完璧でなくとも「現時点での最善」を選ぶリテラシー…おおたとしまさ氏が子育て世代に伝えたいこと

 子育ては、迷いと選択の連続だ。そんな迷える保護者に贈る書籍『子育ての「選択」大全』が発売された。著者で教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏に、特に迷いや葛藤が集中する中学受験期に親がやるべきこと、できることについて話を聞いた。

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完璧な選択肢はない、それでも今「最善」を選ぶためのリテラシー…おおたとしまさ氏が子育て世代に伝えたいこと
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 子育ては、迷いと選択の連続だ。特にわが子の受験に親子で向き合っている最中は、悩みや葛藤が集中するときでもある。そんな迷える保護者の心を優しく包み、思考を整理してくれる書籍『子育ての「選択」大全』が発売された。著者は教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏だ。

 本書の副題は「正解のない時代に親がわが子のためにできる最善のこと」。昨今はVUCAの時代、先行き不透明で変化の激しい時代だと言われて久しい。そんな時代をわが子が生き抜けるようにと願ってやまない保護者の中には、まさに「最善」の教育を目指しながらも情報の大海原で溺れ、途方に暮れている人も多いだろう。今回出版された『子育ての「選択」大全』では、これまでおおた氏が執筆した70冊以上の子育てや教育における書籍の中から、保護者が知りたい情報、知っておくと良い情報、そして何よりその情報との付き合い方について著した、子育てのお守りとなる1冊だ。

 今回は単独インタビューに応じてくれたおおた氏に、悩み多き中学受験期の子育てにおける親の心構えなどを伺った。

情報に踊らされない「選択眼」を養う

--今回、この時期に子育ての時期をすべて網羅するような子育てガイドブックを出版された背景にはどのような思いがあったのでしょうか。

 少しでも保護者の方の負担が減ればという想いが大きいですね。昨今の教育サービスの多様化には目を見張るものがあります。それに加えてインターネットというインフラがあることで、情報を探そうと思えばキリがありません。保護者の方にとっては、選択肢が溢れに溢れている状況でしょう。「選択肢が多いことは良いこと」と世間では簡単に言いますが、僕は一概にそうではないと思っています。無限の選択肢からベストの選択肢を探さなければならないということは、ものすごいストレスです。

 そんな保護者の方に「これを知っておけば十分」という情報を網羅的に拾い上げ、それぞれの意味をわかりやすく解説することによって、選択の際の観点を提供することがこの本の狙いです。あわせて、この本に書いていない情報に触れた時にも参考になる観点も示し、「選択眼」を養う機会になるようにしたつもりです。

--変化の激しい時代、現時点ではベストだと思って選択したことが、数年後にはふさわしくない選択だったのかもと思うことがあるかもしれません。保護者はどのようなスタンスでいるのが良いのでしょうか。

 前提として、永遠に続くベストな選択肢なんてものはありません。その時々の状況で「あ、これかな」というくらいに肩の力を抜いて、都度選択していくことです。「今はこれを選ぶけれど、いずれ社会も人も変わっていくから、その時はその時。大外れじゃなければ良い」というゆるさをもっていてほしいなと思います。

「わかりやすい情報」の背景と、それに気づかず判断する怖さ

--SNSやネットにより、教育関連の情報が求めずとも必要以上に入ってくる時代です。わが子に必要なものを取捨選択する際、どのような観点をもつことが望ましいでしょうか。

 新しいものが出てくると、メディアが、その価値をより価値あるものに見せたいがために誇張したり、今までのものを悪者にしたりします。そのような情報に接しているうちに、知らず知らず、偏ったものの見方になってしまうんです。

 逆に、新しい教育方法として注目を集めているものがどんなに美しい理想や立派なビジョンを描いていたとしても、それが上手くいくかどうかは誰にもわからないんです。「新しいものは良いものだ」と短絡的に思い込むのは、思考停止しているのと同じだと思います。メディアが作り出した偏ったものの見方に振り回されないでくださいね。

--我々情報を発信する側としても身につまされます。「新しい」ことを報道する際に、メディア側も注意すべき点ですね。

 情報が多すぎるため、少しでも注意を引こうとしてコンテンツの内容が偏ってしまったり、一部メディアではメッセージが過激になったりしているように感じます。

 わかりやすい表面的な部分で物事を判断してしまう人が増えているということは、ある意味「これまでの教育の敗北」とも言えるでしょう。ネット主流の時代を背景に、本質的なメッセージが届きにくく、正しさよりもわかりやすさが加速してしまっているように思います。

 メディアが用意してくれたわかりやすいマトリクス図やまとめ記事などは、とてもわかりやすく、理解を助ける側面もありますから、ある程度は参考にしても良いと思います。しかし、その裏にある背景や、隠された意図などにも思考を巡らせる必要がありますね。便利だからと頼りすぎず、操作されているかもしれないと疑う必要もあります。

 また、ランキングや偏差値など、さまざまな数値データにも気を付けてほしいと思います。数字で示した方がわかりやすいですし、比較もしやすい。でも数字で示せることの価値は、たかが知れているんです。

 昨今の教育では「これからの時代の子供たちには本質を見抜く力を育むことが必要」などと書いてあったりしますが、まさにその力は子育て世代の大人が情報に触れる際にも必要でしょう。

「伝統校」と「新興校」の由々しき対立構図

--近年首都圏では、別学だった学校が共学化して、教育方針などを刷新し、新興校として脚光を浴びています。新しい学校は、メディアでも取り上げられがちです。

 メディアにおいて、新興校の対義語というか、セットで出てくる言葉として伝統校があると思います。僕としてはこの2つが並列で比較されることに大きな違和感を抱いています。

 一般的に「新興」という言葉は「新興国」や「新興宗教」など、ポジティブに響きませんよね。でも「新興校」という表現からは、ビジネスシーンでも活用できるような英語力やプレゼンスキルなど、新しい教育をしてくれるというポジティブなイメージをもつ保護者の方が多いようです。ここにも「新しいものは良いもの」だという思い込みがあるのでしょう。先進的な挑戦をすることは素晴らしいことですが、それが上手くいくかどうかはまだわかりません。新しいがゆえにまだ価値が定まっておらず、実績もありません。

 一方で「伝統校」派の保護者の中には、そのブランドに心酔しているだけの方もいます。伝統校の良さは、ネームバリューだけではありません。目に見えない文化も含めた「伝統」が脈々と続いているのです。新興校が取り組んでいるような新しい教育については、伝統校も当然のようにしっかり挑戦しています。ただそれをいちいちアピールしていないだけです。

 学校は、一概に「伝統」校と「新興」校として、比べられるものではないと考えています。対立構図でわかりやすく分類するのではなく、その中身を見てほしいですね。

学校選びにおいて「進学実績」よりもチェックすべきもの

--学校のアピールポイントとして「大学進学実績」があります。学校選びの大きな指標としているご家庭も多いですね。

 各高校の大学合格数は、実際のところ入学時の学力からおおよそ推測できものです。東大合格者を多く輩出する学校は、入学時から東大に合格するほどのポテンシャルを持った子たちが集まっている学校です。裏を返せば「その学校に入れさえすれば桁違いに学力が伸びる」というわけではないということ。東大をはじめとする有名大学に入ってほしいからという理由で、6年間を過ごす中学・高校を選ぶことには意味がないと考えています。

 学校にはそれぞれの学校文化があります。地元の公立校ではなく、中学受験を経て進学先を選ぶということは、その学校文化を6年間浴することが大きな目的なのではないでしょうか。先の大学受験との関連で言うと、モチベーションが保てるだとか、同級生から刺激を受けるための環境として、お子さんと学校文化がマッチしているかを判断基準に学校を選ぶことは良いことだと思います。

--文化はなかなか目には見えにくいものです。学校文化はどのような部分で感じられますか。

 学校文化を知るには、その学校の卒業生リストを眺めることをお勧めします。学校文化を積み上げた結果、輩出された人々のリストですから、その学校の豊かさを表していると思うのです。有名人や著名人が多ければ良いというわけではありません。顔ぶれを見ていると、キャラクターや活躍する分野、その幅広さなどから、その学校の教育方針や特色が浮き彫りになってくるはずです。先輩たちの卒業後の活躍ぶりから、その学校での学びの成果が見え隠れするのです。

 だいたい同じ偏差値で、大学進学実績もほぼ同じなのに、各分野の前線で活躍している卒業生の層の厚さがまるで違うことがあります。進学実績だけをみると「どちらの学校もあまり変わらないね」ということに着地してしまいますが、子供たちが6年間で学校から受け取るものの中身がまったく変わってくるのです。大学進学実績ではわからない教育の価値があるということです。

偏差値は操作できる…「バブル偏差値」の罠

--11月には第一志望を確定、併願校を検討する受験生が多いと思います。受験校決定において注意すべきポイントはありますか。

 受験校を決定する際に、先ほど「卒業生の顔ぶれを見てほしい」とお伝えしました。学校文化を理解したうえで、子供自身や保護者の方が「ぜひ通いたい」と思える学校と出会えたとして、現実的にどの程度合格をもらえる可能性があるのか。それを知るために、偏差値があります。

 偏差値は当初、自分がその学校を志望したとしてどの程度合格できる可能性があるのかを測るための指標として開発されたものです。その可能性を知ることで「全落ち(受験において1校も合格できない状態のこと)」を避けることもできます。

 しかし現在の偏差値は、学校をランク付けしたり、クラス分けの指標として使ったり、それによって過度に競争を煽るような側面が強くなってしまっています。昨今では大人が偏差値に踊らされてしまっているように感じる場面が多々あります。「バブル偏差値」はその最たるものです。

--「バブル偏差値」とは、どのようなものでしょうか。

 昨今では入試を複数回設定する学校が増えてきました。各回、受験生の顔ぶれや合格者数の定員も違いますので、偏差値も試験回ごとに異なります。

 今ではこの偏差値が、学校の人気度や難関度合いを測る指標に使われているとお話ししましたが、自分の学校を人気校や難関校に見せたいがために、試験実施の日程や定員を調整している学校もあると言われています。たとえば、競合する学校が少ない日程に試験日を設定し、多くの受験生を囲いながら、合格定員を少数に絞ることで倍率を高めることができます。さらに、上位層にだけ合格を出すことで、その試験回の偏差値を上げることもできてしまうのです。

 このような実を伴わず、学校の本来の姿を表していない偏差値を「バブル偏差値」と呼んでいます。ただの数字のトリックです。そのような学校は、実際に入学する子供たちの偏差値はバブル偏差値と乖離しているため、大学実績を見ていても「期待していたほどではない」などということが起こりえます。偏差値や大学進学実績はあくまでも1つの指標であり、決して踊らされないでください。

 学校の入学者の学力帯を推し量ろうというのであれば、いちばん高いところではなく、いちばん低いところの偏差値を見るべきです。

中学受験で親ができる「最善」のこと

--受験まであと4か月弱、この直前期に受験生保護者が『子育ての「選択大全』を手に取ったとき、特に目を通してほしい、おすすめの章はどこでしょう。その点も踏まえ、受験生と、そのご家庭にエールをいただけたらと思います。

 極論ですが、子供はどの学校に行っても大丈夫です。子供にとってより良い学校はどれかと悩む親心はとてもわかりますが、どの学校に行ったとしても、何かが足りなかったり、想定外が出てくるものです。完璧な学校はありません。入学後の不満も想定したうえで、今良いと感じる学校を選ぶことが大切です。

 学校選びだけでなく、習い事や幼稚園選びでも、完璧な選択肢はありません。しかし、今選択しようとしているものに何を求めているのか、選ぶ目的は何なのかを正しく整理できていれば、足りない部分を補完することができるでしょう。

 学校選びの例を出すと、共学か、別学か迷うときに、別学の場合は性差を意識せずにのびのびと生活できる反面、学校では異性との交流に欠けます。そのため、性別を超えた交流の機会を学校以外の場でもてると良いですよね。一方で共学の場合は、実社会での性的役割分担が教室内でも自然に再生産されますので、もしかすると子供自身がそのいびつさに気づけないこともあるかもしれません。その際の中和剤として、社会におけるジェンダー問題などの話題を家庭内で話すと良いでしょう。

 このように、選択したものを正しく理解し、補完すれば良いのです。完璧な選択肢がないなら、選択したものをいかにベストの状態に近づけるのか。今回『子育ての「選択」大全』では、子育て中に起こりうる大きな選択に備えて、覚えておいてほしい基礎知識と、どのような視点で判断すると良いのかという「選択におけるリテラシー」をご紹介しました。選択の渦中だけでなく、過去の受験や子育てにおいて「本当にこれで良かったんだろうか」と悩むときにも活用できるはずです。悔いのない受験となるよう、心から応援しています。

--ありがとうございました。

 「小さいころから英語を習わせておけば」「あのとき、違う塾に行かせていれば」など、保護者は往々にして、理想のわが子像から外れたときに自分の選択ミスのせいかもしれないと考えてしまうことがある。しかし、そもそも自分が描いている「わが子の理想像」が正解なのだろうか。おおた氏は「先行き不透明で、正解のない時代だからこそ、正解は選ぶものではなく、自ら作るもの」と言う。一見遠回りのように見える道でも、子供はそれを糧にする力をもっている。子供の伸びる力を信じ、それを邪魔せずに、適度な距離で見守ることが肝要だろう。それは、中学受験という「親子が密接する時期」だからこそ、意識的に思い出したいことなのではないだろうか。




おおたとしまさ氏プロフィール

1973年10月14日、東京都出身。教育ジャーナリスト。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。1997年、リクルート入社。雑誌編集に携わり2005年に独立後、いい学校とは何か、いい教育とは何かをテーマに教育現場のリアルを描き続けている。新聞・雑誌・Webへのコメント掲載、メディア出演、講演多数。中高の教員免許、小学校での教員経験、心理カウンセラーとしての活動経験もある。著書は「名門校とは何か?」「ルポ塾歴社会」「ルポ教育虐待」「中学受験『必笑法』」「正解がない時代の親たちへ」「ルポ 森のようちえん SDGs時代の子育てスタイル」等70冊以上。

《田中真穂》

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