小中一貫校の取組みから見えた、ICT活用効果がより期待できる子どもとは

 足立区立の小中一貫校「興本扇学園(おきもとおうぎがくえん)」にて2月7日、ICT教育プロジェクトの効果測定に関するセミナーが開催された。

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足立区教育委員会 教育長 定野司氏
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 足立区立の小中一貫校「興本扇学園(おきもとおうぎがくえん)」にて2月7日、ICT教育プロジェクトの効果測定に関するセミナーが開催された。

 同校は、東京都教育庁が実施している「公立小中学校ICT教育環境整備支援事業(出前ICT環境整備支援事業・ICTアドバイザリー事業)」に採択されたモデル校として、タブレットやネットワーク機器、サービスなどの提供を受け、実際の授業に取り入れ活用法や効果を検証している。今回のセミナーは、その公開授業に続き、授業の振り返りと報告を兼ねて開かれたものだ。

 興本扇学園の西村豊校長は「学習内容の定着率は、聞くだけだと5%。人に教えることで90%まで上がります。本校では小中一貫校の特性を生かし児童・生徒同士が教え合う環境を大事にしています。ICTを使ったアクティブラーニングは本校のポリシーとも一致するものとして、積極的に取り組んでいきます。」とあいさつし、セミナーを開始した。

◆興本扇学園のICT教育の状況

 続いて安藤良介 主幹教諭から、同校のICT教育の現状や課題についての説明が行われた。まず、同校には小学校60台、中学校60台、計120台のタブレットが導入されている。ひとり1台を利用した授業は成立するが、先生・児童・生徒全員に1台ずつ割り当てられているわけではなく、若干の不足感があるという。

 ICT活用によって期待される効果は「視覚的・聴覚的理解」「学習の効率化」「コミュニケーションの活性化」の3つ。実際の授業では、体育での動画撮影による指導、英語の音読練習、理科や数学・算数でのデジタル教材・教科書の活用、プレゼンテーションの授業やプログラミング学習にも利用している。

 現在現れている成果としては、児童・生徒の意欲向上、プレゼンテーション能力の育成、授業改善などがあげられるという。アクティブラーニングにも取り組む同校としては、プレゼンテーション能力の開発、育成にタブレットをうまく活用している形だ。

 課題としては、タブレット環境の整備と教員の研修制度などをあげた。

◆次期学習指導要領を見据えた効果測定

 同校のICT教育活動は、都の教育庁のモデル事業としての支援も受けている。その効果測定は東京学芸大学准教授の北澤武氏らが行い、同氏がその発表を行った。

 北澤氏によると、これまで国や自治体などが行ったICT教育推進事業やプロジェクトでは、主にICT教育の有無の違い、学習効果(成績が上がったか)、意欲の改善などに重きを置いた調査が行われていたという。今回の調査では、次の段階として、次期学習指導要領を見据えた授業の評価観点を検証した。また、小中一貫校の特性を生かし、発達段階ごとの調査、授業ごとの調査を行い、学習者特性に応じた分析も狙っている。

 調査は、ICT活用授業の導入前後でのアンケ―トによる意識調査とミニテストによって行われた。意欲や興味、効果について事前・事後にアンケートを行い、理解度や学習効果についても、同様な事前・事後のミニテストを実施した。

◆ICT活用の効果に貧困などの属性は関係ない

 教育と貧困の関係は、近年取り上げられることが多い話題だが、ICT活用の効果については、「貧困か裕福かで、ICT活用による効果に違いはみられなかった」(北澤氏)とする。これは、効果がないということではなく、家庭状況に関係なく、ICT活用により意欲、成績ともに改善が見られたということであり、裕福だとICTの効果がない(あるいはその逆)といったことではない。

 なお、ここでの貧困・裕福という属性は、世帯年収などを聞いたわけではなく、家にある本や読書時間、博物館や美術館などの教養活動、食生活などの質問によって分類されたもの。

 北澤氏が注目したのは「公的自己意識」の違いによる学習効果だ。公的自己意識が高いと、他人の目が気になる、自分の考えを伝えるのが苦手といった性向になる。この学習者特性による分析では、公的自己意識が高い層ほど、タブレットによる学習効果を認識、評価することがわかった。

 つまり、他人の目を気にしやすい子どもほど、タブレットを使った授業の効果が期待できるということだ。逆に、そうでない子どもは、タブレットを使っても使わなくても、授業のやりやすさ、わかりやすさにあまり影響がない。

◆タブレット活用で学習への参加意識を高める

 主体性の有無についての分析では、事前・事後のアンケート結果から、主体性がない子どものほうが、ICTによる効果や自分の意思を伝えることの意欲の向上が期待できるとした。対話指向での分析でも同様な結果が出ている。対話が苦手な子どもは、ICTを活用した学習後のほうが、学んだことを伝えることや周りと対話する効果を強く認識する。

 対話などの意欲があまりない子どもが、積極的にグループディスカッションに参加するようになる可能性もある。

 北澤氏の言葉をまとめると、タブレット等をうまく活用すれば、自分の考えを他人に伝えるために対話をしながら、主体性と深い学習につなげることが可能となり、学習者特性にかかわらず、学習への参加意識を高めることができる可能性があるということになる。

 セミナーの最後は足立区教育委員会教育長の定野司氏の講演だった。定野氏は、「人は成長を実感できることで生きていけます。そのためには教えるから学ぶという意識変革が必要です。ICT教育によって新しい学校文化を作っていきたい」と述べ、子どもたちには、グローバル化や技術革新など社会変革に対応できる新しい生き方を身に付けてほしいと締めくくった。

《中尾真二》

中尾真二

アスキー(現KADOKAWA)、オライリー・ジャパンの技術書籍の企画・編集を経て独立。エレクトロニクス、コンピュータの専門知識を活かし、セキュリティ、オートモーティブ、教育関係と幅広いメディアで取材・執筆活動を展開。ネットワーク、プログラミング、セキュリティについては企業研修講師もこなす。インターネットは、商用解放される前の学術ネットワークの時代から使っている。

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