卒業論文・卒業制作は誰のもの? 利用に潜む落とし穴

  2016年も残りわずか。年が明ければ、卒業制作や卒業論文の締切りがやってくる、という学生も多いだろう。卒業論文や卒業制作には、どんな権利があり、誰がその権利を持つことになるのか。アディーレ法律事務所の島田さくら弁護士に聞いた。

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島田さくら弁護士(東京弁護士会所属)
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 2016年も残りわずか。年が明ければ、卒業制作や卒業論文の締切りがやってくる、という学生も多いだろう。文系・理系、芸術系に限らず、卒業時には多くの学生が自身の学業の成果として作成した卒業論文や卒業制作を大学に提出し、評価を受けることになるが、卒業論文や卒業制作には、どんな権利があり、誰がその権利を持つことになるのか。アディーレ法律事務所の東京弁護士会所属・島田さくら弁護士に聞いた。

◆卒業論文・卒業制作に発生する「著作権」は誰のもの?

--卒業論文を書いた場合、論文にはどんな権利が生じますか。

 まず、著作権が思い浮かぶかもしれませんね。著作権法は、文章や音楽、絵画などの表現を著作物とし、著作物を作った人に著作権という権利を与えて保護しています。ですので、学生が卒業論文を書いた場合、学生が著作者として卒業論文の著作権を持つことになります。

 一口に著作権といっても、その中身は、著作物を複製する権利(複製権)、著作物を加工したり作り変えたりする権利(翻案権)、インターネットなどで公開する権利(公衆送信権)などたくさんあり、著作者はこれらの権利を持つことになります。

 それから、所有権という権利を聞いたことがあると思います。所有権は、形あるもの(有体物)を支配する権利で、学生が自分の所有する紙に卒業論文を印刷した場合、この紙媒体の卒業論文の所有権もそのまま学生が持つことになり、紙媒体の卒業論文をどう利用するかは学生が決めることになります。

--では、大学に提出した卒業論文は誰のものなのでしょうか。

 紙媒体の卒業論文を大学に提出した場合、紙の所有権は大学に移るので、大学側で評価をしたあとその紙をどうするのか(保管するのか、処分するのか)は、大学が決めることになります。

 しかし、著作権は、卒業論文を大学に提出したからといって大学に移転するものではありません。著作権法は、有体物である紙そのものではなく、表現という無形のものを保護しようというものであるため、紙媒体の卒業論文を提出したとしても、著作権は学生に残ります。つまり、所有権と著作権は別物です。

 ですので、たとえば、大学側が勝手に学生の卒業論文をWebサイトに載せて公開した場合、学生は卒業論文を提出したあとであっても、著作権(公衆送信権)侵害を理由に、掲載停止や損害賠償の請求をすることができます。

--卒業制作の場合はいかがでしょうか。たとえば、2016年には東北芸術工科大学の学生が卒業制作として展示した「書き時計」がネットやTV、ラジオで話題になりました。「書き時計」にはどんな権利が生じますか。

 卒業制作として作った絵画、グラフィックデザイン、彫刻、音楽などの芸術作品も著作物となり、作成者である学生は著作権を持つことになります。

 話題になった「書き時計」は、時計という実用品としての機能を持つものなので、作品自体を純粋に見て楽しむ絵画などとはちょっと違うようにも思えますね。表現を保護することで文化の発展を支えようとする著作権法のほかに、実用品のデザインを保護して産業の発展を支えようとする法律として、意匠法というものがあり、意匠権者は、自分の意匠と同じデザインや似たデザインを使う権利を持ちます。

 権利者が、「同じデザインや似たデザインのものを作らないで!売らないで!」と主張できる点では、著作権も意匠権も共通していますが、保護期間の長さや登録が必要かといった点で違いがあります。

 著作権は、著作物を作ればすぐに発生し、著作者の死後50年まで存続します。一方、意匠権は、デザイン性のあるものを作っただけで付与されるものではなく、特許庁に意匠登録を出願して、新規性や量産可能なものか、などの要件をクリアし、登録を受けてはじめて付与されるもので、保護期間も登録から20年となっています。

 判例上、実用品が有するデザインは、壺などの美術工芸品を除き、著作権法ではなく意匠法で保護されるべきだと考えられています。もっとも、実用品のデザインが、絵画等と同じように美的鑑賞の対象となるようなものであれば、例外的に著作権法でも保護されるとされています。

 書き時計の場合も、そのデザインが、実用性や機能性を色濃く反映したものではなく、純粋に美的鑑賞の対象となるといえるのであれば、著作物として保護される可能性があります。また、要件を満たして登録されれば、意匠として保護されることになります。

◆共同研究・共同制作作品の商品化に落とし穴

--卒業制作や卒業論文を企業で製品化する場合について気をつけたいことはありますか。たとえば、教授の指導のもと、大学の研究室全員でVR技術を搭載したヘッドマウントディスプレイを共同開発。そのうち、メンバーのひとりのAさんは就活の面接で完成物を用い、研究力をアピールしました。Aさんは内定を得、入社後に卒業制作を製品化することになりましたが、共同で形にした卒業制作を、勝手に製品化してもよいのでしょうか。

 新しい技術を開発した場合、特許法の話になります。特許権についても、意匠権と同じように、新しい技術を開発しただけで付与されるものではなく、特許庁に特許を出願して、新規性や進歩性などの要件をクリアし、特許権設定の登録を受けてはじめて付与されるもので、保護期間も特許出願の日から20年となっています。

 ですので、ヘッドマウントディスプレイを開発したけれども、特許登録がされておらず、そもそも特許権が発生していないのであれば、ほかのメンバーに許可をもらう必要はありません。

 ただし、開発した技術が、今回大学の研究室で行われた研究開発とはまったく無関係に登録されている他人の特許を利用するものである場合、勝手にヘッドマウントディスプレイを製品化すると、その人の特許権を侵害することになるので、特許権を持っている人を探し出して許可を得る必要があります。

--では、今回の研究開発に携わった研究室のメンバーが適法に出願をして登録がされ、特許権が発生している場合はどうでしょうか。

 この場合、Aさんが発明者かどうか、特許権を持っているかどうかによって話が変わってきます。

 技術開発の現場では、たくさんの人や企業が関わっているケースも多くあります。こういった場合、関わった人全員が発明者というわけではなく、発明の成立に創作的貢献をしたと認められる人だけが発明者と認められます。発明の成立に創作的貢献をしたかどうかは、当時の資料から個別に判断するしかありませんが、たとえば、研究テーマを与えただけの教授や、実験などの補助のみを担当した人は、発明者にはあたりません。

 研究室のメンバーとはいえ、Aさんが言われたことをやるだけの単なる補助者だった場合には、発明者にはあたりませんので、特許出願の際も発明者として名を連ねることもなく、その後、特許権を取得することもありません。そうなると、ヘッドマウントディスプレイにかかる特許権は研究室のほかのメンバーのものですので、勝手に製品化することはできません。

 Aさんも発明者として特許の登録がなされている場合、ほかの発明者と特許権を共有していることになります。特許権を共有している場合でも、各特許権者は、原則として、他の特許権者の同意を得ないで特許を使用できることになっています。

 もっとも、Aさんが個人でヘッドマウントディスプレイを製品化するのではなく、所属している会社に製品化をさせるとなると話は別です。この場合は、ほかの特許権者の同意を得なければなりません。特許権の共有者は、ほかの共有者がどのように特許を利用しているかについて、重大な利害関係を有するからです。

 なお、Aさんの在学中には特許出願がされておらず、会社に入ったあと、慌てて特許登録の出願をしたとしても、Aさんが面接の時点で開発した技術の内容を説明してしまっているので、出願の時期によっては、特許の登録要件である新規性が欠けるものとして特許登録が認められない、あるいは、登録されたとしても無効とされてしまうことがあります。

 知的財産を保護する法律には、著作権法、意匠法、商標法、特許法などさまざまなものがあります。デザイン系の学部がある大学であれば、意匠や商標について指導をしているところも多いと思いますが、法学部以外の学部に通う学生も自分の作品を守ってくれるのはどんな法律なのか、学んでおいた方がよいでしょうね。

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◆島田さくら弁護士
 大阪大学大学院高等司法研究科卒業。東京弁護士会所属。未婚で出産をしたシングルマザーで、現在は息子と2人暮らし。仕事と子育ての両立にまだまだ慣れない部分も多いが、自らがつらく苦しい体験をしたからこそ、同じような悩みを持つ人たちの心に寄り添える「身近な弁護士」になれるよう、日々勉強に励んでいる。著書「愛とお金と人生の法律相談」がプレジデント社より全国の書店やコンビニで発売中。

協力:アディーレ法律事務所

《編集部》

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