ポプラ社の協力のもと、リセマムでは、読者限定で本書の一部を無料で公開する。予定調和では終わらない、ときに残酷でリアルな、4つの家庭の「中学受験」の行方はいかに…。
前回のお話はこちら。第一章 真下つむぎ(三月) 2-2
コンコンとノックされて、つむぎは慌ててタブレットを机の引き出しにしまった。が、間に合わなかったようで、部屋に入るなりママは大きなため息をついた。
「タブレット、勉強系の時だけって…」
「理科の動画だってば」
「だったら、隠す必要ないじゃないの。あなたが行きたい青明女子は、偏差値60以上だってわかってるよね? 」
「だからやってるじゃん」
エイト学舎の入塾テストで疲れているんだから、少しくらい良いでしょう。そう言い返したいし、少し前までは言えたけれど飲み込んだ。
いよいよ六年生。受験まで一年を切った。そういう言葉が、いやでも耳に入ってきて、本当はのんびりしている暇なんてないとわかっている。
机の上の問題集やプリントには、付箋がたくさん付いている。今日するべきところがわかるようにママが貼ってくれているので、つむぎはそれを確認する。算数は場合の数か。理科は苦手なてこと滑車で、社会は江戸の文化史と白地図の工業地帯。国語は物語文、そして毎日やることになっている『漢字トレーニング』と『言葉マスター』を二ページずつ。これからやって、全部終わる気がしない。
フローリングの上でママが丸つけをしはじめたので、つむぎは算数の問題を解きはじめる。
「ちょっと、この答えは『富岡製糸場』でしょう。四年の夏に行ったじゃないの。それに『蚕』っていう字、また間違えてる。上は『天』じゃなくて、真ん中はくっつけないようにって、しつこいくらい言ってるよね」
「ほんとしつこい」
「厳しく採点されると×になるって、塾の先生もメモしてくれてたじゃないの。しつこく言われたくなかったら…」
「うるさい! 算数解いてんの、集中させてよ」
そう言うと、ママも納得したのか、問題集を持って部屋を出ていった。ちょっときつい言い方になったかな。ママのことは好きだし、丸つけをやってくれるのもありがたいけれど、勉強のことであれこれ言われるのはうっとうしい。