ポプラ社の協力のもと、リセマムでは、読者限定で本書の一部を無料で公開する。予定調和では終わらない、ときに残酷でリアルな、4つの家庭の「中学受験」の行方はいかに…。
前回のお話はこちら。第一章 真下つむぎ(三月) 1-2
暖房の効いた室内から外に出ると、頬がピリッと痛んだ。でもひんやりした風に当たると、煮詰めてトロトロになった脳みその中に水が注がれたようになり、少し頭が緩んだ。
「テストはどうだった? できた? 」
ママは預けていたマフラーを、つむぎの首にかけてくれる。
「さあねー。疲れた、チョコ食べたい」
つむぎが住む自由が丘には、お菓子屋さんやカフェがたくさんある。『東京のオシャレタウン』らしい。この間、テレビのテロップにそう書かれてあった。駅前にはお店が並んでいるものの、少し離れるとただの住宅街だから、そんなに取り立ててオシャレだとはつむぎには思えないが。
住んでいる人にはわからんもんや、とママのほうのおばあちゃんに言われたことがある。自由が丘といえば、えらいセレブな街なんやろ、とおばあちゃんが言うのに、そんなことないけど、と首を傾げたら、そう返された。
ママの実家は、九州の海沿いにあって、駅前でもあまり店がない。あの町に比べればオシャレで、セレブかもしれない。でも、あの町のほうがきれいな海と砂浜と緑の濃い山があって、良い場所だとつむぎは思う。
「チョコなら、家にあるわよ。で、何が一番できたの? 国語? 」
さあね、で済ませようとするつむぎに、ママはしつこく訊ねてくる。国語は、どうかな、と適当な返事をしながら、つむぎはベンチで足をバタバタさせて笑っている制服姿の女子を眺めた。高校生? いや、中学生かも。もう少し大きくなったら、土曜に入塾テストもなく、あの人たちみたいに呑気にすごせるのかな。
「算数はどうだったの? 」
「もういいじゃん、終わったんだから」
「よくないわよ。あのね、もう少し自分ごとになってちょうだい。つむぎが転塾したいんでしょ? こんな時期に東フロをやめて、よそに移るなんて、まったくもう…秀明セミナーにも入れてもらえ……」
そこまで言ったところで、つむぎは続きを手で制した。
「わかった! それ以上言わないでいいから! 」