玉川学園(東京都町田市)は2024年11月20日、創立95周年を記念する音楽イベント「玉川の集い ~歌声は力、合唱は労作~」を横浜アリーナで開催した。
同イベントは、学園の95年にわたる歴史と伝統を讃えると同時に、「歌に始まり、歌に終わる」と称される玉川学園の教育の基盤である音楽を通じて、参加者全員が一体感を共有する場として企画された。幼稚園から大学院までの園児・児童・生徒・学生をはじめ、教職員、卒業生、保護者、来賓など総勢1万人が集結し、美しいハーモニーを響かせた。本記事では、この記念すべき1日のようすを詳しくレポートする。
広大なワンキャンパスで育む玉川学園の「全人教育」
玉川学園は1929年、小原國芳氏により創立された総合学園だ。小原氏が「教育の理想は、人間文化の価値観をその人格の中に調和的に形成することである」と提唱した「全人教育」を基盤とし、「真・善・美・聖・健・富」の6つの価値を調和的に創造することを教育の理想として掲げている。現在、幼稚部から大学・大学院まで約9,000名が61万平方メートルに渡る広大なキャンパスで学んでいる。
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創立以来、音楽と芸術を教育の核に据え、子供たちが音楽の喜びを通じて成長することを重視してきた。登校時や下校時、食事の感謝、歓迎や別れに至るまで、生活のあらゆる場面に歌声が響く。これらは創立者・小原國芳氏の「音楽を通じて精神的な基礎を築く」という信念を体現したものである。
「子供主体の教育」の中で、小原氏が特に重視したのが、子供たち自身が「歌う喜び」を感じることである。この日常の中で培われる歌の体験は、やがて今回取材した95周年イベントでの『ハレルヤコーラス』や『第九』のような崇高な音楽体験へとつながると考えられてきた。玉川学園の生活は「歌に始まり、歌に終わる」とも称され、音楽を通じて子供たちの心を育むという教育方針は、創立から今日まで変わることなく引き継がれている。
今回のイベントのサブタイトル「歌声は力、合唱は労作」には、歌声が人々に生きる力を与えるという思いが込められている。また、合唱が単なる歌唱活動にとどまらず、創造的かつ協力的な学びの取り組みであるという学園の理念が込められている。自ら考え、身体を動かし、実体験を通じて学ぶ「労作」を重視する教育理念を象徴する内容となった。
学園生活の日常の響き「愛吟集」と伝統の「ハレルヤ」
第1部のオープニングは、客席の保護者や関係者、招待者や卒業生を含む参加者全員による国歌で始まり、その後、6~12年生*と大学生がウインドオーケストラで『「ラ・ペリ」のファンファーレ』を演奏。さらに『くるみ割り人形』より『The Nutcracker Selection』が披露され、会場は華やかな音楽に包まれた。*玉川学園は、小学校から高校までの各学年を1~12年とし、小学校1~5年生、小学校6~12年生(高校3年生)という枠組みで教育活動を行っている
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続いて、幼稚部生から5年生までの子供たちが日常の学園生活で行っている朝の体操や朝会を披露。学園の日常風景を垣間見ることができ、参加者たちは玉川学園の一体感を改めて感じ取った。
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「1万人の音楽授業」というテーマのもと、横浜アリーナ全体を音楽の大教室に見立て、参加者全員で「歌を知り、歌を学び、歌を歌う、そして新たな玉川の音楽教育の一歩を一同で踏み出す」というコンセプトを体現した。
この日披露されたのは、歴代の玉川学園生に親しまれてきた『愛吟集』から「ハローハロー」と「もみじ」。『愛吟集』は、1939年の初版以来、歴代の玉川っ子たちに引き継がれてきた歌集であり、童謡から季節の歌、讃美歌まで、創立者・小原國芳氏の思いが詰まった楽曲が収められている。音楽科教諭・高橋美千子氏の指揮のもと、1万人が輪唱を楽しみ、会場全体がひとつの音楽体験を共有する大教室と化した。
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第1部の締めくくりを飾ったのは、『ハレルヤコーラス』。玉川学園の伝統的な音楽レパートリーとして大切にされてきたこの楽曲は、毎年の音楽祭では高校1年生にあたる10年生が『ハレルヤ』を歌うことが恒例となっており、この伝統は長年にわたって継承されている。今回は6~12年生が声を合わせ、力強く美しいハーモニーがアリーナ全体に響き渡った。
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壮大な『創作舞踊劇』と歴史を紡ぐ『第九』
第2部は創作舞踊劇「未来の学園」で幕を開けた。4年生から大学生までの有志約130名が学年や年齢を超え、音楽と光、ダンスが融合したカラフルな舞台を作り上げた。
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玉川学園の「全人教育」において、「健」は重要な価値のひとつとして位置付けられている。リトミックやデンマーク体操、舞踊教育を取り入れた歴史をもち、心身の健康を重視する教育が行われてきた。今回の舞踊劇にも、デンマーク体操の要素が取り入れられ、その伝統が感じられる。
学年や年齢を超えてひとつの作品を作り上げるこの企画は、幼稚部から大学院までがワンキャンパスに集う玉川学園ならではの貴重な取組みだ。
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4年生から12年生、そして大学生の有志によるゴスペルクワイアは、出演者たちがリズムに乗りながら体を動かし、力強く伸びやかな歌声を響かせた。そのパフォーマンスには「健」と「聖」の精神が息づいていた。
躍動感あふれるゴスペルクワイアから、会場は「聖」を感じさせる礼拝堂へと一変。第2部の「音楽授業II」では、参加者全員が讃美歌で声と心を重ねあわせた。
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玉川学園の「全人教育」における「聖」の創造は、他者を思いやり、平和を愛する心を養う宗教教育を通じて行われている。礼拝では讃美歌が歌われ、たとえば結婚式でもよく歌われる『312番 いつくしみふかき』は、小学生から大学生までの授業で必ず学ぶ楽曲のひとつである。
教育学部教育学科教授の朝日公哉氏による「上手い下手を超えて、気持ちで歌いましょう」という激励の言葉に、会場の空気がふっと緩むと、参加者たちは、『312番 いつくしみふかき』と『112番 もろびとこぞりて』を、TMGゴスペルクワイア有志大学生による聖歌隊の混声四部の美しいハーモニーに導かれながら、のびのびと歌い上げた。会場には清らかな歌声が響き渡り、クリスマスが近づく季節の到来を感じさせた。
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本イベントのクライマックスを飾ったのは、ベートーヴェンの『交響曲第9番 ニ短調 作品125(合唱付)』、通称『第九』の合唱である。この楽曲は玉川学園と深い縁をもち、その歴史は学園の伝統の一部として刻まれている。
玉川学園が初めて公式に『第九』を合唱したのは1936年、日比谷公会堂で行われた「オリンピック蹴球選手送別音楽会」でのこと。その翌年には、名指揮者ローゼンシュトックのもと、玉川学園の生徒数百名が『第九』の舞台に立ち、壮大な演奏を披露した。1945年には、戦後初となる「第九」演奏会にも参加し、復興の象徴として歌声を発した。そして1962年には創立者・小原國芳氏の長年の夢であった、「教員、生徒・学生、卒業生のみで構成された『オール玉川』による第九公演」が実現した。
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現在、玉川学園では全学部の大学1年生が音楽を必須科目として学び、12月の音楽祭で「第九」を合唱する伝統が続いている。今回の95周年記念公演では、大学1年生に加え、在学生や卒業生の有志、卒業生のプロ声楽家4名を含む総勢1,600名が原曲のドイツ語で歌い上げ、大学オーケストラの演奏と共に壮大なハーモニーを会場に響かせた。
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指導にあたった教育学部教育学科教授の朝日公哉氏は、「『第九』は高音が多く難曲とされるが、だからこそ、多くの人が力を合わせて取り組むことで得られる喜びや感動は格別。ベートーヴェンが『苦悩を突き抜けて歓喜に至れ』と語ったように、一生懸命に向きあった人ほど、達成感は大きい」という。その言葉どおり、1,600名がひとつになり歌い上げた『歓喜の歌』は、観客のみならず参加者自身にも忘れられない感動体験となった。
グランドフィナーレでは、紙吹雪が舞い、「歌声は力、合唱は労作」と書かれたハトや、一画多い「夢」の字が書かれたカモメのペーパークラフトが玉川っ子たちの頭上を舞った。この「夢」には、創立者・小原國芳氏の「1つでも多くの夢をもってほしい」という願いが込められている。
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『最高の夢とは、それを実現すること也』
グランドフィナーレの挨拶では、2024年4月に玉川大学学長に就任した小原一仁氏が登壇。「ひとりひとりの歌声と心が次第にピッタリと重なりあい、聴いてくださっている方々の心までも引き込んで完成した今日の舞台。最初は1人の自己表現であった歌が、この場にいるすべての人と共有された瞬間、大きな感動と絆を感じたのではないでしょうか。これが合唱の最大の魅力であり、本学がとりわけ合唱を大切にしている理由です」と述べ、長い時間をかけて準備し「労作」の舞台を作り上げた児童・生徒・学生たちを労い、音楽教育に対する思いを伝えた。
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普段からさまざまなことを歌で表現し、共有している子供たち同様に、玉川学園では大人である教職員もまた歌を大切に思い続けている。小原学長は、「今回の集いのために何度も練習を重ね、子供たちと同じ時間、経験を共有し、今日という本番の日を迎えました。本学が大切にする12の教育信条の1つ『師弟同行』。次の演目として、教職員合唱をご披露いたします。子供たちと同じ気持ちで一生懸命に歌います。どうぞお楽しみください」と力強く呼びかけた。その言葉を受けた教職員の歌声が会場内に響き渡った。
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教職員の合唱と『95周年フィナーレマーチ』オーケストラ演奏の余韻の中、最後に登壇した玉川学園理事長 小原芳明氏は、「玉川のオヤジこと創立者は平坦な地ではなく、あえて変化する丘陵地帯を教育の場として選び、ここからスタートしたのが昭和4年でした。吉田松陰の教えに、『夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし、故に、夢なき者に成功なし』があります。おそらくオヤジさんの背中を押した1つがこの言葉だったと思います。また、リンカーン大統領の言葉に、『最高の夢とは、それを実現すること也』とあります。オヤジさんは一画多い夢を描き、それが見えてくるのを待ったのではなく、自分が思う学校づくりに自ら一歩一歩、歩み出した」と、95年の歩み決して平坦ではなく、創業者の信念あってこそできた道であることを伝えた。
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創立者は「信念を強くもてば、山をも動かす」と、礼拝でよく話していたという。小原理事長は、「彼にとって山とは、画一的な教科とその内容と量、上位学校を目指す棒暗記の教育を越えることでした。大切なことは未来へ向かって、人生のもっとも苦しい、いやな辛い損な場面を、真っ先に微笑みをもって担当することです」と、身をもって教育の場を開拓してきた創立者の功績を称えるとともに、未来を見据えメッセージを送った。
小原理事長が会場を埋めるすべての人たちに向けて、深い感謝の意を伝えると、最後の演目「校歌」が轟き、日常と同じように労作の舞台は「歌」で閉幕した。
歌う喜び、表現する喜びにあふれた豊かな空間だった。「オール玉川」で創り上げられた壮麗な舞台を拝見し、玉川学園の歴史と教育そのものがひとつの大きな芸術であると感じた。この盛大な祝祭を成功に導いた玉川っ子たちと関係者の皆が、それぞれの夢に向かい、そして100周年を見据え、新たな一歩を力強く踏み出していくだろう。
調和のとれた“全き人”を育てる「全人教育」玉川学園
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