世界各地で起こる紛争や経済情勢の変化、資源価格の変動。海外の出来事も、私たちの暮らしや経済活動と深くつながっている。世界で何が起きているのかを知り、情報やデータを手がかりに自ら考え、判断する力を高校段階から育てることを目指すのが、東京都教育委員会が進める新たな国際金融教育だ。
2028年4月、東京都渋谷区代官山に、国際金融と国際バカロレア(IB)を学ぶ新たな都立高校が誕生する。開校に向けた教育モデルの構築を進める東京都教育委員会は、2026年10月7日、金融経済分野の有識者を「国際金融教育エグゼクティブアドバイザー」(以下「アドバイザー」という)として委嘱した。委嘱式に続いて行われた意見交換会(福田氏は業務都合により欠席)では、国際金融を学ぶ意義や具体的な教育のあり方、これからの社会で求められる力などについて意見が交わされた。
世界を読み解く力を育てる新たな都立高校
現在の中学2年生が第1期生となる新校は、現在の都立第一商業高校を普通科に改編し、新たな高校として、次の2つのコースを設置する。
ひとつは、都立高校初となる国際金融を体系的に学ぶ「グローバル・ファイナンスコース(仮称)」。国際金融を通じて世界の動きを読み解き、社会課題の解決に挑む力を育む。
もうひとつは、日本語で実施するデュアルランゲージ・ディプロマ・プログラムを取り入れた「国際バカロレアコース(仮称)」。国際的な視野と探究的な学びを通じて、国際社会で主体的に行動できる人材を育成する。
両コースとも基礎学力から探究的な学び、発展的な学習へと段階的に学びを深めながら、国公立大学や難関私立大学、海外大学などへの進学を見据えた力を育んでいく。
なかでも、グローバル・ファイナンスコースでは、世界の金融や経済の仕組みを、英語・数学・社会・国語などの教科や身近なニュースと結び付けて学び、複雑な社会を多面的に理解することを目指す。こうした学びをどう実現していくのか。本記事では、東京都教育委員会とアドバイザーとの意見交換会から、新校が目指す学びの方向性を紹介する。
第一線で活躍する4名をアドバイザーに委嘱
国際金融教育エグゼクティブアドバイザーに就任したのは、下記のとおり。
吉野直行氏
慶應義塾大学 経済学部 名誉教授で東京都立大学 経済経営学部 特任教授、金融庁 金融研究センター 顧問福田慎一氏
東京大学 名誉教授で武蔵野大学 経済学部 特任教授、東京都立大学 経済経営学部 特任教授清水順子氏
学習院大学 経済学部 教授で金融経済教育推進機構 金融経済教育推進会議 委員、文部科学省 科学官伊藤雅子氏
アセットマネジメントOne 常務執行役員 企画本部 副本部長 兼 未来をはぐくむ研究所長
4名はそれぞれの専門的な知見を生かし、東京都独自の教材開発や指導方法の工夫、国内外の企業・大学などとの連携について助言する。さらに、研究者や実務家の視点から、新校の国際金融教育の充実を支えていく。

なぜ今、高校生に国際金融の学びが必要なのか
国際金融教育というと、投資や金融業界を目指すための学校とイメージされがちだ。しかし、東京都教育委員会教育長の坂本雅彦氏は「それは明確に違う」と強調する。目指すのは、世界と暮らしのつながりを大局的に捉えるためのひとつの入り口として、金融をしっかりと読み解き、確かな根拠をもって判断する力を養うことだと新校の学びを説明した。
意見交換会では、まず「なぜ今、国際金融の学びが必要なのか」というテーマが取り上げられた。
吉野氏は、為替の変動やエネルギー価格の上昇など、世界で起きている出来事が、輸出入や流通、企業の経営判断、そして日々の暮らしにまで影響を及ぼしていることを説明した。たとえば、円安になれば、海外から輸入する原材料の価格が上がることがある。製造業では、輸入していた材料を国内産に切り替える必要が生じるかもしれない。また、ガソリン価格が上がれば商品を運ぶためのコストも増加する。こうした影響は金融業界に限らない。製造、流通、サービスなど、さまざまな業界が国際金融と関わっている。
「国際金融を学ぶということは、国と世界がどのようにモノ、サービス、貿易、そしてお金でつながっているのかを全体的に学ぶもの」と吉野氏。国際金融の仕組みを理解し、社会や企業が変化にどう対応していくのかを考えることは、将来どのような分野に進む生徒にとっても意味があるという。

英語・数学・社会・国語など教科横断で学ぶ
では、世界の動きを読み解き、自分の考えをもつためにはどのような学びが必要なのだろうか。
清水氏は、国際金融をテーマに、英語・数学・社会・国語などの教科を横断して学ぶことの重要性を指摘する。たとえば、エネルギー価格が上昇したとき、価格がどの程度変化したのか、どのような傾向が見られるのかを確かめるには数学やデータ分析の力が役立つ。一方、その背景にある日本や相手国の経済、歴史、産業構造などを理解するにはいわゆる社会科で学ぶ知識が欠かせない。
さらに自分の考えを整理して言葉でわかりやすく伝えるには国語の力が必要だ。海外のさまざまな人々と議論する場面では、英語で表現する力も求められる。単に知識を暗記するのではなく、教科で学んだ知識を結び付けて世界の動きを理解する力につなげていく教科横断型の学びが特徴だという。

また、伊藤氏は“学ぶ順番”にも注目する。「まずは自分自身を起点に暮らしや将来との関係を考え、そこから社会、そして世界へと視野を広げることで、遠い世界の出来事も身近な問題として捉えやすくなる」と期待を寄せた。難しい専門知識から学び始めるのではなく、身近な疑問を入り口に少しずつ世界の仕組みへと理解を深めていく。こうした学びの設計が、新校の教育モデルを具体化するうえでのポイントとなるという。
世界各地の同世代との交流で視野を広げ、つながりを育む
海外の高校生と交流したり、議論したりする学びも検討されている。
吉野氏は、海外の高校生と交流する意義について、世界各地の同世代と意見を交わすことで自分たちの国の強みや課題に気付くきっかけになると話した。高校生のうちから互いの考えや国が抱える問題について理解を深めることは、世界を見る視野を広げるだけでなく、国境を越えて心を通わせる友人をつくり、将来にわたるつながりを育むことにもなるという。
清水氏は、交流を一度きりのイベントで終わらせないことが大切だと指摘する。まずは議論するテーマについて学び、当日は互いの考えを伝えあい、交流後には意見の共通点や相違点を振り返る。こうした事前学習・議論・事後学習を一連の授業として行うことで学びが深まっていくという。また、グラフやデータを活用し、AIを使って資料やスライドを作成することも選択肢のひとつだが、相手に伝え、質問し、議論するプロセスは生徒自身が担うことが重要だとも話した。
さらに伊藤氏は、学びを通じて「自分も社会に関わり、社会をより良くできる」という実感をもつことの大切さにも言及する。日本財団が実施した日本・米国・英国・中国・韓国・インドの若者を対象とする意識調査(2026年2月実施、日本財団18歳意識調査結果 第78回テーマ「国や社会に対する意識(6か国調査)」)では、「私の行動で国や社会を変えられると思う」と回答した日本の18歳の割合が、ほかの国に比べて低い傾向が示されていることを紹介。だからこそ、世界で起きている出来事を遠い国の話として捉えるのではなく、自分の暮らしや選択とつながるものとして考える経験が重要になると強調した。
国際金融教育を通じて、世界の動きが経済や企業、日々の生活にどう影響するのかを知り、自分の考えや行動が社会とつながっていることを実感する。その経験を積み重ねることが、社会に主体的に関わろうとする姿勢を育むことにつながっていくのではないかと話した。

完成形ではない、生徒と育てる学校
意見交換会の最後に、3人のアドバイザーから小中学生や保護者の方への期待とメッセージが贈られた。
吉野氏は「AIやパソコンを使えば、過去のデータをもとに解決方法を示すことができる一方、現実の世界では過去とまったく同じことは起こりません。AIを活用しつつも、自分で考えないと本当の答えは出てこないのです。日本や世界の問題を、複数の要素が絡みあう連立方程式のように捉え、自分なりの答えを導き出せる人に育ってほしいと思います」と期待を寄せた。
清水氏は「みなさんいろいろな高校生活を思い描いていると思いますが、スポーツなどに打ち込むことに加え、『真面目に勉強に取り組んでみたい』『世界と関わる学びがしたい』と考える生徒に、ぜひ入学してほしいと思います。仲間とディスカッションし、生徒と教員が互いに学びながら、より良い学校をつくっていきましょう」と呼びかけた。
伊藤氏は「自分で考える力に加え、考えを自分の言葉で説明する『言語化能力』も実社会で重要なスキルです。その力を鍛える経験は、大学や実社会に出てからも役立ちます。そして、世界と自分とのつながりを知り、自分も社会をつくるひとりだと実感できる生徒に育ってほしい。『この学校から、自分が世界に問いを投げかけていく』。そんな挑戦をする生徒に来てほしいと思います」とエールを送った。
坂本教育長は、今回の意見交換を通じて新校が目指す学びの方向性が見えてきたと振り返る。一方で、現時点を「試行錯誤のスタート」と位置付け、開校後も学校を完成形とせず、アドバイザーの助言や最新の知見を取り入れながら、教育内容や生徒の学びを不断に発展させていきたいと語った。
今後は学校説明会などを通じて、生徒や保護者に、どのような力を身に付け、どのような学びを経験できるのかを具体的に伝えていくという。

新しい学校が誕生
国際金融を軸に、教科横断的な学びや海外の高校生との交流を取り入れる新校。金融経済分野の専門家の知見も生かしながら、世界の動きを身近な問題として捉え、自ら考える力を育む教育をどのように実現していくのか。2028年4月の開校に向け、その構想がどのような学びとして形になるのか、今後の取組みが注目される。

