開成の数学教師でYouTuber・古賀真輝先生に聞く、数学で身に付く論理的に考える「思考のクセ」

 私立開成中学高等学校の現役教師として数学を教える傍ら、YouTubeチャンネルで数学解説動画を配信している古賀真輝先生。ご自身の子供時代や受験秘話から、YouTubeを始めたきっかけ、著書の『数学の世界地図』(KADOKAWA)の見どころと、数学を学ぶ楽しさや醍醐味について話を聞いた。

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私立開成中学校・高等学校教諭 古賀真輝先生
私立開成中学校・高等学校教諭 古賀真輝先生 全 5 枚 拡大写真

 数学を学ぶ中高生、大学生に向けて「今勉強している数学が、これからどのように広がっていくのか」「代数学や幾何学といった大きな分野がどう繋がっていくのか」を、わかりやすく解説した1冊が『数学の世界地図』だ。著者は、私立開成中学高等学校の現役教師として数学を教える傍ら、YouTubeチャンネルで数学解説動画を配信している古賀真輝先生。本書の見どころと、数学を学ぶ楽しさや醍醐味などについて話を聞いた。

【古賀真輝先生プロフィール】1996年東京生まれ。私立開成高等学校、京都大学理学部、同大学院理学研究科数学・数理解析専攻修士課程を経て、2022年度より甲陽学院中学校・高等学校教諭、2024年4月より私立開成中学校・高等学校教諭。専門は整数論。YouTubeチャンネル「Masaki Koga [数学解説]」で数学に関する授業動画を公開していて、チャンネル登録者数は2024年7月現在7.2万人を超える。モットーは「『分かりやすさ』より『厳密さ』第一」。


ぶっちぎりで算数ができた子供時代

--古賀先生が数学を好きになったきっかけは何ですか。

 特にこれといったきっかけはなく、物心ついたころには算数や数字が好きでした。いちばん古い記憶は…幼稚園の年中のとき、お迎えが遅くて暇だったからと九九の表を書いて先生に見せて喜んでいたのを覚えています。小さいころから公文をやっていたこともあり、計算や問題を解くことも好きでした。小4の入塾のタイミングで公文は辞めてしまったのですが、その時点で高校1年生くらいまで進んでいたのではないかなと思います。算数は大得意でしたが、国語や理科社会については平均くらい。小学校の友達と公園で遊んだり、ゲームもしたりと普通の小学生でした。

--現在、教壇に立っていらっしゃる私立開成中学高等学校はご自身の母校でもあります。数ある進学校のなかからなぜ開成中学を志望したのでしょうか。

 開成を選んだのは、行事の面白さに惹かれたからです。開成の運動会って、騎馬戦や棒倒しといった団体種目が多く、とても激しいんです。お客さんも多くて、当時小学生だった僕は、親に肩車をしてもらってやっと観戦できるくらいでした。行事はすべて生徒の自主運営で行われるのですが、僕も在学中には運動会準備委員会の委員長を務めました。運動は苦手でしたが、裏方として運営に携わり準備から当日までやり遂げた経験は今でも良い思い出です。文化祭もクイズバトルやお化け屋敷など、いろいろな展示があってすごく楽しかったですね。

幼少期から算数が大得意だった古賀先生。自分で解くことはもちろん、友達に教えることも好きだったという

--開成高校といえば東京大学合格者数1位として知られています。周りが東大を目指して勉強しているなか、東大ではなく京都大学を受験しようと思ったのはなぜでしょうか。

 僕も最初は東大を受けるつもりでしたが、高3の夏に志望校を京大に変えました。というのも、東大は入学してすぐに学部を決めずに、まずは前期教養学部に所属して「進学振り分け制度(進振り)」で進路を決めるのですが、僕は数学は好きでも化学や物理などの理科はあまり好きではなかったんです。

 理論立てて答えを導き出していく数学と違い、理科は自然現象を理解するためという名目で曖昧な部分があるのが少し気に食わなくて(苦笑)。東大に行くと、最初の2年は、理Iや理IIなどの区分がある教養学部の中で物理や化学も勉強しないといけませんが、京大理学部は理系科目というくくりの中で、数学に関連した科目の単位だけを取ればOK。それが東大から京大へと進学先を変えた大きな理由ですね。

YouTubeチャンネル[数学解説]からの書籍化

--高校3年生の秋にYouTubeチャンネル「Masaki Koga [数学解説]」の配信をスタートされました。初の動画を公開したのが2014年の11月、センター試験(現:大学入学共通テスト)の直前期というタイミングです。

 東大から京大に志望校を変えたことで、受験勉強にちょっと余裕ができまして。もちろん国語や理科の勉強はしていましたが、数学に関しては京大の入試問題が性にあっていたのか、すでに満点近く取れるくらいの手応えを感じていたのです。

 数学について人に話したいなと思っていたところ、教育系YouTube動画が流行り始めていたこともあり、数学の解説動画を出したらいけるんじゃないかなと思い立ったのがきっかけです。ノートに手書きで解きながらの配信からスタートして、数学の定理や大学の入試問題を解説する動画をコンスタントに上げていました。そんな中、2018年に「[高校数学]極限の誤解を解く」という動画を公開したところ登録者数1万人を突破。そこからチャンネル登録者数や再生回数もぐっと伸びていきました。

--2024年7月現在、チャンネル登録者数は7.2万人を超え、動画の総再生回数は1,000万回を突破しています。「数学の世界地図」の出版に至ったきっかけもYouTubeだったと伺っています。

 2019年の年末、暇ができてふと思いついて撮影したのが「数学にはどんな研究分野がある? 数学の世界地図を1枚に描いて紹介してみた!」という動画です。本書の表紙にもなっているとおり、数学の各分野の広がりやつながりについてマッピングしながら話すという20分ほどの解説動画ですが、これが思いのほかバズって、コメントもたくさんついたんです。この動画をきっかけに、KADOKAWAさんから書籍化の声がかかりました。

数学の各分野の広がりやつながりについて、マッピングしながら話すという動画で実際に描いた「数学の世界地図」が、そのまま著書の表紙と見返しイラストに

--「数学の世界地図」のいちばんの見どころについて教えてください。

 今、数学を勉強している人、これから数学を勉強したいなと思っている人にとって、「数学とはどういうものか」「どんなことを勉強する学問なのか」ということがひと目でわかるガイドマップのようなものを示したかったのです。本書の帯にも「数学世界を俯瞰で見る!!」とありますが、数学という学問の概念からはじまって、用語や基本的な分類、代数学、幾何学、解析学といった3大分野の概要、さらにその中には線形代数があって群論があって環論があって、といった理論が、どう関連して広がっていくのかということをまんべんなく紹介したつもりです。

 それぞれの分野で、それぞれの研究者が書いた難しい専門書は世の中にたくさんあると思いますが、全分野の概要やつながりを網羅している本は少ないでしょう。自分の専門以外の分野についても、僕自身も勉強しながら丁寧に解説しています。コロナ禍や、僕自身が社会人になった時期も挟みながらの執筆で2年近くかかりましたが、これだけ多岐にわたる数学の分野をひとりで書いたというのは自慢しても良いのかなと思っています。

 おかげさまで読んでいただいた方から、「俯瞰的に数学の世界を見ることができて感動した」「数学のことをもっと知りたいと思った」といった声をいただいています。発売は1年ほど前ですが、今も書店では理工系書籍のコーナーの目立つところに平積みしていただいたり、動画の再生回数もさらに伸びていたり、うれしいですね。

--おすすめの読み方はありますか。

 数学が好きな中高生や理系大学生の入門書としてはもちろん、大人の学び直しにも読んでいただきたいと思います。頭から順に読む必要はありませんので、好きな分野やとりあえず興味をもったところから読んでほしいです。たとえ数学に苦手意識があったとしても、たとえば「確率って面白いな」とひとつでも思えたら良いな、と。辞書のように読んで、そこから興味を広げていける内容になっています。

 一応、高校数学がわかっていることを前提に書いてはいますが、本書の後半で扱ったような、一筆書きができるかできないかを理論的に説明する問題や、隣りあう都道府県は異なる色になるように地図に塗るときに最低何色が必要かという「四色問題」などがある「グラフ理論」といった、子供たちが思わず考えたくなるような項目も紹介しているので、まずは気軽に本を手に取っていただけたらと思います。

数学は「じっくり考える」から面白い

--中高生に数学を教えるうえで先生が大切にしていることや、意識していることはありますか。

 中学、高校生に関わらず、数学を勉強するうえで大切なのは"考える時間をとること"ですね。どうしても目先の問題や与えられた問題をとにかく解いて答え合わせすることに終始しがちですが、やはり1つの問題をじっくり考える時間は大事です。僕自身も中学生のころ、1週間かけて1つの問題を考え抜いたことがあります。夏休みの宿題で出た「モーリーの定理」を証明しなさいという問題でしたが、考えても考えてもなかなか答えが出なくて。そのぶん、わかった瞬間の喜びは大きかったですね。今見返すとなかなかまわりくどい方法で証明しているのですが、当時証明できたときの感動は今でも覚えています。

「数学を勉強するうえで大切なのは"考える時間をとること"」

 数学というのは論理がきちんと通っている学問なので、順序立ててひとつひとつ丁寧に考えていけば難しい問題も必ずわかりますし、わかるとその面白さに気付けると思います。せっかく数学を勉強するのであれば、目の前にすぐ答えがあるものよりも、考えるのに苦労するような問題もぜひやってみてほしいですね。"じっくり考えるからわかる、わかるから楽しい"という数学の醍醐味を、ひとりでも多くの生徒に知ってほしいと思っています。

--中学受験を経験し、受験算数のような特殊な算数を習っている小学生も多くいます。算数から抽象的な概念を扱う数学へ。どのような意識で移行していったら良いでしょうか。

 身近な数を正しく計算して正しい答えを出すのが算数であって、なぜそうなるかという答えを出すためのプロセスを学ぶのが数学です。このタイプの問題はつるかめ算で解く、この文章なら植木算、というように算数を使ってあれこれ考えていたことも、数学で習う方程式を使えばあっという間に解けてしまいます。

 数式を使って抽象化させることで、わからなかったことが一瞬で解決してしまうような"すごい道具"が数学です。数学の考え方を手に入れたら、こういう使い方ができるんだ、こんな解き方もできるんだということを楽しんでいるうちに、数学が好きになっていくのではないかと思います。

数学を通して、理論的なものの見方が身に付く

--国際的な学習到達度調査「PISA2022」の結果では、日本は科学・数学的リテラシーの2分野で、OECD加盟37か国中1位となったものの、実生活における課題について数学を使って解決する自信が低いことがわかりました。数学的リテラシーがあると、日常生活でどんなことに役立ちそうでしょうか。

 僕は、日常の中で何か数学を意識して生活しているかいうとそうではないのですが、やはり今の世の中あらゆる情報が溢れ、オープンデータやビッグデータといったさまざまな数字が、これまで以上に扱われるようになっています。広告などでよく見かけるような推移や増減などを表すグラフの中には、見せ方を作為して、実際の数値以上の効果や影響を錯覚させようとするものもたくさんあります。ある程度数学に触れて数の見方がわかっていれば、数字をごまかしていないか、数の情報が的確に反映されたものになっているかなど、見た目のわかりやすい数字に飛びつかずに、考えてから、情報を受け取れるようになるでしょう。

 もうひとつ、数学をやっていると論理的に物事を考えられるようになるというのはありますね。とにかく数学というのは"人が考える"ことだけで長い間積み重ねられてきた学問です。仕組みを理解して論理的に考えるという"思考のクセ"が身に付くことで、重要な場面で飛躍して考えたりせずに、より良い結論が出せるようになるのかなと思います。

--社会の変化に伴い、文理融合の教育方針を掲げる大学が増加しています。数学に苦手意識をもっている文系の学生も多いと思いますが、数学がわかると、どんな世界が見えますか。

 周りをちょっと見渡しただけでも、数学が隠れているものはたくさんあるんです。この本でも書いていますが、ロマネスコという野菜には、「フラクタル」という、一部を拡大し続けても同じ図形が繰り返される数学の法則が隠れています。植物がもっとも効率よく光合成を行うために葉を伸ばすようすは、「フィボナッチ数列」という規則性で説明できます。自然の中にも、こうした図形や数列といった数学的な現象が隠れているからこそ、生物や化学といった、ほかの学問にも数学が使われているわけですよね。

 ほかにも、感染症が伝播していく確率についても「パーコレーション」という理論でモデリングすることで、その分析や対策に生かすことができます。数学は日常で起こっていることを記号や図形を使って抽象化して解析したりするという側面もあります。学問として数学そのものを追究する以外にも、物理や工学、データサイエンスなどを学ぶうえで数学の考え方は必須ですし、文系であっても経済や株価を知るには数学は欠かせません。世の中にはどんなふうに数学が使われているのかを知っていると、より身の回りのことに興味をもてるきっかけができ、さまざまな事柄の見方が変わるのではないでしょうか。

「世の中にはどんなふうに数学が使われているのかを知っていると、さまざまな事柄の見方が変わる」

子供に必要なのは伸び伸びと"考える"時間

--最後に、数学を学んでいるお子さんとその保護者にメッセージをお願いします。

 中学生くらいまでのうちは「数学なんてやったって役に立たないじゃん」「スマホがあれば数学なんていらない」というお子さんもいるかもしれません。ですが、世の中を見渡してみればそこら中に「数学」は散らばっているもので、数学を使わない分野はないと思います。保護者の方はお子さんに対して、目の前のひとつの問題だけではなく、もっと先にあるところで数学が役に立っている場面を見せてあげることが大事だと思います。目の前の問題集をいくらたくさん解いても、おそらく数学は好きになれません。そういったことを押し付けないで、伸び伸びとじっくり考える時間を大切にしていただけたらと思います。

「世の中を見渡してみればそこら中に数学というのは散らばっていて、数学を使わない分野というのはない。興味をもったところから、辞書のように読んで興味を広げてほしい」

 高校生になるとやることも多く、じっくり考えを深めながら学ぶ時間がなかなか取れなくなるかもしれませんが、そういうときはスマホで見られる解説動画なども大いに活用にしていただけたらうれしいです。僕のYouTubeチャンネルやこの『数学の世界地図』をきっかけに、少しでも数学に興味をもったり、チャレンジしてみようと思ったりする人が増えてくれることを願っています。

--ありがとうございました。


 「学問というのは"必要だから教える、必要ないから教えない"のではありません。どんなことが誰に響くかわからないからこそ幅をもたせる必要があると思っています」と自身の教育観を語ってくれた古賀先生。数学が得意な人も、苦手意識をもっている人も、数学について幅広く、そして正確に教えてくれる本書を読んで、ひとりでも多くの人が数学の面白さ・奥深さに気付き、学びを深めるきっかけになってくれたらと思う。


数学の世界地図
¥2,420
(価格・在庫状況は記事公開時点のものです)

《吉野清美》

吉野清美

出版社、編集プロダクション勤務を経て、子育てとの両立を目指しフリーに。リセマムほかペット雑誌、不動産会報誌など幅広いジャンルで執筆中。受験や育児を通じて得る経験を記事に還元している。

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