灘中学校合格実績日本一の「浜学園」が、大手中学受験塾としては全国初の「非認知スキル教育プログラム」を展開している。点数で評価されがちな受験対策の専門塾が、なぜ数値で測れない非認知スキルの教育に注目するのか。
浜学園学園長の松本茂氏は、「実は灘、開成をはじめとする全国屈指の進学校こそ、非認知スキルの育成が教育の柱となっている」と語る。灘の海保雅一校長と開成の野水勉校長を迎え、両校の教育の真髄を紐解いた。
【ゲスト】
海保 雅一氏:灘中学校・灘高等学校 校長
野水 勉氏:開成中学校・高等学校 校長
【ファシリテータ】
松本 茂氏:浜学園 学園長
「非認知スキル」は後天的に育成できる
松本学園長:浜学園は、中学受験塾としては全国で初めて「非認知スキル教育プログラム」を導入し、2024年度から塾生全員に無料で提供しています。点数で評価されがちな受験対策の専門塾が、数値で測れない非認知スキルの教育を取り入れた背景には、幼少期の非認知スキルの育成が、学力だけでなく将来的な所得や社会的適応力に良好な結果を示すという研究*もさることながら、授業の現場からは、非認知スキルの土台が築けないまま過ごしている子供が増えてきたという実感もあります。非認知スキルは先取り教育のようなものでは身に付かない。むしろかつては、家庭や周りの人々との関わりなど、日常体験を通じて無意識に身に付いていたと思うのですが、先生方は最近日本でもこの「非認知スキル」に注目が高まっていることについて、どうお考えでしょうか。 * ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のジェームズ・J・ヘックマン教授による
野水先生:私自身も「非認知スキル」という言葉をよく見聞きするようになってから、「そういえばあれも『非認知スキル』だったのか」と思い至ることが多くあります。私の小学生時代は、森の中でカブトムシを追いかけたり、友達と野球をしたり、日が暮れるまで外で過ごすことが日常でした。今思えば、そうした何気ない時間の中で、好奇心、集中力、社交性といったものが、自然と育まれたように思います。
また、私は中学から開成に入り、上級生が少なかった理化学部の部長を中学3年から務め、高校では運動会準備委員会の議長もやりました。組織をうまくまとめきれずに上級生から叱咤され、たくさん失敗をして自信をなくした時期もありましたが、そこでいろいろと鍛えられて、リーダーシップや主体性、忍耐力や協働力などさまざまな力が身に付いたことは、卒業後今に至るまでものすごく役立っています。
ですから、点数で測られる受験勉強一辺倒ではなく、遊びや趣味、特技に目一杯取り組むことで伸びていく力として、いわゆる「非認知スキル」が注目されるようになったのは良い流れなのではないかと感じています。

海保先生:今でこそ「非認知スキル」という言葉が普及していますが、かつて学校の広報を担っていたときには、灘らしさをどう伝えれば良いかすごく悩んでいました。というのも、灘という学校は学業成績だけではない、生徒会活動や学校行事、部活動などに真剣に取り組む生徒たちの姿こそが教育の真髄を体現しているからです。
灘の校是は「精力善用」「自他共栄」です。「精力善用」は、自らのもてる力を有効活用せよという教えであり、「自他共栄」は、助け合い譲り合って自他共に幸せになろうという呼びかけです。人にはそれぞれ個性があり、さまざまな能力をもっています。競い合うのではなく、自らがもつ能力を有効活用し、協働しながら共に成長していくのが灘らしさであり、そこでは自ら定めた目標に向かって粘り強くやり抜く力や主体性、コミュニケーション力、課題発見・解決力、協働力といったあらゆる力が育まれます。
こうした力を言語化するのが本当に難しかったのですが、2016年にペンシルバニア大学教授の心理学者であるアンジェラ・ダックワース氏の著書『GRITやり抜く力』がベストセラーになったころから「非認知スキル」という用語や「非認知スキル」を高めることの大切さが広く認知されるようになり、今では保護者の中にも知っている方が増えて、随分説明しやすくなりました。
野水先生:もちろん、受験という明確なゴールに向かう過程で、努力を積み重ねることは大事です。しかし、その後の人生にはゴールのないマラソンのような時間が続きます。他人に言われて動くのではなく、興味や好奇心を起点に自ら目標を定め、自律的に動けるかどうかが問われるようになる。そこで大きな力を発揮するのは、まさに「非認知スキル」です。開成の教育理念である「自主自律」や「進取の気性と自由の精神」にも通じる部分だと思っています。
海保先生:灘も開成も非常に自由な校風です。この自由は、生徒ひとりひとりが主体的に判断して行動する力を育むためです。灘では校則を明文化していませんが、これも「灘校生であればどう行動すべきか」を自ら考え、行動してほしいからです。ダックワース氏も述べているように、「非認知スキル」は才能ではなく後天的に育成できるものであり、さらにこうした主体性をもった集団の中に身を置いてこそ伸びる力だと思います。
灘・開成で子供が伸びていく理由
松本学園長:両校とも中学受験では最難関校です。厳しい入試を突破してくるわけですから、入学後にはハイレベルな集団の中で自分の立ち位置に戸惑う子もいるでしょう。そういったとき、どのように寄り添い、伸びるきっかけをつくっておられるのでしょうか。
野水先生:小学校時代はずっと成績が上位だった子たちの集団なので、入学後の自分の立ち位置にショックを受けるのは珍しいことではありません。しかし、開成に入学している時点で、どの子も十分な実力をもっているわけですから、成績だけに一喜一憂せず、自分の好きなことや得意なことを大切にしてほしいと伝えています。入学当初は学業で苦労することがあっても、部活動や学校行事で役割を担ったことをきっかけにぐんと成長するケースは少なくありません。
海保先生:他者と比べず、自分の得意分野を見つけることが大事ですね。自分が活躍できる場をどこに見出すか。野水先生とまったく同じ意見で、勉強でうまくいかなくても、まずは好きなことや得意なことを見つけ、その分野の資質・能力を伸ばすこと。それが、将来的には学業も含めた成長の素地になると思います。

松本学園長:逆に、中学入学後に伸び悩む子に共通する特徴はありますか。
海保先生:私は、「伸び悩む」という言葉自体、あまり使いたくないと思っています。というのも、テストの成績という視点だけで見れば、点数が下位の生徒は伸び悩んで見えるかもしれませんが、目指しているものはひとりひとり違うのです。ある生徒にとっては勉強かもしれないけれど、別の生徒にとっては学校行事や人間関係の充実、部活動の成果も大切であるかもしれません。
中学・高校時代は、自己のアイデンティティを形成する大事な時期です。失敗しながらいろいろなことに挑戦し、試行錯誤するべきときです。成長の仕方もスピードも、決して画一的ではないはずです。
野水先生:まさにそのとおりですね。仲間とぶつかったり、思いとおりにいかずイライラしたり、つまずいたりする時期があっても、それは成長に欠かせない大切なプロセスです。
海保先生:テストの成績というのは一部の資質・能力の評価にすぎません。運動会や文化祭、生徒会、部活動、自主活動など、生徒の資質・能力が評価される場面は他にもたくさんあるのです。さまざまな舞台で評価される経験が、生徒たちにとってどれほどの自信になるか。それを支えるのが我々学校の役割であり、家庭の信頼ではないでしょうか。
「非認知スキル」が育てば「認知スキル」も伸びる
松本学園長:両校の入試では、昔から思考力を問う問題が出題されていますね。
野水先生:未知の問いに対してどうアプローチしていくか、柔軟な対応力が求められる問題になっていると思います。自分の頭で考え、多角的な視点で物事を捉えられる生徒を期待しているとも言えます。
海保先生:灘の入試は2日間かけて実施していますが、収束思考力を求める問題もあれば、拡散思考力が必要な問題もあります。さらに、答えに至るためには、柔軟性や粘り強さ、集中力、忍耐力、諦めずにやり抜く力なども必要です。国語のような教科であれば、共感力や想像力も問われます。
松本学園長:そういう意味で、灘や開成の合格者は、すでに一定の非認知スキルをもっていると言えますね。つまり、非認知スキルと認知スキルは、互いに支え合う関係にあると言えるでしょうか。
野水先生:私も非認知スキルと認知スキルは互いに影響を及ぼすものと捉えています。非認知スキルがしっかり育っているからこそ、認知スキルも伸びる。授業や課題に対して主体的に取り組む姿勢、最後までやり抜く粘り強さ、挑戦する意欲…こうした力が土台にあるからこそ、知識や技能が定着していくのではないでしょうか。
海保先生:私も同意見です。非認知スキルは、冒頭にご指摘があったとおり、最終的には幸せな人生を歩むための力ですが、受験という中間地点においても、極めて実用的な力として発揮されます。

松本学園長:日ごろから家庭で「非認知スキル」を育むためにできることはありますか。
海保先生:私が特に大切にしていただきたいと思うのは、音楽や美術などを通して美しいものに触れることです。これらは単なる教養ではなく、「人間とは何か」「この宇宙と人間はどう関わっているのか」といった根源的な問いを誘発するので、学ぶことの原点ともいえるものです。また、美に親しむことによって培われた感性は、好奇心や探求心を育む豊かな土壌になるのです。灘には、幼少期から勉強一辺倒ではなく、そういった好奇心や探究心が育つ体験を大切にされてきたご家庭が多く、これは本当にありがたいことだと思っています。
野水先生:私も受験生の保護者には、自然とのふれあいや芸術との関わりをもっともたせてほしいとお伝えしています。自然と戯れることで探究心がくすぐられ、美術館や博物館、演奏会など、本物に触れることで感性や美意識が磨かれます。また、家庭内でできることでいえば、料理のお手伝いもお勧めです。
松本学園長:「お手伝いする時間があったら勉強しなさい」と言いたくなる気持ちもわかりますが、料理のような思いとおりにはかどらないお手伝いを通して、子供たちの探究心がくすぐられる体験は大切ですね。
「非認知スキル」が広げる活躍の舞台
松本学園長:長年にわたり教育の現場に立たれてきたお二人から見て、生徒たちにどんな変化を感じますか。
野水先生:特に印象的な変化としては、進路の志向です。かつては理系なら東大理I~理III、文系なら東大文Iを頂点とした、医者・大学教授・官僚・弁護士・有名企業を目指すエリート志向でしたが、今は組織の大きさや知名度にこだわらず、「起業したい」「自分のアイデアを形にしたい」といった、自分らしい未来を選び取ろうとする生徒が増えていて、視野の広がりを感じます。
海保先生:同感です。灘の生徒たちも柔軟に将来を選び始めています。医学部を目指す場合でも、「起業して医療の仕組みを変えたい」「難病の治療法を開発するための投資家になりたい」といった多様なキャリアパスを視野に入れている生徒も少なくありません。また、東大の松尾・岩澤研究室が公開しているAIやデータサイエンスのオンライン講座は、数十名の生徒が受講していて、校是「精力善用」「自他共栄」を指針として主体的に人生を切り開いていこうとする生徒が多くいるのは素晴らしいことだと思います。
野水先生:近年は多彩な分野で活躍している卒業生が増えており、頼もしく感じています。開成という学校の懐の深さが、そうした多彩な才能を育ててきたのだとすれば、それは私たちにとっての誇りです。
海保先生:灘校は「生徒が主役の学校」というスローガンをずっと掲げていますが、そのスローガン通り学校内外で主役として活躍し、主体的に人生を設計をしようとする彼らを見ると、大変頼もしく感じます。
松本学園長:そうした生徒たちの変化に応じて、学校側も変化していかなければいけないとお考えですか。
野水先生:学校も柔軟であるべきだと思いますが、柱となる建学の精神は変わりません。学校の役割は、単に知識を教えることではなく、社会で生きていく力を育むことです。
海保先生:中等教育の使命は、単に社会が求める人材を育成することではなく、民主的な社会の構成員として欠かせない思考力や判断力を備えた個を育てることだと思っています。ここは灘の揺るがない教育の柱として大切にしていきたいですね。
成長を高め合える仲間と出会うために
野水先生:一方で、灘も開成も世界に冠たるレベルの学力をもっている生徒たちばかりですが、ひとつだけ加えて、あれば良いなと思うのは、やはり英語力ではないでしょうか。実は大学に入学後に英語を伸ばすというのは結構難しいもので、高校までに鍛えておくと、留学を含めてグローバルに活躍できるチャンスが大きく広がります。現在、開成では卒業時に約半分がTOEFL(iBT)で80点以上のレベルに達しており、今後も生徒への英語に取り組むモチベーションを高めていきたいと考えています。
海保先生:英語に限らずですが、灘、開成には、良い意味での同調圧力、いわゆるピア効果があり、「あいつができたなら自分もやれそうだ」「自分も仲間と同じように頑張ってみよう」という気持ちになれるところは共通点かもしれませんね。

松本学園長:開成も灘も、生徒が主役となって活躍し、共に高め合い、成長していける仲間と出会える素晴らしい環境ですね。最後に、小学生をおもちの保護者に向けて、メッセージをお願いできますか。
野水先生: ご家庭の中ではぜひ、対話を通じて、政治、国際、環境など、保護者からいろいろな話題を投げかけ、お子さまの意見を引き出してあげてください。こうした親子間の対話を通じて考える力、コミュニケーション力、想像力や共感力などが育まれ、それはこの先のお子さまの未来を支える非認知スキルの土台となります。
海保先生:特に思春期の入り口に立つ小学校高学年は難しい時期だと思いますが、ご家庭での支えは確実に子供たちの力になっています。そして、好奇心と探究心が豊かに育っているお子さまは、必ず自分の道を見つけて進んでいきます。どうか焦らずに、寄り添ってあげてください。
松本学園長:貴重なお話をありがとうございました。
両校で非認知スキルが育まれるのは、生徒の可能性を信じ、決して焦らず、人と比べず、見守る眼差しがあるからこそ。変わりゆく時代にあっても、教育の本質を見失わず、子供たちの成長に寄り添うことの大切さをあらためて感じることができた対談だった。
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