2026年4月、群馬県長野原町の旧北軽井沢小学校の跡地に「LCAきたかる森のインター初等部・プリスクール」が開校予定だ。この学校は、独自のバイリンガル教育で知られるLCA国際小学校(神奈川県相模原市)を運営するエデューレエルシーエーと長野原町による新たな挑戦となる。日本語と英語の2言語を軸に、子供たちの「生きる力」を育む教育を目指す。
「LCAきたかる森のインター初等部・プリスクール」とは、どのような学校なのか。LCA国際小学校の創設者・山口紀生氏と長野原町町長・萩原睦男氏が、新しい教育、新しい町のかたちを語る。
実績あるバイリンガル教育を大自然の中で
--2026年に開校予定の「LCAきたかる森のインター初等部・プリスクール」は、どのような学校なのでしょうか。
山口氏:群馬県長野原町に新設する「LCAきたかる森のインター初等部・プリスクール」は、2026年4月の開校を予定しています。開校に向けて全国から生徒を募集し、初年度はプリスクールの4歳・5歳児と、小学校の1年生から2年生まで、1学年1クラスあたり10~20人の少人数教育とし、全体で約140人を受け入れる計画です。
この学校の周りには、美しい森や澄んだ空気、四季折々の景色があります。豊かな自然環境が生きた教材となり、子供たちはのびのびと過ごせるでしょう。子供たちが「楽しいな」「幸せだな」と感じながら、自分から興味のタネを見つけ、「知りたい」「学びたい」と思えるような教育がしたい。ご縁をいただいた長野原町と力をあわせて、地域と子供たちが共に学び、成長していけるような環境をつくることが理想です。
2008年、神奈川県相模原市に設立したLCA国際小学校と同じく、日本語と英語の2言語で指導を行うイマージョン教育を柱に、コミュニケーション力や主体性、協働力、やり抜く力といった非認知能力の育成に力を入れていきます。

--「イマージョン教育」とはどのようなものですか。
山口氏:教科の学習を英語で学ぶ、ホームルームを英語で行うなど、授業や日常生活を通じてその言語に浸かる(=immerse)ように使うことで、母国語ではない言語の実践力が身に付く教育です。つまり、英語「を」学ぶのではなく、英語「で」学ぶということです。
一方で私たちは、日本の文化と日本人としてのアイデンティティが非常に大切であると考えています。今回の新しい学校は、名前こそ「インター」と付いていますが、いわゆる「インターナショナルスクール」とは異なり、これまでのLCA国際小学校での実践をもとに、母国語としての日本語と英語のバランスの取れたバイリンガル教育を行っていきます。
--新しい学校でも「バイリンガル教育」と「非認知能力の育成」を両輪として、日本人としてのアイデンティティを大切にした教育を展開されるのですね。子供たちにとって、どのような学校を目指されるのでしょうか。
山口氏:「子供たちが楽しく通える学校」「毎日ワクワクできる学校」です。私たちは、学力や偏差値、進学実績が高いことが、必ずしも良い学校の条件ではないと考えています。
「子供たちが楽しく通える学校」の基礎となるのは、子供たちがありのままの自分でいられること、ありのままの自分を認めてもらえることです。ですから我々はまず、学校が子供たちにとって安心できる場所になるようにします。子供たちのことを否定もジャッジもせず、ひとりひとりの個性に寄り添います。子供たちは、こうした経験の積み重ねによって自己肯定感を高め、自信や自律心を育むのです。それを基礎として学びに向かう力が育まれ、結果として学力向上にもつながっていく。今、すでにLCA国際小学校で実現できているこのアプローチを、ぜひ新しい学校にも取り入れていきたいと思っています。
廃校活用が導いた、運命的な出会い
--新たな学びの舞台となる長野原町とはどのような町ですか。
萩原氏:長野原町は群馬県の北西部にあります。「LCAきたかる森のインター初等部・プリスクール」は、2024年3月に廃校となった長野原町立北軽井沢小学校の校舎を活用して開校予定です。浅間山の美しい景観を背景に広大な森林と牧場地が広がっています。四季折々の変化が楽しめる吾妻渓谷をはじめ、雄大な自然に囲まれた素晴らしい町です。近年新しい学舎の開校が相次いでいる長野県軽井沢町にも、車で30分の距離に隣接しています。
長野原町として廃校を地域活性に役立てたいと考え、プロポーザルを行った結果、今回のご縁につながりました。

--LCA国際小学校は神奈川県相模原市を拠点としていますが、もう1校、なぜ長野原町という場所につくろうと思われたのでしょうか。
山口氏:近ごろ日本のさまざまな学校現場において、学級の中で「困っている子」がとても多いと感じるようになりました。いろいろな理由で学校に行けなくなったり、教室に居場所がないと感じたり、受験勉強に追われて本当にやりたいことができなかったり。そんな子供たちをなんとかしてあげられないだろうか。誰も取り残されない、どんな子供でも朝から元気いっぱいに楽しく通えるインクルーシブな学校をつくりたい。神奈川県相模原市の1校舎ではやや限界を感じていたその矢先、幸運にもこの自然豊かな長野原町北軽井沢という場所に巡り会うことができました。
--子供たちを起点とした山口先生の思いが、長野原町との出会いを手繰り寄せたのですね。
山口氏:そうかもしれませんね。私はLCA国際小学校を立ち上げる以前、公立学校でのキャリアを経て、私塾を始めたときから目の前の子供たちが「やってみたい」「できるようになりたい」という願いを形にする手伝いをしてきました。
そんな私の信念は、「本気で決めるとものごとは動く」。今回も「困っている子供たちのために新しい学校を絶対につくる」と決めた途端、次々と出会いの扉が開いていきました。
インクルーシブな学校、そしてインクルーシブな町へ
--長野原町として「LCAきたかる森のインター初等部」にどのような期待をもっていますか。
萩原氏:町長就任以来、長野原町では「生きる力を育む町」という言葉をスローガンに掲げ、「人を育てる」ということを最大の目標に歩んできました。山口先生の思いと、「人生を楽しく、幸せに生きるためのライフスキルを育む教育環境を創出したい」という長野原町の思いが共鳴し、ともに事業に取り組むこととなりました。
「LCAきたかる森のインター初等部・プリスクール」の設立により、教育環境の向上だけでなく、教育移住の促進や地域の活性化にもつなげていきたい、「教育を軸にした地域の活性化」を実現したいと思っています。

--バイリンガル教育を謳う学校はほかにもありますが、LCAが手掛ける学校にはどのような魅力があると思われますか。
萩原氏:山口先生の教育にかける熱意はもちろんのこと、LCA国際小学校で実践されている教育そのものにも強い衝撃と感銘を受けました。実際に学校を訪問すると、児童の皆さんに確かな英語力や高いコミュニケーション力が身に付いていることにも驚きましたし、何より先生方も児童たちも皆生き生きと、主体性をもって過ごしている姿を見て、「自分もこんな学校に通いたかったな」と率直にうらやましく思いました。
この教育を長野原町でもやりたい。公教育の枠を超え、地域の教育力を新たな視点で高めていきたい。この町から本気で日本の教育を変えていく、心強いパートナーだと感じています。
--教育移住も念頭に、さまざまな子供たちが集まるであろう「LCAきたかる森のインター初等部・プリスクール」。山口先生の考える「インクルーシブな学校」について、もう少し詳しく教えてください。
山口氏:私はこれまでも、学校という場所は過度な競争や排除のない、子供たちが幸せに学べる場所であるべきだと思ってやってきました。
感謝の気持ちをもち、自分らしく、前向きな気持ちで新しいことに挑戦できる場。学校がそのような場所になれば、子供たちは自分の人生を心から楽しいと思えるようになり、主体的に生きていけるようになる。自分の人生を楽しく生きられる力を土台として、どんなところにも恐れずに踏み出していってほしい。どんな子供たちでも受け入れるインクルーシブな学校で身に付けられる「人生を楽しく生きられる力」こそ、「生きる力」の真髄だと思うのです。
独自の科目「ふるさと科」「生き方科」とは
--新しい小学校では、地域との連携を重視した「ふるさと科」や「生き方科」といったユニークな科目を設けると聞きました。これはどのような授業なのですか。
山口氏:「ふるさと科」は、地域との連携を重視し、長野原町の歴史や文化、自然などを学ぶ時間。地域住民との交流を通じ、長野原町全体をフィールドにした探究学習プログラムを展開します。生徒たちには、ここで学ぶ町の魅力を英語で世界に発信し、長野原町と世界の架け橋になることを目指してほしいと考えています。
一方で「生き方科」は、子供たち自身が自分に向き合う時間です。今の子供たちは忙しすぎて、自分の生き方について考える時間がない。ぼーっとする時間さえありません。ですからあえて、自分とは何者なのか、何がしたいのか、何が大切なのか、どう生きたいかといった問いにじっくりと向き合う時間を意識的につくるのです。答えが見つからないままずっと悩んでいても良いし、もの思いにふけっていても良い。子供たちが自由に自分のペースで過ごすことを認め、見守り、時には答えのない問いへの壁打ち相手になるなど、子供たちの心から自然と溢れ出てくる発想やひらめきを大切にします。

--確かに、現代では大人も子供も「やるべきこと」に追われ、自分はどう思うのか、何をしたいのかといった、自身の思いや感情に向き合う機会が少ないかもしれませんね。
山口氏:「生きる」という詩を遺した谷川俊太郎さんが長野原町にゆかりがあることにも、不思議なご縁を感じます。谷川さんはこの詩の中で、今、生きているということを深くじっくりと噛み締めている。この新しい学校に通う子供たちも、この地で「生きる」意味を考えてくれたら良いなと思っています。
--これらの科目について、町としてはどのように捉えていらっしゃいますか。
萩原氏:「生きる力を育む町」を目指して取り組んできた長野原町にとっては、「ふるさと科」「生き方科」はまさにここで学ぶにふさわしい魅力的な科目だと思っています。こうして地域に開かれた学びの実践によって、地域住民もおおいに刺激を受けるでしょうし、地域に根ざしたグローバル人材も育ってくれたらと期待しています。
長野原町で育った子供たちが、「やっぱり自分のふるさとはここだな」と感じてくれる。そして戻ってきてくれるような魅力的な町づくりに、私たちも尽力していきたいと思います。
新しい学校が町とともに切り拓く未来
--新たな学校の教育と自然豊かな長野原町の環境に魅力を感じ、教育移住を考えるご家庭もあると思います。どのように迎え入れていくお考えでしょうか。
萩原氏:おっしゃるとおり、今回の事業は町のあり方も大きく変えるような取組みだと思っています。教育移住を希望するご家庭に向けて、空き別荘や既存施設、家屋を活用し、リノベーションして住宅として提供するなど、町としても積極的に支援していきたいと考えています。
地域の人々からも、移住者が増えることで地元が活性化し、未来に向かって前進することへの強い期待感を感じています。ここには都会にはない、壮大な自然があります。土、水、空、空気、音、匂いなど、この土地ならではの自然を体いっぱいに感じてほしい。
一方で、移住してきてくださる方々との交流を通じて、長らく住んでいると見落としがちなことや、これまで当たり前だと思って気付けていなかった魅力を教えていただくこともできるのではないかと。一緒に町を盛り上げていきたいですね。
--「LCAきたかる森のインター初等部・プリスクール」でどんな未来をつくっていきたいですか。
山口氏:生きるうえで大切なことは学力だけに限りません。子供たちが自分で考え、決めて、行動する力。どんな困難がきても、それをどう考えるか、どう捉えるか、どうしたら乗り越えられるかと考える力も、これからの未来に求められる力だといえるでしょう。
そのためには「やってみたら?」「応援するよ」と大きな器で、応援し、受け止めてあげるインクルーシブな環境をつくりたい。失敗を恐れず、「失敗は成長のチャンスだ」と思えるようなマインドセットを子供たちに授けたい。子供たちが自分の言いたいことが安心して伝えられ、それが受け入れられるという経験をたくさんさせてあげたいと思います。
それに加え、この学校に通う子供たちだけでなく、長野原町全体の教育・学びの場としても貢献したいと思っています。地域コミュニティの拠点としての機能も担うなど、地域に開かれた学校であり続けたいです。

萩原氏:今ここに暮らす人々、これから移り住む人々、世界中から訪れてくる人々、それぞれが互いを認め合い、ひとりひとりの違いを力に変える。「LCAきたかる森のインター初等部・プリスクール」を、多様性が地域社会を共創していく「ダイバーシティ&インクルージョンな町」の起点にしていきたいです。
山口氏:この素晴らしい環境で育つ子供たちひとりひとりが高い自己肯定感をもって、自信をもって世界に羽ばたいていけるような未来をつくっていけたら良いですね。
--ありがとうございました。
英語だけではなく、生きる力も育てる新しいインターナショナルスクールのかたち。北軽井沢から始まるこの壮大な挑戦が、日本の教育の未来にどのようなインパクトをもたらすのか。期待を込めておおいに注目していきたい。
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