【中学受験】志願者減の私学ほぼなし…「盛況」の2022年度入試を振り返る

 2022年度の中学入試の振り返りについて、中学受験専門塾にて算数・理科の指導に携わり、現在は執筆活動や受験相談を行っている後藤卓也氏に寄稿いただいた。

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 4月になり、学校では新年度が始まったが、中学受験塾では一足早く、中学入試がひと段落した2月から新しい学年での授業が始まっているところが多い。

 コロナ禍での入試も2回目となった2022年度の中学入試、どのような傾向があったのか。長年、中学受験専門塾にて算数・理科の指導に携わり、現在は執筆活動や受験相談を行っている後藤卓也氏に寄稿いただいた。

2022年度中学入試を振り返って

 今年の首都圏中学入試は、受験者数・受験率ともに上昇し、大手塾・模試関係者が口をそろえて、「前年難化したことで受験生から避けられたという理由以外では、志願者を減らした私学はほとんどない」というほどの「盛況」となった。

 最大の理由は、やはり新型コロナの影響だろう。昨年も、全国一斉休校以降の対応(オンライン指導など)における公立校・私立校間のあまりの格差に、6年生の「駆け込み受験者層」が増えたが、そのとき「新5年生(以下)」だった子供たちも「2年あれば間に合うから、なんとか私学へ」と進学塾に殺到した。特に文京区・港区・千代田区など、中学受験率も平均所得も高いエリアでは、多くの教室が「満員御礼、募集停止」となっている。この2年で大幅に志願者を増やした学校の多くが、上記のエリアおよびそこからの交通アクセスの良い学校であったことも、データからも見てとることができる。

 もうひとつ顕著だったのは「安全指向」。つまり「超難関校」より「もう少し受かりやすそうな学校」へ、すでに人気を集めている学校より「新規開校(共学化や校名変更含む)したばかりで偏差値的に手が届きそうな学校」と「数年前まであまり人気がなかったけれど駅チカで校舎もキレイで設備が整っている伝統校」に多くの受験生が集まった

 また「2月2日までに進学校の合格通知を確保したい」という思いからか、1日・2日とも午後受験をフルに活用する受験生が急増した。高倍率化する後半戦に突入する前に合格通知を手にしたいという思いに加え、「コロナにもし感染したら」という焦りが重なった結果だろう。

 最後に、これもコロナ禍の影響だが、現地での学校説明会の開催が困難な状況が続いたため、オンライン説明会やWeb上での動画配信などによる広報活動が上手な学校と、保護者に期待感を与えるような「目新しい要素(ニュース)」がある学校が人気を集めたように感じている。逆に、直接足を運び、生徒の普段のようすや校舎内の雰囲気を直接体験すれば、間違いなく気に入るはずなのに、目新しいニュースがなく、オンラインやWeb上での広報があまり得意ではない学校は、募集に苦戦したようだ。

 たとえば、ここ数年私にとって1番の「推し」であるA校。コロナ前には、個人面談でお勧めし、実際に学校見学に行った家庭は全員A校を第一志望に変え、結果的に進学している。つまり、それだけ魅力的であり、学校を訪問したときに出会った教え子たちは、最高の笑顔で「学校、超楽しいです」と語ってくれた学校だ。

 ところが昨年A校の先生から突然電話がかかってきて「オンライン説明会で、保護者はどういう内容を求めているのか教えてくれませんか」と焦っていらっしゃった。まさか私のアドバイスが不適切だったからではないと思うのだが、今年の入試でA校が大幅に受験者を減らしたのは事実だ。

志望校を選ぶときに気を付けたいポイント

 さて、ここまでは今年の入試データに基づいて全体状況を概観してきた。では来年度以降受験する皆さんは、志望校選びにおいてどのようなことに気を付ければ良いのだろうか。

 一言でいえば、今年どの学校が人気を集めたのかは一旦考えずにおく方が良い。たとえば、受験者数の増加率ランキングなどのデータは一切無視すべきだ。受験者数が増え、倍率が上がれば、模試の偏差値も上がる。そう考えると、偏差値も無視した方が良いだろう。

 特に中学受験においては、模試の偏差値は統計学的には何の意味もない(この点については次回の記事以降あらためてお話しする予定だが、一言でいえば「母数」が少なすぎるという理由があげられる)。入試日程ごとに偏差値は異なるのだから、そもそも「学校の偏差値」というもの自体が存在するはずがないのだ(ついでに言えば、模試ごとに偏差値は異なる)。

 偏差値は「入口(入試)の難易度」を示す1つの指標に過ぎず、学校の「中身」を評価したり格付けしたりするものではない。学校の中身とは無関係に、入試の作り方によって倍率(難易度)が上がり、偏差値も上がってしまうケースはいくつもあるのだ。

 そのからくりにおいて代表的なのは、午後入試をメインとした入試日程の多様化。それにここ数年大人気の「単科入試」を絡める方法だ。先に述べたように、午前・午後とダブル受験をするのはもはや中学入試の主流だが、受験生の負担を考えると、4教科の入試を1日に2回受けさせるのは避けたいと思うのは当然だ。これまでは「算数1教科入試」が基本だったが、最近は「国語1教科」とか「英・算・国から2教科選択」とか、さまざまなタイプが登場してきている。日程と試験形式を多様化させると定員も分散され、合格者数を絞り込むことができる。合格者数を絞れば、当然倍率も上がる

 もちろんそれだけ受験生が集まるわけではないのだが、先に述べた交通アクセスやニュース発信などの要素との「合わせ技」が決まった学校は、驚くほどの人気を集めている。

 塾からの情報発信も無視できない。私が塾に勤務していたころは、毎年30校弱の学校で「塾対象学校見学会」が実施されていた。5年前から塾向け見学会を実施し始めたB校は、それまで受験者すら数名しかいなかったのに、実施以降は毎年進学者が5名以上出ている。特定の私学に肩入れするわけではなく、塾からすれば、通学可能圏で「お買い得」(中身に比べて、偏差値が低い)の学校に目を向けてもらい、受験校選択の幅を拡げるのが目的なのだが、保護者からすると、自分で説明会の日程を調べて予約する手間もいらず、担当教師や塾のママ友と一緒に少人数でじっくり見学できるのは好印象につながる。さらに言うと、塾を介しての見学会である以上「ここは塾のお勧めの学校なのね」という印象をもつことも否定できない。

 小規模塾の10人程度の志望者で動向に大きな影響をおよぼすことはないだろうが、1学年数千人の生徒を擁する大手塾ならば100名規模で受験生が増減する可能性がある。大手塾の入試情報の責任者の方々が、公平かつ客観的な分析をするためにどれだけの配慮をしているか、長年のお付き合いでよく知っているつもりだが、まったくバイアスのかからない情報発信は困難だ。たとえば保護者会で「伸びている学校」として名前があがるだけで、確実に受験者は増えるだろう。それだけ保護者が塾を信用している証だ。

 最後に「ニュース」の有無と発信方法の巧拙。10年単位でじっくりと学校改革に取り組んでいる学校や、頑ななまでに建学の精神を守り、生徒ひとりひとりを大切に育てている学校には、受験雑誌やポータルサイトで取り上げられるような「ニュース」はあまりないだろう。逆に鳴り物入りで就任した新校長が高らかに掲げた学校改革プロジェクトは話題作りになる。ところが校長の契約任期はわずか3年で、3年後に早々に退任というケースもある。「学校改革って3年でできるものなの?」と疑問もあるが、そうした業界裏話はほとんど表に出ないものだ。少なくとも私個人としては、集客や話題作りの上手な学校より、口下手・宣伝下手な学校にこそ肩入れしたくなるというのが「ホンネ」だ。

自分の人生経験と皮膚感覚を信じる

 もちろん、今年の入試で人気を集め、倍率や偏差値が上がったのは、すべて入試日程の変更や、ニュースの発信や大手塾の情報によるものであり、その学校の「中身」とは無関係であると言っているわけではない。「上がるべくして上がった」というケースのほうが多いだろう。

 ただ逆に、「偏差値が低い/受験生が減っている。だからこの学校は選択肢から外そう」という判断だけは絶対にするべきではないということをお伝えしたい。もし、志望校として検討していた学校の倍率や偏差値が下がっていたら、「お、ラッキー!」くらいに考えて、むしろ「反動で来年人気が上がったらどうしよう」と心配した方が良い。

 今年も現地での学校説明会や文化祭などへの参加は、難しい状況が続くと思われる。特にお子さんと一緒にとなると、機会がかなり限定されるだろう。

 昨年は1回2組限定などという形で、ほぼ毎日のように個別学校見学を実施した私学が何校もあった。偏差値とか駅からの距離とかきっぱり無視して、まずは見学可能な学校を訪れていただきたい。「私学って、近所の中学校とこんなに違うんだ」「女子校って、こんな雰囲気なんだ」という発見をするだけで、お子さんの受験に対する意識が変わるはずだ。

 どうしても志望校が見学不可能な場合は、下校時刻にあわせて、親子で最寄り駅から学校までの道を散歩する、商店街で買い物をするなどしてみてほしい。校門から出てくる在校生の姿や表情、友達同士の会話、商店街を歩くようすや駅のホームでのマナーなどから、感じられるものはきっとある。

 そしてそこにわが子が制服を着て混ざっているようすをイメージする。もし「この学校、いいなあ」という憧れがお子さんに芽生えたら、それもまた学習への動機づけになる。仮に「偏差値的」に絶対受かりそうにない学校でもかまわない。目標をもって勉強することこそがもっとも大切なのだ。

 まだ4月。受験までは9か月以上ある。来年、どの学校が人気を集めるのか、偏差値がどうなるのかはわからないのだから、繰り返しにはなるが、今年の入試データや偏差値表はゴミ箱に捨てる…のはもったいないので、とりあえず引き出しの一番下にしまっておくようにしよう。

 まずはわが子が自分から進んで机に向かうようになり、一歩ずつ前に進んでいくこと。そして、天気のいい日には気分転換を兼ねて、学校の近くを散歩する。ひょっとすると、思わぬ「出会い」が生まれて、来年から6年間その道を歩くことになるかもしれない。

 第1回は「概論」めいたことを書いたが、今後は

教科ごとの学習方法と入試の出題傾向

親子関係のあり方や塾との付き合い方

私学を直接訪問・取材した学校紹介レポート

の3テーマで記事を書いていく予定だ。「お散歩コース」を選ぶときの参考になるように、これから1校でも多くの学校を訪問していくつもりなので、ご期待いただきたい。

後藤 卓也(ごとう たくや)

1959年名古屋市生まれ。大学院博士課程進学時から35年間(途中3年間のベルリン留学をはさむ)、中学受験専門塾啓明舎(現在は啓明館と改称)で算数・理科を指導。著書に『秘伝の算数』(全3冊 東京出版)、『新しい教養のための理科』(全4冊 誠文堂新光社)、『大人もハマる算数』『大人のための「超計算」』(ともにすばる舎)など。産経新聞、日本経済新聞、ヨミウリオンラインなどで20年以上コラムを連載している。2022年1月末、啓明館を退職。現在は現在は執筆活動や受験相談を行っている。一男の父(シングルファザー歴25年)。

《後藤卓也》

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