【中学受験2021】緊急時対応に期待か、コロナ禍で私学志願者増加…日能研

 日能研グループのみくに出版が発行する中学受験専門誌「進学レーダー」の井上修編集長と、日能研本部 常務取締役 茂呂真理子氏に、近年の入試の状況や人気校、出題傾向や2021年度の予測などについて話を聞いた。

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 入試本番まで残り3か月をきった。Withコロナの状況下、来春2021年の中学入試ではどのようなことが起こり得るのか。日能研グループのみくに出版が発行する中学受験専門誌「進学レーダー」編集長の井上修氏と、日能研本部 常務取締役 茂呂真理子氏に、来年度入試の状況や人気校、出題傾向について話を聞いた。

首都圏では5人に1人が受験生



--近年の中学入試における全体的な概要や傾向について教えてください。

井上氏:この数年間をみると、受験者数も受験率も上昇を続けています。今年春の1都3県の受験生数はおよそ6万人。受験率は20%を越えました。実に小学6年生の5人に1人が受験をしていることになります。

 全国的には少子化が大きな問題になっていますが、都市部への人口流入に伴い東京都の子どもの数は増えています。加えて教育熱心な保護者による中高一貫校への信頼が増していることが背景にあります。中高6年間でしっかり学力をつけることはもちろん、先の見えないこの状況下で変化に対応できる力を我が子に身に付けてほしいという期待から、よりいっそう中高一貫校を選ぶ家庭は増えていくでしょう。

--昨年度入試問題で見られた傾向などのトピックス、それを受けて今年度の出願傾向、考えられる出題のトレンドなどを教えてください。

茂呂氏:全体的な傾向として、より世の中のことや、社会の動きなどを反映した内容の出題が増えています。ただ知識を問うだけではなくて、情報を組み合わせたうえでどう読み取るか、そのうえで正解がない問いに対してあなただったらどう考えるかということを、解答から見たいという学校側の狙いがあるのでしょう。

 数多ある情報の中から、自分にとって必要な情報は何かを選び判断し、読み解く力というのは、世の中で今まさに必要とされている力です。これまでもデータや資料をもとにして答えを出すという出題はありましたが、最近は、図表、グラフ、統計資料、地図など、より複数にまたがる情報を読み解き、重ね合わせたうえで、問われていることは何かを読み解き、解答を導き出したり、自分の考えを述べたりといった出題に変化しています。

 また、2020年の麻布の国語の素材文に、活け花に打ち込む少女の物語からの出題がありました。一方、フェリス女学院では男気に溢れた武士の心情を描いた素材文から出題されるなど、各校のもつ文化的なものから一見遠いところにあるようなテーマから出題される例が見受けられました。この背景には、これから子どもたちが生きていく未来に向けて「他者理解」をメッセージとして伝えたいという考えがあるのではと私どもは考えています。

 多様性が問われる社会において、自分とは遠い存在かもしれないが、その立場になったらどう考えて行動していくだろうかということを、入試で子どもたちに問う。自分さえよければいいのではなく、「社会に貢献する私」として、未来に生きていくときにどうすればいいかという、問いかけにも似た出題が多く見られたのは、子どもがこの「他者理解」について、日常からいかに考えているのかを見たいという私学らしい問いから来るものだと思うのです。

中学受験専門誌「進学レーダー」編集長 井上修氏(左)と日能研本部 常務取締役 茂呂真理子氏(右)
中学受験専門誌「進学レーダー」編集長 井上修氏(左)と日能研本部 常務取締役 茂呂真理子氏(右)

--12歳なりに、社会に対して自分の考えをもっていてほしい、そんな私学のメッセージともとれる問題ですね。

茂呂氏:国立校である筑波大学附属駒場では、コロナ禍による学習状況の遅れを考慮して出題範囲を制限するということを発表しています。おそらく私立ではそれはないでしょう。今年の入試も、学校が受験生に届けたいメッセージを、入試問題を通して直接伝えたいという考えは変わらないと思います。

 AIにおけるシンギュラリティ、SDGs、ジェンダー、食の問題、環境問題など、社会が抱える問題を「この世界的な問題についてあなただったらどう考えていきますか」という、未来に向けた投げかけを主題にした出題はよりいっそう増えていくと思います。さまざまな価値観が交錯するコロナ禍のなかで、人としてどうあるべきか、未知のウイルスに立ち向かうという観点から科学をどう考えていくかといった内容を問われる問題も、今年は盛り込まれていくかもしれませんね。実は、どんなテーマが問題になるのか、いまからとても楽しみです。

--今年度、テキストを改定されたとお聞きしましたが、近年の入試トレンドを意識されたからでしょうか。具体的にはどのように変わったのでしょうか。

茂呂氏:子どもたちは自ら学ぶということを大切にしたいと考えたときに、今このタイミングでのテキスト改定が必要と考えました。現在の4年生から改定し、5年、6年と進級に伴い新しいテキストを使用します。

 「未来型の思考できる新テキスト」が改定のコンセプトです。単なる知識の習得ではない、「学ぶ」とはどういうことなのかというところに、迫れる教材です。科目横断的に学びをとらえているのも特徴で、本来子どもにとっての学びとは、生活と切り離されたところにあるのではなく、身のまわりのことを通して思考することにあるという考えに基づいています。そしてそれを、思考技法として表し、「どのように学ぶのか」ということをテキストで具現化しています。今回の改定では、子どもの「考える」に制限をつくりたくないという想いから、学年配当を超えてテキストを作成しています。

 たとえば、算数では、ユークリッド原論について触れるなど、さまざまな数学的な考えの本質にせまるようなことも掲載しています。単に公式を覚えるのではなく、その定義を探求していきます。子どもが算数を学ぶ中で「解く」から「考える」を熟達できる工夫をしています。中学受験のテキストのなかでは異色だと思いますが、これからの子どもたちに必要な力というのは、答えがすぐに出せないような問題について自分で考え、どのように解答を導き出すかということ。そのプロセスこそが入試にも生かされると考えています。

--今年は新型コロナ感染症拡大防止の観点から、3月から全国で一斉休校の措置が取られました。この休校の影響は現在、塾の指導ではどのような形で表れているでしょうか。

茂呂氏:休校中は「子どもたちの学びを止めない」ということに力を注ぎました。家にいても対面で学んでいるような刺激をどうやって作れるかということを念頭に、動画の配信、オンライン授業をスタートしました。テキストをみながら、家にいても探求を続けられるようなコンテンツを考え、たとえ画面越しであっても、動画に出ている授業担当者と対話し、自分の中で問いが続くような投げかけや、内容の授業を提供しました。現在は通常授業に戻っていますが、動画配信・オンライン授業・対面授業は今でもすべて実施しています。

--コロナ禍でICT活用の必要性が一気に加速しましたが、その裏では学校も塾も苦労されたと聞いています。

井上氏:今回、ICT活用で一番大切なのはプラットフォームである、ということに気付いた学校や塾も多いと思います。そんな中、我々にはコロナ以前から、ネットワークを活用して進めるプラットフォームがあったことがアドバンテージになったと自負しています。さらに、全国の日能研グループで連携し、多くのコンテンツを共有できるメリットも大きかったと実感しています。

定評のある伝統校が人気



--今なお続く、コロナ禍の影響は今年度の中学入試にどのように及ぶとお考えでしょうか。

井上氏:10月に行われた全国公開模試の受験数は1万2,000人余り。コロナ禍で受験者が減少するどころか、去年の同時期と比べ+6%と微増しています。休校時の対応や取組みのアドバンテージを知り、私立を選ぶ方が増えていくのではないでしょうか。

 一例ですが、神奈川のサレジオ学院では、パソコンがない家庭に向けて学校の備品のパソコン50台を即座に送るなど、私立だからこそできる対応も目立ちました。改めて私立の良さがクローズアップされましたよね。

 入試については、今年はどの学校も感染に配慮する対応をしています。毎年1万人以上が受験する埼玉の栄東では試験日程・集合時間を分散して密にならない工夫をしたり、車の送迎をOKにしたりしている学校もあります。また桜美林のように、陽性反応、濃厚接触者になってしまっても不利にならないように、再チャレンジできる枠を設ける学校も出てきています。出願、合格発表もWeb上で行う学校がほとんどとなりました。フェリスのように面接の中止を発表した学校もあります。

--人気校に変化はあるのでしょうか。

井上氏:今年の大きな流れとしていえるのは、学園祭や見学会・説明会などが中止になり、実際に学校に足を運ぶことが制限されたぶん、よく知られていて過去の評価が定まっている伝統校が人気という傾向はあると思います。共学人気に加えて、男子校・女子校の伝統校といわれるところ、山脇学園などの名もあがっています。ほかにも、開智日本橋といった「国際・駅前・共学」の学校は引き続き選ばれやすい傾向にあります。

 一方で今年、学校改革などで方針を大きく変えた学校は少々不利なのではないかと考えています。広尾学園の姉妹校として広尾学園小石川が開学しますが、特徴の1つであるICTに特化した教育方針が強みとならないと考えられるため、今後の動向に注目したいところです。というのも、コロナ禍以前に環境が整いICTツールなどの活用を強調していた学校にとっては、一斉休校を機に世の中が一気にICT化せざるを得ない状況になったことで、それまでアドバンテージとしてもっていたものが相対化されてしまった感があるからです。

茂呂氏:ICTに取り組んでいます、プログラミングをやっていますというだけでは、もはや選ばれなくなっている。それを使って学校の理念とつなげて、どのように教育を充実させていくかということに保護者の関心は高いようです。同様に、グローバル教育をしているというだけでは保護者はなびかなくなっています。それは、コロナ禍で留学が白紙になるケースが多い一方で、家にいても海外の授業が受けられる今、本当の意味での国際教育について真価が問われているという背景もあると考えています。

井上氏:ところが、一見国内に閉ざされたようでいて、じつは今年ほど子どもたちの意識が国際化した年はないと思っています。WHOの事務局長の名前を子どもたちみんなが言えることなんて今までありませんでしたし、子どもたちの間でトランプ政権の話題が出ることはしばしば。休校時は家にいてニュースを見る機会も増えたでしょうし、コロナが全世界のあらゆる動きに連動している今、国際情勢への子どもたちの関心が高まっているのを感じています。

--注目のコースについてはいかがでしょうか。

井上氏:コース制自体も端境(はざかい)期にあると思います。これまでは一般と特進のように、偏差値で分かれるのが一般的でしたが、これからのコース制はより子どもの目指すものに則して多様化していくと考えられます。

 例をあげると、国学院久我山での一般クラスとCultural Communication(国際理解)クラス。また、これまで一般と先端の2コースだった埼玉の開智学園ではIT、メディカルといった4つのコース編成に変更になりました。昭和学院も、海外大への進学をめざすIAコース、国立大をめざすGAコースといった、自分の学びに沿ったコース選択を設けています。

メタ認知の必要性



--これからの時期の保護者のサポートとして、望ましいスタンスについてお聞かせください。

茂呂氏:今後は、子どもが自分で自分の状況を把握して、残りの時間を歩んでいけるように、志望校と今の自分に足りないところを分析して、メタ認知できる関わりを積極的にしていきます。

 保護者の方は、子どもが主体的にやる姿勢を見せたら焦らせないこと、一喜一憂しないことが大切です。入試の直前に場合によっては、過去最低の偏差値をとることもあるのです。11月、12月は特に、思うように伸びない焦りから子どもを叱責したくなることもあると思います。しかしそこはぐっとこらえて、子どもが自分で課題を明確にして挑んでいく姿を応援し、1月から始まる本番へのペース作りに注力してください。

 今年は、受験校の決定も例年より遅くなっているようです。一番行きたい学校は、5年生くらいから決めていても、併願校はまだ迷っている方も多いのではないでしょうか。学校の価値は、当然ですが偏差値の高い低いで優劣をつけられるものではありません。コロナ渦中の対応ひとつをみても混戦状態にあります。今こそ親がアンテナを張り、いろいろな私学を多様な視点でみたうえで、我が子が幸せになる場所=進学先を決めるチャンスだと思います。

自分が決めた道を信じて進んでほしい



--ラストスパートをかける小学6年生、保護者へのアドバイスをいただきたく思います。

茂呂氏:日能研では「一生に一度の12歳の受験・12歳の選択」にこだわり、全力を注いでいます。特に今年の6年生はやれなかったことが残っているという不安や焦りもあると思いますが、そこをどう乗り越え、切り替えて受験に向かうかがとても大切。悲観的に捉えるのではなく、今だからこそできる学びを成長実感をもちながらひとつひとつ大切にしてほしいです。

 6年生にもなると「この学校に行きたい」という気持ちをずっと温めてきたと思います。今まで積み重ねてきた時間や、自分で育てた自分は裏切りません。未来の自分を育てていく場所を、どう選んでどのように決めたのか、自分で決めたその道を信じて、全力で進んでほしいと心から願っています。

--ありがとうございました。

 「これまでの常識が通用しない時代になる」……そう危惧していたところに、コロナ禍がやってきて、大人も子どもも想定外の現実に直面させられることとなった2020年。「マニュアルに頼るのではなく、自分で答えを導き出してほしい」という、日能研の根底にあるメッセージを、受験生はもちろん、すべての子どもたちに伝えたいと感じた。

《吉野清美》

吉野清美

出版社、編集プロダクション勤務を経て、子育てとの両立を目指しフリーに。リセマムほかペット雑誌、不動産会報誌など幅広いジャンルで執筆中。受験や育児を通じて得る経験を記事に還元している。

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