リセマム編集長・加藤紀子による連載「編集長が今、会いたい人」。第8回のゲストは、個別指導塾や英語学童保育、幼児教室、スポーツ教室など、多岐にわたる教育サービスを展開する「やる気スイッチグループ」の高橋直司社長。現在、国内外で13万人以上の子供の学びを支援する中で見えてくる、自分で「やる気スイッチ」を入れる子の育て方とは…?

子供は必ず「宝石」をもって生まれてくる
加藤:この春はいよいよ大阪関西万博が開幕します。万博は子供たちが最先端の技術と共に生きる未来を体験できる絶好の機会です。近年はAIの進化も目覚ましいので、未来はもっと加速度的に変わっていくのかもしれませんが、高橋社長は、どんな時代にあっても子供たちはさまざまな才能と大きな可能性をもっている。これを子供たちの「宝石」とよばれています。素敵な表現ですね。
高橋氏:私たちは子供たちひとりひとりの「宝石」を見つけ、それを輝かせることを理念に掲げて、常に子供たちの成長に寄り添ってきました。おっしゃるとおり、時代の変化のスピードは非常に速く、社会から求められる力や人材、評価の方法や対象も変化しています。これからはますます、ひとりの人間としての才能や能力、つまり自分の「宝石」がより重要な意味をもってくるでしょう。
加藤:ところが残念ながら、すべての子供たちが自分の「宝石」に気付けているわけではないとも感じます。子供が自分の「宝石」を見つけるために、親や周りの大人にはどんなことができるでしょうか。
高橋氏:子供というのは、最初は親や先生からのサポートを受けながら成長していきますが、やがて子供同士でも学びを深めていくようになります。ですから、私たちの教室では、子供たちがひとりで力を伸ばすだけではなく、お互いに良い影響を与えながら学びあうというスタイルを大切にしています。私たちはこれを「共創力」とよんでいます。自分の成長を仲間が喜び、仲間の成長を自分も喜ぶ。このような経験を積み重ねる中で、子供は自分の「宝石」を見つけることができるのです。
加藤:なるほど。親としてはつい、子供の「宝石」を見つけるのは自分の役目だと思い込んでしまいますが、そうやって子供同士の関わりあいの中から子供自身が気付けることがある。これは見落としがちな大事な視点ですね。子供のためと思って何でも先回りしてお膳立てをする「ヘリコプターペアレント」だと、そんな貴重な機会を奪ってしまいかねません。
高橋氏:そうですね。子供たちは、「ありがとう」と言われて自分は気持ちが優しい人間だと気付いたり、周りが自分の考えを熱心に聞いてくれることで人に対して意見を伝える力をもっていると感じたりする。こうした気付きは、特定の学習内容から得られるものではなく、主体的に周囲と関わる中で自然に生まれるものです。
加藤:学業以上に、子供は自分が今ここにいても良いのだという自己肯定感を感じ、自分に自信がもてる。これは成長の大きなドライブになりますね。
高橋氏:教育の役割は、子供の誰もが生まれながらにしてもっている「宝石」を見つけ、輝かせる環境を整えることです。プログラミングを学ぶことでクリエイティブに目覚める子もいれば、英会話を通じてコミュニケーションの楽しさを発見する子もいます。学習を進めるうちに科学やものづくりの面白さに気付く子もいれば、運動を通じて自分の適性を知る子もいるでしょう。私たちが多様な学びの場を提供するのは、子供たちが自分自身の「宝石」を見つけられる場所でありたいと思っているからです。

子供が自分の「宝石」を輝かせるには…?
加藤:では、子供たちが見つけた自分の「宝石」を輝かせるためには、どうしたら良いのでしょうか。
高橋氏:子供たちが自分で考え、決め、行動する「自分力」を育むことです。
それには環境も大事な要素です。今はグローバル化が進み、日本の価値観の中だけで生きていく必要はないでしょう。特定の価値観に縛られることで選択肢が狭まり、息苦しさを覚える人もいます。これからの時代は、世界を視野に自分にあった環境を見つけ、その中で自分らしさを発揮していくことが大切なのではないでしょうか。
加藤:それはまさに、やる気スイッチグループが出版した『9歳までの「自分力」教育』(小学館集英社プロダクション)の中でおっしゃっている「世界規模での適材適所」という言葉ですね。
高橋:教育とは、与えられた環境から抜け出す力を提供するものでもあります。
現代のインドは教育の力を示す一例です。カースト制度は伝統的に職業と結び付いて社会を形成していますが、経済を牽引するIT業界はその枠組みにとらわれない世界です。高度なITの知識とスキルさえ身に付ければ、カーストに縛られずに働くことができ、国を出て世界で活躍する道も開けます。
加藤:自分にあった環境が今ここになければもっと視野を広げてみれば良い。けれども海の向こうでは未来が見通せない情勢が続いているところも多い。広い世界に飛び出すといってもハードルは高そうですが、どうやって背中を押してあげれば良いでしょうか。
高橋:そんな未知なる世界にリーチするために必要なのが「想像力」です。子供たちが未来のつくり手として、どんな社会が理想なのか、どんな生き方がしたいのかといったことを一緒に考えながら、想像力を高めていきます。
「共創力」「自分力」「想像力」を生かして自分にしかない宝石を見つけ、輝かせ、広い世界の中で最適な場所を見つけること。これこそが、これからの時代を生き抜くために必要な力だといえるのではないでしょうか。

なぜ幼児教育に力を入れるのか
加藤:高橋社長は学習塾の運営を通じて「小学校高学年から中学生くらいになると、覇気のなさを感じることが多くなった」とおっしゃっています。確かに、日本財団が行った18歳意識調査(2024年)でも、「自分の行動で国や社会を変えられると思う」は約45.8%、「自分には人に誇れる個性がある」が53.5%と、6か国(日本・アメリカ・イギリス・中国・韓国・インド)中最下位となるなど、他国の若者に比べ日本の若者の自己肯定感や自己効力感が低い実態が数字にも表れています。
高橋氏:小学校高学年くらいの覇気がないと感じる子供の保護者と面談をしてみると、「子供とどう接して良いかわからない」「つい子供より先にあれこれと手も口も出してしまう」といった悩みを抱える方が大勢いらっしゃることがわかりました。
加藤:幼児教育を通した親の教育。つまり、親の関わり方を教えることで子供が変わっていくということでしょうか。
高橋氏:そのとおりです。たとえば、子供がじっと黙っているときって、子供なりに考えたり、頭の中で試行錯誤したりしているんです。だからそんなときは手も口も出さず、何分でも待ってあげてくださいと伝えると、保護者の方々は「なるほど」と気付く。こうして家庭での子供への接し方が変わり、子供も変わっていくんですよね。
加藤:私も『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)を上梓した際、子供がぼーっとしている時間の尊さを知ったときはハッとさせられました。ぼーっとする時間は、子供の創造力を育むうえでとても貴重な時間になる。子供を黙って見守ることは、先ほどお話にあった「自分力」を養ううえでも大きな意味をもちますね。
高橋氏:子供に失敗をしてほしくない、できるなら失敗せずに人生を歩んでほしいと願う気持ちは親心として当然ですが、失敗を恐れて挑戦させない、あるいは答えを先に教えるといったことをするのは、子供の可能性を狭める結果になってしまいます。幼少期こそ、いろいろな経験を安心してできる環境を用意し、子供が失敗しても次にまたチャレンジする前向きな気持ちをもてるようにサポートすることが大事。こういったことも、保護者の意識の変化によって、子供が自分の「宝石」を見つけ、輝かせるきっかけになるのです。
「やる気スイッチ」が入るための2つの条件
加藤:さて、ここからは本当に多くの親が知りたい質問だと思いますが、どんな子供にも必ず「やる気スイッチ」はあるのでしょうか。
高橋氏:「やる気スイッチ」はどんな子供にも必ずあります。ただし、この言葉がTVCMなどで広く知られるようになる一方で少し誤解されている点があるのは、「やる気スイッチ」は誰かに入れてもらうものではないということです。スイッチは自然に入るものであり、入れられるのは自分だけです。
「うちの子は本当にやる気がない」と悩まれている保護者の方は少なくないと思います。でも今、もしスイッチが入らない、どこにあるか気付けないとしたら、それは社会全体の影響もあるかもしれません。
私たちは現在も13万人以上の子供たちを指導していますが、これまでの指導経験から、「やる気スイッチ」が入りやすくなる環境には2つの条件があることに気付きました。
ひとつは「まず行動を起こすこと」であり、もうひとつが「ギリギリ越えられそうな課題に挑戦すること」です。
ところが、今の子供たちは、世の中が便利になりすぎて、自分で考えなくても済む、自分が動かなくても必要なものが手に入る環境に置かれています。そうした環境では、あえて行動を起こし、本気になって課題に挑戦するという気持ちは起きにくいでしょう。
テクノロジーの発展は社会に恩恵をもたらしますが、一方で子供が適切な努力をする場面が失われてしまうことがあるのです。
加藤:以前、東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍先生にインタビューさせて頂いた際、今の日本は何事も安心・安全に使いやすくつくられていて、高齢者にはとても優しい社会だけれど、その便利さを当たり前のように享受している子供たちは、不便なもの、粗悪なものに出会ったときに、手も足も出そうとしない。簡単に諦めてしまう子が多いというお話をされていたのを思い出しました。
すべてが整いすぎていると自分で考える機会がなくなり、結果的に成長の実感も得られない。成長できないと当然ながら面白さも感じられないと。
高橋氏:まさにそうです。子供たちは成功体験を得ることが大事だと思うのです。これを繰り返していくと、もっとやりたいという気持ちになっていく。「やる気スイッチ」が自然に入る瞬間です。
取り組むことが簡単すぎても飽きるし、難しすぎると挫折してしまう。子供がギリギリ達成できそうなことを試行錯誤し、成功に向けて挑戦していける環境を意識的につくることが、特に今の時代には大事なのではないでしょうか。
加藤:そのためには、親子ともデジタル機器から少し離れるなど、この過剰に便利な社会の恩恵を一部でも手放し、工夫や創造力が求められるような不便さを体験してみることが必要なのかもしれません。

子供にスイッチが入る土台づくりで大切なこと
加藤:親はわが子の将来にどうしても不安を感じてしまうものです。高橋社長は今、子育てをされている保護者の方々にどのような言葉をかけたいですか。
高橋氏:今の子育ては情報過多で不安のタネが多いのだと思います。だからこそ、そうした情報から少し距離を置き、「なるようになる」と少し肩の力を抜いてみてください。
親が子供にあれこれやってあげなくてはと気負うより、子供に任せる、あるいは子供の力を借りるくらいのペースがちょうど良いのかもしれません。子供は大切な家族の役に立つ機会なら、喜んでやってくれるでしょう。これも「やる気スイッチ」が自然と入る瞬間です。
子供にとっていちばん大事なのは、家庭が子供にとって安心できる居場所であること。自分が家族の一員であると実感できることです。この土台さえしっかりしていれば、子供は自然と成長していきます。
わが子にしかない「宝石」の力を信じて、不安を先取りするのではなく、もうちょっと気楽に、今しかない家族の時間を楽しんでほしいですね。
加藤:ありがとうございました。
「やる気スイッチ」が入るかどうかは社会全体の影響もあるという話にはハッとさせられた。一方で最後の「肩の力を抜いて」「なるようになる」という言葉には心が楽になった。スイッチが入るかどうか、結果ばかりを追い求めるのではなく、子供が子供らしくいられること、子供と一緒に過ごす家族の時間を大切に過ごしていきたいと感じた対談だった。