今あらためて気付く、面倒見No1の金沢工大が「国際高専」をつくった理由

 国際高等専門学校が来春開学5年目を迎える。はじめての卒業生を輩出するともあって、当然学生たちの進路にも注目が集まる。「面倒見の良い大学」として定評のある金沢工業大学が、なぜ国際高等専門学校をつくったのか。その理由をあらためて問う。

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Makers Studioに集まる国際高等専門学校1年次のロボコンメンバー
Makers Studioに集まる国際高等専門学校1年次のロボコンメンバー 全 25 枚 拡大写真

 2022年10月現在、日本国内にある高等専門学校(以下、高専)は国立51校に加え、公立3校、私立3校の全57校。いずれも一貫した5年間のカリキュラムをベースに、実験・実習を重視した専門教育を行う高等教育機関だ。在学中から現場に根差したスキル習得を目指すことから、就職活動時においても、かねてから高専卒業生には産業界から熱い視線が注がれる。

 そんな高専界に革新者が現れたのは、2018年4月。校名を金沢工業高等専門学校から変更して新たに開校し、来年2023年4月には5周年を迎える国際高等専門学校(以下、国際高専)である。60年前から脈々と続く、ガラパゴス化した高専文化に新風を巻き起こした国際高専は、開学以来「グローバルイノベーター」の育成を教育目標に掲げている。

 大学通信が全国の進学校に対して行ったアンケート調査 * において、18年連続「面倒見の良い大学」第1位を獲得し続ける金沢工業大学 が、なぜ国際高等専門学校をつくったのか。その理由をあらためて問うために、10月半ば、白山麓キャンパスを訪れた。
※ 2022年10月19日発表「面倒見が良い大学ランキング2022(全国編)

「高専」らしからぬカリキュラム

 一般的な高専では多くの場合、入学時から、機械工学科、電気工学科などの各学科に所属し、1年次から専門知識の習得に振り切った学びを展開する。この専門性の深まりこそが、即戦力としての採用を後押しし、高専の就職率の高さに通じていると言えよう。

 一方で、昨今の世界ではこのような専門性をもつスペシャリストと合わせて、ジェネラリストの存在価値の高まりが顕著だ。広範囲にさまざまな知識と技術をもちあわせ、全体感を把握しながら物事を進行できる、視野の広い人物がジェネラリストの1つの定義と言える。国際高専が巻き起こした新風は、スペシャリスト・ジェネラリスト論にも関連付く卒業後の選択肢の広さだ。

 国際高専では、入学後、全員が国際理工学科に所属する。国際理工学科では、カリキュラムの軸に「エンジニアリングデザイン」を据え、広い視野で多角的に分析・調査し、チームでアイデアを出し合いながらプロトタイプを制作し、試行錯誤を繰り返しながらブラッシュアップしていくプロセスを学ぶ。専門知識の前提となる、ものづくりの基本姿勢だ。

 「1年生のエンジニアリングデザインの授業では、まず徹底してクライアントからヒヤリングを行います。今期は、学生寮の隣にある温泉施設のマネージャーさん、そして学生の学びのサポートをしてくれているラーニングメンターの『普段の生活における困りごとを改善する』というのがテーマです。クライアントに対して『悩んでいることはありませんか』『困っていることは何ですか』という直球の質問をしても、望んだ回答を得られることはほぼありません。クライアントの生活を観察し、その人に寄り添わなければ、真の困りごとの原因は見えてこないんです。本人ですら気付いていない課題を発見し、それを解決するようなソリューションを提供することの面白みを学んでほしいと思っています」(国際理工学科長・松下臣仁氏)

国際高専「国際理工学科」での学びとは

 従来の高専文化からすると、こうした単一学科での学びは邪道に思えるかもしれない。しかしエンジニアリングデザインで学ぶフレームワークは、まさにジェネラリスト的な視点は必要不可欠だ。今までの高専での学びから抜け落ちていた大切なことをすくい上げているように思える。

従来の専門教育の上位互換

 国際高専では、数学、理科、情報、そしてエンジニアリングデザインなど大部分の科目を英語で学ぶ。入学直後やフォローが必要な場面を除いて、授業では基本教室に英語が飛び交う。入学から半年経っているとは言え、板書を前に呆然としている学生は誰1人としていない。

 学内を歩いても、至るところに先生との会話でのメモや、数学のグラフとその解釈など、アルファベットと漢字・ひらがなが混ざり合ったホワイトボードが目に付く。学生たちの学びへの貪欲さが感じられる風景だ。

 「1教科1教室で授業を行なっています。次の授業まで板書を消さずにそのままにしておけるためです。板書を都度クリアにして、ゼロに戻してしまうのではなく、学びの意欲を継続させ、試行錯誤しながらブラッシュアップできる環境を用意しています」(白山麓高専事務室長・本田尋識氏)

金工大から受け継ぐ「面倒見」の後ろ盾

 国際高専の特徴の1つと言えるのが、1・2年次での寮生活。学生にとって学校が、言わばホームになり、家庭生活と学校生活が良くも悪くも混ざり合う。

 その中で重要な時間となるのが、夜の「ラーニングセッション」だ。1日の学びの締めくくりでもあり、明日への助走の時間でもある。夜19時を過ぎると、夕食や入浴を終えた学生たちがリビングコモンズにぞろぞろと集まってくる。1日の授業で疲れきって目をこすりながらやってきた学生も、仲間との会話で覚醒し、課題に取りかかり、関心あるプロジェクトの話題になると目を輝かせる。

 ラーニングセッションが行われる2時間、リビングコモンズには、学生の生活のサポートを行うラーニングメンターも集まる。いずれもSTEM教育に関する知識があり、学生と年齢の近い英語ネイティブのスタッフだ。学習の進捗状況や生活での悩みを確認し、学生にとって「斜めの関係」を築いている。こうした信頼できるサポート体制が、学びにおける思いきりの良さには不可欠な存在だろう。

5年間の学びの先に開かれる世界

 来年3月の卒業を予定している国際高専1期生は、9名。4名が就職を希望し内定を得ており、5名が進学する。進学希望の内訳は、金沢工業大学への編入が4名、オーストラリアの大学への進学が1名。「前身となる金沢高専時代は、就職:進学=7:3の割合でした。2期生以降も、進路希望調査から推察するに進学希望者の割合が増えるのではないかと予想しています」と語るのは、産学連携局の新川実氏。

 この割合の変化が意味するのは、単に進学を希望する学生が増えたという数字だけに止まらない。国際高専での5年間での学びが、その先の「もっと学びたい」という意欲につながっているがゆえの結果ではないだろうか。

 国際高専では、1・2年次の白山麓キャンパスでの全寮制生活、3年次のニュージーランド国立オタゴポリテクニクへの留学生活、4・5年次の金沢キャンパスでの大学と融合した生活の5年間を過ごす。その後の金沢工大3年次への編入と同大学院への進学を視野に入れると、9年間の学びが保証されている。

 この安心材料もあってか、強い意志をもって、心置きなく自らの目標に挑戦する気質の学生が多いという。国際高専入学者の中にも、都内の中高一貫校から進学した学生もいる。国際高専は、ぬくぬくとレールに沿って、進学していく「エスカレータ式」の学校ではないことは確かだ。それもそのはず、グローバルイノベーターを目指す学生たる者、挑戦と野心をもって学びに貪欲であるに違いない。

国際高専での5年間の学び、そしてその先へ

「僕にとっての天国」を「勧めたくない」という思い

 授業後の自由時間、貴重な時間を惜しむように、校舎内のMaker Studioで過ごしていた学生たちに声をかけた。聞けば、ロボットコンテスト出場にあたっての最終調整中とのこと。「ここは機密情報なので、撮らないでください」と必死に隠す姿が、本気度を物語る。そんな彼らに、国際高専に入学した感想を求めると、被せるように「僕にとって天国です」と即答された。満面の笑顔で、手元のネジを器用に調整しながら。

 一方、ラーニングセッションの途中、明日提出の課題に取り組む別の学生に同じ質問を投げかけたところ「後輩には勧めたくないですね」と伏し目がちに答えが返ってきた。いかにも思春期らしく物憂げに、真剣な眼差しをPC画面の課題に向けながら。そしてその直後に、隣の友人に向けられた照れくさそうな笑みも。

 残念ながら2人の言葉の真意まで踏み込むことはできなかったが、今思うと、この両極端な言葉には同じ思いが通底するように思う。「自分だけの天国」を他の人に教えたくない気持ち、そして自分という唯一無二の存在を受け入れてくれる特別な存在であるこの学校を大切に思う気持ちが、2人の言葉から滲み出ているように感じられた。

 日本特有の高専文化を、一歩抜きん出た存在である国際高専。ここから巣立つのは、日本における高専に今まで期待されてきた労働市場における即戦力としての人材に止まらない。生涯続く学びへの貪欲さと俯瞰の視点をあわせもつ「グローバルイノベーター」が、来春まさに世界に飛び立とうとしている。

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《橘その》

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