【専門家に聞く「発達障害」1/3】特徴と原因、性別や環境の影響は?

 発達障害に関してまず正しい認識をもつために保護者の立場から立命館大学・名誉教授の荒木穂積先生にお聞きした。全3回のシリーズの第1回目「発達障害の特徴と原因、性別や環境の影響は?」をお届けする。

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 子供の成長に伴い、あるいは環境が変わることで、子供の「特性」に気付くことがある。「うちの子、もしかしたら…」「何か違う?」と感じたときに必要なのは、何より正しい認識をもつことだろう。

 そこで保護者の立場から、立命館大学・名誉教授の荒木穂積先生に発達障害について取材、Q&A形式にてお伝えする。今回は全3回のシリーズの第1回目。

第1回:特徴と原因、性別や環境の影響は?
第2回:兆候と診断、ケアやアドバイス
第3回:日常生活や学校生活への影響


発達障害とは



Q1.そもそも「発達障害」とはどのような症状を指すのですか。



 「発達障害」は広義で捉えると、発達期に起こるさまざまな障害のことを指す言葉として用いられますが、日本では法律と医学で発達障害の“定義”が異なります。従来は、知的障害、脳性麻痺、てんかんが発達障害の三大疾患と考えられ、この3つは別々に支援する法律がありました。

 しかし、昔から「自閉スペクトラム症」や「注意欠如・多動性障害(以下ADHD)」「学習障害」、そのほか言語障害などが知られていましたが、それらを支援する法律がないために支援の谷間などとも言われてきました。そこで2005年に「発達障害者支援法」ができて、法律上の発達障害の定義として「自閉スペクトラム症」「ADHD」「学習障害」の3つの障害を含む「谷間」の障害が取り上げられました。これは日本の法律上の定義です。

狭義の「発達障害」は日本独自の定義

 現在、新聞や雑誌、マスコミなどで「発達障害」と言うときには、この狭義として使われていることことが多いです。ただ、「発達障害」の診断を受けている子供の数は知的障害や脳性麻痺、てんかんなど広義の「発達障害」の三大疾病に比べると圧倒的に多くなっています。最近では、従来の広義の「発達障害」にかわる疾病分類として、神経発達障害群(Neurodevelopmental disorder)という名称でよばれるようになってきています。

Q2.「自閉スペクトラム症」とはどのようなものですか。



 自閉スペクトラム症(ASD)は、対人関係の障害、コミュニケーションの障害、興味や活動への強いこだわりの3つの特徴をもつ障害(「三つ組みの障害」と呼ばれることもある)で、3歳までには何らかの症状が見られることが多いとされています。最近では、対人関係の障害とコミュニケーションの障害を統合して、社会性の障害とされる場合もあります。

自閉スペクトラム症(ASD)

 1943年にジョンズホプキンス大学の児童精神科医レオ・カナーが「自閉症」の症例を報告しました。その1年後の1944年にオーストリアの小児科医ハンス・アスペルガーが別の事例を報告したのですが、それらは異なるグループだと思われていました(カナーとアスペルガーの間で交流がありましたが)。カナーが報告した症例では、日常生活での言葉の発達の遅れやコミュニケーションを取ることが難しいが、知的障害はないか、あっても軽いとされています。一方、アスペルガーが報告した「アスペルガー症候群」は、言葉の発達の遅れはあまりなく、コミュニケーションも比較的取れるといった特徴があり、性格の偏りが強いことが中心的に報告されています。自閉的な症状が認められる場合には、後に「高機能自閉症」と呼ばれるようになり、今日ではこの「自閉症」「高機能自閉症」「アスペルガー症候群」と呼ばれてきた3つを中核に「自閉スペクトラム症」とまとめられています。

「自閉症」のひとつのタイプである「アスペルガー症候群」

 この他にも非定型広汎性発達障害(PDDNOS)といわれるものを「自閉スペクトラム症」に含むという考え方もありましたが、専門家でもそれに含めるべきではないという意見が多くなり、今日では「自閉スペクトラム症」のグループからはずして考えるようになってきています。たとえば、学級での生活で困難を抱えている子供で、社会性の障害と興味や活動へのこだわりの2つが見られる場合には「自閉スペクトラム症」とされ、学級で多少困難があっても社会性の困難だけが見られ、強いこだわりがない子供は、自閉スペクトラム症からは外れるとされています。

 日本では、自閉症とアスペルガー症候群がほぼ同じ時期から知られていたため、自閉症とアスペルガー症候群を区別していずれかの診断をつけることが多かった時期があります。アメリカ精神医学会が1994年に発表したDSM-IV(精神疾患の診断・統計マニュアル)で、自閉症とアスペルガー症候群を同一カテゴリーの「広汎性発達障害」(DSM-5では「自閉スペクトラム症」に名称変更)に包括としたことで、日本でも両者を区別せずに「広汎性発達障害」または「自閉スペクトラム症」という診断を受ける人が増えていきました。このような背景から2005年に「発達障害者支援法」ができたという流れになります。今日では、自閉スペクトラム症のサブカテゴリーとして自閉症とアスペルガー症候群が位置付くとされています。

自閉スペクトラム症の概念

Q3.「ADHD」とはどのようなものでしょうか。



 ADHD(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorderの略)は「注意欠如・多動性障害」と障害名が付けられているように、おしゃべりが止まらない、待つことが苦手、うろうろするといった「多動性」、集中できない、がさがさする、身体の一部をたえず動かしている、うっかりして同じ間違いを繰り返してしまうなど「注意力散漫」、約束や決まりごとが守れない、せっかちでいらいらしてしまう、忘れ物が多いなど「衝動性」といった特性が7歳以降学童期に入っても続く場合の障害です。これらは幼児にはよく見られる特徴で、医師でも診断を確定するのが難しい事例も少なくありません。

「ADHD(注意欠如・多動性障害)」は診断が難しい

Q4.学習障害(LD)とはどのようなものですか。



 学習障害は、イギリスなどのヨーロッパ諸国では「読み書きの障害」と言われることが多く、読書困難(ディスレクシア)や書字困難(ディスグラフィア)と呼ばれたりしてきました。また中には、読み書きだけではなく、算数の計算が苦手(ディスカルキュリア)な子供たちがいることがわかってきています。

 そのため「読み書きまたは計算能力の障害」と包括的にいわれています。アメリカでは、教育現場で出会う子供たちの特徴を捉えて、書字・読字・計算能力の障害を中心とした「学習障害」、不器用さが際立つ「(微細)運動能力障害」、知的障害はないかあっても軽いが学力の発達の遅れを中心とした「学習遅進」の3つを合わせて広義の「学習障害」とする場合もあります。

学習障害(LD)

発達障害と診断される件数は増加傾向



Q5.「発達障害」は増えているのですか。



 アメリカの研究団体「AUTISM SPEAKS」のサイトにあるデータでは、全米の8歳までの子供における「自閉スペクトラム症」の発生率は、2004年では166人に1人の割合(約0.6%)であったのが、2018年には59人に1人の割合(1.7%)と増加傾向にあります(※1)。2013年にアメリカ精神医学会が精神疾患の診断マニュアルであるDSM-IVをDSM-5にバージョンアップしてから少し増加がおさまった年もありましたが、2020年3月26日に発表された最新の「CDC:The Centers for Disease Control and Prevention、アメリカ疾病予防管理センター」のプレスリリースでは、現在、全米における8歳までの児童54人に1人(約1.9%)が自閉スペクトラム症であるという推計値が報じられています(※2)。

アメリカの自閉スペクトラム症は増加傾向

 文部科学省の調査によると、学習上、行動上の困難がある(発達障害の可能性がある)ということで、特別支援教育の対象になる児童数は日本国内において年々増えてきています。また、病院の外来で発達障害と診断される児童数も年々増えてきています。子供の出生率は下がっていますから、発達障害と診断される子供の絶対数は増えているといえるでしょう。

 この背景には、発達障害がよく知られるようになってきて医師の中に発達障害と診断する専門医が徐々に増えてきていること、同時に保護者や当事者の中に発達障害かどうかよく診てもらおうと思う人が増えてきたこと、学校や福祉の現場で発達障害のある子供たちのニーズに応えるための先生や指導員の数を増やして対応できるようになってきていることなどのさまざまな理由があると考えられます。

※1 AUTISM SPEAKS「CDC increases estimate of autism’s prevalence by 15 percent, to 1 in 59 children」(2018年4月26日)
※2 AUTISM SPEAKS「CDC estimate on autism prevalence increases by nearly 10 percent, to 1 in 54 children in the U.S.」(2020年3月26日)


Q6.発達障害の診断数が増えているのはなぜですか。



 診断基準が変わったり、新しくなったりすることで、発達障害の診断数が増えるという側面はあるかもしれませんが、それだけが原因かどうかについては専門家の間でも意見が分かれています。たとえば、環境的な変化やいろいろな食品添加物の摂取などが影響していないかを調べた多くの研究もありますが、研究者の間でも諸説あるのが現状で、環境や化学物質を特定するには至っていません。現在は、発達障害を引き起こす要因は多様でそれらが複合して脳の働きに影響をおよぼしているのではないかと考えられています。

 それぞれの発達障害を引き起こす原因については、発達期に生じる障害という前提のもと、複合的な作用の影響を受けて成長とともに障害が顕在化してくるのではないかと考えられています。発達障害のひとつである自閉症の場合、何らかの要因が重なり合うことによって脳のはたらきに特定の影響がででくる(不調がおこる)のではないかということで、原因や治療の研究が進められています。

 これまでに自閉症の人たちの発症のメカニズムやグループをいろいろと調べた疫学調査があります。そこでわかってきていることは、男女差があること。これは世界共通で、男子の発症率が高いことがわかっています。ADHDや学習障害にも同様の傾向があります。男子には症状が強く出る傾向があるとも言われています。

 また社会階層や家計収入による格差はないことがわかっています。これはがんの場合と同じで統計をとったときに年収などでグルーピングをしても差が出てこない。つまり、親の社会階層や家計収入と自閉症の発症率は関係がないと考えられています。

 ある特定の地域に多発する、あるいは非常に増えた時代があったという研究報告は国内外ともにありません。これらのことから、公害などの環境汚染の影響の可能性はないか、あっても低いと考えられてきました。今のところ自閉症の発症に結び付く特定の原因物質は見つかっていません。過去には、砂糖の取り過ぎやワクチン接種と関係があるとの研究もありましたが、現在ではこれらの説を支持する研究はありません。

Q7.発達障害研究のこれからについて教えてください。



 発達障害の中では、吃音などの言語障害とともに学習障害が比較的早くに知られていました。義務教育制度が普及する19世紀後半には、イギリスなどヨーロッパ諸国では、先ほども紹介した読書困難(ディスレクシア)や書字困難(ディスグラフィア)の研究も始まっていました。

 最近では、複数の発達障害が合併する子供たちがいることもわかってきています。自閉症と学習障害が合併した場合、診断が非常に難しい一方で、処遇や支援プログラムの作成の視点からは、両方の障害特性への配慮が求められます。知的障害は広義の発達障害に含まれますが、たとえば知的障害と学習障害やADHD、運動協調姓障害などを合併している場合、知的障害への対応のみにとどまって、学習障害やADHD、運動協調性障害など狭義の発達障害への対応が見落とされがちになります。

 今日では、発達や能力に応じた支援とともに、個人がもつひとつないし複数の障害特性に配慮したきめの細かいプログラム作成が求められるようになってきています。それぞれの国の医療・福祉・教育制度によって違いがありますが、全世界的に発達と障害特性と生活実態に配慮したプログラムと支援が求められる時代になってきているといえます。

 先進国では20世紀末から21世紀初頭の20年ほどの間に、発達障害を支援する制度や体制が整備されてきています。また、教育や福祉のシステムと医療システムとが繋がってきています。今日では、進学や就労、結婚など青年期・成人期の支援が求められるようになってきています。発達障害のことがよくわかるようになってきて、発達障害のへのよりきめの細かい対応や支援が可能になってきています。また、早期発見や治療、早期療育の経験や支援の蓄積によって、5年後や10年後を見通してのアドバイスも可能になってきています。

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 荒木先生のお話からは、一口に「発達障害」と言っても、その定義や分類が時代によって変わってきていること、また科学の進歩や研究によって発達障害の究明が徐々に進んできていることがわかる。次回は「発達障害の兆候と診断、ケアやアドバイス」をテーマに、保護者としての留意点を中心にお聞きする。

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