性の話題、身構えているのは大人だけ?保健室の先生に聞く「今どきの性教育」

 「性教育」というと、大切なテーマとはわかっていながら敬遠してしまう保護者の方も多いのでは。中学校における性教育や思春期の子供たちのホルモンバランス、繊細な年代の子供たちとの向き合い方について、筑波大学附属中学校の養護教諭を務める道幸先生に伺った。

生活・健康 中学生
中学生の子供たちへの性教育
中学生の子供たちへの性教育 全 6 枚 拡大写真

 「性教育」というと、思わず敬遠してしまう保護者の方も多いのではないだろうか。昨今注目される「LGBTQ(性的マイノリティ)」に関する話題も含め、センシティブな内容なだけに大切なこととわかっていても家族の会話にものぼりにくい話題だ。

 中学校における性教育や思春期の子供たちのホルモンバランス、そして繊細な年代に差し掛かる子供たちとの向き合い方のヒントを、筑波大学附属中学校の養護教諭で書籍『中学校ってどんなとこ?』(世界文化社)の部分監修を務めた道幸玲奈先生に伺った。

睡眠リズムの乱れ、保健室に来る子供が増加

--中学生の保健室への来室理由にはどういったものが多いのでしょうか。

 中学生ならではの来室理由としては、体調不良の背景に精神的な悩みを抱えていることがあげられます。最初は腹痛や頭痛を訴えて来室した子も、話をゆっくり聞いていくと親や友人との関係に悩み、それが不調の一因になっている場合もあるのです。それでも、特に親との関係で悩む子は「親に心配をかけたくない」と考えて自分の中に押しとどめる子も多いので不調を訴えてくれるだけ有難いですね。

 また、コロナ禍以降に目立つのは睡眠のリズムが崩れている子たちです。思春期は、元々ホルモンの影響で朝起きづらい年代と言われており、夜更かしで体調を崩して来室する子は以前からいました。しかし、コロナによる休校が明けてから「寝付けない・起きられない」と訴える子が明らかに増えましたね。それと関連してなのか、起立性調節障害と診断され、朝起きられない子も多いのです。そのほか、テニス肘や疲労骨折といった部活動などで起こるスポーツ障害による健康相談や、女子生徒では生理痛やPMS (月経前症候群)の症状で来室する子も一定数いますね。

コロナ禍以降に目立つのは睡眠のリズムが崩れている子たち
コロナ禍以降に目立つのは睡眠のリズムが崩れて保健室に来る子供たち

情報社会における性教育の見直し

--現代はメディアに触れる機会が多く、恋愛や性に関する情報に接する年齢が若年化してきています。近年の中学校での性教育にはどのような変化がありましたか。

 2021年の学習指導要領の改訂では、性教育に関する大きな内容面の変化は見受けられませんでした。他の教科と同様、主体的・対話的で深い学びを性教育でも展開していこうという流れです。ただし、子供たちとインターネットの距離感が近い現状を踏まえると、SNS上でのコミュニケーションや人との付き合い方、性に関する情報との予期せぬ出会いの指導には重点をおく必要があると考えています。

 かつて、学校での性教育といえば「性感染症やエイズは危ない」「人工妊娠中絶が多いので注意して」という話が主流でした。その後、2000年の都立養護学校や2018年の足立区の中学校での性教育について行き過ぎではないかという議論が起こり、性教育に関して学校で扱いづらくなってしまった経緯があります。

 ただ、昨今はそういった時期を乗り越え、近年は家庭教育の中でも性教育の必要性を考える保護者も増えつつあります。学校での性教育もあらためて見直していこうという気運が出てきています。2021年には文部科学省から性的多様性に関する児童生徒への対応に関する通知が発出され、性教育の新たなとらえ方が見直されています

文部科学省のパンフレット
「性同一障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細やかな対応等の実施について(教職員向け)」

  とはいえ、中学生という多感な年齢の生徒に向けて、学校でどこまで教えるべきかという点もありますし、教えるべきことは集団と個別にそれぞれ区別して、学校の特性に応じて指導する必要があると感じます。

LGBTQに対しては子供たちのほうがオープン

--日本では、一説によると11~12人に1人がLGBTQ(性的マイノリティ)であり、35人学級とした場合、1クラスに3人はいるとも言われますね。学校ではLGBTQの話題をどのように子供たちに提示されていますか

 現在、LGBTQの授業を前面に出しているわけではありませんが、図書室や保健室に関連図書を置き、生徒に自然に興味をもってもらう工夫をしています。また、スクールカウンセラーとの面談の機会を整え、生徒自身が何かサインを出したときにキャッチできるような環境づくりを目指しています。性的マイノリティに関しては生徒の年代のほうがオープンに考えている場合も多く、大人のほうが受け止めきれていないのが現状です。

 たとえば、LGBTQの生徒がいる場合、「制服はどうするのか」という議論がよく起こりますが、そもそも「女子生徒はスカート」と規定している時点で、制服に1つの文化的なメッセージが込められています。性的多様性の議論に関係なく、男の子も女の子も動きたいときには活動が制限されない服(ズボン)を履けば良いと思いますし、学校の制服のあり方について考え直す時期がきているのだと思います。

学校の制服の在り方について考えなおす時期がきている
学校の制服の在り方について考え直す時期がきている

--日本の家庭では、まだまだ性に関する話題を「照れくさい」「恥ずかしい」と曖昧にする風潮があると思います。親子では、どのように触れていけば良いのでしょうか。

 唐突に大人から性に関する話題を提供するのではなく、質問されたときに曖昧にせず、照れずに回答するほうが良いですね。うまく答えられるかどうか不安なときには「大事な質問だから一緒に調べよう」「大事なことだから整理して話すね」と言って、一旦、時間を置いて話すのが理想的です。性教育は、人としてどう生きていくかを考える場でもあります。曖昧にごまかすことは、性に関する話題がやましいことや聞いてはいけないことだというイメージを子供に与えるため、避けるべきだと思います。

 最近では、インターネットを介して子供が予期せぬ形で情報に触れてしまうことが多いため、偏った情報だけではなく、前もって正しい知識にそっと触れさせておくことが大事です。育ってきた時代背景から、親世代のほうが性教育に関するハードルが高いと思うので、子供に読んでほしいと思う思春期に向けた本をそっと家の中の目につく場所に置いておくのもお勧めです。

思春期の子育ては「手を離して、目は離さず」

--思春期の子供たちは性に関することだけではなく、他者との「違い」に敏感で、比較してモヤモヤする場面が多いように感じます。なぜ思春期はイライラモヤモヤしやすいのでしょうか。

 思春期には「エストロゲン」などの性ホルモンが活発に分泌されます。「エストロゲン」は攻撃性を高めるホルモン「バソプレッシン」を制御する「セロトニン」の動きを鈍らせ、本人の意思にかかわらず感情のコントロールができなくなります。また、身長や体型など身体的にも急激な変化があり個人差も激しいので劣等感を感じたり、自分のボディイメージが崩れて心の均衡が崩れやすい時期でもあります。さらに、女子生徒の場合には月経の周期によってもホルモンバランスが大きく変わります。生理前に不調をきたすPMS(月経前症候群)も近年注目されていますね。たとえて言うなら、飛行機の離陸と着陸のようなもの。離陸と着陸のもっとも飛行が不安定なときが、人間でいうと思春期と更年期にあたります。

 中学生は他の子の動向に強い関心をもち、人と違うことをやってみたい一方で、それが周囲にどう見られているかが気になる年代です。いろいろな自分を試して自分という人間について理解していく時期なので、ある程度の揺れ動きは仕方がないと、保護者の方もおおらかに構えると良いと思います。

身長や体型など身体的にも急激な変化がある
身長や体型など身体的にも急激な変化がある

--思春期特有のイライラモヤモヤを解消するために、親ができるお勧めの方法を教えてください。

 「大人に頼らず自分でどうにかしてみたい」という年代なので、基本的には自分の手で解決させ、親は見守るしかありません。思春期の子供たちと向き合うには、親の気力も重要です。子供との距離をとる一方で、健康、心、命に関わることは大人の目によるきちんとしたサポートが必要です。ご飯の量が減っている、日中眠そうにしている、気力が感じられないという変化があれば、「どうしたの?」と声をかけてあげてください。

 しかし、そうでなければ必要以上の口出しをしないように注意しましょう。形成したばかりの自分の価値観を大切にしたい年代なので、子供が大事にしている人や物事を尊重してあげることも必要ですね。「手は離して、目は離さない」という言葉があります。これまで大事に育ててきた子供を信頼し、小学生のときより距離を置くのが良いと思います。

 また、家庭の外にも相談相手がいると良いですね。生徒によって相談しやすい人のタイプは違うので、クラスの担任や科目にかかわらず自分が心を開きやすい先生を学校で見つけることも1つです。親だけではなく、いろいろな大人と関わり合いをもたせ、多様に価値観に触れることで子供の気持ちが軽くなることもあります。「ピア・サポート」という、専門家ではなく同じ立場にいる人からの支援を意味する言葉がありますが、親や大人ではなく、同じ年代の子同士で悩み相談をして解決できることもたくさんあります。

「手は離して、目は離さない」
思春期は「手は離して、目は離さない」子育てを

--親が子供に口を出し過ぎず、適度な距離をとることが望ましい年代でもあるのですね。貴重なお話をありがとうございました。

 「大人のほうが性教育についてのハードルが高い」という状況には、身に覚えのある保護者の方もいるのではないだろうか。子供に質問された際に焦ることなく一緒に考えたり、時間を置いて返答するという姿勢で良いとわかれば、気を楽にして子供と同じ目線で向き合える。親にとって子供は何歳になっても自分の手で直接的に守りたくなるものだが、思春期の子供たちは1人の人間として対等な会話が成立し、自分なりの価値観をもつまでに成長しつつある。「手は離して、目は離さない」を心に留めて適切な距離感を見つけていくことが、思春期の子供と親の双方にとって良い結果をもたらしてくれそうだ。

中学校ってどんなとこ? 楽しい中学生活のヒント大全

発行:世界文化社

<道幸玲奈先生 プロフィール>
 筑波大学附属中学校・養護教諭。東京都公立中学校での勤務を経て現職。本書では5章「中学生のこころとからだの成長」の監修を担当。従来の性教育の範疇を超えて、保健室での子供たちとの関わりを通して「どう生きるべきか」を自ら考え自立できるよう、自分も相手も大切にできる「いのちの教育」を目指している。

《土取真以子》

土取真以子

関西在住の編集・ライター。教育、子育て、ライフスタイル、お出かけのジャンルを中心に、インタビュー記事やイベントレポートなどの執筆を手がける。教育への関心が強く、自身の出産後に保育士資格を取得。趣味が旅行とハイキングで、目標は親子で四国お遍路&スペイン巡礼。

+ 続きを読む

【注目の記事】

この記事の写真

/

特集