夫ややり方を考えることは、お金の動きを知ることにもつながります。そういう部分を子供たち自身が1つずつ考えられるようにしたいと私は考えています。

 そのためには教師自身も変わっていかなければなりません。私たち教師は「公教育」という利益、効率といったものから、ある種隔離された環境で働いています。民間では当たり前の「売上成績が良かったからボーナスに反映される」といった仕組みひとつとっても経験したことがないわけですから、教師自身、自分が社会一般のお金と縁遠いところにいることを自覚しておく必要があります。

--貴校で、2021年度から新たに取り組みを始められたという「ラボ」の概要を教えてください。

 2021年4月から本格的に取り組んでいる「ラボ」は週2回、午後2時から、小学4~6年生を対象に行います。子供たちは歴史や哲学、ビジネスなど教師たちがそれぞれ得意な分野で開く「ラボ」に所属します。私が開講しているビジネスラボには、20人弱が所属しています。とはいえ、ビジネス未経験の子供たちに「さあ、やってみよう」といきなり任せても難しいですから、毎回冒頭の30分は「ビジネスとは何か」について私が簡単にトークをします。初回のラボで話をしたのは、ラーメン屋の事例。日本で、1番倒産している飲食店はラーメン屋で、1番多くオープンしているのもラーメン屋だという話です。どうしてこういうことが起きるのか、宣伝力や資金力とは何かという話をしたら、子供たちは真剣に聞いて、近所のラーメン屋を思い浮かべながら納得していました。ときにはビジネスの最前線で働く方々にオンラインの講演をお願いして、生徒からの質問に答えてもらう日もあります。

 その後、商品にかかるコストや、CMの宣伝効果など子供たちがそれぞれ興味のあることを調査します。たとえば、ある子は「YouTubeで儲ける仕組み」を調べていました。人気のユーチューバーは毎日のように新しい動画を制作して編集しないといけません。1人で撮影や動画制作するには限界があるので、制作会社やカメラマンを雇わなければならず、人件費が発生します。その人件費を払えるだけの再生回数を稼ぐにはプロモーションにも注力しなければならない。結局、YouTubeは儲からないという結論を出していました。調べた後は、各自アウトプットをさせるところまでが一連の流れです。

「おうち居酒屋」で労力に紐付く価格設定を身をもって体験したという子供たち

 今年の夏休みに、ラボで多くの子がやっていたのは「おうち居酒屋を開く」ことです。まず保護者の方と一緒にお小遣いを持って買い物に行き、お酒を仕入れます。そのお酒がより魅力的になるように、ちょっとしたお菓子やおつまみを付けるなど、自分なりに工夫します。手が込めばこむほど提供価格は上がり、販売価格も上乗せすることができますが、高すぎては売れない。お父さん、お母さんを相手に、飲食店の難しさと面白みを体験して、登校日にその結果を報告してくれました。

--一般的に「小学生のお金の教育」というと、お小遣い帳を付けるイメージがありますが、沼田先生の授業は「お金を生み出す」部分の構造など、いわゆるビジネスの部分に主眼を置かれているんですね。

 私はコンテンツありきの勉強が1番よくないと思っています。「家庭科の教科書に『家計の仕組み』という単元があるから、お小遣い帳を書いてみましょう」「社会の教科書に『大型スーパーと商店街』という単元があるから見学にいきましょう」ではダメなんです。まずは、子供たちがお金やビジネスについて「他人事」から「自分事」化して考えられるように導くことが大事。人間は、自分の興味に引き寄せて考えたり、手元のモノと知識が結びついたりしたとき、自分から「もっと学びたい」「知りたい」と思えるのです。「何でこんな安い価格で販売できるんだろう」「この商品が僕の家に届くまでには何円分の労力がかかっているんだろう」など、自分の頭で考えられる子に育ってほしいですね。

 お金の話に限らず、私は、子供たちの人生に経験や興味のドット(点)をたくさん打ってあげたいと思っています。線や絵を描くにはたくさんの点とそれをつなげる力が必要ですが、子供は経験が少ないと前例があることしか思い浮かべられず、以前経験したことを単純にコピーすることしかできません。「楽しかったからまたやりたい」と経験を繰り返すことしかできず、広がらない。だからこそ、常に子供たちに新しい視点のヒントを与えてあげないといけないですし、それが教師の役割であり、腕の見せどころだと考えています。

--小学生という年齢で、お金や社会の仕組みについて学ぶことの大切さはどういったところにあると思いますか。

 日本には「お金の話は汚い」とか「お金がすべてじゃない」とか「倹約・節約することが良い」といった、数字を毛嫌いする文化がありますよね。友達の人数でさえも「友達は質だ、人数は関係ない」と言います。でも実際は友達の多い方が、質の高い友達に出会える割合は統計学的に多いはずです。お金も同じことが言えます。お金は悪いものでも汚いものでもなく、生活に根ざした身近なものです。

 普段、家庭の中で子供がお金に不自由を感じる場面は少ないと思いますし、両親の働いている姿を見る機会もありません。でも、子供たちにとって毎日会社に行くだけでお給料をもらっているように見えるお父さんやお母さんも、取引先との交渉やプロジェクトを成功させるために必死で働いています。その対価としてお金をもらうというお給料の仕組みや、お父さん・お母さんが社会に対して生み出している価値について知ることは有意義なことだと思います。

 また「自分が社会に対して提供できる価値」という点では、自分の得意分野・苦手分野を知ることも大切だと考えています。さらに、現代は「掛け算の時代」で、1つのことでトップになれなくても、複数の分野を掛け合わせて、その人しか実現できない価値を作り上げることができます。そういった自分ならではの価値をつくることで稼ぐという視点も伝えたいですね。

MCのようにテンポ良く取材に応じてくれた沼田晶弘先生

--「掛け算の時代」ですか。沼田先生ご自身は「MC型先生」として長年注目されていますね。意識されていることはありますか。

 教師も、担当教科以外にできる分野があるほうが強みになります。先生方の中には、一生懸命に教材研究をする熱心な方が多いのですが、私は喋り方・伝え方を追求しようと思ったんです。学生時代、塾のバイトで歴史を教えていたとき、単に教科書の知識を教えるのに限界を感じて、まるで歴史の出来事をこの目で見てきたかのように話してみたんです。「いやー、あの時はまじで怖かったわ。目の前で次々人が切られてさ。城に逃げるしかなかったよね、もう」という感じに(笑)。生徒たちがものすごく食いついてきてくれて、真面目な難しい内容でも、伝え方次第で子供たちはちゃんと聞いてくれるんだと痛感しました。素晴らしい教材はすでに世の中にたくさんありますから、それならば私は、教材を上手に料理することに徹したいと考えています。

 そういう「価値の掛け算」ができることを小学生のころに知っておくのも面白いと思いますし、そうして生み出した自分だけの価値が社会から必要とされること、提供した価値でお金が稼げることを知ることで、夢や進路の可能性も広がると考えています。

 お金について知ることに年齢は関係ないと思います。保護者からは、ビジネスの話を学んだ子供たちは、家庭で父親と同じレベル感で話ができて嬉しいと言われますね。私は毎日子供たちと「自学自習ノート」という交換日記のようなものをやりとりしていますが、お父さんからのコメントが書かれていることもよくあります。

--家庭でお金の話をするときの、保護者のスタンスやコツについてアドバイスをお願いします。

 お年玉を1万円もらったという子供たちに使い道を聞くと、全員「貯金する」と回答しました。貯金自体は良いことですが、1万円をもらったときのドキドキ感は、20年後にはなくなってしまう、子供期ならではのものです。だからこそ、そのお金を手にした時のドキドキ感を経験に変えてあげてほしいと思います。

 ある子が1万円のお小遣いをもらったというので「寿司屋のカウンターに小学生1人で行ってみたら面白いんじゃない?」と提案したことがあります。それを伝え聞いたご両親が、馴染みの大将に事前に相談して1万円でお任せコースをお願いしておいてくれて、小学生で1人で1万円札を握りしめて寿司屋に行ったそうです。一丁前に大将と会話をして、美味しいお寿司を食べて「1万円あれば、こんな良い思いができるんだ」と実感できたようで、喜んで報告してくれました。経験はプライスレスです。額面の数字の大小だけでなく、それで経験できるものや得られるものの価値を分かってほしいですね。

--沼田先生は親子でお金の価値を学べる無料アプリ「PIGUCHI(ピグっち)」の監修に携わられていますね。アプリの特徴とこだわりを教えてください。

 2020年にリリースしたアプリ「ピグっち」は、家庭の中でより簡単に、お金の価値について学べるコンテンツを提供したいと思って作りました。「やることリスト」とそれを達成した場合の報酬金額を子供と一緒に決めて、アプリに登録しておきます。手伝いや宿題などと連動して、自分が達成したものや家族に対して提供した価値への対価として報酬金額をもらうことができ、給料の仕組みを学ぶことができます。報酬金額は「おさいふ」に貯まりますが、「こうざにあずける」で出入金も疑似体験でき、利息やローンなどお金の運用について体験できる機能もあります。「ピグっち」には、単なるお手伝いリストやお小遣い帳アプリでは実現できなかった要素を詰め込んでいます。

自分の「がんばり」に見合った報酬を受け取ることを体感できる「PIGUCHI(ピグっち)」

 「ピグっち」を活用することで身に付くことは、大きく分けて3つ。

 まず1つは「習慣化」です。「子供に学習習慣をつけたい」とよく相談を受けますが、習慣をつけるには「習慣化」するほど、継続して取り組まなければいけません。このアプリで決めたやることリストは子供たちにとって「仕事」ですから、否が応でも取り組まないといけないんです。親から言われてやるのではなく、自ら設定した仕事を、自発的に繰り返すためのきっかけをアプリで作っています。

 2つ目は「見通しを立てる力」です。親が子供に対してよく言ってしまう言葉は「早くしなさい」ではないでしょうか。しかし言ったところで子供は急ぎません。その理由は、ゴールから逆算しての段取りができず、見通しが立てられないからです。朝起きてから寝るまでのタスクを「やることリスト」として設定することで、それをクリアするための方法を一緒に考える機会になります。21時に寝るために、お風呂や歯を磨くのに何分かかるのか測ってみるなど、はじめは一緒に見通しを立ててあげると良いでしょう。

 3つ目は「お金に関して無責任な約束をしないこと」です。ゲーム機器を買うときに「買ってあげる代わりに、これからお皿洗いをしてね」といった約束をしたご家庭があるとしましょう。たいてい1週間もすれば約束は忘れ去られてしまいます。口約束では形骸化してしまう約束も、「ピグっち」アプリのローン機能でしっかりゲーム代のローンを組んでおけば、しっかり遂行できます。子供が約束をしたタスクをやらずにいるとローンを返せず、利子が貯まってしまうので、結構シビアです(笑)。でもそれだけ価値のあるものを買ってもらったのだから、約束を果たさないといけないですよね。1日数十円でもコツコツ続けることで、ゲーム機器を買える金額になる喜びを知り、労働の価値が身にしみることで、無責任なお金の約束をしない、簡単に借金をしない大人になってほしいですね。

沼田先生監修の「PIGUCHI(ピグっち)」無料ダウンロードはこちら

 「報酬を与えないと何もしない子になってしまうのでは」という批判も簡単に予想できます。でも私は、貯まった報酬の使い方こそが大事だと思います。単にアプリ上の報酬額を現金と換金するのも良いですが、おすすめは家族での体験に変えることです。「夏の家族旅行の行き先決定権」をあげるなども良いと思いますし、家族で元々行く予定だった外食の費用を子供に渡したお金から出してもらって「あなたのおかげで、こんなに美味しいごはんが食べられたよ。ごちそうさま」と言ってあげたら、きっと子供も嬉しいですよね。自分が生み出した価値によって収入を得られ、それを身近な人の喜びに還元できる、素敵なお金の使い方を体験してもらえると思います。

--本日はありがとうございました。

 日本の教育現場では、なかなか触れることのないリアルな「お金」についての話題。大人の間に蔓延る、そういったネガティブな姿勢そのものが、お金の黒いイメージを子供たちに植え付けてしまっていたように思う。お金は、労働の対価、自分が世の中に提供する価値への対価、そして何より自分や身近な人に幸せをもたらしてくれるもの。これを機にお金に関する捉え方を、子供と一緒に見直してみてはどうだろうか。

《土取真以子》

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