加速する英語教育の低年齢化で親を悩ませる「英語はいつから始めるべき?」

 「英語は幼児期に始めないと手遅れになる」といったフレーズを目にすると、親としてはやはり不安を感じてしまうもの。『海外の大学に進学した人たちはどう英語を学んだのか』の著者・加藤紀子さんに「英語はいつから始めるべき?」というテーマで寄稿してもらった。

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 17万部を超える育児書籍『子育てベスト100』の著者である加藤紀子さんが、このたび『海外の大学に進学した人たちはどう英語を学んだのか』(ポプラ新書)を上梓した。

 インターナショナルスクールや帰国子女、海外大進学実績のある進学校ではない、ごく一般的な日本の高校から海外の大学に進学した人たちの英語学習の秘訣を体系的に紹介。さらに英語力を飛躍させるコツを脳科学、教育学、第二言語学などの専門家に取材し、学術的な見地からまとめた1冊だ。

 加藤さんへのインタビュー「海外大学に進学した人たちからわかった、子供の英語力を伸ばすために大切なこと」(2023年4月掲載)が好評だったことを受け、新たにリセマム読者に向けて「英語はいつから始めるべき?」というテーマで寄稿してもらった。

英語教育熱の高まり~小学校以前から英語を始めているのは3人に1人

 コロナ禍により留学者数は激減したものの、小学校以下の英検受験者を2021年度実施分の志願者数(2021年4月1日~2022年3月31日)で見ると、この5年間でもっとも多い数となっています。子供の習い事メディア「SUKU×SUKU(スクスク)」が行った人気の習い事に関するアンケートによれば、英語はスイミングに次いで第2位。小学校入学前から始めている子供は3人に1人の割合となっています。

 保育園・幼稚園でも英語教育を取り入れることは今や珍しくなく、さらに最近では英語で保育を行うインターナショナルプリスクールも台頭。人気のスクールは定員一杯で欠員待ちも出ているとか。中には0歳児クラスや、妊婦を対象とした英語教育もあるようです。

 英語教育に低年齢から関心が集まる背景としては、小学校で2020年4月から外国語(英語)の授業が3・4年生を対象に必修化され、5・6年生では成績のつく教科になったこと。幼児期の子供を育てる保護者の中に、「自分が英語をまったく話せないから、わが子には同じ思いをさせたくない」「将来に役立つ英語を身に付けさせたい」といった願望が根強いことがあげられます。

 こうした気運の中、「英語は幼児期に始めないと手遅れになる」といったフレーズを目にすると、親としてはやはり不安を感じてしまうものです。はたして英語はいつから始めればいいのでしょうか。

英語を幼児期から始めるメリットとは?

 英語を習得するにあたっては、子供には大人より優れている力があります。児童英語教育と第二言語習得に詳しい上智大学短期大学部狩野晶子教授によると、子供より大人が優れている力は次の4つだと言います。

1.音声を敏感に聞き取る力

 子供は幼いほど聞く力に長けており、動物や虫の鳴き声を真似てみたり、アニメのキャラクターのモノマネをしたりするのも上手です。

2.音のかたまりを丸ごと処理する力

 ひたすらポケモンのキャラクターの名前を151匹唱え続ける「ポケモン言えるかな?」の歌など、子供は意味がよくわからないものでも音のかたまりとして覚えてしまいます。

3.繰り返しに耐える力

 いつも同じ絵本を読みたがったり、気に入った動画を何度も見たり、子供は同じことを何度も繰り返してやりたがります。

4.あいまいさに耐える力

 子供はすべてを理解できなくても平気です。あいまいな理解でも、相手の表情や周りの状況から自分なりに文脈や意味を想像しながら、やりとりを進めていくことができます。

 特に幼児期に伸びるのは、「聞く力」です。

 ワシントン大学のパトリシア・クールらの研究によると、生後9か月のアメリカ人の赤ちゃんに1回25分、4週間にわたって12回(計5時間)、中国語で絵本を読んだり、おもちゃで遊んだりしてあげる一方、もうひとつのグループには同じようなことを英語で行いました。その結果、英語音の聞き取りには中国語を聞いたグループと英語を聞いたグループの間に差は見られませんでした。4週間でたった5時間ですから、母語への影響力はさほど大きくないだろうと想像できますが、この研究で驚くのは、たった5時間で赤ちゃんが英語にない中国語の音を聞き分けられるようになったことです。乳幼児には世界の言語に存在するすべての音を区別することができると言われているように、幼少期の外国語習得能力の高さには目を見張るものがあります。

 個人差は大きいものの、2,000~4,000時間聞くと、ある程度英語で意味が聞き取れる聞き取りの力が育つといわれていますが、学校の授業で週1回(1時間程度)だと年間で35時間。5・6年生で週2回だと年間70時間。2,000~4,000時間聞くには、何十年もかかってしまうことになります。学校や英語教室だけに頼らず、毎日少しずつでも家庭で英語を聞く機会をつくってあげることは効果が大きいと言えるでしょう。

早く始めないと「手遅れ」になる?

 では逆に、英語を習得するには早く始めないと「手遅れ」になってしまうのでしょうか。ある一定の時期を過ぎると言語の習得が難しくなるという「臨界期」説は、それが果たして実際に存在するのか、あるとすればそれが何歳くらいなのかについてはまだ合意はなく、今もあくまで仮説に過ぎません。

 むしろ、ペンシルバニア大学教育学大学院のバトラー後藤裕子教授は著書『英語学習は早いほど良いのか』(岩波新書)の中で、「語彙や文法の習得などに関しては、ある程度認知機能の発達してきた小学校高学年あたりから始めたほうが、乳幼児期から始めるより、効率がいいことが実証されている」と述べています。

 また、アメリカ・イェール大学で助教授をつとめ、現在は英語塾「J PREP」の代表である斉藤淳氏もダイヤモンドオンラインの記事で、「子供の見よう見まねで覚えた英語というのは、結局のところ、『子供レベルの英語』である。そのままでは社会には適用しない」と言い、英語教育を長期的な目線で捉えれば、一定の知性に裏打ちされた「大人の英語」をマスターすることが大切だと語っています。

 先に述べたように、英語を早い時期から始めることにはおおいにメリットがあります。しかし今のところ、英語を学び始めるタイミングに「手遅れ」があるとは言い切れず、大人になっても学び続けられるかどうかのほうがはるかに重要なのです。

 本書の取材で、茨城県の県立高校からハーバード大学に進学した松野知紀さんは、「5歳のときから週に1回、近所で外国人が教えているこぢんまりした英会話教室に通っていたが、先生が親しみやすく、遊びに行っていたようなもので、6年間もやったのに英語はまったく身に付いていなかった」「でもひとつだけ本当に良かったのは、英語は『楽しい』ってことだけは体験できた。何事も最初のつかみ、“イントロ”の部分で『楽しい記憶』が残るかどうかは一生響くんじゃないかと思う」と語ってくれました。

 また、新潟県の県立中高一貫校からコミュニティカレッジ(地域住民のために教育機会を提供する公立の2年制大学)を経てカリフォルニア大学バークレー校に編入した幸田優衣さんも、「父は中卒、母は高卒で、親族に大学へ進学した人が1人もいない家庭で育った。海外とは無縁の環境だったが、小学校2年生から通い始めた家の近くのECCジュニアの教室で初めて海外の文化と接点をもった。先生の授業や教材、ポスターなどから垣間見える異国情緒に憧れ、いつかこんなところに行ってみたいと夢見るようになった」「子供は『英語ができないと将来食べていけないよ』なんて脅されても、興味がなければ全然ピンとこない。英語を学ぶモチベーションは、『英語ができると楽しい』『英語ができたらこんな世界があるんだ』という、身近で楽しい擬似体験が入り口となって生まれてくるのではないか」と言っています。

 このように、幼少期から英語を学ぶうえで大切なのは、子供が「英語は楽しい」という経験をすること。早い段階から英語嫌いにさせないことです。親が学校の成績を不安に感じて勉強を押し付けたり、子供自身が望んでいないにもかかわらず、焦って英検のようなもので成果を求め過ぎたりすると、子供は早い段階から英語嫌いになってしまいます。

 本書ではほかにも、帰国子女やインターナショナルスクール出身ではない、日本のごく一般的な高校から海外大学に進学した人たちの英語学習法を紹介していますが、中学から英語を始めたという人が大勢います。そんな彼らもけして手遅れということはなく、海外の大学で学べる高いレベルの英語力を身に付け、留学先では現地の学生と肩を並べて学んでいます。子供に無理をさせるほど、慌てる必要はないのです。

 幼いころほど「聞く力」に優れていることを意識しつつ、正解を求めず、成果にこだわらず、英語を通じて広がる楽しい世界に触れさせてあげること。楽しい原体験こそ、子供が将来にわたって英語を学び続けられる、「学びに向かう力」を伸ばす上での揺るぎない基盤になっていくのです。



《編集部》

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