マイクロソフトに聞く「生成AI最前線」教育現場はどう変わる?

 日本の教育界や保護者の間でも生成AIの可能性と課題が注目されている。マイクロソフトの阪口福太郎氏に、生成AIの最前線や教育におけるAI活用の利点と課題、今後の展望などを聞いた。

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マイクロソフト コーポレーション Worldwide Public Sector Education Industry Advisor DX/AX戦略室長の阪口福太郎氏
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 リセマム編集長・加藤紀子による連載「編集長が今、会いたい人」。第2回のゲストは、マイクロソフトの阪口福太郎氏。

 日本の教育界や保護者の間でも生成AIの可能性と課題が注目されている。マイクロソフト コーポレーション Worldwide Public Sector Education Industry Advisor DX/AX戦略室長の阪口福太郎氏に、現在の生成AIの進化や教育におけるAI活用の利点と課題、今後の展望などを聞いた。

急速な進歩が続く生成AI、安全性をどう見極めるか

加藤:2023年は生成AIの1年と言っても良いほど、AIに関しては激動の年でしたね。

阪口氏:マイクロソフトは2019年からChatGPTを開発したOpenAIに投資を行っていますが、その進化のスピードには驚くばかりです。日本のユーザーは米国に次ぐ多さで、昨年11月にはWordやExcelなどを含むMicrosoft 365に生成AIが導入され、ビジネスでの活用も増えてきています。

加藤:親にとっても突如として現れた生成AIはまったく未知の世界。子供にどう付き合わせれば良いか悩ましいところです。まず、何歳ごろから触れさせれば良いのでしょうか。

阪口氏:OECDでは「13歳以下は物事の判別が難しい」とされており、マイクロソフトでも、13歳以下のお子さまには保護者の承諾という形で制限を設けています。ただ、オーソライズされて安全に作られた生成AIならば、小学生や幼稚園児でも使えると思います。

加藤:まず親は、生成AIにオーソライズされたものとそうでないものが混在していることを理解しないといけないのですね。これはどうやって見分ければ良いのでしょうか。

阪口氏:マイクロソフトの生成AIを副操縦士とするサービス「Copilot(コパイロット、旧Bing Chat)」では安全性に配慮しています。子供の利用には保護者の同意が必要なものの、不適切な内容を「Copilot」に尋ねても安全な内容のみ返され、さらに必要な機関に連絡を促す仕組みになっています。また、ユーザーが望まれる場合は、データの安全性を担保した、保護済となるモードも準備しています。

加藤:生成AIは嘘をつくとも聞きます。これはどうしてなのですか。

阪口氏:プログラミングでは厳密な指示をしないとそのとおりには動かないのですが、生成AIでは指示が厳密でなくても動いてしまうので、もっともらしい情報を、びっくりするような綺麗な文章で提示してくることがあります。この正しくない情報を正しいと感じてしまう現象を、ハルシネーション(幻覚)とよんでいます。ただ、この嘘も正しいデータをもって調整や、IT技術を連携させることで限りなく軽減させることも可能となっています。使う側が理解して、そのまま使うのではなく、賢く使う必要があるわけです。

 さらに危険なのは、無償で生成AIによるサービスを使えると謳いながら、システムの裏側ではユーザーのデータを収集したり、ユーザーを誘導する広告を表示したりするためのプロンプト(AIに対する指示)を意図的に書いているケースです。 生成AIはまだ無償のものを使って満足されるケースが多いと思うのですが、それで何を失うかを見破るのは難しいのが現状です。ですから、マイクロソフトがもっとも注意しているのは個人のプライバシーです。お客様のデータはお客様のものとして、お客様が生成AIに入力するさまざまな情報をどう扱うか。IT企業として透明性を重視し、お客様の気付かない間にデータを取ることがないように、とにかく安全に使ってもらいたいと考えています。

生成AIを副操縦士とするサービス「Copilot」では、安全性に配慮した仕組みが構築されていると語る阪口福太郎氏

生成AIはここまで進化している

加藤:AIが進化する時代、プロンプトを書く力が大切だと聞きます。人間が徹底的に論理的にならない限りコンピュータを動かすことはできないわけで、そのためには論理的に指示が書ける力が必要だと。

阪口氏:1年前でしたら、論理的に順序立てて答えを導き出せる記述力が必要だと言えたのですが…。

加藤:え! もはやそうではなくなっているのですか?

阪口氏:はい。実はすでに、ユーザーはプロンプトをつくる必要がなくなってきているのです。OpenAIが、個人のニーズに合わせてカスタマイズ可能な「GPTs(ジービーティーズ)」というChatGPTの新しい形を開発しています。これによってユーザーは、自然言語でChatGPTのカスタムバージョンを簡単に作成できます。

加藤:たとえば、子供にはすぐに答えを教えず、質問したり相槌を打ったりしながら、問答式の学習に付き合ってくれるような家庭教師が誰でも簡単に現れるわけですね。

阪口氏:はい、そうです。AIが自分はどんなふうに振る舞えば良いのか、対象は小学生か中高生か、守るべきルールは何かなどと聞いてきますので、すぐに答えを教えないでとか、ソクラテス式に問答する家庭教師として振る舞ってほしいとか、問いに答えていくうちにプロンプトができあがるのです。

加藤:すごいスピードで進化しているのですね。一般的な家庭では生成AIのすべてを理解するのは難しく、自分たちも経験したことがないので漠然とした不安が拭いきれません。

阪口氏:生成AIは嘘をつくなどと耳にすると、なんだかよくわからなくて怖く感じられるかもしれません。ただ、先ほども触れたように、生成AI特有のハルシネーション(幻覚)という現象があるものの、テクノロジーの掛け合わせで限りなく軽減できること、無償のサービスの裏側に意図された誘導が組み込まれるケースがあることなど、リスクを正しく知ったうえで、オーソライズされた安全なサービスを選んで使えば、確実に私たちの生活を便利に、豊かにしてくれることは間違いないでしょう。

生成AIの驚異的な進化スピードに驚く加藤紀子編集長

AIと共存するために今、何を学ぶべきか

加藤:プロンプトを書く力を学ばないといけないと言われていたのに、たった1年足らずでプロンプトが書けなくても自分流にカスタマイズできる世界に来てしまった。ということは、1年後に何が起きているのか、誰にも予測がつきません。そうなると、教育では五感を研ぎ澄ます自然体験など、むしろ人間にしかできないことにフォーカスするという逆の発想が大事になってくるのかも知れませんね。

阪口氏:テクノロジーが進化すればするほど、人間の感情的知性がより大事になってきますね。マイクロソフトの生成AIサービスが「Copilot」と名付けられたように、AIは副操縦士や秘書のような役割になっていきます。誰もが使うようになれば、今後は自分もAIも一緒に成長していくという両輪で勝負する時代になることでしょう。

加藤:そのような時代を生き抜くうえで、学んでおくべき学問としては何が大事だと思いますか。

阪口氏:プロンプトがつくれなくても、生成AIによる便利な世界を享受することはできますが、プロンプトをつくれる側に回れば、まだまだそういった人材はどの業界でも不足していて、高額な報酬を得ることも可能でしょう。ですから、コンピュータサイエンスを学べば、世界中で大きなニーズがあることは確かです。しかし、それ以上に必要なのは、そういったスキルを使って新たな価値を創り出せる人材です。

 コンピュータのことを学ぶだけではなく、倫理や哲学も同時に学ぶ。何をコンピュータに任せて、何を人間が担うのか。人間がやるべきことが目まぐるしいスピードで変化し、複雑化している今だからこそ、文系・理系を超えた知見が求められていると思います。

加藤:AIは、人間の知能の一部を代替できる画期的な技術だからこそ、倫理や哲学に立ち戻り、人間としてのあり方そのものを見つめ直さなければいけないということですね。今日は生成AIの進化のスピードに驚かされました。今後さらに、どう進化していくのか、またあらためてお話の機会を頂けたらと思います。ありがとうございました。

 生成AIの進化のスピードは凄まじいことを痛感した。それとは気付かないまま、あっという間に私たちの日常生活に入り込んでいくだろう。2045年に人間の脳と同レベルのAIが誕生するシンギュラリティ(技術的特異点)が来るという予想も現実味を帯びてきた。だからこそまずは今、教育現場や家庭では、人間にしかできないことに目を向け、その意義を見直すべきときだと言えるのではないだろうか。

《佐久間武》

佐久間武

早稲田大学教育学部卒。金融・公共マーケティングやEdTech、電子書籍のプロデュースなどを経て、2016年より「ReseMom」で教育ライターとして取材、執筆。中学から大学までの学習相談をはじめ社会人向け教育研修等の教育関連企画のコンサルやコーディネーターとしても活動中。

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