開校から16年間生徒と共に…西村英明校長が語る全寮制「海陽学園」が育む人間力

 愛知県蒲郡市、三河湾を望む東京ドーム2.8個分の広大な敷地に全生徒が暮らす全寮制の学校法人海陽学園 海陽中等教育学校。海陽学園が目指す教育の在り方、全寮制の意義とはどういったものなのか。校長の西村英明先生に話を聞いた。

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学校法人海陽学園 海陽中等教育学校 西村英明校長先生
学校法人海陽学園 海陽中等教育学校 西村英明校長先生 全 10 枚 拡大写真
 愛知県蒲郡市、三河湾を望む東京ドーム2.8個分の広大な敷地に全生徒が暮らす全寮制の学校法人海陽学園 海陽中等教育学校。「次世代のリーダーを育成する」という創設理念の下、全寮制をはじめ、他校ではあまり見られない独自の教育で「社会に出て活躍できる人材」を育てている。

 海陽学園が目指す教育の在り方、全寮制の意義とはどういったものなのか。校長の西村英明先生に話を聞いた。

育成するのは
社会に出てから活躍できる力



--貴校は2006年にトヨタ自動車・JR東海・中部電力など、名だたる企業80社を超える協力を得て設立されました。初めに、学校の沿革と先生が海陽学園にどう関わってきたのか教えてください。

 開校の計画が始まったのは1990年代の終わり、バブルが崩壊し、日本が「失われた20年」という低迷期にいた頃。景気が悪く先行きが不透明な中で、これから日本はどうなっていくのだろうという危機感を誰もが感じていた時代に、「将来の日本を引っ張っていけるような人材を育てなければ、世界に取り残されてしまう」という意識を持った企業のトップ達が賛同し、誕生した学校です。

 私自身はもともと銀行員をしており教育の世界とは無縁のところにいました。「リーダーを育てる学校を作る」ということで声がかかったのをきっかけに教員免許を取得し、学園の設立準備委員会、ハウス(寮)の立ち上げに携わり、初代ハウスマスター(寮の監督)として16年間生徒たちの指導や教育を担当してきました。その後教頭、副校長を経て2021年に校長に就任しました。

--先生ご自身も、異業種からの挑戦だったのですね。「リーダーとなる人材の育成」という学園の創設理念に共感されたとおっしゃいますが、先生の教育観の原点とはどのようなものだったのでしょうか。

 私の教育観の原点となっているのは、京都大学のアメリカンフットボール部でキャプテンを務めた経験です。私立大学と違って練習設備が整っているわけでもない。スポーツ推薦もなく、大半の部員が大学からアメフトを始めた経験の浅い選手たち。それでも大学日本一を目指すチームですから、そうしたハンデがあるからといって負けるわけにはいかないのです。

 アメフトを通じて、勝つためには絶対逃げないこと、自分たちが変わるしかないという徹底的な当事者意識を叩き込まれました。リーダーというのはピラミッドの頂点ではなく、コマの中心となり軸の一番下でバランスを取る役割。大変でしたが、当時の経験が「真のリーダーとして必要な能力を備える人材」を育てたいという今日までの思いにつながっています。

「リーダーというのはピラミッドの頂点ではなく、コマの中心となり軸の一番下でバランスを取る役割」と語る西村校長

--2006年の開校から17年目を迎える貴校ですが、保護者と子供たちを取り巻く環境も変わってきたところもあるかと思います。開校時より変化を感じることはありますか。

 インターネットやSNSが普及したことの影響は大きいですね。企業のトップや海外の大統領がやっていることも身近にわかるようになり、世界が身近に感じられるようになったぶん、広い世界の中で日本を引っ張っていかなければならない、という危機感や関心は若干薄れてきたようにも感じています。

 海陽学園が目指すリーダー教育を今の時代の価値観として言い換えるなら「社会で活躍できる力を育成する」ことだと私は考えています。社会に出てから活躍していくためには、大勢の人とやっていくためのコミュニケーション能力、課題を設定して最後までやり遂げる問題解決能力、自分のことを自分でコントロールするといった自己管理能力がとても大切になってきます。

 本来これらの能力は、大家族や地域社会、大人とのつながりのなかで育てていくものでした。ですが、核家族化が進む現代にそれはほぼ不可能です。それに代わる環境を提供する、これまで日本にはなかった全寮制の中高一貫教育を行っているのが海陽学園です。

6年間の学校生活、そのすべてが学びの時間



--全寮制のもと、基礎学力と人間力をバランスよく鍛える「全人教育」を教育方針とされています。生徒たちは学園生活の中でどのような力を培っていくのか教えてください。

 海陽学園のハウス(寮)はひとりひとりが当事者であるという「ミニ社会」です。一般の家庭ではお子さんが「○○だからこうしたい」と言えば、間違った主張ではない限り、要望は叶いますよね。それが海陽では、60人がひとつのハウスで暮らしているわけですから、正しい主張を行っても採用されるのはたったひとつです。

 たとえばハウス旅行の行き先選びを例にとっても、楽しいから遊園地に行きたいという意見、みんなが興味のある観光地に行きたいという意見、将来の学びにつながる施設に行きたいという意見。すべて正しい意見です。でもその中で選ばれるのは、やはり自分だけではなく友達のこと、ハウス全体のこと、学校全体のことを考えた意見です。生徒たちはそこから何を学ぶかというと「正しい主張をするのは当たり前で、自分本位ではないもっと広くて高いところから、いろいろなことを考えなければダメ」ということ。ハウスでのルール決めや行事の内容などを友達と意見を交わし合う日常の中で、こうして切磋琢磨することがもっとも大切な経験だと私は思っています。

全寮制だからこそできる「ミニ社会」での人間力育成を実践(海陽学園提供資料より)

--確かに、社会に出ると、正しいことを言っても採用されない、思いどおりにいかないことはたくさんあります。その中でいかに自分の主張ややりたいことを実現するのか。ハウスでの生活そのものが、社会への延長線上にあるということですね。

 大学生になった卒業生から「大学の友達より海陽のときの友達のほうが裏表もないし、何でも相談できる。海陽で一生の友達ができたのが一番良かった」という声をよく聞きます。しかし社会人になった卒業生らは「海陽で一番良かったことは、自分と価値観の違う、折り合いの悪い仲間と一緒に何かやらないといけなかったこと」と言う。

 大学は仲の良い友達と集まっていれば良いのでしょうけれど、社会に出たら上司も仕事も選べません。しかし、自分とは合わない人と一緒にやっていくとなったときでも、海陽学園の生徒は、たとえ仲が悪くとも行事で勝つために手を握って一緒に戦った経験をしています。

 もちろん在学中はさまざまな不満も出ます。ときには衝突し、悔しい思いをすることもあるでしょう。でも、60人が共に生活する中で6年間やっていくということは、その社会のなかで知恵を身に付けていくということ。友達と考え方が違っても、相手を尊重しつつ一番の解決策を提案する、折り合いをつけることを学ぶのです。学力を身に付けるのみではなく、日々の生活から人と深い関係を築いていく、人間力を磨いていく場所でもあるのです。

 もちろん中学に入学してきたばかりのころは、生徒同士の意見の食い違いや揉め事もしょっちゅうありますし、私どももそれを前提として見守り、生徒たちと一緒に考え、認めて、とことん向き合っています。高校生になるころには、揉め事はほとんど無くなります。

ハウスに帰宅していく生徒たち

--思い通りにいかない経験を乗り越えながら、子どもたちは大きく成長していくのですね。中学校の3年間というのは、親にとっても一番手を焼く年代。その時期を寮に任せてしまうことは、大きな決断が必要になると思います。

 寮生活は、そういう思春期の大変さもひっくるめて面倒を見るということです。たいがいのことは先生たちが受け止めて、親御さんに出てきてもらうのはよほどのこと。先生もハウスマスターも、子供たちがどんなことをしても寄り添う覚悟も経験もあります。それに、手のかかった生徒ほど卒業してから謝ってきてくれますね。大人になって海陽で過ごした6年間を振り返ったときに、あのとき先生はこんな気持ちで叱り続けてくれたのだとわかってくれたら、と、海陽の大人たちは皆そう願いながら日々生徒と接しています。

いつかわかるかもしれないことの種をまく



--教室やハウスで、四六時中一緒に過ごす友達や大人との深い関わりこそが、これからの人生にとって大きな財産となるのでしょうね。他にも、全寮制にはどのようなメリットがあるのでしょうか。

 全寮制のメリットのひとつは「時間」です。高校生の通学時間の平均が1時間33分ですから、授業のある年間265日ぶんともなると、延べ17日間もの日数に換算されます。さらに高校生のスマホ利用時間は1日に4時間8分。海陽では校内でのスマホの使用を禁止していますので、こちらも年換算すると45日間。往復の通学時間と、なんとなくスマホを見る時間がなくなることで、年間62日間という時間が生み出されるわけです。これが6年間積み重なるとじつに372日。これだけの日数を、別の活動時間に充てることができるというのは大きいです。

スマホ使用は禁止。スマホを使えない環境に身を置くことで、
やりたい事に集中して取り組める時間を生み出している(海陽学園提供資料より)

食後の夜間学習の時間は、学習している友達同士、背中を見ながら自らの学習意欲を高められるという(海陽学園提供資料より)

 数学オリンピックや科学の甲子園などでも全国大会の常連校として高いレベルで競い合っています。これらで活躍する生徒たちもテニス部にロボット部、数学部だったり卓球部だったり、生徒たちは部活や学校の勉強もやりながら、課外活動にも積極的に取り組んでいます。時間もあるし、仲間もそこにいますからね。いくらでもやりたい活動に取り組める環境が強みになっていると思います。また、生徒たちにはパソコンやタブレット端末を1人1台貸与し、社会への関心やインターネットリテラシーを高める時間も確保しています。

--時間を有効活用できるんですね。

 通常、先生は生徒に「わかったか?」と問いかけ、「わかりません」と答えられたら困惑しますし、短い時間に理解してもらおうとすると思います。もちろん授業は理解できるまでやりますが、「今わからなくても良いけれど、いつかわかるかもしれないから聞いておいて」というたくさんの話を、海陽学園の先生は生徒たちに時間をかけて伝えることができるんです。卒業生が「あの時はよくわからなかった話が今になって生きています」と言ってくれることがよくあります。

 将来何が起こるのかわからないのですから、今わかることの世界だけで教えていても仕方が無いですし、むしろ中学高校時代なんてわからないことばかりだと思います。ものの見方や価値観は変わっていくもの。だから今の価値観だけで物事を判断しないで大きな視野をもってほしい、そんな「種」となることを時間をかけて伝えていきたいと思っています。

企業と連携した創造的体験と
海陽学園独自の「フロアマスター」の存在



--多くの企業が関わっているメリットはどのような点でしょうか。

 学校やハウスで過ごす日常を将来の自分の基礎・基盤となる実体験とするならば、その実体験を膨らますための創造的な体験が必要だとも考えています。将来の夢につながる特別な体験の提供として、さまざまな分野の第一線で活躍する専門家による特別講義を実施しています。トヨタ自動車の豊田章男社長によるトークセッションをしたり、ノーベル賞受賞者の方にいらしていただいたり、大学の教授にリーダー論について語っていただいたり、各界のリーダーと直接触れ合う機会が多く提供できるのは企業が設立した学校だからこそでしょう。

 また、企業訪問や工場見学にも力を入れていて、高校生になるとインターンのような形で企業を訪れることもあります。就職活動さながらのエントリーシートを書いて、企業分析もする。会社によっては企画を考えて役員の前でプレゼンを行なったり、実際にアポイントを取ったり、リアルな職場体験を通じて将来の進路を具体的にイメージする機会を提供しています。

--ハウスの「フロアマスター」について教えてください。

 世界でも海陽学園独自の取り組みなのですが、日本を代表する各分野の企業から派遣された若手社員が「フロアマスター」として生徒たちと一緒にハウスで生活を共にしています。彼らは社会の先輩として、ときには兄のように生徒たちに寄り添ってくれる存在。教員ではありませんが、自分の知識や経験を生かして生徒のためにいろいろなことをやってくれます。

日本を代表する各分野の企業から派遣された若手社員が「フロアマスター」として
生徒たちと一緒にハウスで生活する(海陽学園提供資料より)
 
 JRの方がリニアについて話してくれたり、トヨタの改善活動の考え方を教えてくれたり、伊藤園の方がお茶の入れ方を教えてくれたり。東大卒の方が東大について話してくれる、趣味の紙飛行機の折り方を教えてくれる等さまざまです。フロアマスターとして来ている彼らも入社2~5年目の若手社員が中心。「(中高生のとき)本当はこういうこと知っていたら良かったな」という視点や考え方を生徒たちに教えてあげてくださいと伝えています。

本当の意味での親離れ・子離れを



--全寮制の学校への入学を検討している保護者に必要な心構えはどのようなことでしょうか。

 いつかは本当の意味で親離れ子離れをしないといけません。寮に入るからには、やはり子離れする気持ちで「見守る」姿勢でいてほしいです。

 1学期の終わりに保護者面談がありますが、「○○くんは朝も起きられないし、忘れ物ばかり。宿題もやってこなくて…」そういうとお母さんはびっくりされるんですよね。小学校のときにそんなことで怒られたことはありません、と。でも、やはり遅刻しないようにしていたのは親ですし、忘れ物をしないようにしてたのも、宿題をちゃんとやらせていたのも親なんです。一見できているように見えたわが子の実力に気づくことが、親離れ子離れの第一歩です。いつかできるようになるだろうと思い続けながら、親が子供の側にいる限り、親はずっと先回りし続けてしまうのです。

 でも、子供はやらせればできるようになる。入学したばかりのころは、朝起きることも片付けも洗濯もできなかった生徒が、夏休みまでにはひと通りのことは自分でできるように成長していきます。安心してください。

--子供の自立こそが子育てのゴールだと思いつつも、ついつい先回りしてしまう。そんなお母さんは多いと思います。

 海陽学園のハウスにいる限り、必要以上に子供に干渉することができませんし、生徒も保護者も、親子関係は良くなると口を揃えて言います。祝日にも授業を行うぶん生徒たちは夏休みや年末年始をはじめ年5回の長期休みに帰宅するのですが、ご子息が家にいることが当たり前ではなく特別になるので、その時間を大切にしようと思えます。それでも夏休みも後半になると「いつまでダラダラしてるの、もう寮に帰って!」となる親御さんもいらっしゃるみたいですけれどね(笑)。

全国各地から生徒が集まるのも全寮制ならでは(海陽学園提供資料より)

 また、各地から生徒が集まるのも全寮制ならでは。アメリカやアジアなど海外からの帰国生も含めて、北海道から沖縄まで多様な出身地の生徒が集まっています。夏休みには友達の家に宿泊しながら旅をする生徒も多く、それだけで日本中を巡ることができてしまいます。保護者の方々にとっても、いつもご子息と一緒に生活をしている友達が家に遊びに来るのは嬉しいことではないでしょうか。

卒業後も続く絆と人脈ネットワーク



--海陽学園を巣立った生徒さんはどのような分野で活躍しているのでしょうか。

 第一期生として巣立った生徒は現在28歳。ますます活躍が期待される年次です。数々の企業がバックアップしてくれていて、そこに海陽学園の卒業生が入り込んでいくので、10年後、20年後のネットワークや人脈はかなり大きなものになっていくと思います。

 フロアマスターの出身企業に就職する生徒も多いですし、海陽学園を卒業して企業に入った教え子が、フロアマスターとして学園に戻ってきてくれることもあります。海陽の卒業生同士、同じ釜の飯を食ってどんな苦労をしているかわかっているので、普通の学校の同窓生とは違う感覚で後輩たちと接してくれるんじゃないかと思います。医師や弁護士、官僚になったり、自ら起業する卒業生もたくさん出てきていますので、さまざまな分野で卒業生がこれからもっと成長して、活躍して、評価されていくことを楽しみにしています。

「フロアマスターとして卒業生が戻って来るととても嬉しい」と語る西村校長

--最後に、中学受験を考えているご家庭にメッセージをお願いいたします。

 中学受験という高い目標に対してチャレンジするということ自体がすばらしいことだと思います。この学校に合格したいという目標があると思いますが、その過程の中で一生懸命努力した経験、志こそが、これからの人生に生きてくると思います。頑張ったこと、我慢したこと、工夫したこと。すべてが点数ではないところで、必ず子供の力になっています。子供の成長を信じて寄り添ってあげてほしいと思います。

--ありがとうございました。

 保護者の共通の願いはわが子が「社会に出て活躍すること」というのは今も昔も変わらない。それなのについつい親は先回りをしたり、親世代が信じる近道を示してしまいそうになる。巣立っていく子供の背中を信じて押してあげることができたら。その思いはきっと将来の子供に届くに違いない、そう感じさせてくれる西村先生のお話だった。

海陽学園 海陽中等教育学校

食堂から見える広い海。校舎のいたるところから海を眺めることができる

《吉野清美》

吉野清美

出版社、編集プロダクション勤務を経て、子育てとの両立を目指しフリーに。リセマムほかペット雑誌、不動産会報誌など幅広いジャンルで執筆中。受験や育児を通じて得る経験を記事に還元している。

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